一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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「……疲れた」

 

 無事初回の公演を乗り切り、舞台を降りて控え室まで戻ってきた。椅子に座ると、思わず思っていた事が溢れてしまう。

 

 肉体的には何ら問題はないが、なんて言うか、精神的に疲れた。

 

 高いレベルでのアドリブに合わせたのもそうだが、今役者として出せるものを全て出し切った感がある。それは、他の役者達も同じだったのだろうか。日頃から体力を鍛えてるはずの有馬や、舞台慣れしている黒川や姫川からも、満足感の中に疲労が見えた。

 

 他の仕事もこなしながら、ここから一ヶ月これを続ける。モチベーションもあるが、今日と同等のパフォーマンスを出すのは中々難しいかもしれない。

 

「よし! 飲み行くか!」

 

 聞いていたが、舞台人は打ち上げと称した飲み会が好きなようだ。シャワーこそ設置されてるものの、帰って風呂にゆっくり浸かりたいのが正直なところではあるが、初回の打ち上げくらい参加しておいた方が良いだろう。

 

 黒川も乗り気で、スマホで店を早々に探し始めた。あまりこの手のものは参加するイメージは無かったが、行動力がないわけじゃない事を思い返すと、違和感はなかった。

 

「アンタは行くの?」

「とりあえず最初くらいはな。酒飲む奴らの酒癖見て、悪そうなら二度と行かない」

 

 椅子に座って力の抜けてる有馬から聞かれる。

 

「なんか決め方が酒飲み慣れてる人っぽくない?」

「気のせいだろ」

 

 酔ってない側からすれば、酔っ払いの絡みほど面倒なものはない。年齢が重なれば重なるほど過去の武勇伝を語りたがる人もいて、酔えば酔うほど呂律の回らなくなり、同じ話をしているのにどんどん何を言っているのかわから無くなっていく。

 

 それに、美味そうに飲まれると、たまにこっちまで飲みたくなるのもある。楽しみ方を知っている身としては、目の前でされるのは辛いものがあった。

 

「ふーん。ま、なんでも良いけど」

「で、有馬はどうするんだ?」

「飲み会とか騒がしくて苦手だから行きたくないけど、アンタも言ったように最初くらいはね。仕方なく行ってあげるわよ、仕方なくね」

「そんなに無理しなくても良いとは思うが……」

 

 この感じは何言っても来るだろう。

 

 そこまで遅くなるつもりはないが、母さん達に夕飯はいらない連絡をしておかないと。

 

 ロッカーにしまっていた荷物の中からスマホを取り出す。すでに何件かメッセージが来ていて、見に来ていた友人達や日頃からお世話になっている人達からの感想が多かった。ちゃんと開いて読んでいないが、ぱっと見では好評のようで嬉しくなる。返答は、もう少し時間のある時にちゃんと読んで返そうと決めた。

 

 そういえば、ジャッキーさん達来てたな。

 

 割と前側に座っていたのと彼らが特徴的なこともあって、舞台上からでもわかった。以前世話になったから改めて礼を言いたかったが、連絡先がわからない。今から出口に向かえばいるかもしれないが、確証はない上に他の観客もまだいるから行きにくい。

 

 まぁ、今回来てくれたのならまた機会はどこかであるだろう。

 

 母さんに連絡を入れればすぐに『オッケー。お酒はまだ飲んじゃダメだよ』と返事が来た。

 

 とんとん拍子で店も決まり、準備を始める。なんだかんだ終わる頃には観客もはけきっていて、大型タクシーを数台呼んで店に向かう。

 

 若い役者が多く、疲れていて腹も減っている。

 

 行く店は自然と絞られる。

 

 着いた先は焼肉屋で、店に入る前から肉の焼ける良い匂いがした。ホルモン焼肉か、歳をとるたびにどんどんあの脂身がキツくなっていた記憶はあるが、幸いなことはこの身体故なのか若さ故なのか、胃もたれが起きる心配はまるでない。今ならかなりの量の食べれそうだ。

 

 中に入れば個室が用意されていて、酒飲み組と未成年組がある程度別れるように座った。俺の左隣には黒川が、右隣には有馬が座る。

 

 ひとまず飲み物と適当にメニューを頼めば、飲み物だけが先に届く。乾杯の音頭と共に打ち上げが始まり、届いた肉からそれぞれの網の上で焼かれ始めた。

 

 会話が至る所で始まるが、どこもかしこも演技の事ばかりだ。

 

 腹減ったな、なんて思っていると連絡が一通入る。見ればルビーからで、写真が添付されていた。気になって開いてみれば、同じように肉を焼く画像が貼られていて、それを見ている間に『私達も食べにきた!』と送られてくる。テーブルに置かれた割り箸の紙袋に書かれた皇牛苑の文字によって、どこに行ったのか聞くまでもない。人より高いところ行きやがって。

 

「眉間に皺が寄ってるよ。そんなにお腹すいたの?」

「……腹は減ってるが、これはそう言う事じゃない。ルビーからのメッセージを見てただけだ」

 

 肉奉行、と言うよりも単に世話焼きか。トングを離さない黒川は、眼前の肉ではなく、スマホに落とされた視線に疑問を抱いたらしい。

 

「ルビーちゃんから? 今日の舞台に関して?」

「いや、俺が焼肉行くって言ったら、自分も別の店に来たって自慢が来た」

「仲良しさんだね」

 

 クスクスと笑いながらも、黒川は肉から目は離さずにタイミングを見ては律儀に肉をひっくり返す。

 

「双子ってのもあるのかもな。他の双子を知らないから比較はできないが、仲は悪くはない」

 

 喧嘩らしい喧嘩もしたことはない。同じような境遇で、同じ推しがいたのもあるかもしれない。ただ、境遇部分は幼少期に軽く聞いて以降お互いに不可侵のようになっていて、実の所よくわかっていないのも事実。お互いに今世を謳歌している、と言うのもあるのだろう。

 

「双子ってのも珍しいよね」

「まぁ中々いないからな。最近は一人っ子も多いから、双子だけじゃなくて兄弟いる所も珍しい気もするが」

 

 二卵性となると親族にいる場合は確率が高くなる、とは言われるが母さんに双子がいるって話は聞かない。父さんは双子……っていうか他に二人いる上に他にいても驚かないが、影響を受けるのは母体側だから関係ないはず。

 

「良いなぁ兄妹。私も一人っ子だから弟か妹は欲しかったかも」

 

 皿に肉が運ばれてくる。空いた網には新しい肉が置かれ、再び焼かれ始めた。

 

「いたら可愛がってそうだな」

 

 面倒見は良いだろう。

 

「アクアの妹は役者やらねぇの?」

 

 前に座るメルトからの質問。

 

「昔はちょっとだけやってた。今はずっとやりたかったアイドルやってるから、しばらくはやらないだろ。っていうか知ってるのか?」

「いや、知ってるっていうか結構有名だろ。同じ事務所で芸名だろうけど苗字同じだし。この前親子で出てバズってたしさ」

 

 B小町の動画のやつか。親子で出たのはあれが一番新しくて、ルビーも成長したこともあり改めて似てるだの美形親子だの話題になっていた。

 

「そういや、親父さんも芸能人なのか?」

 

 何気ない疑問。メルトに限らずよく聞かれることだ。

 

「いや、父さんは芸能人じゃない」

「今日は一緒に見にきてたよね?」

「よくわかったな」

「関係者とかは後ろの方の席に座るからね。私高いところにいた時あったから、その時に見つけたよ」

「へー、黒川は見たことあるのか」

「うん。前にアイさんに演技指導してもらったことあって、その時にお話しした事あるよ」

「演技指導か、トップ女優からの指導なんて羨ましい事してんな。そういやアクアも家族なんだから教わるんだろ?」

「まぁ、一応は」

 

 話題は母さんへと移っていく。父さんの話は色々とタブーな話題が多いから、この移り変わりは俺としてもありがたかった。

 

「メルトも『今日あま』以降はかなりやったんだろ? 今日の演技も感情乗ってて良かった」

「そ、そうか。俺なりに頑張ってきたつもりだったから、良かった。前にお前に言われた事がやっとわかった気がする」

 

 感情が乗ってなんぼ、なんて事を偉そうに言った事があった。あの時はこうなるとは思ってなかったが、成長の一助になったのであれば冥利に尽きる。

 

「二人は共演したことあったんだもんね」

「俺は端役だったけどな。あの時は……まぁ酷かったな」

 

 思い出せば、今とはえらい違いだ。

 

「そう言うなよ。俺だって見返してみて、自分の演技がかなり酷かったってのは実感してんだから」

「原作者の吉祥寺先生からしたら複雑だろうけど、それが今に繋がったなら良い経験だったんじゃないか。どこかでまた先生の作品を演じる事があれば、その時は良い演技すれば良い」

 

 今日の演技でも見返す事はできてそうだが、こればっかりは吉祥寺先生次第だからな。俺が良いと思っても、まだまだって思われているかもしれない。

 

「そうだな。その時はアクアも出るだろ?」

「後二年で縁があればな」

 

「二年?」

「演技は高校までって決めてるんだ。大学からは勉強に集中したくてな」

「なんかもったいねえ気はするけど、他にやりたい事あるのか?」

「ずっと外科医になりたくてさ。今も暇を見つけてコツコツ勉強してる」

「へぇ、夢があるのはカッケーな。それに何か向いてる気もするよ」

 

 医者、と言うのは確かに雨宮吾郎の夢だったものだ。アクアとしては別の道でも良いのかもしれないと考えた事もあるが、やはり憧れがあったのか今度こそ、と言う思いは消えずにずっと残っていた。

 

「勉強でわからない所があったら聞いてね。力になれると思うから」

「勉強なら私も教えられるから、アンタは気にしなくて良いわよ。同じ事務所の私の方が時間も合わせやすいしね」

 

 黒川とビールのようにジョッキでジンジャーエールを飲む有馬が俺を挟んで睨み合う。コイツら事あるごとに火花散らしてんな。

 

「カナちゃんに医学部向けの勉強ができるとは思えないけど?」

「あら、自分がちょーっと勉強できるからって自慢? おあいにく様、私だって勉強くらいできるのよー。そもそもアンタだって医学部行かないでしょうが」

 

 黒川は名門中学受験組で、偏差値は七八。初めて知った時はかなり衝撃を受けたものだ。演技は比べるまでもなく上、その上頭まで良いとなると、つくづく世の中には上には上がいると思わされたものだ。有馬も学年トップの成績はキープしていて、高学歴タレントでも目指そうかしら、なんて言える程度には賢い。

 

「どっちから教わるみたいになってるけど、勉強くらい自分でできるからな」

 

 元東京医大卒の意地として、自力で帝都大にいくつもりだ。

 

 その後も打ち上げは続く。

 

 メルトに鴨志田さんが絡んだり、姫川がもうちょいで二十歳だからと飲もうとして止められたり、酒飲み演者たちが良い感じに酔いが回ってきた所で、一次会がお開きになった。飲み軍団は二軒目に行くようで、そのまま歩いて次の店に向かった。未成年組はここで解散。駅までは近いから、そこでタクシーを拾うのが良いだろう。

 

「お、アクアマリンじゃねぇか」

 

 わざわざ俺の下の名前をフルで呼ぶ人は知る限り一人しかいない。見れば王馬さんが軽く片手を上げて挨拶をしてくれた。

 

「王馬さん。久しぶりですね」

「王馬さん? 龍鬼さんじゃなくて?」

 

 龍鬼さんを知っていて王馬さんを初めて見た有馬から、当然とも言うべき疑問が溢れた。

 

「龍鬼を知ってんのか。……そういや、龍鬼は今そっちで世話になってんだったか。似てるかもしれねえけど、俺は龍鬼じゃねえよ」

 

 有馬以外は固まっている。いきなりガタイの良い男が声をかけてきたらそうなるだろう。

 

「王馬さんはどうしてここに?」

「これからヤマシタカズオと飯行こうと思ってな。この辺で適当に食おうと思って店探してんだよ」

「俺たちさっきまでその店にいましたけど、結構美味しかったですよ」

「なら今日はそこにするか。ありがとよ」

 

 邪魔したな、なんて言いながら王馬さんは早々に店に入って行った。

 

 食材は足りるだろうか。山下さんにも一応この店に入った事は伝えておいた方が良いだろうか、なんて考えが浮かんでしまうも、呉の里で色々と学んだらしい事を思い出して要らぬ世話かと思い直した。

 

「今の人、アクア君のお父さんに似てない?」

 

 黒川から聞かれたくない事を聞かれる。

 

「まぁ親戚、みたいなものだしな」

 

 龍鬼さんの事も親戚扱いになっているが、それが一番無難な答え方だった。

 

「親戚にしてはかなり似てるような……」

「そういう事もあるだろ」

 

 黒川は顎に指を当てながら考える仕草を見せる。おそらくは拳願会関係者と考えたのかそれ以降追求してくる事はなかったが、俺の中で警鐘が鳴った。

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