一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 アイが不機嫌な時はあるにはあったが、明確に叱っている姿見るのは初めてだった。怒鳴り散らすのではなく、淡々と普段と同じ口調で攻めているのが怖い。しかもそれがアクアに対してとなると、尚更珍しいものを見た気分になる。キャバクラだかガールズバーだか、倉吉さんの所の系列店に言ったようだ。あの人はアイと仲が良いから、すぐに情報が回ってきたようで、帰ってきて早々にアクアはリビングで正座をすることになっている。

 

 スマホが振動する。表示されるのは久しぶりの相手。通話ボタンを押せば、表示通りの相手の声がした。

 

「御雷か、どうした?」

『大した事じゃない。理乃の店にアクアが来たのは聞いたか?』

「聞いたよ。今目の前で怒られてる」

 

 俺ともうそこまで差がない身長があるはずなのに随分と縮こまってる。

 

 アクアは頭が良いから、アイの怒りもあってやらかしたことを自覚してるんだろう。

 

『遅かったか。姫川が話をするために連れてきたみたいだが、酒を飲んでない事は間違いない』

「姫川?」

『理乃の甥だ』

「へえ、甥っ子がいたのか。アクアの件、わざわざ教えてくれてありがとよ」

 

 あそこも中々複雑な家庭だからな。他にも甥っ子姪っ子や、兄弟がいてもおかしくはないだろう。

 

『構わない。店を出る時にだいぶ沈んでいたようだからな』

「ならほどほどで止めとくわ」

『そうしてやってくれ。じゃあな』

「おう。今度また闘ろうぜ」

『ああ。次は勝たせてもらう』

 

 電話が切れる。

 

 他人に気を使うようになるとは、随分と人間味が増した。トーナメント以降は中国に渡って呉氏の元で修行していたこともあり、かなり強くなっているはず。ガチで闘える機会はまだないが、楽しみだ。

 

「たっだいまー」

 

 アクアとしては良くないタイミングでルビーも帰ってきた。遊びに行くと言っていたからかいつもよりも幾分上機嫌な声色だ。

 

「おう、おかえり。楽しかったか?」

「うん! 楽しかったよーーーってお兄ちゃん何怒られてんの?」

 

 一瞬悩む。アクアのためにも隠しておいた方が良いのかもしれないが、どの道わかることか。

 

「連れてかれただけっぽいが、友達と倉吉さんの店に行ったんだと。とりあえず帰ってきたなら手洗ってこいよ」

 

「理乃さんの? ……うっわ、サイテー」

 

 吐き捨てるような言い方。快活なルビーから一転して、軽蔑するような冷たく鋭い言葉が、アクアに突き刺さる。心なしかアクアの頭がさらに下がる。

 

 ルビーもこんな顔出来るのか。初めて見たがアイドルがしちゃダメな顔だろ。

 

 そそくさと洗面所に行くルビーを他所に、説教はまだ続いてる。

 

「アイ、ルビーも帰ってきたしその辺にしてやれよ。アクアだって悪い事したのはわかってるだろ。付き合いで行っただけで、普通に姫川って奴と酒も飲まねえで話してだけだってよ」

 

「でも……」

「怒るのもわかるけどよ、あとは俺から言っとくから大丈夫だって。ほらアクア、向こう行くぞ」

 

「……はい」

 

 萎れてんな。こりゃあ相当堪えてるみてえだ。立つ姿もフラフラしていて、目が死んでる。こんなアクアも初めて見た。

 

 行く当てのない足取りのアクアを誘導しながら、アクアの部屋まで連れて行く。そのまま力尽きたかのように、アクアは自分のベッドに倒れ込んだ。

 

 普段あまり入ることのない息子の部屋。俺とアイの部屋とは違って本が多く、本棚も壁一面に設置されていてほぼ埋まっている。最初にせがまれて買った本もまだ置いてあるようだ。机にも、こちらは勉強用だろうか、いくつかブックスタンドに立てかけられていて、分厚い赤い本に目がいく。取り出して見れば、表紙には帝都大学医学部医学科と書かれていて、そこ専用の参考書だろう。椅子に腰掛けてそれを開いて何ページか適当に見てみるが、まるでわからん。座標空間って何だ、日本語か? よくこんなの解けるな。

 

「いつまで凹んでんだよ」

「……凹んでない」

 

 アクアは屍のように動かない。

 

 しばらく放っておくと、うつ伏せ状態だったアクアが顔だけ動かしてこちらを見た。

 

「怒らないのか?」

「散々アイに叱られただろ。俺が改めてする必要はねえよ。それとも俺にも叱られたかったか?」

「そんなわけないだろ」

「だろ? 反省してんならそれで良いさ。アイだって心配してるから叱っただけで、別に憎いとか嫌いとかそういうのじゃねえよ」

「それはわかってる」

「そうか。ってかそもそも何で行ったんだよ?」

 

 間が開く。言うべきかどうか悩んでいるようだ。少し無言が続くと、アクアがようやく重い口を開いた。

 

「……俺が、有馬と黒川を誑かしているように見えるから気をつけろって話をされたんだ。店は多分、姫川が行きたかったのと、そういった話ができる場所がそこだったってだけだと思う」

「あの二人を誑かしてる、か。お前もやる事やってんな」

 

 アクアには申し訳ないが、思わず笑いがこぼれてしまう。

 

「笑うなよ」

「悪い悪い。ちゃんと人並みにそういった感情があって安心したよ。アクアの言い方的には二股かけてる訳でもなさそうだし、どっちが好きかわからねえとかか?」

「……違う」

 

 仮にそうだったら流石に怒らざるを得なかったが、そうでなくて安心した。

 

 自分の恋愛相談を親にはしにくいだろう。せっかく注意してくれる相手ができたのだから、その手の相談はそっちにする方が良いかもしれない。

 

「アクアが抱えてる悩みは正確にはわからねえが、若いんだから色々と考えて自分なりの答えを出せば良いさ。ただ、今回のを機に変に意識して黙って二人と距離取るとかすんなよ」

「そんな事しない」

「なら良い。あかね嬢はまだよくわかんねえけど、かな嬢は気が強そうに見えてその辺敏感だろうからな」

 

 家庭環境考えるとそれもわからなくはない。自分で決めて一人暮らしをするのとはまた違い、あの境遇は孤独に近い。それは寂しいだろう。苺プロに来て、ルビー達とアイドルやって、少しでもそこが自分の居場所だと思えるから良いが。

 

「わかってる」

「そうか。せいぜい悩めよ、若者の特権っていうだろ?」

 

 二人のことを好きなのかどうかはよくわからんが、年相応に悩めば良い。

 

「父さんはほぼ悩まなかっただろ」

「そりゃあ目の前に大きくて綺麗な星があったからな。それに関しちゃ迷いようがねえ」

「惚気やがって」

「良いだろ? それがお前らの母さんだよ」

 

 逆に居なきゃどうなってた事か。適当に利用されてこの歳まで生きてなかったかもしれない。運命なんて信じる柄ではないが、出会えたからこそ、周りの人達との付き合いもある。本当にクローンなのであれば、そもそも特異な生まれだ。出来過ぎなくらい当たり前の幸せを享受できている。

 

「知ってる」

 

 アクアとの話も済ませて下に降りれば、アイの姿しか見えない。軽く見渡してもルビーの姿はなかった。

 

「ルビーはどうした?」

「先にお風呂入ってるよ」

「ならしばらくは戻ってこねえな。んだよ、アイも凹んでんのか」

 

 ソファの上でクッションを抱えながら縮こまっていた。

 

「怒りすぎちゃったかなーって反省中」

「んなことはねえだろ。俺がいってもあんまり説得力ねえしな。アクアも反省してたよ」

 

 今のアクアと同じ歳の時にはガッツリ裏に関わっていたから、むしろアクアの件は可愛いくらいだろう。そんな俺に言われても、アクアとしては納得できない部分もあるはず。任せた形になってしまったが、結果的には良かったんだろう。

 

「それは当然だよ。さすがに未成年でそう言うお店は早いって」

「そりゃあそうだ。でもまあ、俺はちょっと安心したよ」

 

 アイがソファの端に座っている事もあり、家族四人座れるそれが普段よりも大きく見えた。密着する距離ではないが、隣に座る。

 

「安心?」

「ずっとお利口で、俺らの子供だって思えねえほど賢かったろ。問題も起こさねえし助けられる事も多かったからな。行き場所はアレだったが、聞いてみれば年相応の悩みもあったりして安心したんだよ」

 

「そうだね。……年相応の悩みって?」

「秘密。男同士の秘密ってやつだな」

「何それ」

「別に変な事じゃねえよ。言ったろ、年相応だって」

「ふーん。良いよ、だいたい想像つくから」

 

 約束したわけでもないが、あえて言う事もない。アクアもアイに知られるのは恥ずかしいだろう。でなきゃ最初に叱られてる時に理由を全部話したはずだ。

 

「なんかすっかりお父さんになっちゃって」

「もうちょいで一六年だしな。そんだけやってれば、俺でもそこそこにはなんだろ」

「あっという間だったよね」

 

 アイと出会った時からであれば、もう二〇年以上も経つ。

 

「最初は生意気でこんなに無愛想だったケイが、こんなに大きくなるなんてね。二児のパパなんて当時のケイじゃ考えられないでしょ」

「俺自身も驚いてるよ。単に歳取れば大人になるって訳でもねえんだ、こう成れたのはアイやアクアとルビー、社長やミヤコさん達のおかげだろうな。だから、ありがとよ」

 

 自分でもクソガキだったって思うくらいだ。周りからはさぞそう思われていた事だろう。爺ちゃんは、おそらくその部分を気に入ってくれたのかもしれないが。ただ、仮に爺ちゃんの所で世話になっただけではこうは成らなかっただろう。今があるのは、間違いなく他の人達のおかげ。

 

「どういたしまして。私の方こそありがとね」

「おう、どういたしまして」

 

 途端にアイがソファから立ち上がると、抱えていたクッションをこちらに放り投げて伸びをする。

 

「よし! うじうじタイムは終わり! いじけてたらどんどんオバチャンになっちゃうよ」

「どう言う理屈だよ」

「知らないの? なんかそういうメンタルが影響するのあるらしいよ。どこかで聞いたことある」

「ふわふわしすぎてわかんねえよ」

 

「あーあ、これならジャッキーさんにヨーガの呼吸教わっておけばよかったよ。なんか老化がゆっくりになるんだって」

「対抗戦で世話になったって人か。なんか凄そうな技だけど簡単に教えてもらえんのかよ」

 

 アイが言うには、おそらくは俺達のオリジナルとされる人物。あんまり嫌な感じはしなかった、とは言っていたが、本当のところはわからない。

 

「大丈夫じゃない? 本人がよかったらーって言ってたし」

「何だか適当そうな奴だな」

 

 もし機会があるのであれば、何でクローンなんかを作ったのか聞いてみたいところだ。何らかの目的があるにせよ、三人とも野放しにされている理由もよくわからない。爺ちゃん達からの話を聞いた際は回生(フイシュン)かとも考えたが、あれは幼少期から口伝で行われる力技。ここまで年齢を重ねた今からでは遅すぎるはずだ。

 

「執着があんまりないんじゃないかって気もするけどね」

「かもな。何にしても、俺も一度は会ってみてえな」

「案外すぐに会えたりしてね」

「適当な感じなら、意外とその辺ふらふらしてるかもしれねえしな」

 

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