一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
夢を見る。
別段なんて事はない。体外離脱によって任意で諸々設定ができるものの、俺も夢を見るのは他の人と変わらない。基本的にやることと言えばイメージトレーニングだ。寝る前にコンディションを確認してそれに合わせ、記憶にある闘技者や闘士達と戦う。あくまで俺が記憶している中での技や考え方になるため完全に同一とはいかないものの、長い付き合いの人達はかなり近い所まで再現できる。
今日も今日もとてひたすらに戦った後、ふとジャッキー・リーの事を思い出す。大陸の有名俳優達の名を使った偽名なのは間違いなく、本名は不明。わかっていることと言えば俺達のオリジナルと言うこと。見た限りでは、ほとんど何もわからなかった。普通であれば何かしらわかるが、どんな武術を使うのかも、強いのか弱いのかもまるでわからなかった。自然体そのもの、とでも言うのか。ただ、アイは悪意とは別の何かを感じ取っていた。俺の目より信じられる。闘技者や闘士の誰にも見せたことのない反応から、はるかに格上だと判断して良い。
そんな相手にどう勝つのか。
イメージで生み出すジャッキーは、何もわからない以上動きも喋りもしないが、かえってそれが不気味さを際立てる。
やめだ。
何もわからない状態ではどうしようもない。どこかで手合わせができればそれが一番だがそうそう難しいだろう。どうせ何もわからないのであれば、まるで相手にならないほどはるか先にいると想定して愚直に鍛える他ない。
まだ先がある。
それがわかっただけでも儲け物だ。
拳を強く握りして、それを思い切り打ちつけた。
夢から覚める。
カーテン越しでもまだ空が暗いことがわかる。同じ時間に毎日起きても、季節や気候によって明るさは変わっていて、意外とそれが起きる時の楽しみだったりする。
横を見れば相変わらずベッドの大半を使って寝ているアイがいて、起こさないように顔にかかっている髪を払う。ほぼ抵抗がないそれは、俺の髪質とはえらい違いだ。一時同じシャンプーを使ったこともあるがほとんど変わらず、香りだけやけに良くなったものの髪質はまるで変わらず、もうそう言うものだと諦めたことがあった。
クローン体。何か目的があって作られた事は間違いない。今放置されているのは目的に合致しているからか、単に気まぐれか。アイとの出会いも、もしかしたら偶然ではなかったかもしれない。けれどここまで歩んできた道のりは、自分の意思で決めたものだ。
何がなんでも守らねえとな。
アイみたいに演技ができるわけじゃない。アクアみたいに勉強ができるわけでも、ルビーみたいに踊れるわけでもない。結局できるのは戦う事。得体の知れないほどオリジナルが強いのであれば、幸か不幸か素体としての素養は高いんだろう。なら、存分に発揮するまでだ。
アイを起こさないようにベッドから降り、朝の稽古に入る。
純粋な身体能力としては上を数えたらキリはない。呉一族はもちろん、若槻さんやユリウスには遠く及ばない。成長気が過ぎた今、これからどれだけ鍛えたとしても大きく成長する事はない。そうなると、できるのは技を磨くことか。新たに作る、学ぶよりかは、既存の練度を上げる方が良いかもしれない。
基礎から見直すか。
ひたすら覚えた技を確認する。アイが呼びにきた頃には、すっかり空は白んでいた。
「悪い、今日俺が作る日だったよな」
辺りの汗を掃除しながら会話を続ける。
「大丈夫だよ。アクアが早く目が覚めたから作ってくれてる」
「そりゃあ助かる。アクアだって昨日ので疲れてんだろ」
「若いから寝たら回復したって」
年取ると中々寝ても体力が戻らない。寝ることに体力を使うとは聞く。爺ちゃんも最近寝ても疲れが取れん、とか言ってたしな。
「成長期だもんな。羨ましいもんだ」
「身長もその内抜かれちゃうかもね」
「抜けるもんならな。どうせなら一九〇くらいまで伸びても良いだろ」
「そうなったら首が疲れちゃうかも」
「子供がそんだけデカくなるなら親の冥利に尽きんだろ」
「まーね。ほら、アクアが作ってくれてる間にシャワー浴びてきなよ」
タオルを渡される。確かにこれだけ汗かいたなら一度さっぱりした方が良い。
「そうするわ。タオルサンキュー」
「行ってらー」
風呂場へと向かう。
シャワーをささっと浴びて、出る頃には朝食はできていた。なんなら俺とアクアが飲むコーヒーまで用意してあった。盛り付けも丁寧で、アクアらしいと言えばアクアらしい。
朝食を食べ終えると、少し準備にばたついて、洗面所が混む。今日はアクアは仕事。ルビーとアイはそれぞれのレッスンで出る。ミヤコさんと合流するために一度苺プロに全員で行き、そのあとは各自の行動になる。
事務所に到着すれば、俺も自身の仕事に取り掛かる。とは言ってもデスクワークはほとんどない。どちらかと言えば、定期的に開催している講習の方がメインになるだろうか。以前は初見さんを呼んだりしていた護身術の講習も、今はコンプライアンスが厳しくなったために呼ばなくなってしまった。あとは少し物騒なのもあり、外部から招くよりも俺が見た方が安全面で良い、というのもある。
午前が終わる頃に、ふと無線で連絡が入る。俺の知り合いを名乗る人物が来たようだがどう対処するか、と。誰かが来る、という話はなかったためそのまま突き返しても良かったが、妙な胸騒ぎがしてエントランスに向かう。
人が集まっているのが嫌でも目につく。その中心にいる人物が俺に気がつくと、気さくに手をあげる。
「やあ、来てくれて助かったよ。知り合いだと言っても中々信じて貰えなくてね」
「……何しに来たんですか」
ラフな格好をしたジャッキー・リーが、散歩がてらに寄りました、と言わんばかりの様子だった。
知り合いだと周囲に告げて捌けさせる。
「先日改めて約束をしたからね。暇だからこうして来てみたんだ」
「ああ、ヨーガの呼吸でしたっけ」
「そうだね。約束は守るものだろう?」
あんなもん社交辞令だろ。翌日に来るとか普通やるか? いや、普通じゃねえから来てんのか。目の前の男の事がますますわからなくなる。
「それはそうなんですけど……。っていうか付き人?の人はどうしたんですか?」
「付き人? ああ、厭の事か。正確には付き人ではないが、特にここへ来る事も伝えてないな」
「せめて、行き先位は伝えておいた方が良いんじゃねえかな」
調子が狂う。敬語を使うのも疲れてくる。
悪い感じはこうして話してみてもやはり感じないが、自由が過ぎる。厭って人はよくストレス溜まらねえな。
「ふむ……。気が向いた時にでも連絡しておこう」
「そこは任せますよ。とりあえず中へどうぞ。アイ達はレッスン中なんで少し待ってもらう事になると思いますが」
「構わないよ。待つことは得意なんだ」
ジャッキーさんを案内がてら空いている会議室へ案内する。入り口にある端末を調べればこの後も使用予定はなく、しばらく使っていても問題はなさそうだ。
「飲み物はなんか飲みます?」
「ではビールをもらおうか」
「事務所にアルコールがあるわけねえだろ。お茶で良いな」
「そうか、ないのか。残念だが仕方がない」
お茶を用意して前に置く。
ジャッキーさんは何の警戒もなくそれを飲み、以外と美味いな、なんて独り言を言う。何を考えているのかさっぱりわからない。
「どうかしたかな? 何か聞きたそうだが」
「……だいたい俺から聞きたいことなんて検討ついてんだろ」
「おおよそはね。桂君が聞きたいのはクローンについてだろう?」
「そりゃあな。回りくどいのは苦手だから単刀直入に聞くが、俺はアンタのクローンなんだろ?」
「さて、どこまで答えたものか」
腕を組み、悩ましそうな様子。
「別に俺もそこまで聞き出したいわけじゃ無いんで、無理なら無理で良いですよ」
「それは助かる。私としては全て話してしまっても良いとは思うんだが、厭がうるさくてね。とりあえず今言える事とすれば、想像の通り君は私のクローンではあるが、ただ望んでいた個体では無いんだ」
「望んでいた個体ではない? つまりは失敗作ってことか?」
「端的に言えばそうなる。失敗作とは言っても、人としての機能は問題ないんだが、目的に削ぐわなくてね」
「なら寿命や病気のリスクは無いんだな?」
「特に問題はないはずだ。なんなら先の呼吸を習得すれば人並み以上に長生きもできる」
「……そうか、なら良いや」
「? 納得してくれたなら良かった」
何に安堵したのかわかってなさそうだな。
クローン特有の病気がありそれが遺伝するのでは、なんて懸念もあったが、それも杞憂に終わりそうだ。勿論クローンだとわかった時点で精密検査をして問題ない事はわかっていたが、もうひと押し安心材料が欲しかった所ではある。
「ちなみに俺の記憶じゃ小さい頃に親がいたんだが、アンタの関係者か?」
「すまないがわからない。君の他にも自由になったクローンは多いから、一人一人の顚末までは把握していない」
「その言い方、そこそこの数いそうじゃねえか」
失敗作、と言う事であれば大方捨てられたのだろう。それをあの両親が拾って育てたのか、安値で買い取ったのか。実の子ではないからそこまで愛着も湧かずに、簡単に捨てられたのだろう。この話だと親は中国人だったのだろうか。そうなると名前の桂も中国由来か? まあ今となっちゃどうでも良いが、ジャッキーさんの話で色々と腑に落ちた。
「どうだったかな」
「それくらい覚えておけよ。そんだけクローン作って成功体はできたのか?」
「そうだね。王馬君と龍鬼君は成功体だ」
「聞いといて何だけど、それは答えても良かったのか?」
「……まぁ、ここまでなら問題ないだろう」
「適当だな」
クローンの事と言いその後の対応だったり、倫理観はぶっ飛んでんな。
「私からも良いかな?」
「どうぞ」
「アクア君についてだが、昔から大人びていたのかな?」
「周りの同世代と比べたら大人びてたけど年相応の事もあったぞ。孫のことでも気になるんだな」
質問の意図がわからない。確かに子供っぽくない面は多々あったが、芸能人の子役は比較的大人びてる奴らも多い。かな嬢だってそうだろう。
「孫?」
「俺のオリジナルならアンタは俺の父親みたいなもんだろ? ならアクアとルビーは孫みたいなもんだろ」
「なるほど、孫か。うん、なるほど。確かに二人は分類的には孫になるね。あまり他人に興味がない私が興味を持つのも、それも理由かもしれないな」
「孫は可愛いって言うからな。アクアの舞台見にきてくれたんなら、今度はルビーのライブにも来てくれよ」
「ネットでやっていただろう? 以前それは見たよ」
「割と孫馬鹿じゃねえか」
少し誇らしげにネットで見たと言うところも、なんて言うか老人が頑張って慣れない事をしたように思えてしまう。
スマホが振動する。
見ればアイからで、レッスンが終わったらしい。
「アイが終わったみたいだから合流するか。あとこれからは直接家に来てくれよ。拳願会の事とか知らねえ奴らが多いんだ。アンタだって色々知られるリスクは避けたいだろ」
「承知した。色々と大変そうだね」
「おかげさまでな」
少しイラっとした。
すでに何人かには見られてるが、まだ誤魔化しは聞くだろう。とりあえず移動だと思って扉を開けると、あ、と言う声が聞こえた。見れば見慣れた赤い髪を先頭に、三人組と鉢合わさる。ルビー達B小町の三人だ。
「ジャッキーさんだ。昨日ぶりだね!」
やらかした。
ルビーの明るい声とは裏腹に、頭が痛くなるのを感じた。