一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 原作者と脚本家の件だが、結論から言えば一応は丸く収まった。GOAさんが脚本を担当した演劇を鮫島先生が見た事と、プロデューサーを務める雷田さんが奮闘したようだ。雷田さんも雷田さんで、苺プロやララライ側からどうすんだとせっつかれて半分やけになっていたとは後から聞いた。

 

 新しい脚本は、リアルタイムで鮫島先生とGOAさんが共同で作り上げていったようで、演劇の動きで魅せられる事を理解した先生がどんどん説明を削除。GOAさんも凝り固まっていたシコリが取れた事と、鮫島先生からの評価が好転した事で、同様にならここも不要ですよね、と言いながら削除を繰り返し、その結果出来上がったのは軸はそのままに、けれど大半が役者にぶん投げたとんでも脚本となった。

 

 かつて指摘のあったキャラの矛盾は解消され、黒川もこれならとやる気が増している一方で、主人公のブレイドを始めとした武闘派キャラを演じる縁者達は、消費カロリーが高そうな脚本にやる気を出しながらも息を呑んだ。

 

 ざっと目を通した限り、刀鬼はそこまで変わっていないものの、最後のシーンでは感情演技全振りな形になっていて、一番の見せ所のようになっていた。

 

 初公演までの時間は限られている。残り二週間の突貫、中々にハードなスケジュールとなる。俺の一番の課題は分かりきっている。動きの多い今回の演劇は、その部分に関してはさほど気にしていない。

 

 殺陣用の木刀を持って、軽く上に放り投げる。重心を軸に回った木刀は空中で一瞬の停滞をしてから同じように回って降りてきては俺の手に戻ってくる。本番で使う模擬刀とだいたい同じ長さと重さ。重心は少し違うが、刀が一つのキーになる本作では重要度な高めの小道具。

 

「すげー事やってんな」

「……そうか?」

 

 近くにいたメルトから言われて、一瞬何の事かわからなかった。

 

「ボールじゃねぇんだから、そんな簡単にできねぇだろ」

「ああ。多分何度も転ばされてきたからだな」

 

 メルトは疑問符を浮かべているが、これはひたすら二虎流の操流ノ型を学ぶために何度も何度も転げ回ったからだろう。他人の力の流れは無理でも、自分の体の動かし方や、木刀のような簡単な構造をした物なら何となく重心が分かるレベルにはなっていた。

 

「やっぱり才能ある奴ってすげぇな。俺は新しい台本通りにだってできる気しねぇよ」

「勘違いしてるが、俺にそんな才能はない。体の使い方がわかってるだけで、それを身につけるためにはかなり時間を使った。本当に才能あるのは他にいる」

 

 俺の視線の先には、有馬や黒川、姫川達がいる。俺とは違う本物。

 

「そうなのか?」

「なんだかんだ子役からやってるからな。自分に才能がないのは自分が一番よくわかってる」

 

 メルトは俺なんかも才能あると思ってくれたのだろうか。嬉しいことではあるが、現実は残酷だ。先にあげた三人の他にも才能ある人を沢山見てきたし、やはり人気が出たり、強かったりする人は当たり前な顔をしてひたすらに練習をする。

 

「ただ思うのは、結局努力の量が大事だってこと。才能ある奴は、単に努力を努力だと思ってなくて、俺らからすれば馬鹿みたいな量をひたすらに積んでこれるって事だ」

「……じゃあ凡人が勝つは無理じゃねぇか」

「何を持って勝つかにもよるが、そうでもない。やり様はいくつかある。あちこち手をつけるより、何か一つに絞るとかな」

 

 限られた時間、そもそもの基礎力に差がある状態から始めれば、大天才でもない限り短時間で追いつけるわけがない。ゲームの敵とは違って、当然相手だって更に力をつけてくるから、同じ事をしていても差は開く一方だ。やるのであれば、一点特化をするしかない。その一点をどうするかはメルト次第。

 

「一つに絞る、か……」

「とりあえず考えてみたら良いんじゃないか」

「教えてくれても良くね?」

「こう言うのは自分で答えを出した方が良いだろ」

 

 他人から示された答えと、自分で導き出したそれは意味合いが異なる。自分よりも詳しい人に聞けばより正しい事を得られるかもしれないが、気づきの機会を失うことになる。自分で考えて仮に失敗しても、次は同じ轍を踏まないように更に考える。いきなりは無理でも、自ずとそれが成長に繋がるはず。

 

「そんな事はわかってんだよ……」

 

 メルトは眉間に皺を寄せ、何か思い詰めるかのように目線を下に落としている。今日あまの一件から、メルトが演技に対して真摯に向き合って努力している事は少ない時間見ただけでもわかる。ただ、今回集められたメンバーは実力が伴った役者が多く、その中でメルトは悪い意味で浮いてしまっている。

 

 もし作品をダメにしてしまったら。そんな事を考えているのだろう。

 

 確かにまだ下手かもしれないが、台無しにするほどではない。難しいがフォローだって何らかの方法でできるとは思うが、

 

「……もし俺がお前なら、一番の見せ場に注力する。今からどんなにがむしゃらにやってもただの演技で勝てないんだから、邪道でも何でも、使える物を使って客の目を引く方法を考える」

 

 結局、放ってはおけなくなって意見を述べてしまった。

 

 今回の脚本において、メルト演じるキザミの見せ場は匁との対決シーン。俺がもしキザミの役なら、そこに焦点を当てて少ない時間を使う。一つでも凄い所があれば、観客含めて周りの見方も変わってくる。

 

「わかった、とりあえずやってみるわ。サンキュー」

 

 自分用の木刀を持って、メルトは台本を睨むように見ながら離れていく。

 

 入れ替わるように、黒川が近づいてくる。

 

「優しいんだね」

 

 会話の内容は聞かれていたようだ。

 

「本当は、全部自分で気づいた方が良いとは思うんだけどな。なんて言うか、世話焼きな性分みたいだ」

「そんなダメな事みたいに言わなくても。私は良いと思うけど」

「どうかな。そもそも俺も、人様にどうこう言えるレベルじゃないんだ。まずは自分をどうにかしないと」

「それこそ、そんな事はないとは思うけど」

「いや、全然。俺自身が納得のいくレベルに達してないんだ。完璧には程遠い」

 

 母さんなら、父さんなら、もっと高いレベルを目指してもっと高いレベルで悩む。隣で首を傾げている黒川や、遠くで早くも演り合ってる有馬と姫川もそう。聞くなら彼らの方が良いだろうに。

 

「完璧かー。私も目指したいけど難しいよね」

「黒川もか?」

「それはそうだよ、私なんかまだ全然。今回の新しい脚本だって、鞘姫の新しい一面が見れて考察しがいがあるし。それに完璧って、言葉から答えは一つにしかないように思えるけどきっと色んな完璧があるんだと思うよ」

「いろんな完璧、か」

「そうそう。例えば演技に関してだってそうだし、格闘技だってそうじゃないの?」

 

 最後は、声量を落として耳元でひっそりと告げる。

 

「……危ないこと言うなよ」

「大丈夫だよ。ちゃんと周りに聞こえないように言ったし、言葉だって選んでるでしょ?」

「それはそうだが」

 

 格闘技のワードだけで辿り着ける人間はいない、か。

 

 だが、黒川の言う通り完璧も様々あるかもしれない。山下さんみたいに格闘技の知識も優れた目もないが、今のトップ層も誰かが絶対的な王者というわけでもなく、その日の調子や相性次第では勝ち負けが変わるだろう。誰もがそれぞれの武術としては完璧に近いレベルだが、極めても同一にはならない。素人目に見てもそれぞれの系統は違いすぎる。

 

 もしくは、俺らが思っている完璧というのは実はまだ途中段階で、極めたら辿り着く先は収束するのだろうか。だとすれば、どのような形になるのか。少しだけ見てみたい。

 

「まぁ、何にしても俺もやることをやるしかない。帰りは送って行くから、もし時間あるなら稽古に付き合ってくれ」

「うん、良いよ」

 

 ちなみに、例の件は黒川と有馬にもそれぞれ話をした。行った事はもう事実で、下手に隠して後々バレた時の方が恐ろしい。本当の理由は恥ずかしくてとてもではないが言えないから、黒川には裏格闘技の件で伝え、有馬には……良い理由が思いつかなくて演技の話をしに行ったが店は完全に故意ではないと伝えたが、「このスケコマシ三太夫が」とゴミを見るような目で謗られた。今も、若干避けられ気味な状態で、正直凹んだ。

 

 ちょうど金田一さんもいるから、思いついた何通りかを試して見てもらう。個人的に一番良いとは思った物に対して、

 悪くはない。感情表現はもう少し大袈裟でも良いが、あとはどちらかと言えば動きの方だな。この距離で見ればわかるが、舞台は遠くの観客にも伝える必要がある。こちらはもっと大きく動かして良い。

 との評価だ。

 

 瀕死の状態から奇跡的に生還した鞘姫を前にして、刀鬼は安堵、強い喜びや希望、不安からの開放を感じていた事は間違いないはずだ。

 

 嬉しかったことや楽しかった事を思い出してやっていたから、この評価は嬉しい。

 

「アクア君はさ、どんな時の思い出を参考に演技してるの?」

 

 どのシーンでという指摘はなかったが、何を指しているかはわかる。

 

「嬉しかった時の事。家族で過ごしてる時の事とか」

「やっぱり、家族が大好きなんだね」

 

 笑いながら改まって言われると恥ずかしいな。

 

「別に、良いだろ。俺にとっては大切な事なんだ」

「馬鹿になんてしてないよ。良い家族なんだなって改めて思っただけ。金田一さんがああ言うのだって珍しいんだから」

「そうなのか?」

「そうだよ。悪くないってのは良いって事。もっと自信持って良いと思うよ」

 

 前世は、育ててくれる人はいても、家族はいなかった。

 

 祖母には感謝している。あの人からすれば、自分の娘を殺して生まれてきた俺をちゃんと大人になるまで育ててくれた。祖父のように、恨むかのような視線を向けてくる事もなかった。ただ、胸中はどうだったかなんてわからない。母親のことだって写真越しでの顔と、書類上で名前と漢字を知ったくらいだ。どんな声をしていたのかもわからない。父親も同じ。孕ませて逃げたクソ野郎だから、どんな顔をして、どんな名前をしているのかも知らなかった。

 

 だからだろうか、推しの子、と言う点は除いても、父がいて母がいて、妹もいるごく普通の環境が、俺には眩しいほどに嬉しい。何気ない日常で良いんだ。幸か不幸か、俺はそれがどれだけ幸せなことかちゃんとわかっている。

 

「そうか。なら方向性は間違ってなかったって事か」

 

 残り時間は今の方向でそれぞれをブラッシュアップさせていけば良い。誰の模倣でもない、俺自身の感情を使った演技の評価を受けて、ほんの少し、自信がついた。

 

 稽古を終えた頃には、完全に外は暗くなっていた。湿度が低い分冷たく感じる空気を受けながら、タクシーに乗り込む。

 

「悪いな。俺の稽古にばかり付き合わせて。あんまり自分のできなかっだろ」

 

 時間のほとんどを自分の稽古に使ってしまい、黒川はほとんど自分のやりたかった事ができなかったように思える。

 

「ううん。私もアクア君の演技から学ぶ事あったからこれはこれで良い稽古だよ。見るのだって立派な稽古だし、相手の演技がわかってた方が息も合わせやすいしね」

「そう言ってくれると助かる」

 

 ただ上手いだけではダメ、と言うのがさらに難しい所だ。単独でやるのであればそれも良いのだろうが、結局は他の役者とのチームプレイ。だからこそフォローもできる一方で、バランスが崩れて仕舞えばちぐはぐに見えてしまう。

 

「ねえ、今日つきあったお礼に、って訳でもないんだけど、ちょっと歩いて帰らない?」

「良いけど」

 

 人通りの多い大通りを避け、適当な場所で降ろしてもらう。十分から十五分くらい歩けば黒川の家に着くくらいの距離だろうか。多少歩行者はいても、それぞれがスマホだったり音楽だったりに集中していてこちらを気にするそぶりはなかった。

 

「あ、そういえば新しいCM見たよ。爽やかキャラの演技してるアクアを何だか久しぶりに見た気がする」

 

 男性用のシャンプーのCMの事だ。爽快感が売りだから、演技もそっち系に振り切った物になっていた。

 

「今日あまに出るまではそっちが多かったんだよ。撮ったのだってそこそこ前のやつだ」

「そうなんだ」

「そうだよ。CMの話とか、黒川には来ないのか?」

「ない事はないけど、とりあえず今は舞台に集中かな。前回の今ガチで向いてない事はてんでダメだってわかったし」

「母さんのキャラ作ったあとは良かっただろ」

「あの時はアイさんに成り切ってたからね。それにその私をCMに使いたいなら、本物がいるんだしそっちに行くよ」

「今、母さんの単価高いからな」

 

 黒川のギャラはいくらかわからないが、今はかなり高値に設定されている。

 

 俺の年間の稼ぎは全くアイに勝てねえんだぜ、笑えんだろ。と、前に父さんがか嘆いてたことがあった。昔はわからないが、今の我が家の稼ぎ頭は完全に母さんになっている。

 

「それは実績の差でしょ。って言うか、私はジェネリックなアイさんじゃないんだけどなー」

「わかってる。でもあの実際に見るまでは、正直母さんの真似は無理だと思ってたんだ。あれを見て、黒川の演技力の高さをやっと理解できた気がする」

 

 今でもたまにそれを使っている時があるのはわかる。あの時よりも髪を伸ばしているから、一層そう感じるのかもしれない。

 

「ふふ、そう言われると悪い気はしないなぁ」

「実際褒めてんだよ。キャラ作る時も、黒川のやり方を参考にさせて貰ってるしな」

「じゃあアクア君は、私からしたら演技のお弟子さんみたいな感じだね」

「そう……なるのか?」

 

 弟子と言えるのかは微妙な所な気はするが。

 

 ただ歩くだけだと案外長く感じる距離でも、話しながらではあっと言う間だったりする。何度か送ったことで覚えた黒川家の外観が、視界に入ってきた。

 

「ありがとう。お家まで送ってくれて」

「気にすんなよ。こっちこそ助かった」

 

 家に入るのを見届けてからまた来た道を戻るか。走っても良いかもしれないが、あまり遅くなりすぎて心配やかけるのも違う。

 

「ねぇ、アクア君」

 

 門扉に手をかけたところで、黒川が俺の名を呼んだ。閑静な住宅街だからか、やけにはっきりと聞こえた。

 

「私、かなちゃんに負けないからね」

 

 演技のことだけじゃない。

 

 それは、誰の模倣でもない、等身大の黒川あかねの言葉だった。

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