一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「舞台?」
有馬と共にミヤコさんに呼び出しをくらったと思ったら、思ってもいなかった方向からの仕事の話だった。
「そう、舞台。今人気の『東京ブレイド』のオファーが二人に来てるわ。アクアは『刀鬼』役で、有馬さんは『つるぎ』役よ。どうする?」
「やります!」
有馬は即答だった。
舞台は何度か見に行ったことがあるが、演じ方はテレビや映画のような映像系とは異なってくる。有馬も舞台経験はあまりないはずだが、演技とくれば食いつかない事はない。
「ありがとう。アクアはどうする?」
原作は知っている。舞台経験がない事は懸念点として少しある。ただ、原作キャラを演じるという事に関しては、今日あまの時のストーカーに比べれば幾分やりやすい。刀鬼はメインキャラの一人で登場回数も多いから、どんなキャラクターかを深掘りする上での材料は十分ある。
「やってみようと思う」
「わかったわ。承諾の旨を連絡しておくから、スタッフ顔合わせの日程は分かり次第連絡するわね」
「ちなみに、他は誰にオファーが行ってるとかわかるんですか?」
「基本的には劇団ララライの役者よ。看板役者の姫川君にエースの黒川さん。他所からだと鏑木Pが推薦した鴨志田君に鳴島君もいるわ」
げっ、と言う声が溢れたのは今日あま関連のメルトに対してだろうか。あの共演以降、頻繁に連絡を取り合う仲になった、なんて事もない。あまり第一印象も良くなかったからな。ただあの一件以降頑張っている話は、噂程度では耳にしたことがあった。鏑木Pが推薦したのも、顔が良いだけではなくそういった面が強いのかもしれない。
原作キャラの設定から考えても、比較的若年層の俳優が抜擢されているようだ。役までは言われなかったが、この感じなら主人公の『ブレイド』は姫川だろう。黒川はどの部分が舞台になるかはまだわからないが、どの役でも完璧に熟せそうだ。
部屋を出れば、自然と先ほど受けた仕事の話になる。
「舞台って、だいたいどれくらいの準備期間あるもんなんだ?」
「だいたい最初の公演まで一月くらいかしらね。人によっては他の仕事との兼ね合いで中々稽古時間確保できなかったりするけど、アンタは大丈夫なわけ?」
「一時の繁忙期に比べたら、今は時間作れるから問題ない。そっちこそ急がないだろ」
規模はそこまで大きくないがライブもある上に、配信用の撮影もある。この前も関林さん達とコラボしていてそこそこ話題になっていた。最後の食事もオマケのように映っており、ルビーが割と大食いなのが公開されていた。
「忙しいっちゃ忙しいけど、望んでこうなってるから良いのよ」
「そうか」
演技に関しては、そもそも心配するなんて事が烏滸がましい立場だ。時間がなくても仕上げてくる信頼がある。
「私よりアンタの方が大変でしょ。初めての舞台で二.五次元、やり方とかわかるの?」
「舞台での演じ方に関しては正直素人も良い所だな。とりあえず顔合わせまでには基礎くらいは身につけておくつもりだ」
映像系ではリアリティさを追求していく事になる。カメラに捉えられる姿をイメージし、自然でありながらも魅せる演技をする。舞台は魅せる点では同じだが、演じるのはカメラの前ではなく観客の前。マイクがあると言っても全体に何を言っているのか、何をやっているのかがわかるように、発声や体の動かし方も大きくする必要がある。もちろん常に大きくてもダメで、抑揚をつけなければならない。更に編集も使えないため、カットなしの一連の演技が必要とされる。
本来はもっと細かな違いや、求められている物があるのだろう。これはあくまで俺が実際に舞台を見て感じた差だ。有馬や黒川に言わせれば、浅いと言われるかもしれない。
「そう。……その、良かったら、私が教えて上げても良いけど?」
「まずは自分で勉強してみるけど、わからない事があったら頼む」
「へ?」
「なんだよ」
「あ、いや、てっきりいらねえ、とか言われると思ってたから」
「お前の中で俺はどんな奴なんだ。わからなかったら聞くくらい普通にするだろ」
わからないままにしていても良い事は一つもない。
仕事を受けた以上は、最大限に努力して最高の結果を出すべきだ。そのために使えるのもはなんでも使う。有馬が教えてくれると言うのであれば、それこそ渡りに船だ。
もっとも、これまで培ってきた知識や技術がまるで役に立たないわけではない。事前知識ゼロで新しいことを始めるわけではなく、今ある物をどく擦り合わせるかも重要になって来るだろう。
顔合わせまでの期間で、できる限りの事をやってみた。最初こそ不慣れなために違和感を強く覚えたが、やはり回数をこなせば慣れてくるもので、未熟ながらにある程度基礎はできたと思う。有馬にも確認してもらったが、演技に煩い人間から「まあまあじゃない?」との評価を貰えたのだから一先ずは良しとしよう。ただ俺の役である刀鬼には対する役作りは、台本を渡されたタイミングもあってまだ自分でも納得のいくレベルになっていない。こちらも進めていかないと、なんのためにやっているのかわからなくなってしまう。
そして当日。
指定された場所へと向かう。レンタルされたスタジオ。コンクリートが剥き出しの無機質な部屋。スタジオに入ればすでに役者達が集まっていて、部屋に入ったタイミングで簡単に自己紹介をする。
十分前にもなれば全員が揃って、改めて今回のチームの紹介が始まった。主要キャストは揃っていて、本読みも今日やるようだ。
「アクア君。久しぶり」
「黒川か、久しぶりだな」
ガチ恋の一件以降、髪を伸ばしているようで以前よりもかなり伸びた。何となく髪型が母さんに似ている気がするのは、気のせいだろうか。
「今回初めて一緒にお仕事できるね。役柄的にも共演数は多いし、舞台は私の本業だからわからない事が合ったらなんでも聞いてね」
「ああ、頼りにさせてもらうよ」
黒川の役柄は刀鬼の許嫁である『鞘姫』。原作では出番もそこまで多くなく、最新話あたりでは許嫁の設定もほぼ死に設定となっている。とはいえ、舞台で演じる部分ではフィーチャーされているキャラでもあり、鞘姫と刀鬼の最後のシーンはかなり重要な部分になる。
「ソイツに頼らなくても私が教えてあげてるでしょ」
丸めた台本を片手に持った有馬が、俺ではなくて黒川を睨め付けるような目で見ていた。
「……かなちゃん、来てたんだ」
声低いな。黒川のこんなに低い声初めて聞いたぞ。
「ええ、来てたわよ。挨拶もちゃんとしたのに聞いてなかったの? 天才役者様は天狗になって、私みたいな木端には興味ないって?」
「誰もそうは言ってないでしょ。性格が歪んでるからそう捉えるんじゃない? そもそも、かなちゃんはつるぎ役で今回の話だと刀鬼とはほとんど絡みがないんだから、許嫁である鞘姫役の私の方が適任だと思うけど?」
「原作じゃ影薄くて、つるぎに出番もポジションも取られている鞘姫ちゃんがよく言うわ。それにコイツの演技は私の方が知ってる。よく知ってる私の方が有益なアドバイスできるから、アンタは必要ないわよ」
「よく知ってる、なんて面白いこと言うね。映像系メインのかなちゃんに、舞台演技に関して私より良いアドバイスができるとは思えないけど。最近はアイドルとしても忙しいみたいだし、演技も疎かになってるんじゃないの?」
「恋愛リアリティーショーで私生活切り売りした舞台女優様は、さすが言う事が違うわねー」
「……仲悪いなお前ら。共演者なんだから仲良くしろよ」
睨み合う二人の前で火花が散っている。
俺をダシにして互いに溜まっている鬱憤を言い合っているようにしか見えない。って言うか俺を挟んで言い合わないでくれ、マジで。周りの目がすごい事になっている。初対面の人も多いのに、誤解されてしまいそうだ。
実際、つるぎ役の有馬と共演するのはラストの数シーン。一方で鞘姫役の黒川とはかなりのシーンを共演する。ざっくり分けるのであれば、ブレイドを演じる姫川と有馬の『新宿クラスタ』チームと、俺と黒川の『渋谷クラスタ』チームに分けられ、この二つは敵対関係にある。有馬と黒川だけを見れば、役柄とそう差異はないかもしれない。
「いざ始まればちゃんとやるわよ。でも役で敵対してるんだから、期間中は無理に仲良くする必要なんてないのよ」
「奇遇だね。私も同じ事思ってたよ」
初日でこれか、先が思いやられる。
「有馬……だったよな。本読み前に軽くやろうぜ」
割って入ってきたのは、主役の姫川大輝。やる気のなさそうな表情、無精髭も剃っておらず、寝起きでそのまま来ました、と言わんばかりだ。演技力については疑いようのないレベルで、月九で出てた際とかなりイメージが違う。演じる際にスイッチが完全に切り替わるタイプだろうか。
「……良いわよ。軽くやりましょ」
姫川が来た事で我に返ったのか、有馬も大人しく身を引いた。
「お前もほどほどにな」
俺にかけられた言葉は、無機質な目の裏にいろんな感情が込められているように思えた。
黒川は有馬の後ろ姿を何か言いたそうに見ている。
「黒川も落ち着け」
「……ごめん」
「別に謝る必要はないだろ。って言うか何でそんなに目の敵にしてるんだ?」
「……昔からやりたかった役全部持ってかれて、頑張っても上をいかれるんだよ。それに性格も悪くて態度も失礼なんだから、こうもなるよ」
かつて天才子役と呼ばれた有馬かなと、今まさに天才女優と呼ばれている黒川あかね。昔から芸能界にいる同世代の同性ということもあれば、色々あったのだろう。あまり突っ込んで聞くのも野暮か。
「それにアイドルやったりユーチューブやったり、マルチタレントみたいに色々やって……。でも、その間私はずっと稽古してた。積年の恨みを晴らすチャンスが来たんだから絶対に負けない」
おとなしそうな黒川も、こうして話しているとかなりの負けず嫌いだ。モチベーションとしては不純な気もするが、十二分のようだ。
程なくして本読みも始まる。
俺が言うのも生意気だが、やはり全体的にレベルは高い。ララライの人達は舞台慣れしていて一つ一つがやはり勉強になるし、メルトも今日あまと比べたら別人だ。有馬も姫川相手では全力で演技ができるようで、今日が初日とは思えないほどのレベルの演技を見せつけてくる。
本番まで残された期間は一月ほど。
俺は、アイツらに追い付かないといけない。