一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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「ジャッキーさんは中国出身なんですか?」

「そうだね。中国とは言っても普段は山奥に住んでいて、こうしてたまに色々なところに遊びに来るようにしているんだ」

「普段は山奥で何してるの?」

 

 ケイとルビーがジャッキーさんと会話を続ける。

 

「よく釣りをしているよ。他にやる事も無いからね。そういえば、この前も偶然にも斉藤社長に釣り堀でお会いしたよ。彼は釣りの名人だね」

 

 何してんの社長。名人なんて初めて聞いたけど。

 

「釣りか、あんまりやった事ねえな」

 

 独り言みたいにケイが呟く。

 

 釣りとかゴルフとか、あんまりそう言う遊びはやらない。基本的には修行か家族と一緒にいることが多いから、ケイもあんまり興味がないのかもしれない。

 

「ならやってみると良い。のんびりと時間を過ごすのも贅沢な事だと教えてくれる」

「そんなもんですか。今度社長に連れていってもらいますよ」

「それが良い。あとは竿が悪い事もあるから、選ぶ際は気をつけた方が良い」

「竿に良し悪しって機能面の話ですか?」

「いや、同じシリーズでもしなり具合等が異なるんだ。おかしい竿を引いてしまうと、中々釣るのが難しい」

「じゃあ、逆に良い竿があればたくさんに釣れるの?」

「おそらくは。残念ながら私はまだ出会ったことがないがね」

 

 んん? そんなに気にするのかな。詳しく無いけど、なんか違う気もする。すごい人は道具に頼らない的なことわざなかったかな。単に釣りがあんまり上手じゃないんじゃ……。社長が上手いイメージもあんまりないし。

 

「私に何か付いているかな?」

 

 瞳が重なっているように見える不思議な目が、こちらを見てきた。

 

「いえいえ何も。そういえば前に特別な呼吸法教えてくれるって言ってたのを思い出しちゃって」

「ああ、そうだったね。しばらくは日本にいるつもりだから、時間がある時にでもお教えしますよ」

 

「呼吸法?」

「人に限らず、生物は皆呼吸をするたびに老化していく。それに抗うために先人達が考え出した、老化を遅らせる秘技『ヨーガの呼吸』だ。全くとはいかないが、老化を遅らせることができる。君にもよければ教えるが」

「教えてくれんなら教わりますけど、なんでそんなの知ってるんですか?」

「こう見えて長生きでね。知人もそこそこ多いんだ」

 

 大丈夫かな。オリジナルとかクローンとかを意識しちゃってるからか、聞いちゃいけない事を聞いてないか不安になってくる。そもそもジャッキーさんに隠そうって意思もなさそうで、普通に聞いたらしれっと話してくれそうな勢い。

 

「……何してんスか、アンタ」

 

 電話でもしてたのかな。厭さんがスマホをしまいながら近づいてきては、心底驚いたような、呆れたような、怒ったような、とにかくストレスが溜まったような顔をしている。

 

「厭か。遅かったな。何をしてるも何も世間話だが?」

「だからそう言う話じゃ……もうそれで良いや……。とりあえず中入りましょうよ。オタクらだって、このオジサンと世間話しにきたわけじゃないでしょ」

 

 厭さんがジャッキーさんを無理やり引っ張りながらも連れて行く。

 

 メインはアクアの舞台。時間を見れば、そろそろ座っておかないといけない時間だ。ルビー達も移動を始める。行くべきなのは分かってるんだけど、中々私の足は動かなかった。おかしいな。咄嗟にケイの服を掴む。

 

「大丈夫だ、多分な」

 

 理由を話そうとした所で、私の考えを見透かしたような言葉が返ってくる。

 

「似てるかどうかは俺じゃよくわからねえけど、アイの反応でだいたいわかった。アイツが俺のオリジナルなんだろ? 後から来た付き人はともかく、ジャッキーからは悪い感じはしねえから普通に喋ってたけど、この場で何かしてくるわけでもねえだろ。アクアの舞台見にきたってのも、満更嘘じゃなさそうだしな」

 

 単純なもので、多分でも大丈夫だって言われると信じちゃうみたい。

 

「それに良かったじゃねえか。どんな技かはイマイチよくわからねえけど、若い爺さん婆さんにはなれるかもな」

「そう、だね」

 

 私の手を取って、引っ張ってくれる。今度は簡単に足が動いた。

 

「ねえ、二人で何してたの?」

 

 少し先に進んでたルビーが、私たちが動かなかった事を不思議に思ったみたい。可愛い顔で不思議そうに私達を見てた。

 

「何でもねえよ。せっかくだからルビーもヨーガの呼吸っての学んでみるか?」

「老けるのが遅くなるってのは、ちょっと気になるしね」

 

 ルビーくらいの年齢だとまだまだ無敵モードなんだけどね。この時からもしその呼吸法をマスターしたらすごい事になっちゃうかも。

 

 中に入れば、赤い席。その先には映画館見たいな大きなスクリーンが設置されてる。劇場の後ろ側の席は一般の人よりも関係者が多く座っていて、軽く見渡せばミヤコさんと社長の姿もあった。

 

「あら遅かったのね」

「劇場には着いてたんだけど、ちょっと色々とあってね」

「色々?」

「うん、色々とね。でも大丈夫だよ」

 

 小声で話しながら、二人の前の席に座る。ちょっとスクリーンが遠くなっちゃうけど、他の観客の様子とかを見るには後ろ側が良いみたい。後ろ姿からでも、カントクとさジャッキーさん達の姿はわかった。前の方の見やすい席。ほんとに見るために来たんだ。なんでだろう。……クローンって言っても、ケイの実のお父さん的なポジションって事だよね。ってことはアクアとルビーは孫って事で良いのかな。

 

 座ると思わず小さく息が溢れた。変に緊張しちゃったよ。

 

 サングラスを取ってケイに渡してからパンフを見れば、出てくる役者さん達の簡単なプロフィールが載ってる。いくつかの代表作も載ってて、みんな将来有能な若手役者さん達って感じ。

 

 少し待てば場内が暗くなって、いよいよ舞台が始まる。

 

 スクリーンが左右に開いて、真ん中に役者さんが一人一人出てくる。

 

 本編が始まる前に、パンフを買ってないお客さんのためにも役柄と役者名の紹介みたい。主演の子が来て、カナちゃん、アカネちゃん、アクアと続いてく。皆顔が良いのは、鏑木さんが絡んでるのもあるのかな。あの人、顔の良い役者さん好きだし。

 

 紹介も終われば、いよいよ本編。

 

 原作もそうであるように、主人公のブレイドを中心として進む。最初の敵役として出てくるのはカナちゃんが演じる「つるぎ」。説明役も兼ねるから、セリフの量は多い。ワイヤーを使っての殺陣とは言っても体力は使うから、セリフをはっきりと聞こえる声で言えるのも日頃の鍛錬の賜物。左右の刀をお手玉みたいに器用に入れ替えたりするのはアドリブかな、つるぎのキャラに合っていて、観客を更に引き込む。ブレイド役の姫川くんもすごい。理乃さんが言ってた子で、二人とも感情演技タイプだから動きにそれを乗せるのがとにかく上手。顔は見えなくても、動作とか声の出し方でどんな事を思ってるのかがわかる。この二人はレベルがかなり高い。楽しそうに演じてるなあ。

 

 つるぎがブレイドに負けて仲間に入って、ブレイド一行は次々と敵を倒して仲間を増やしていく。王道パターンって言うのかな、基本の話がわかりやすいのもあって、そこまで読み込んでない私でもちゃんと話が入ってくる。

 

 ブレイド達は拠点を新宿に構え、いよいよアクア演じる「刀鬼」とアカネちゃん演じる「鞘姫」が徒党を組んだ渋谷クラスタとの対決が始まる。

 

 最初はアクアとカナちゃんが今日アマで共演した子が演じる「キザミ」と、二.五次元俳優として有名な子が演じる「匁」の対決。キザミの子の方は、今日アマの時よりは上達してるのがわかるけど、それでも周りと比べたらまだまだ。レベルが高い中で、一人嫌な意味で目立ってる感じ。他にも候補はいたとは思うけど、あえてこの子をキャスティングしたのは何か意味があるのかな。個人的にも接点がないって言うのもあるけど、他の子達が皆上手だから少し退屈に思えた。

 

 キザミの子が刀を大きく上に放り投げて、それをキャッチする。

 

「あ、これ原作でもあったやつだ」

 

 隣に座るルビーからおおーって驚く声が聞こえた。周りもそれを見て盛り上がる。そこからは火がついたみたいに、感情が乗ってるのがわかった。それが何に対してなのかは私にらわからないけど、悔しいって言う思いが全身から出てる。なんとなく、鏑木さんが推した意味がわかった気がした。

 

 いよいよ、アクアとアカネちゃんの出番。役柄的にアクアは機械みたいに淡々と演じてる。ただ本当の機械ってわけじゃなくて、鞘姫の挙動にはちゃんと反応を見せる。強く見せるのは大事だけど、常に大きくてもそれは大げさって言われる。強弱の付け方で、弱い表現も映えてくる。

 

 そう言った視点から見ても、アカネちゃんはやっぱりさすが。役に入り込むって点では群を抜いてる。まるでその役が取り憑いたと思うほどの作り込み。原作だって全部がキャラの内面まで掘り下げてるわけじゃないのに、描かれていない部分でも拾い上げてくるからこその表現の深みと説得力。このまま進めば、きっとこの舞台の主役は鞘姫になる。

 

 新宿クラスタと渋谷クラスタの開戦。

 

 鞘姫とつるぎが、アカネちゃんとカナちゃんが戦う。話の流れはどうあれ、このままいけばカナちゃんは食べられちゃう。グイグイ押してくるアカネちゃんに対して、カナちゃんが受けを取るのうなそぶりを見せた。

 

 見る側からすれば、どこを見れば良いのかわからないものよりも、ここを見れば良いってわかる方が話に集中できる。だからこの場合は、一歩引いて鞘姫を立たせるのが正しい選択ではあるけど。

 

 この距離からじゃよくわからなかったけど、一瞬こっちを見たかな?

 

 その後は覚悟を決めたみたいに、一気に前に出てきた。

 

 私が一番。私を見て。

 

 そう言う意思が伝わってくる。

 

 業界で生き残るために周りに合わせる事を覚えたことは無駄にはならないと思う。でも黒子役ならぶっちゃけカナちゃんで無くても良いわけで、本来得意とする所と比べればやっぱり見劣りしちゃう。今みたいに、太陽みたいな皆の視線を引き寄せるような演技の方が良いし、本人も楽しそう。

 

 二人がぶつかるのを見て、他の役者さんたちも更に熱が入ったみたい。作る側の人たちから見たらよくないのかもしれないけど、主張があちこちであるから合戦って感じがすごいする。

 

 主要キャスト達が一旦はけて、場面が変わる。ちょっとの時間だけど役者さん達には休憩になるし、この後の打ち合わせも短時間だけどできる。

 

「すごい楽しそう!」

「一観客として見てる分には面白えけど、どうやってまとめんだろうな」

「みんな若いけどプロだし大丈夫でしょ」

 

 このまま続くと他のお客さんもまとまりがないって思っちゃうかもしれないけど、言葉通りあんまり心配はしてなかった。

 

 再開。

 

 合戦だから人は多いけど、立ち位置がさっきと違う。今誰に注目すれば良いのかは、センターに立つ子達。あの短時間で打ち合わせしたのか、そもそもの台本通りなのかは私もわからないけど、過食気味にならないように目立つ組が入れ替わってる。

 

 アクアと姫川君の番。姫川君のにつられるみたいに、アクアも感情演技に振り切ったみたい。機械的なキャラで表情がそこまで出なくても、動きはそうでもない。体の軸もまっすぐ伸びてるから、大きな動作をしても体幹が崩れない。それに、強者としてのプライドとか、鞘姫を護らないとっていう使命感とか、思っていたよりも手強い相手に対する焦りとか、そう言った感情は絶対動きに出てくる。

 

 うん、ちゃんとできてる。

 

 親の贔屓目だってあるかもしれないけど、感情は伝わってくる。演技は高校までって言ってたけど、やっぱり勿体無いなあ。

 

 アクアとカナちゃんの絡み。突き飛ばされてひっついて、鍛えた方が良いとか言いながら、カナちゃんの腕を触る。これはアドリブだね、びっくりしてカナちゃんは一瞬素が出そうになってた。

 

 カナちゃんとの時はアクアは受けに徹するみたい。元々アクアにはこっちの方が向いてるのか、相性が良いのかカナちゃんがこれまでで一番キラキラと輝いてる。

 

 乱戦が続いて、刀を弾かれた隙にブレイドが刀鬼を襲う。刀鬼を庇うように割って入った鞘姫から、血糊がばって飛び散る。

 

 物語も終盤。ここからが、アクアの一番の見せ場。

 

 落ちた刀を拾うこともせず、倒れた鞘姫しか視界に入ってないかのように動かない。ボロボロと心が崩れていくのがわかる。己の無力さ、罪悪感、喪失感、絶望。そんな負の感情が溢れ出すようだった。

 

『鞘姫のために戦ってきた。その鞘姫を守れなかった今、俺に戦う理由は……もうない』

『……それだけか?』

 

 ブレイドの時に刀鬼が顔を上げる。

 

 怒りと復讐心かな。

 

 単なる主従関係じゃなかったのがわかる。擦り切れるような雄叫び。武器がないなら使える物をと言わんばかりに、ブレイドの首元に噛み付く。

 

 振り解かれて、最後の攻防が始まる。刀を拾って振るう様は、さっきまでと一転して精彩さがい。怒りに任せて、ただ力一杯振るう感じ。整ってた髪も乱れて、必死さが出てくる。

 

 当然勝てなくて、刀をまた飛ばされた時点で、糸が切れたようにへたり込む。生きているのに死んでいるような、見ていて悲しくなるような、見てるこっちの胸が痛くなるような演技だった。

 

 死んでおしまい。

 

 なんてのは悲しすぎる。これは少年漫画が原作のお話だから、ちゃんと救済が待ってる。鞘姫の力をブレイド達が使って、鞘姫が死の淵から奇跡的に蘇る。

 

 それを見た刀鬼が、声を震わせながら、慌てて駆け寄る。

 

 アクアの泣き演技。

 

 本当にアカネちゃんが死んじゃって、その後奇跡的に蘇ったように思えるほどに、マイナスの感情から一転して嬉しさと安堵を爆発させて、涙を流しながら力強くも優しく抱きかかえた。

 

 場内からいっぱいの拍手を受けて、初公演の幕が下りた。

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