一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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第二章 躍進編
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 B小町が初ライブを成功させたのを機にすでに何度もライブを成功させ、業界では一気にその名を轟かせていた。テレビでも何度か取り扱われ、知る人ぞ知るグループになりつつある。もちろん第一線と比べるとまだ劣る部分がある。期待の新人グループと言った位置付けだ。メンバーも追加され、色々なタイプの子がいるため推しが作りやすいのもあるのだろうが、中でもセンターを務めるアイの圧倒的な人気がグループ人気に拍車をかけていた。

 

 一方で俺は、非公式仕合を見事勝利に収めたものの、社長の言葉通り公式仕合はまだ一度も組まれていない。まだ見ぬ強敵たちと戦ってみたいという願望こそあるものの、そこは社長の判断だと割り切ることができていた。

 

 幸いだったのは会長の元で定期的に修行ができたことだろう。会長の元には護衛者と呼ばれる私兵がいる。私兵と言うと物騒に聞こえるが、保護され訓練を受けて才能を発揮した者が自己意志の下なるもので、そこに強制はない。以前戦った淀江さんも、今では護衛者になったようで日々研鑽を積んで積んでいる。そんな護衛者たちは並の闘技者よりも強く、使用する武術もさまざまと、これ以上ない修行環境だった。欲を言えば会長が持つ最高戦力の『三羽烏』とも戦ってみたかったけれど、流石にそれは叶わない。

 

 十六歳になる年の春、中学を卒業した俺は会長の助力を受けて一人暮らしをするようになった。携帯電話の契約一つ取ってもそうだが、未成年では一人でできないことが多かった。

 

 バストイレ別の六畳ワンルーム。狭いと言う人もいるだろうが、施設育ちの俺にとっては独立した専用の部屋というだけで心踊るものがある。

 

 部屋の呼び鈴が鳴る。

 

 携帯を見ると時間は予定通り。携帯は持ってみるまではただの持ち運び電話にしか思っていなかったが、カメラが付いていたり音楽を流せたりメールが打てたりと、電話以上の機能が想像以上に便利だった、そのうちより高性能化していけば、様々なものが携帯に統合される時代が来るのではと思ってしまう。

 

「えへへ、来ちゃった。おじゃましまーす」

 

 扉を開けると変装をしたアイがメガネとキャップを外しながら入ってくる。それらをバッグに入れるとそのまま奥へと入り、バッグをベッド脇に置いては部屋をキョロキョロ見回していた。一人暮らし良いなあ、なんて呟いている。

 

「ここがケイの部屋かー。なんと言うか、片付いてるって言うより何もない感じ?」

 

 ベッドにテレビにローテーブル。ミニマリストではないが、あまり家具は置いていない。特別あるとすれば部屋の隅に置いてあるラックくらいだろう。

 

 アイの視線がそこに向く。

 

「あ、でもグッズは置いてくれてるんだ。ふふ、私のグッズばかりだね」

 

 団扇にアクリルスタンドに写真にサイリウム、B小町の、特にアイのグッズがラックに置かれていた。ファン一号としてできる限り揃えようとしているが、中々に財布との勝負になる。社長の苦節数週間の大作『アイ無限恒久永遠推し!!!』のキーホルダーは先に財布が根を上げた。そういえば、一人ファンの女の子が佐賀でのライブが始まる前に体調を崩したのか救急車で運ばれていたが、彼女は大丈夫だっただろうか。

 

「これ懐かしい! 初ライブの時の写真か……もう一年以上も前になるんだね」

 

 くるりと振り返ると、アイは写真の自分と同じポーズを取る。

 

「どう? ちょっとは大人っぽくなった?」

 

 アイも去年の年の瀬に十四歳となった。ちょうど成長期。体つきもより女性らしいものとなり、もともとあった可愛いさや艶やかさに一層磨きがかかっている。

 

「前より大人っぽくて魅力的になった。それにオシャレ?にもなった気がする」

 

 以前は穴あき靴下を気にせず履いていることもあったが、部屋着を除けば今はいつ見ても服装には気を遣っているように思えた。軽く化粧もしている。元が良いこともあるのか、ちょっとした化粧でも大きく違って見えた。

 

「でしょー、最近はファッションとかお化粧とかも勉強してるんだ。教えてもらったり雑誌読んだり、やってみると結構面白いんだよ。ケイにも化粧やってあげようか?」

 

「今は遠慮しとくよ。興味が出た時にでも教えてくれ」

 

 男性の化粧というと、男性アイドルやプロレスラー、歌舞伎役者など、何かを演じる人たちがやるイメージがある。

 

「その時は面白くしてあげるね!」

「せめて格好よくしてくれねえかな」

「そのままでも充分カッコいいよ。なんと言っても私の彼氏だからね!」

 

 あの日以降、俺にとっては嬉しい限りだがアイとは恋人関係になった。最初に行われたのは甘酸っぱい秘め事ではなく、まさかの携帯チェック。私のアドレスと番号入れてあげるね、と携帯が強奪され、アドレス帳が丸裸にされた。何もやましい事はないのだけれど、少ない登録数とその全てが男性というアドレス帳を見たアイの、なんか……ゴメンネ、という罪悪感に満ちた表情と言葉が忘れられない。

 

「ありがとな。俺もアイが彼女で良かったよ」

 

 満足気に微笑んだアイは、カバンの下へ向かって中からヘアゴムと畳まれたエプロンを取り出した。口にゴムを咥えながらエプロンをつけると、長く綺麗な髪を慣れた手つきで結びゴムで固定する。その仕草に思わず見惚れてしまう。

 

「ねえ、頼んだもの買っておいてくれた?」

「冷蔵庫に入れてあるよ。袋にまとめて入ってる」

「ありがと。お腹空いてる?」

「めっちゃ空いてる」

「良かった。ちょっと待っててね」

 

 アイは冷蔵庫を開けると、湖山マートと描かれた袋を取り出す。中にあるのは角切りされた牛肉、にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、ルーの定番セット。米は既に炊いてある。

 

「作ってくれるのは嬉しいけど、突然どうしたんだ?」

 

 アイは白米が苦手だった。母親に虐待されていた際にガラス破片が混入し、食べた際に口内を切ったことがあるそうだ。施設にいた時から出されれば食べてはいたが、かなり覚悟をして食べていたらしい。最近はその時のトラウマも少しずつ改善しつつあるようだ。

 

「そろそろかなーって」

「そろそろ?」

「え? あ、ほら! この前ムジテレビの企画でアイドル運動会ってあったでしょ? あれがウケたらしくて、今度は料理にしようって話があってね」

 

 新春アイドル大運動会。ムジテレビの深夜番組帯で放送された番組で、体操服にブルマと昭和チックな装いで、パン食い競争や、罰ゲーム御用達のパイ投げ用クリームが使われていた。ブルマが特に出演者のみんなから不評だったと後から聞いたが、出演者と視聴者の思いは乖離しているのだろう。

 

 ただ何があって次の企画が料理番組になったのだろうか。

 

「なるほど、お題が定番のカレーってわけか」

「そうそう、だから練習しておこうかなって思ってね。ケイも私の手料理食べられて一石一鳥? なんだっけ? なんでもいっか、とにかくお得でしょ」

 

 鼻歌まじりに料理を始めるアイはとにかく上機嫌だった。機嫌が悪い時も当然ある。女性特有の月物や日々溜まったストレスがそうさせるのだろう。わがままになったり不機嫌になったり、甘やかしに来てと呼び出されることもあった。喜怒哀楽を見せるのは彼女なりの甘えだと、好意的に解釈をしている。

 

 指を切ったりしないか不安ではあったが、不慣れな手つきながらも皮を剥き、野菜を切っている。時間はかかるものの、インスタントのルーがあるカレーは作りやすい。作り方もたいてい載っている。美味しく作るには下準備や火を通す順番など方法は山ほどあるが、雑に作っても失敗しないのはカレーの良いところだ。

 

 炒めて煮込んで、ようやく出来上がる。皿に装ってローテーブルへ運び食べ始める。程よい辛さと美味さが熱を持って口内に広がる。

 

「うん、美味い」

「ほんと? 良かったあ。真心込めて作ったからかな」

「そりゃあ美味いわけだ」

「次はこれ食べたいとかある?」

 

「たこ焼きかな。機材買わなきゃいけないけど、一緒に作れるし」

 

 外で気ままにデートをすることはできていない。これまでは社長の家で借りてきた映画を見たりすることが多かったが、一緒に料理することもデートの一つ。作ってもらえるのも嬉しいが、一緒に作るのも良い思い出になる。

 

「良いね、それにしよ!」

「本当はディスティニーランドとか行けると良いんだけどな」

 

 栃木ディスティニーランド。通常TDL。マスコットキャラクターのモッキーをはじめとした人気キャラを多数持ち、日本のみならずカリフォルニアやパリにも支部がある夢の国、若者たちの間でも恋人と行きたい場所ランキングに常に名を連ねるメジャー施設だ。

 

 家デートに不満があるわけではないが、せっかくならばとついつい考えてしまう。

 

「ディスティニーランドは行ったことないなー」

 

 アイは今や知る人ぞ知るアイドル。流石に表立って行くことは憚られる。変装したとしても、気付く人は気づく。できる限り関係がバレることは避けたい。

 

「拳願会の企業なんだから、関係者だけが入れる日とかあれば良いんだけど」

「ないの?」

「どうだろう。ちょっと調べてみるよ」

 

 一日中は無理でも、夜の時間少しだけでもあれば良いが。

 

 そんな事を話している内にすぐに食べ終わった。

 

「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした」

「食器は洗うから、アイはゆっくりしてて」

 

 皿をシンクに運び、食器を洗い始める。作ってもらったのだから、これくらいはやって当然。施設にいたからか、こういったことは自然とやるようになっていた。

 

 カシャッと、シャッターを切る音がすると、アイがこちらに携帯を向けて写真を撮っていた。

 

「こんなとこ撮る?」

「なんか面白いから?」

 

 食器を洗っている姿がそんなに面白いのか、アイはそのあとも何枚か撮ると満足してベッドを椅子がわりにしながらテレビをつけて見始めた。番組はバラエティ。賑やかな声が部屋中に行き渡り、時折アイの笑い声も混じる。

 

 食器を拭き終えると俺はアイの右隣に座った。アイの右手のひらが上を向いたので、そこに左手を被せて指を絡ませるように手を握る。何度も触れてきた本当に小さい手。単純なサイズ差もあるが、鍛錬によって俺の手が分厚くなっているためか、アイの手は実際のそれより小さく感じる。テレビを見て笑って、一緒に過ごす時間がたまらなく愛おしい。

 

 何事にも終わりがあるように、幸せな時間はあっという間に過ぎて行く。そろそろ帰らないと、アイが立ち上がり荷物を確認する。

 

「送っていくよ」

「タクシー呼ぶから大丈夫だよ、距離だって近いし」

「タクシーだって気をつけないとだろ」

 

 苺プロはタクシー会社と専属契約は選定中のためまだ結んでいない。そうなると必然的に言い方は正しいかわからないが野良のタクシーとなる。一応ドライバーたちは守秘義務があるが、他人の口に戸は立てられない。おしゃべりなドライバーはわりと、この前タレントの誰々をどこまで乗せたとか、ここが誰々の住んでるマンションだ、とかを話してしまう。

 

「違う違う。タクシーって言ってもねーーー」

 

 

 

「何してんですか、社長」

 

 アイがタクシーと呼んでいたのはまさかの社長だった。アイは早々に車内に乗り込んでいる。確かにドライバーが誰かにリークする心配はないが、これは社長としてはどうなのだろう。娘が心配で迎えに来る父親にしか見えなかった。

 

「……今回は特別だ。お前にも用があったしな。仕合が決まったぞ」

 

「待ってましたよ。相手は?」

 

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