一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 舞台『東京ブレイド』の稽古が始まった。

 顔合わせ初日は有馬と黒川で一触即発の様相ではあったが、姫川の助力で事なきを得た。数日も経てばある程度グループができる、と言うのは何も学校に限った話ではなく、今回の舞台でも同じだった。

 

 主演グループ、ララライグループ、ちょい役グループなど、簡単にカテゴライズするとこのような感じになる。ただグループが常に独立してるわけも当然なく、シーンによってはその垣根を超えて稽古をする。俺は主演グループにいるにはいるものの、周りがすごい分演技力の差を見せつけられている。姫川有馬は言わずもがな。これまで共演経験がなかった鴨志田も、二.五次元経験が豊富と言う事もあり、演じるキャラを現実に引き出すのが上手い。

 

 そんな中、黒川は台本と睨めっこをしている時間が長いように思えた。初めての共演だから、これが黒川のスタイルだと言われればそれまでだが、先ほども現在のララライ代表の金田一さんに指示にどこか納得いっていない様子だったこともあり気になってしまう。今もまさにそうで、スタジオの端っこで体育座りをしながら台本をじっと見ていた。

 

「どうかしたのか?」

「ちょっとね。鞘姫のキャラなんだけど、私の解釈と台本のキャラが違ってしっかり来なくて」

「ああ、なんか戦闘狂みたいなキャラになってるもんな」

「そう! そうなんだよ! 原作じゃもっと戦う事と人を殺める事に葛藤しながら表には出さない優しいキャラなのに」

「尺を考えたら、こういう変更もあるんじゃないのか?」

「無くはないけど……ちょっと度がすぎるよ」

 

 納得した。黒川の演技は、所謂憑依型の一つの極地。演じるキャラクターの情報を集めて分析して落とし込む。鞘姫は原作でもさほど出番は多く無く、史実の人間でもないため得られる情報量は少なく、おそらく想像と推測で補っている。そうして出来上がったキャラ像と今回のキャラに齟齬が生じているのだろう。

 

「こう言う時って、脚本家に聞いたらダメなのか?」

「あんまり推奨はされてないよ。演出に関しては演出家から受けるって暗黙の了解もあるし、初日に金田一さんも演者間でダメ出ししないように言ってたでしょ」

 

 色んな人にあれこれ言われると混乱しちゃうでしょ、との事。

 

 言わんとする事はわかる。人の数だけ考え方は異なるし、一つの役に対して様々な多くの意見があれば広い意見を聞ける一方で、何が正解かわからずに混乱する事もある。

 

「なるほど。とは言っても、このままじゃ上手く役に入り込めないだろ」

「それは、そうだけどさ」

「有馬に勝ちたいんだろ? やる事は早めにやった方が良いと思うぞ」

 

 有馬の方を見れば、今も姫川とメルトの三人でやり取りをしている。スタートが遅れている黒川に対して、有馬は完全にスタートダッシュに成功している。つるぎの役柄がハマっていることもある上に、共演シーンが多い姫川の高い演技力が有馬の演技を盛り立てている。

 

「勝ちたいよ。勝ちたいけど……脚本にケチつけるのは違うよ。私が組み立て直せば良いだけだから」

「ケチじゃ無くて正当な意見だと思うけどな。最後に決めるのは黒川だから、それで良いなら良いが。もし言いにくかったら、俺に言ってくれたら代わりに聞くぞ」

「大丈夫だよ。ありがと」

 

 拳願会突き止めた行動力はどこへ行ったのか。公私で違うと言われればまだそれまでだが。

 

 まあ、俺も人の事をとやかく言えるレベルではない。俺は俺で、まずは刀鬼というキャラクターを完璧に演じなければならない。

 

 鞘姫の許嫁と言う設定ではあるものの、刀鬼の言葉にあるように彼は鞘姫の懐刀だ。鞘姫の考えはいざ知らず、刀鬼の中では、鞘姫に対する崇拝や忠誠心が高いように思えた。そこに恋心はない。あっても僅か。望まれたから抱きしめる事はあっても、自らの意思でそれをする事はない。かと言って情が無いわけでも無く、関係としては恋人と言うよりも仲間と言った方がしっくりとくるかもしれない。

 

 性格は淡々としているから、出番の大半は演じやすい。

 

 映像系の演技ではちょっとした視線の動きや瞬き、呼吸なども小手先のテクニックとして使えたが、舞台ではもっと全身を使う必要がある。

 

 幸いにも、体の動かし方はわかっている。父さんに色々と習ってはいるものの、結局力の流れと言うものはいまいちわかっていない。ただ、こと自分の体に関しては、散々転がされてきた甲斐もあってどうすればどう動くかがなんと無くわかるようになった。

 

 体力面に関しても問題ない。まだ直すべきところ、磨き上げるべきところは多々あるが、全力で演じ切っても使い切る事はない。だからこそ、俺がやるべきは一番の見せ場とも言えるクライマックスのシーン。刀鬼を庇って致死性の怪我を負った鞘姫が奇跡的に目覚めた事で、これまで機械的だった刀鬼が感情を全面に出す場面。前半の鞘姫が倒れた部分はいける。自分が死んでいく時と、今なお忘れた事はない、さりなちゃんがこの世を去った時。絶望、無力感と喪失感を抱えて、心身共に冷え切っていけば良い。けれど後半のシーンに感して、刀鬼がどのような感情を抱いたかはわかっても、どのように演じるかをまだ決めあぐねていた。参考になりそうな人たちの顔が浮かぶも、少し考えて絶対に違うだろうと切り捨てる。なんて言うか、エゴの発露からくる笑顔が多いんだよな。仕合で闘争心やら感情が昂ったからこそ来るのもあるかもしれない。ただ、感情を全面に出せるのは、少し羨ましいと思ってしまう。

 

「黒川、最後のシーンの練習に付き合ってくれないか?」

「良いよ。やろっか」

 

 黒川に寝そべってもらい、演じてみる。

 

 刀鬼を庇って切られた鞘姫が倒れる。ひどい出血で、着込んだ着物がじわじわと赤く染まっていく。止血をしなければ、と言う考えはないのだろう。異常事態だ、目の前の出来事に処理が追いつからなくなる。

 

 力なく二、三事話す鞘姫の頬に触れ、首元に少しずらす。ゆっくりになっていく脈、冷え込んでいく体を想像する。それに合わせて、同じように刀鬼も心が死んでいく。

 

 本来ならブレイド達ともう一悶着あるが、今はそこを飛ばす。

 

 鞘姫の生還は、刀鬼がどうこうできたものではない。鞘姫の持つ剣の力を使ったブレイドとつるぎの協力によるもの。絶望の最中、奇跡によってゆっくりと鞘姫が目を開ける。ゆっくりと頭の下に手を入れて、割れ物を壊さぬように優しく抱き起こす。伝わる熱が、確かに生きている事を感じさせ、泣きそうになりながらも笑みを浮かべた。

 

 俺の中で、カットがかかる。

 

「ありがとう。やっぱり原作のままにすると、観客からしたらちょっとわかりにくいかもな。もっと大袈裟にやった方が良いか」

「……」

 

 反応がない。

 

「黒川?」

「え!? ご、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃった」

「稽古に付き合わせた俺が言うのも変だが、体調が良くないなら無理するなよ?」

「うん。本当に大丈夫だから」

 

 違和感を覚えながらも、それ以上は俺も言及しなかった。

 

 稽古は、基本的には昼から夜にかけて一日六、七時間やるが、全員が全員毎回出れるとは限らない。それぞれの役者たちも他の仕事が入っているケースもあるし、十代が多いからどうしても学業で出れない場合もあった。そんな時は代役の方が演じてくれる事もあり、いない場合でも不備がないような体系になっている。

 

 そして始まって十日ほど経った頃、その日は脚本家のGOAさんや、総合責任者の雷田さんも参加しており、原作者の鮫島アビ子先生と付き添いで吉祥寺先生がゲストとして訪れることになった。吉祥寺先生は今日あまの打ち上げで一度顔合わせしたが、鮫島先生は今回が初。今日あま組は吉祥寺先生に挨拶をすると、歓迎してくれた有馬や俺とは異なり、メルトにはどこか余所余所しかった。

 

「俺にだけ塩対応すぎね?」

「あの時は滅茶苦茶だったからな。好意的にってのも中々酷な話なんじゃないか?」

「まぁ……それはそうだけどさ。俺もあれは初めての演技だったんだし……いや、言い訳か。原作ぶっ壊したなら恨まれて当然だよな」

 

 あの時は違って、メルトは自分の演技を客観視しているようにも見えた。先生からしたら納得しかねるだろうが、あの経験もメルトにとっては必要な物だったんだろう。

 

「今更どうしようもないし、今回の舞台で成長した姿見せるしかないだろ」

「そうだな。汚名挽回できるようにやるしかねぇよな」

「……名誉挽回な。ベタな間違いしてんなよ」

 

 挨拶も終われば、再び稽古に入る。

 

 原作者が来ているからか、全員が普段よりも気合が入っているように感じた。

 

 だが、しばらくすると何やら揉めているような声が聞こえてくる。鮫島先生がGOAさんに脚本を全部直せと要求しているようだった。

 

「こう言うことって、よくあるんですか?」

「まー、無くはねーけど、このタイミングでこんな事言うのは稀だな」

 

 キザミ演じる鴨志田との共演部分の稽古だった事もあり、彼に聞いてみる。

 

「本番まであと二十日だぜ? 勘弁してほしいわ」

 

 それには同意だ。

 

 訴え通りに脚本が変われば、それに沿って役を作りな直す必要が出てくる。

 

 先生との衝突は終わる気配はなく、どんどんエスカレートしているように見えた。

 

「落ち着くまで稽古やっても無駄だな」

 

 やってらんね、とぼやいては、壁際に置いていた自分の荷物の元へ向かった。上着を羽織って水分補給をした後にすぐにスマホをいじり始めた。

 

 俺も体を冷やさないように上着を羽織る。耳をすませば会話も中身もより鮮明に聞こえてきた。どうやら相当揉めており、GOAさんをクビにして自分に書かせろと捲し立てていた。失礼だが、かなり子供っぽい。子供の癇癪を見ているようだった。ただ、原作者が許諾取り下げてしまえば当然こちら側は何もする事はできない。結果として、新しい脚本が出来上がるまでは稽古は中止となってしまった。今はこの言い方だが、最悪企画自体が没になる可能性もありそうだ。そうなってしまうと、個人的に稽古を進めるわけにもいかない。

 

 時間を見ればまだ夕方とするにも早い時間。元々夜までガッツリやる予定だったから時間がかなり余ってしまった。せっかくできた時間は有意義に使いたい。最近は中々できていなかった赤本使って勉強でもするか。これだけアドバンテージがあるのに本番で落ちたら情けないにも程がある。勉強はすればするだけ身になる。

 

 置いてあった荷物をまとめて、タクシーでも捕まえようとスマホを手にした時、双方から声がかかった。

 

「アクア君、この後ちょっと時間もらえないかな?」

「アクアー、早めに終わったら帰りましょ」

 

 黒川と有馬が俺の前でまた火花を散らし始めた。

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