一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
舞台「東京ブレイド」公演初日。
アクアとカナちゃんは、衣装に着替えたりするためにひと足先に公演会場に向かった。理乃さんから聞いたアクアの夜遊びの件以降、少し仲違いしていたように見えた二人も、少し前から関係性は元に戻ったように見える。少なくても、聞いてて妙に耳に残った面白い言い方はされなくなったみたい。ストレス発散が効いたのかな。
今更だけど、カナちゃんは二虎流の門弟になるのかな。技は教えてもらってないみたいだけど、一部の闘技者や闘士の人達からは羨ましがられる気はする。競技人口って言って良いのかわかんないけど、何千人もいる中のトップ層だし。
カナちゃんには個人的に色々親近感が湧いてる。時期は違うけど、お父さんがいなくて、お母さんが遠くに住んでいるってのも私と同じ。昔の私と重なって前に無理やり苺プロに引っ張ってきちゃったけど、少しでもそれが良かったと思ってくれるなら嬉しい。
ただ、ご両親の事に関しては私もとやかく言えないのは間違いない。社長とミヤコさんの養子になって、結婚もして、子供も生まれて育って、タイミングとしては色々とあったんだけど、実の母と連絡を取ったことはなかった。私を捨てた、っていう事がずっと残ってたんだと思う。でも最近、いつまでも残しても仕方ないと思って、お爺ちゃんにお願いして住所を調べてもらった。ついでに他のことも調べてくれてわかったんだけど、アイドル時代のCDとか女優として出た映画とかのDVDは買ってくれていたみたい。少し悩んだけど、私は幸せにやってます的な文章と家族と撮った写真を添えて、直接ポストに投函してきた。住所を書かなかったから、当然返信はない。今更連絡を取り合って本来の姿に戻るなんてのもイメージできないから、これで良い。
ふとリビングの椅子に座ったまま家の中を見てみる。寒い時期になって窓を閉めているのと静かな住宅地ってこともあって、外の音はほとんど聞こえてこない。天気は良いから、窓越しに入ってくる日光は気持ちよさそう。ルビーはまだ部屋にいて、ケイはキッチンでコーヒーを作ってる。豆を引く時に香りがふわっと立って、それが結構好きだったりする。じゃあその香りがなんの豆かって言われるとわかんなくて、そこまで詳しくもないし興味もないのが正直な所。だから、今ちょうどケイが作ってくれたのも、カフェラテなのかカフェオレなのかカプチーノのかよくわかってない。
「ありがと」
でもミルクの泡がモコモコしてるから、確かカプチーノだったかな。葉っぱみたいな絵が作られてる。勿体無いけどちょっと砂糖を入れて、かき混ぜる。泡はまだ残ってたから、スプーンで掬って食べてみた。なんとなくデザートみたいな感じ。
「考え事か?」
「大したことじゃないよ。コーヒーの種類はよくわかんないって話」
この辺りに詳しくて豆に拘ったりするのはアクアだ。割と早くからブラックで飲んでて、なんだか大人びてるなーなんて思ってたりした。ルビーは私と同じで甘いのが好きで、よくクリーム増し増しのほぼスイーツみたいなドリンクが好み。
「……。俺もよく分かってねえから大丈夫だ。それっぽく作れてんだろ?」
じっと目を見られた後、コーヒーの話に乗ってくれた。
「分かってなかったんだ」
「見様見真似だからな。凝ったのはできねえけど、これくらいならぱっと見でできる」
「なら今度はこれ作ってみてよ」
スマホで検索したら画像を見せてみる。世の中にはすごい器用な人がいて、私じゃ筆でも書けなそうなアートを泡で作る。
「どうやってやるかもわかんねえよ。動画でもあれば覚えられるが、ねえのか?」
「画像しかないから作り方はないかなー」
「なら調べてみるか」
「いいよいいよ。どうしてもって訳じゃないし」
「そうか? それなら気が向いた時にでもやってみるよ」
私よりもケイの方が手先は器用。武術やってゴツゴツしてるのにって言うのは違うか。本当に昔、ルビーとアクアが小さかった頃に着せたアイドル衣装も、実は縫ったのがケイだって知ったら二人は驚くかな。
じっと見ると、見える範囲でも細かい傷はたくさんある。決して無敵って訳じゃなくて、そこに行くまでにも、行ってからも傷は付く。本人は大した事ねーって言うんだろうけど、見てる方はどうしても心配になる。最近はルールが変わって基本的には無理に連続で仕合をする事も無くなったから、本人はちょっと不満そうだけど私としては安心。
「なんか付いてるか?」
じっと見てたからケイが不思議そうに聞いてくる。
「よく見ると傷が残ってるなーって」
「大した事ねえよ。これくらいなら爺さんになっても生きてられるさ」
「……覚えてたんだ」
初めて肌を重ねた翌日に言った言葉。若気の至りとかじゃなくて、今でもあの考えは変わらない。
「当然だろ。先に死なないって約束したしな。逝くのは皺々の婆さんになったアイを看取った後だな」
「そんなに皺々にならないよ。お婆ちゃんになってもびっくりするくらい綺麗でいてあげる」
「それは流石にーーー」
流石に、の後に何が続くんだろうね。言ってみなよ。
「いや、何でもねえ」
何かを察したのか、誤魔化すかのようにコーヒーを啜る。
私も三〇代になって、昔よりも色々と気にしないといけない年齢になってきた。最近になって、やっとほんとの意味で筋トレの大事さがわかってきた気がする。
「でもお婆ちゃんかー、その頃には曾孫とかいるのかな?」
「いるんじゃねえか? 孫だって早ければ十年も掛からねえだろ」
後五〇年、六〇年と先の話。とんとん拍子で上手くいけば、きっと夢じゃないはず。
「アクアが先かな、ルビーが先かな」
「ルビーにそういう話聞かねえし、アクアが先じゃねえのか」
「アカネちゃんとかカナちゃんとか、きっと他にもいっぱいいるもんね」
あの二人はどこを見て好きになってくれたんだろう。もしどちらかがアクアのお嫁さんになっても、きっとアクアの事も幸せにしてくれそう。
「でもルビーも、案外私達の知らないところで相手がいるかもよ?」
「私がどうしたの?」
やっと起きたルビーが、自分の事が話題にされて気になった見たい。目を擦っててまだ眠そう。
おはよーと挨拶をして、さっきまで話してた内容を簡単にルビーに説明した。
「えー、何その話。私現役アイドルだよ? 私はまだまだ結婚しないよ」
そう言われると耳が痛いね。今のアイドルの子達は彼氏彼女あんまり作らないのかな。今はSNSとかあるから、昔よりも簡単にバレちゃいそう。
「好きな人とかもいないの?」
「うーん……いない、事もないけど」
「誰々? 私には教えてー」
「こればっかりはママにも内緒!」
私にも教えてくれないなんて中々に手強そう。誰だろう、言い方的に私も知ってる人かな。
「闘技者か?」
「それは無いんじゃない? ってか何か闘技者だと嫌そうだね」
「強くなる事第一な奴らが多いからな。あんまりオススメはできねえよ。普通に仕事してる奴らの方が良いだろ」
それは同意。結婚してる人って少ない、って言うかいないんじゃないかな。
「それパパが言うんだ。もしそうだって言ってたらどうするの?」
「俺に勝てたらそいつの事認めてやるよ」
「うわ、めんどくさ」
あ、今ちょっと傷ついたな。聞かなきゃ良かったのに。俺に勝てたら娘はくれてやる的なのをやってみたいのと、冗談半分って感じ。実際に仕合するってなったら、絶対に手を抜かないのは簡単に想像できた。でもあれかな、散々可愛がって貰ってるし、ルビーの事となると護衛者さんやお爺ちゃん達の方が凄いかも。
「っていうか闘技者じゃないよ。もっともっと、比べられないくらい優しい人だから!」
「そっかあ、優しい人なんだ。気が向いたら教えてね」
「うん!」
時計を見てみる。着替えたり寝癖直したり、舞台を見に行く前にもちゃんとしておかないといけないから、そろそろ準備を始めた方が良いかも。
「ルビーもそろそろ準備始めてね」
「はーい」
ナイトキャップを外して振り回しながら、ルビーは機嫌が良さそうに洗面所へと向かう。
「案外ルビーの方が早かったりしてね」
「……かもな」
私は先に二人を妊娠したし、出産の後割とすぐに復帰したものあって結婚式をやらなかったから、二人の時はやってみて欲しい。あの時は、愛されてる事や家族ができる事が嬉しくて気にする余裕はなかったけど、今思えばやってみても良かったかなって思う。
ルビーの用意が終わるのを待って、三人揃って出かける。今回はニノも仕事で予定が合わなくて、別日に見に行くって言ってた。MEMちゃんとかは、今ガチのメンバーと待ち合わせていくって行ってたみたい。
そこまで時間は掛らずに駐車場に着くと、もう結構な数の車が停まってた。高そうな車が多い中で、見知った車とナンバーがいくつかあった。社長とミヤコさんはもう着いてるみたい。
降りる時には一応身バレしないように軽く変装をする。帽子とサングラス。サングラスはルビーとお揃いのにした。隣で何の変装もなく堂々としてるケイの姿を見ると、楽で良いなーなんて思っちゃう。
裏口から入る、とかはできなくて入場ゲートは他のお客さんと変わらない。周りの人は事前予約のコードだったり、売ってるパンフを買ったりしてあんまり周りを見てないから、案外変装しなくても良かったのかも。
「あ、カントクだ。おひさー」
パンフ片手に難しい顔をしてる。最近も撮った映画にアクアを使ってくれたりと、なんだかんだ付き合いがある。
「なんだ、お前らか。相変わらず仲良いな」
カントクはケイとルビーにも向けられる。相変わらず、カントクは独身みたい。
「良いでしょー」
両サイドにいる二人と腕を組んでみる。二人ともこれには何も言わずに、ケイがカントクに挨拶がてら頭を下げる。
「この前はアクアを使って下さってありがとございます」
「いやいやこちらこそ。大変な役柄を引き受けてくれて助かった」
二人は普段顔を合わせる事もないから、ちょっと他人行儀。それで黙っちゃうほど二人ともコミュ力が無いわけじゃなくて、共通の話題を見つけては話を続ける。
「良かったら今度はルビーも使ってやって下さい」
「ああ、そうだな。良い役柄があったら声かけるよ」
これは営業っていうより社交辞令に近いかな。アクアを通じてルビーが直近はアイドル業に専念したいって話は聞いてると思うし。
それが会話の終わりだったみたいで、簡単に別れの挨拶をしてカントクはひと足先に中に入って行った。
「私たちも中に入ろっか」
中に入ると空調が効いてきて上着を着てると暑く感じる。当然のように私とルビーは脱いだ上着をケイに持ってもらう。
ちょっと進んだところで、また見知った顔を見つける。ここに来るとは思ってなかった人だ。カントクもだったけど、男性にしては長めの髪を束ねて、ラフな格好をしてる。前は付き添いの厭さんがいたけど、今は一人みたい。
ルビーが、ジャッキーさんだ、って呟くと、向こうも私達に気づく。ルビーが手を振れば、小さく振り返してくれた。
「どちらさん?」
「前に対抗戦の時にお世話になった人だよ。アクアの介抱とかしてくれたの」
小声で聞いてくるケイに簡単に説明をしながら、二人の顔を改めて見比べみる。話す二人の背格好はケイの方が少し大きいくらい。髪型とか年齢差はあるけど、やっぱり似てる。
「……不躾ですみませんが、どこかで会った事あります?」
「いや、君とは初対面だよ」
「そう、ですか。すみませんね、変なこと聞いて」
「構わないよ。君のことは以前彼女達から聞いていてね、
何となくは想像できてたけど、こうしてまた会ってみて、ケイと見比べてみてわかった。私の中でふわふわしている考えが、確信に変わる。
ジャッキーさんがオリジナルだ。