一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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「アンタは一人で帰ったら? 私達は事務所に戻るだけなんですけど?」

「かなちゃんこそ一人で帰ったら? 同じ事務所だからって一緒に帰る必要ないよね。なに、寂しいの?」

「誰が寂しいなんて言った? 相変わらずお得意のプロファイリングでわかったような気になってなーんにもわかってないのね」

「……なんですぐに言い合い始まるんだよ」

 

 有馬と黒川の言い合いは、自然と注目を集めた。喧嘩するほど仲が良い、とは言うがこれはどうなのだのうか。売り言葉に買い言葉で止まる気配はない。

 

「なあ、二人とも少しは落ち着いたらーーー」

「アクア君は少し黙ってて」

「アンタは黙ってなさい」

「……なんでだよ」

 

 一応俺のことで言い争ってるんだよな。結局、それは口実なだけで、二人とも本当はただ言い合いたいだけなんじゃないかと思う。

 

 なんか、段々面倒になってきたな。

 

 コイツら置いて帰るか、なんて考えも過ってくる。しれっと抜け出しても気づかれないんじゃないだろうか。

 

「なあ星野、俺と飯行かね」

 

 また助け舟を出してくれたのは姫川だった。

 

「行きます。って訳だから二人ともまた今度な」

 

 答えは決まっていた。

 

「え、なら私も」

「悪いな。今日は男同士で飲むつもりなんだ」

「アンタ達未成年でしょうが」

 

 まだ何か言いたそうな二人を残して、俺は姫川と出口へと向かう。しばらく無言が続いて、スニーカーが床に擦れる音と、革靴特有のコツコツした音が大きく聞こえる。

 

「姫川さん、ありがとうございます」

「別に。あのまま見てんのも面白かったけどな。あんな黒川見るの初めてだったし」

 

 有馬は大体イメージ通りだ、とも言っていた。

 

「普段はあんなじゃないんですね」

「まぁな。あそこまで他人に興味持つとは思わなかったが」

「……なんか、すみません」

「だから良いって」

 

 外に出れば既にタクシーが一台停まっていた。

 

「少し早いけど飯行こうぜ」

 

 タクシーに乗り込み、姫川の指示に従って動き出す。

 

 夕飯にも早すぎる時間。ある程度体も動かすとはいっても、まだそこまで空腹感はない。行き先はスタジオから少し離れたボスバーガーで、昼飯を食べてなかったらしい姫川は普通にセットメニューを頼んだ。俺は飲みものだけを頼むことにした。

 

「星野は演技初めて何年になんの?」

「一応子役からやってたので、十年以上には」

「ふーん。俺も子役からやってるが、共演した事なかったな」

「そうですね。姫川さんはずっと舞台に?」

「そうだな。最近は映像系の方にも出るようなったけど」

 

 メガネは印象を変えるアイテムではあるが、それ以上に気怠そうな雰囲気が、ブレイド役との時と正反対だ。月九の時も快活なキャラを演じていたが、上手い人達の切り替えや演技の幅には驚かされる。マスクもしていないが、これならぱっと見では誰だかわからないだろう。実際に周りには歳の近い学生達もいるが、気づいてはなさそうだった。

 

「やっぱり勝手は違いますか?」

「違いがあるって言う奴はいるし否定はしないけど、俺はそこまで感じなかったな。元々相手の表情とか気にしないってのもあるだろうけど」

「よくそれで演技できますね」

「舞台じゃ遠くの客席は演者の表情なんて見えないだろ? なら動きだけで魅せるべきだし、役者同士なら動きだけで語り合えるはずだ」

 

 一理あるが、それを実現できる役者が一体何人いるのだろうか。一流とされる人間は、やはり常人とは少し感覚が違うと思わされる。敵ではなく共演者だが、勝つためにも何が必要かを考える必要がある。

 

 その後はたわいのない話を続けた。場所が場所だけにすでに身バレするような際どい内容ではあったが、お互いにそこは気にしていなかったこともあったのだろう。

 

 二件目行こうぜ、と飲みにでも誘うかのように姫川と二件目に行くことにする。冬至にかけて夜の時間が増えてくるため、すでに空はだいぶ暗くなっていた。夏の湿度のこもった空気とは一転して、乾いた空気に変わっている。

 

 また少しタクシーを走らせ、目的に着く。ビルが数多く立ち並ぶ中、いわゆるそう言う店がちらほらと看板を立てている。姫川の足取り迷いがなく、その中の一つの店に向かっている。

 

「あの、俺未成年なんですが……」

「心配するな、俺もだ。別に酒飲みに来たわけじゃねぇよ」

 

 店の看板を見れば店名は見慣れないが、系列店なのだろう。ゴールドプレシャスグループと、見知った企業名が書かれていた。足が途端に重くなる。この感じはスナックとも違う、キャバ……いや、ガールズバーか。もし、万が一、俺が懸念している人がいたら、俺は終わるかもしれない。

 

「何突っ立ってんだ。入ろうぜ」

 

 まあ、酒は飲まなきゃ良いだけだし、俺は連れてこられた立場か。

 

 なんとか自分に言い訳しながら店に入ると、中身は新しく、オーセンティックな作りだった。カウンター奥にはいくつもの蒸留酒が並んでいて、黄色いライトがそれらを照らしている。さすがに早時間のため他に客はおらず、男性のマスターの他に若い女性スタッフが数人いるだけだった。ただ、女性スタッフの服装はやや際どい。

 

「ここはアイドルとかモデルとかやってるけど売れない子達が事務所に黙って働く店だ。ちゃんと教育も行き届いてるから口も硬いし、会員制だから人も限られてる」

「よく来るんですか?」

 

 まだ未成年だろに、妙に慣れている気がする。俺も昔、初めて行った時は随分とそわそわしたのを思い出す。

 

「そこそこな、俺可愛い子好きだからさ。オレンジジュース一つ」

 

 頼むのはお酒じゃないらしい。

 

「そう、ですか……」

 

 俺は何を聞かされているのだろうか。俺も飲み物を聞かれたので、同じものを頼む。

 

 オレンジジュースはゾンビグラスに入れられてすぐに運ばれてきた。

 

 乾杯して、念の為恐る恐る一口飲む。飲んだら実は酒だった、という事はなく、ごく普通のジュース。

 

「今日はなんで俺を誘ってくれたんですか?」

「ん? ああ、そうだったな。お前が黒川と有馬をたぶらかしてそうだから、忠告しとこうと思ってな」

「忠告?」

「別にどっちかが俺の女、って訳じゃねぇよ。単にあんまり弄んでると、後々碌なことにならないぞって言いたかっただけだ」

「俺は別にそんなつもりは……」

「天然たらしか? タチ悪いな」

 

 この業界は人前に立つ仕事で目立つ分、色々と噂も立てられやすい。あのドラマで共演した二人が付き合っているとか、当の本人達はまるでそんな事が無いのにも関わらず、記事が作られる事もある。たまたま出会って一緒に歩いていたらだけでもデートだと言われることもざらだ。

 

「説教臭くなったが、遊びたいならこういう所が適度にライトで丁度良いぞってだけだ」

 

 同業者だから口は硬い上に、スタッフ側も事務所にバレないために一層隠そうとするからだろう。

 

 口の中が渇き、またグラスに口をつける。

 

「……正直、程度はどうあれ、二人から好意を寄せられている事はわかってますよ。ただ、それをどう受け取って良いかが俺にはわからないんです」

 

 きっと俺が単にアクアマリンという人間であったなら、どちらか一方の手を取ったのだろう。だが実際は、見た目は一五歳でも中身は三〇を過ぎたオッサンだ。何が原因で好意を寄せてくれているのかはわからないが、吾郎としての記憶からくる振る舞いによるものだとすると、騙しているような気分になる。誰かに相談も、転生と言う特異な事象を考えると早々いない。同じく転生したルビーは女の子だし妹だ。こういう話はあまりしたく無い。

 

「それに、そういった事に応えるなら、半端は気持ちじゃダメな気がしていて」

「半端って?」

「……どこかで別れたりとか」

 

「要は付き合うなら、結婚まで考えてるって事か?」

 

 口にするのはなんだか恥ずかしくて、思わず首肯してしまう。

 

 姫川は飲もうとしていたジュースから手が遠ざかった。

 

「マジかお前。……ああ、そう言えばお前の親がそうだったのか」

 

 明確に分けられるわけでは無い。成長とともに境が曖昧になってきていているが、きっとこれは吾郎でなくアクアとしての感性なのだろう。親を見ていると、どうしてもそこまでイメージしてしまって、余計に軽率な答えを出せなくなっていた。

 

「そんな感じですね」

「お前の母親はアイだろ? すげー美人だよな。父親の事は全然聞かないけど同業者?」

「同業……では無いですね。詳しくは言えませんが」

「別にそこまで興味はないが、羨ましい限りだな」

「羨ましい?」

 

 父さんに対してか、俺に対してか。

 

「ああ。俺の父親はクソ野郎でな。どうやら母親以外にも才能あるタレントに手を出してたっぽいんだ。朧げながらに覚えてる記憶でも親父のことが嫌いでさ、隠してもないから少し調べたらわかると思うが、クソな事に加えて母親道連れにして心中してんだよ」

 

 淡々と語るが、内容は想像を絶するものだ。実の両親が心中し、突然一人でこの世に放り出される感覚は、俺にはきっとわかることはできない。

 

「もしかして、俺が同じ轍を踏むと思って事前に諭そうとしたって事ですか?」

「諭すなんて大層な事言うつもりはないが、とりあえず気をつけろよって話だ。別に二人に手を出してたって、その後の事は全部自己責任だしな」

「だから出してないですよ」

「だろうな。思ってた以上にピュアな考え方しててビビったわ」

「別にピュアじゃないです」

「照れんなよ」

「照れてません」

 

 そうは言っても、具体的な例を出されると自戒する必要があると思わされる。小さい頃から父さんと母さんのように稼げるほどの能力がある訳じゃない。タレントとしても続けるのは卒業までと決めているし、医学部に入ったとしても将来が安泰とは言わない。ある程度明確な将来が見えてきた時に、と考えていたが、それだと遅いのかもしれない。

 

「あら、大輝君。また来てくれたの?」

 

 聞き覚えのある声に、体が硬直する。

 

「理乃さん、ども。今日はツレも一緒に遊びに来たんだ」

「お友達かしら。はじめまして……あら?」

「……こ、こんばんは……」

 

 終わった。

 

 企業名見た時点で最悪のケースとしては想定していたが、まさか本当に出会うとは。なんで大企業のトップが今日に限ってここにいるんだよ。

 

「あらあら。まだ未成年なのにこんな所に来るなんて。アクア君もおませさんね」

「いや……あの、違くて……」

「何、知り合い?」

 

 姫川もこれは想定外だったようで、なかなか変わらない表情が驚いた物に変わる。

 

「ええ。アクア君のお母様のアイさんとはお友達なのよ。だからアクア君もルビーちゃんも割と小さい頃から知ってるわ」

「それは初耳だな。どこで知り合ったの?」

「内緒。大輝君にもこればっかりは言えないのよね」

「相変わらずの秘密主義か」

 

 できれば今日ここに来た事も他言無用でお願いしたいが、まあ無理だろうな。変に期待しない方がこちらの気持ちも楽だ。

 

「別に秘密主義ってほどじゃないのだけれど、もう少し大人になってからね」

「二十歳になったら教えてくれんの?」

「どうしようかしらね」

 

 気安い感じで話しているが、二人は長い付き合いなのだろうか。

 

「お二人は知り合いなんですか?」

「知り合ったのは最近だな。血は繋がってないけど、理乃さんは俺の叔母らしいんだ」

「らしい?」

「あまり良い話ではないから、アクア君にもここは内緒よ」

 

 よくわからないが、双方が納得しているなら良い。複雑そうな関係だが、先の話を考えると姫川の両親はすでに他界している以上、天涯孤独な身だったのだろう。そんな彼にも血縁関係はなくとも親しい間柄の人間がいる事に、少しばかり安堵を覚えた。

 

 理乃さんが来た事で重くなっていた雰囲気も霧散し、しばらくは三人で話をする。どうにもこの店は新しい店舗のようで、簡単な視察に来たようだ。姫川と居合わせたのもたまたまのようだが、俺からすれば後1日早くから遅くに来て欲しかった所だ。

 

 店も早めに抜ければ三軒目はなく帰宅。

 

「ただいま」

 

 玄関を開ければいつも通りの我が家、だったらどんなに良かったか。

 

「おかえりー。さっき理乃さんから連絡があったんだけど、後でゆっくりお話ししようね」

 

 母さんからの宣告に、俺は「はい」としか言えなかった。

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