一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「この前のライブ行けんくてごめんなぁ」
「ううん。これからドンドンやっていくから、時間が合ったら見に来てよ」
「そら勿論」
ファーストライブは端的にいえば成功。その後二、三回小さいけど単独ライブをやったりもしたから、かなりスタートを切れてると思う。最初は、春男君の方に一時的に注目が攫われたりしたけど。得体の知れないファンじゃなくて、超日にいる覆面レスラーの、サバンナのサイボーグ”マシンジャガー”ってわかって収束を見せた。春男君って、サバンナじゃなくてヒマラヤとかじゃなかった? なんてツッコミは、覆面レスラーにはいらないのかもしれない。
「にしても、やっとこれで一端の芸能人になれた気分だよ」
「アイドル前にも元々読モとかやっとたったやん」
「それはそれ、これはこれ。みなみみたいに単独で写真集とか出してたわけじゃないし、フリルちゃんみたいに超売れっ子ってわけじゃないから、実は密かに疎外感あったっていうか。なんか私の中で線引きがあったんだよね」
みなみは購買で売ってる大きなコッペパンを食べてる。割とハイカロリーなはずだけど、太ってないって事は栄養が違うところに行ってるって事。女の子としては羨ましい限り。
「でも同業者からすると、仕事の話って割と気まずくなるけどね」
「ちょっとわかるわぁ。こっちにそんな気がなくても、愚痴で言ったつもりが自慢に聞こえる事とかあるんよ」
「そうなの?」
「そうだよ。だからルビーも、私たちには大歓迎だけど、他の人には気をつけたほうが良いよ。変なところでトラブルの元になりかねないから」
フリルちゃんが食べてるのはおにぎり。両手で食べてる仕草が仕事で見るクールな感じに反して、すごい可愛らしく見える。小顔なのはわかってたけど、おにぎりと比較すると尚更そう思えてくる。
「芸能人大変だ〜」
特殊ではあっても同じ環境にいるからか、色恋の情報は割と早く回ってはくるけど内側で完結することが多い。バラしたらそっちのもバラすって言うある種の抑止力的な関係なのか、黙ってるからこっちの事も黙っててって言う仲間意識的な物なのかはまだわかってない。
「だから私たちには言って良いって。むしろ色々聞きたい。俳優の誰々からDM来たとか、タレントの某からナンパされたとか」
「それはフリルちゃんの実体験やろ? 自慢やん」
「バレた?」
「すごいなあ。私DMでナンパされた事ないよ」
「来たところで無視に決まってるだろ。DM送ってくる奴なんて大抵遊び人だ」
今まで無言でお昼を食べてたお兄ちゃんが会話に入ってくる。最近はこの四人でご飯を食べたりする事は多くて、前に一人で食べてたお兄ちゃんにフリルちゃんが声をかけたのが発端だった気がする。
「お兄ちゃんには聞いてないんだけど」
すごい偏見が入ってそう。って言うか保護者じゃないんだから。ただ来たりするのがちょっと売れっ子っぽくて羨ましいだけで、来たからってホイホイ付いて行かないよ。
「一般的な意見を言ったまでだ」
「確かにお兄さんの言う通りかもね。この前DM来た堂山くんも、遊んでるってそこかしこよく聞くし」
「なら行かんの?」
「そうなるかな。パパラッチに撮られてあれこれ言われるのも面倒だからね。でもご飯だけ行ってコイツこんなだった、って言うのも面白いかもだけど」
「無用なトラブル避けるなら、適当に断るのが無難とは思うけどな」
「それはそう。ちなみにお兄さんはSNSやってないの? 最近人気も凄いし、ファンとかからDM来そうだけど」
「仕事の告知用はあるけど、プライベートでやってない。連絡は電話とかメールで十分だろ」
お兄ちゃんは本当にSNSをやってない。仕事用もミヤコさんが淡々と送ってるだけだし、暇な時にぼーっと見てる事もない。変なところで昔の人みたいだ。
「今時珍しいなぁ」
「そうか? 別になくてもそんなに困らないぞ」
「私は無理だなー。エゴサとかしちゃうし」
ついついやっちゃうんだよね。
「その時間使って本読んだ方がよっぽどためになる」
「二徳先生の本とか?」
「それは……答えに困るな……」
ちゃんと頷けないところがね。私は読んだ事ないけど、感想だけ見たら苦しいって書いてあるのを見たことある。本読んで苦しい感想が出てくるのって何?
「フリルちゃん好きだよね」
「好きだよ。良かったら二人にも貸してあげるけど」
「お兄ちゃんが持ってるから大丈夫」
「ウチも遠慮しとくわ」
「残念」
一目でわかる泣き真似をしてくれる。フリルちゃんは不思議と好きみたいで、密かにファンを増やそうと布教したりしてるらしい。全然増えないみたいだけど。
お兄ちゃん情報では拳願会の事は知ってるみたいだから、二徳さんの仕合の時にでも連れて行ってあげたら喜びそう。ただ本来は表に出ない事だから、推理して会場まで辿り着いちゃったあかねちゃんみたいなケースでもなければ、巻き込まないに越した事はないんだろう。
かなちゃんとMEMちょはどうだろう。せっかく一緒にやってくれるんだから、隠し事はあんまりしたくないのが本音。いつかはちゃんと話せる時が来ると良いけど、私の一言じゃどうしようもないからちゃんと相談しないといけない。会長の乃木さんが良いのか、相談役のお爺ちゃんが良いのか、鞘香ちゃんや烈堂君でも良いのか。片原家の人達なら、簡単にオッケーは来れそうなんだけどね。
お昼が終われば、午後の授業。お腹もいっぱいになった後のこの時間は、いつも眠くなっちゃう。特に苦手な科目となると余計にそう。だんだんと先生の説明が呪文みたいに聞こえてきて、瞼が重くなってくる。途中見かねたのかみなみが突いて起こしてくれるけど、私の睡魔は強敵で、結局意識は途中で飛んじゃった。寝ちゃった罪悪感もあるにはあるんだけど、以外と短時間の寝落ちで結構体力が回復したりするのは、放課後のことを考えるとありがたかったりする。
「ルビーはこの後どうするん?」
「ごめん、今日は撮影あるから帰らないと」
仕事がない時は放課後は友達と駄弁ったり、ちょっとあそこのカフェ行こうよーなんて言って実際に言ったりするけど、今日は配信の撮影。
「もし一人だったらお兄ちゃん使って良いからね」
みなみとバイバイして、急いで校舎を出る。
かなちゃんと合流して、途中でMEMちょをピックアップするルートで今日の撮影場所へと向かう。
「あれ、かなちゃん元気ないね。どうしたの? 体調悪い?」
車内から外をぼんやりと眺めてるかなちゃんはどこか元気がなさそうだった。
「体調はすこぶる元気なんだけど、今日の撮影のせいで気が乗らないのよ。逆にアンタはなんで平気なのよ」
「別に取って食べられないから大丈夫だよ。見た目はちょっと怖いかもだけど、デビュー前から応援してくれてた人達だし」
「たまにアンタの交友関係がわからなくなるわ」
「私って言うより、パパの方だけどね」
「アンタの父親も父親で謎よね」
「ん〜、まあママが普通の人選ぶわけないし」
「それは同感」
MEMちょと合流して、さらに目的地へと進む。しばらく乗ってると目的地が見えてきて、デカデカと建物に名前が書かれてる。
「まさか、私達がここに来ることになるとはねぇ」
降りて早々、MEMちょが感慨深そうに建物を見ながら呟いた。視線の先にあるのは『超日本プロレス』。見間違いでも何でもなくて、関林さん達がいるプロレス場だ。
「MEMちょもプロレス詳しいの?」
「そこそこねぇ〜。ユーチューバーになる前に色々やってた時に、おじ様達の話に乗れるように勉強したんだよ。初めは全然わからなかったけど見てみると意外と面白くて、格闘技ってだけじゃなくてエンターテイメントの面も強いから、どう魅せるかってのは割と勉強になってるよ」
プロレスは八百長とかショーとか言われてて、よく格闘技扱いされない事もあるみたい。
「そこの嬢ちゃんはわかってるな」
迎えに来てくたのは他ならぬ関林さんだった。
「ルビーは久しぶりだな。他の二人はこうして話すのは初めてだな、プロレスラーの関林ジュンだ」
「今日はよろしくお願いします」
わざわざ時間を作ってくれたから、ちゃんとお礼はしないと。三人でお礼を言って頭を下げる。
「つかぬことを伺いますが、なんで撮影依頼受けてくれたんですか?」
かなちゃんが小さく手を上げながら質問する。
「お前達は最初のライブの時、コネだなんだと言われてたのを逆手にとって成功させてみせた。逆境を物ともしなかった上にエンタメをよくわかってる。気に入ったから受けたってのが理由の一つだ。それにエンターテイナーのよしみって言えば聞こえは良いが、ぶっちゃけウチはインディーズだからな。今話題のB小町と絡んで、知名度を上げようって魂胆も勿論ある」
有名なプロレス団体、毎年ドームで大会を開く規模でも、経費削減だって言って会場の設営とかは自分たちでやるみたい。私達が仮にドームライブができてもそこまで関わる事はきっとできないけど、その心持ちは真似したい。
「師匠! かなちゃんが今日来るって本当ですか!?」
地鳴りなんじゃないかって思うほどの足音が近づいてくる。多分走ってるのかな。走りでこれだけ大きな音が出せる人は一人しかいない。扉が開いて巨体が出てくる。あの時は思わなかったけど、前見た時よりかなり大きくなってるかも。その大きさに、かなちゃんもMEMちょも相当驚いてる。
「春男か。なんだ、言ってなかったか?」
「聞いてませんよ〜。あ、ルビーちゃん久しぶり!」
ちょうど関林さんの影に隠れてかなちゃんが見えてないみたい。
「久しぶり! 春男君また太った?」
「実は二〇キロくらい」
さらっととんでもない事言ってるな。二〇キロ増えるって相当だと思うけど、今何キロあるんだろう。
「どんどん大きくなるね。そだ、私じゃなくて春男君が推してるかなちゃんだよ」
固まってるかなちゃんを、春男君にも見せるように引っ張る。
「……ども」
かなちゃんは、何だか借りてきた猫みたいになってる。
「本物だ! 僕かなちゃんの大ファンなんだよ! と言っても最近だから、にわかもいい所なんだけどね」
「最近なんですか?」
「うん。実はルビーちゃんがデビューするまであんまり知らなくてね。配信見てる内にファンになっちゃったんだ」
推し変か。かなちゃんもMEMちょも可愛いもんね。
「……そっか。良かった。今の私にもちゃんとファンはいたんだ」
安心したような表情を浮かべたのを見て、私も嬉しくなる。
「後で写真とかサインもらっても良いかな?」
「もちろん。そんなので良ければいくらでも」
「いいなぁ有馬ちゃんは。ちゃんとしたファンがいてぇ」
上機嫌になってきたかなちゃんをみて、MEMちょが素直に羨ましそうに言った。
「安心しな。ウチにはちゃんと全員のファンがいるさ」
「関林さんは勿論私だよね?」
「悪いな。俺は全員を推してるんだ」
「私の固定ファンが抜けていく……」
グループとして有名になっていくのも、全員を推してくれるのもすごい嬉しいけど、元々私だけだったはず、と思うと少し複雑。
「立ち話もなんだ、プレゼントもあるから中に入んな」
中に入ると、外と比べて一段と熱気がすごい。何回も叩かれて破れて補修されたサンドバッグや使い込まれたダンベルやロープなんかがたくさんあって、プロレスファンからしたらたまらない環境な気がする。
「運動できる服は各自持ってきてるな? 着替え用の部屋は用意してあるから、そこで着替え来な」
案内された部屋には三枚Tシャツが用意してあって、CJWのロゴが書かれたシャツだった。サイズはちょっと大きいけど、ちゃんとメンバーカラーで作ってくれてる。
せっかくだから早速着てみれば、私も何だか超日のメンバーになった気分になる。比べるまでもないけど、シャツの袖には余裕がだいぶあって、プロレスラーの皆みたいにパツパツになるには相当の練習が必要そうだ。
ただテンションが上がったのは一旦ここまで。
撮影が始まると、かつてのお兄ちゃんみたいにトレーニングを体験する事になった。そこそこあった自信は見事に砕かれて、一時間程度で完全に力尽きる。その後のご飯は揚げ物たっぷりのカレー。ハイカロリーなのはわかってたけど、美味しくてついたくさん食べちゃった。