一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 品川埠頭コンテナ置き場。会員が所有するこの場所が本日の会場となる。屋外かつ海が近いこともあり、季節的にも夜に吹く風はまだ肌を冷やす。

 

 賭けているものは武道館使用権、ライブにかかるすべての費用と迷惑料と言う名の高額な資産。元々苺プロが進めていたところに横槍を入れる形で対戦企業が割って入ってきたようだ。商談が難航し、ついに仕合で白黒つけようという話になったらしい。随分と吹っかけたものだ。

 

 あくまで取引の延長に仕合があるため、関わる業界や業種は近しいものになる。

 

 対戦企業はAFP。大手芸能プロダクションで、女性アイドルグループを複数抱える企業だ。大手なだけあり、抱えているタレント数は苺プロの比ではない。企業規模も同様で、本来であれば資金力に物を言わされ泣き寝入りせざるを得なかったかもしれない。だが、今回それを左右するのは仕合結果。つまりは闘技者の実力によって決まる。

 

 初の公式戦。日程が決まってからは調整に入り、コンディションは問題なし。ウォームアップや動的ストレッチをしながら、身体の最終チェックに入る。徐々に温まってきた。

 

 相手が入場したの見て、それに続く。

 

「悪いが雇用主の依頼でな、ガキ相手でも全力でやらせてもらう」

 

 苺プロが完全に勢い付く前に潰しておこうって魂胆かな。非公式仕合で戦った人より強い上に、こちらをなめてもいない。

 

「光栄だね」

 

 審判によってアナウンスが入った。

 

 

 AFP闘技者 前澤光英 一八二センチ、九八キロ

 拳願仕合戦績 八勝〇負

 

 苺プロ闘技者 日向桂 一七八センチ 七六キロ

 拳願仕合 初参戦

 

 

 合図を受けて構える。

 

 道着と相手の構えから、ベースはブラジリアン柔術と想定。相手は膝を深く曲げて重心を落としている。タックルを警戒しながらも相手を引き込む事を考慮する際は一般的にクラウチングと呼ばれる構えを取るが、それよりさらに低い。引き込み(寝技に持ち込むためのスタイル)のみを考えたスタイル。非公式試合では打撃を見ていて、打撃メインと見て当ててきた可能性もある。

 

 柔術家の怖いところは寝技の多彩さ。打撃を掻い潜り、時には関節を極め、時には頸動脈や気道を締めて落とす。完全に締まってしまえば落ちるのに十秒もかからない。極端な話、子供どもでも大の大人を締め落とせるのが、締め技の強さ。

 

 相手との、観客との距離を確認する。広さは十分にある。

 

「はじめエェェッ!!」

 

 初めは小さな歩幅で、次は大きく。ゆっくり、素早く。ステップ、走り。そらを全て不規則に織り交ぜ、ゆらめく様に相手の周囲を回り敵を惑わす歩法。

 

 

 二虎流火天ノ型、火走

 

 

 相手が待つならタイミングを掴ませない。徐々に径を小さくしていき、プレッシャーを与える。三六〇度を警戒するからこそ、より上からの攻撃に対処が遅れる。

 

 跳躍、後頭部狙いの右回し蹴り。

 

 足の甲が振り向いた顔面を捉えた。手応えが想定よりも軽い。意識を狩るには足りず、体勢もさほど崩れていない。すぐに体勢を立て直し、着地をした瞬間の硬直を狙ってくる。潰すのは間に合わない。

 

 足先が地に着いた瞬間、まだ浮いていた足を使っての蹴りを躱され、軽自動車がぶつかったのではないかと思うほどのタックルが足に入る。あまりの衝撃に呼吸が一瞬できなくなる。

 

 逃げ場のない体がくの字に折れ曲がり、俺の足が再び地から離れた。

 

 ダウンを取られて締め技に移行し、スリーパーが完全に入れば終わりだ。スリーパーホールドは技自体は単純だが、それ故に一度絞まれば抜け出すのはほぼ不可能。だからこそ相手は不自然なほど軽かったはずのことを意識の外に追いやり、まずはダウンをとりに来る。

 

 相手の動きが読めれば、力の流れを読むのはより容易になる。上着を掴み、俺の体が地面に着いたその瞬間に流れを変える。

 

 

 二虎流操流ノ型、柳

 

 

 俺の背中を支点にして相手の体が大きく回った。先に背が地に着いている分、こちらの方が動き出すのが早い。

 

 起き上がる前に潰そうと攻める。勢いよく駆け出し、その威力を踏み付ける足に乗せた。

 

 横に転がるようにして踏み付けを躱される。流石は本職、寝転がりからの動き方がうまい。このまま攻めても、得意の寝技に持ち込まれるだけだろう。

 

 追撃を諦め、一旦攻撃の手を止める。

 

 呼吸を整え、歩きながら出方を伺う。

 

 硬直に野次が飛び出した。

 

 仕合に時間制限などはないものの、企業の威信が掛かっている仕合で消極的な試合運びは望ましくはない。下手をすれば企業の信頼を損ねかねないからだ。

 

 よし、行くか。

 

 瞬発力を活かし、トップスピードまで持っていき間合いを詰める。

 

 あと数歩。まだ相手は待ち続けている。

 

 あと一歩。最後の踏み込みの際、上半身を一気に傾けて重心を移動させる。九〇度近い急激な方向転換は足への負担が大きいが、その分相手の意表を突ける。

 

 

 手の筋肉を締めて固めた打撃を放つ。極めればコンクリートであろうが砕ける鉄の拳、それが相手の右頬と顎にクリーンヒットした。

 

 体重差からか倒れるまではいかないが、意識が一瞬飛んだのか隙が生じた。

 

 この機は逃さない。一度でだめなら何度でも。

 

 

 二虎流金剛ノ型、鉄砕

 

 

 今度こそ相手の体から力が抜け落ちた。空いた口からは唾液と血が混じり、目は完全に白目をむいている。これ以上の追撃は不要だ。

 

 

「勝負ありィッ!!」

 

 

 勝者がコールされる。

 

 歓声が上がる中、俺も拳を天に突き出してそれに応える。まずは一勝。初仕合を勝利で飾り、幸先の良いスタートが切れた。

 

「おう、お疲れさん。勝ってくれて助かったぜ」

 

 社長からタオルが投げ渡される。仕合時間は二分程度ではあるが汗が吹き出していた。このまま冷たい潮風にあたっていれば風邪をひいてしまう。

 

「どうも。これからも何かあったらどんどん使って下さいよ」

「まだ一勝だろ、調子乗んな」

 

 言葉の割には嬉しそうな表情。

 

「まさか。まだまだ改善点だらけですよ」

 

 勝ったとはいえ内容は満点から程遠い。せいぜいが六〇点いくかどうか。

 

 タックルを受けた時の水天での脱力は不十分で、操流でずらすタイミングはベストとは言えない。金剛も引き締め度合いやタイミングはまだ改善ができる。いや、そもそも火走で時間をかけすぎた。不規則さで惑わす歩法なのだから、時間をかけて変に目を慣れさせない方が良かったはずだ。目指す完璧にはまだまだ遠い。

 

「ほどほどにしておけよ」

「俺の心配は大丈夫ですよ。壊れたりしません」

 

 理想から遠いからといって、間違っているわけではない。囚われすぎて本質を見失うことは避けなければならない。

 

「それより、この後の仕合も見て行って良いですか?」

 

 観客もまだ一切帰らず、むしろ初戦よりもはるかに熱が入っている。デビュー戦と言っても、今日は次のための前座でしかない。

 

「構わねえが、次の仕合は確かーーー」

「ええ。やっと『牙』の仕合が見れます」

 

「片原滅堂の最強の矛、か。そんなに強いのか?」

 

 今日の仕合は二仕合目が本命。大日本銀行闘技者、五代目滅堂の牙、加納アギト。デビューして数年、破竹の勢いで勝ち星を上げ続け、当代最強との呼び声も高い。

 

「仕合を直接見るのはこれが初めてですね。何度か会長のところで会ったことはありますけど、オーラ半端ないですよ」

 

 初めて見た時、明確に格上だと理解できた。積み重ねたものがまるで違う。

 

 会場のボルテージがさらに上がった。牙が入場してきたのだ。二メートルを超える長身に鍛え抜かれた分厚い肉体、鋭く冷徹な眼光。

 

 改めてその凄まじさを感じさせる。以前見た時よりも強い圧を感じるのは仕合直前だからか、さらに成長したからか。

 

 仕合が始まる。

 

 やはり強い。あえて相手の土俵にのり、それでいて相手を上回る。相手が培ってきたものを真正面から打ち砕く、圧倒的な強さ。

 

 打ち方、締め方、間の取り方、どれをとっても勉強になる。

 

 決着はあっという間に着いた。締め落とされた相手は動かない。単純な勝ち負け以上の差がそこにはあった。一切の変化がない表情は、まるで戦闘マシーンのよう。

 

 はっきりとわかった。今は戦ってもまだ勝てない。でも必ず追い抜いてみせる。

 

 加納さんはそのまま帰るわけでもなく、一度何かを取りに行ってからこちらに近づいてきた。袋が小さいのか加納さんの手がでかいのか、サイズ感がよくわからなくなる。

 

「日向、お前の戦い見させてもらったぞ。まだまだ甘いな。修練を積むと良い」

「どうも加納さん。わざわざそれを言うために来てくれたんですか?」

 

 周囲がざわつく。試合を終えた闘技者同士、外から見たら場外試合が始まるように見えるのかもしれない。

 

「いや、ついでだ。以前借りた物を返しに来た」

 

 一緒に入っているのはチョコレートだろうか。袋も同じ企業名が書いてあるから、そこに貸した物を入れてくれたのだろう。そういえば貸した時は百円均一ショップで買った紙袋だった。貸すときにもう少し気を遣った方が良かっただろうか。

 

「ああ、そっちね。で、どうでした?」

「私には難しい世界だ」

「そうですか。それなら今度一緒に見に行ってみます? また違った感想になるかもですよ」

「……検討しておこう」

 

 用はそれだけと言わんばかりに、加納さんは踵を返す。きっと来ないんだろうな、とは思う。 

 

 大きく息を吐く音が聞こえたのでそちらを見れば、社長が大きく息を吐いていた。

 

「どうしたんですか?」

「いきなりおっ始めるかと思った」

「するわけないじゃないですか。加納さんは仕合でもないのに戦わないですよ。ただの世間話と貸してたもの返してもらっただけです」

「貸した物? 何貸してたんだ?」

「もちろんB小町のCDですけど」

 

 せっかくアイがアイドルを頑張ると言っているのだ。ファンを増やすためにも布教はしていかないといけない。

 

「何貸してんだ。ちょっと待て、さっき誘ってたのってまさか」

「ライブですよ。これで来年の武道館決まったことですし、実際に行ってみたらハマってくれるかもしれないじゃないですか」

「やっぱりそうか……」

「でも、多分来ないでしょうね」

 

 加納さんは会長への大恩に報いるために戦っている人。基本的に会長が言い出さなければ、戦うこと以外を自ら率先してやることはないだろう。ましては会長を置いてどこかに行くことはないはずだ。

 

「まあ、来てくれたら来てくれたで面白いと思うですけど」

 

 今の俺でも会場に行けば割と浮く。背はそこまでだが、体格がやはり周りと違うのだ。そんな中に俺よりも一回り二回りデカい加納さんがいれば、下手なアイドルのライブであれば加納さんの方が目立ってしまうかもしれない。それはそれで面白そうだ。

 

「いい性格してるよ、お前」

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