一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
タイミングが悪くルビー達と鉢合わせてしまう。
ルビーは面識があるからまだしも、他の二人はジャッキーさんとは初対面。いや、初対面だからこそ誤魔化しが効くか? 変に余計なことを言うよりも、ささっと離れる方が良い気もする。
「ルビー君か。今日は鍛錬かな?」
「そうだよ。そんな堅苦しい感じじゃないけど、やれる時にやっておかないとね」
「素晴らしい心がけだ。日々の積み重ねが大事だと私も思うよ。このまま励むと良い」
「どの立場からのアドバイスだよ」
言ってることは真っ当だが、当然のように知らない二人はポカンとしている。
「あのぉ、こちらのダンディなおじさまは?」
メム嬢の質問。
そりゃあ気になるよな。事務所内に入っている上にルビーとも面識があるんだ、芸能関係者って考えるのが普通。ただ、服装はジャージとかなりラフな格好で、プロデューサーのようには見えない。
「私かな? 私は……」
こちらを見てくる。
「親戚だ親戚。俺がやってる講習の件でちょっと話してたんだよ」
余計な事を答えられる前に適当に言うしかない。こう言う時に頭の良いアクアなら妙案を思いつくんだろうが、俺にはそんな案は出てこない。
「代わりか新しい講師ってことですか?」
「まだ決まった訳じゃないが」
「講師か、良いじゃないか。面白そうだ、やってみたい」
さっきの気遣いどこ行ったんだよ。やってみたい、じゃねえんだよ。余計な事言いやがって。
「え、そう言う話をしてたんじゃ?」
「いや、だからな。その……まあ、なんだ」
歯切れの悪さに首をかな嬢は首を傾げるが、やはりどうにもこう言うのは苦手だ。そもそも隠さなきゃいけない事多いのが面倒だ。二人を巻き込みたくはないが、ここまで来てしまうと難しいか。
「定期だと難しいから、特別講師をお願いしようとしてたんだよ。事務所でやるって言うより個別でやろうとしてたから、秘密にしてもらおうとしてたの。ね?」
アイが合流して早々に、それっぽい嘘をつく。
「そう、だな」
事務所の先輩に当たるアイに、ルビー達がお疲れ様と挨拶をすればアイもそれを返す。
言葉を発するだけで注目が集まるスター性は今尚陰りを知らない。幼少期より培われてきた嘘も、良い表現かはわからないが、今はかなりありがたく感じてしまった。
「特別?」
「そだよ。ジャッキーさんはヨガが凄くてね、秘密の呼吸法を教えてくれる予定だったの」
「秘密、ですか?」
特別や秘密に興味が引かれたかな嬢とメム嬢は順々に尋ねる。
アイは内緒話だと言わんばかりに軽く周囲を見渡してから、人差し指を口に当てる。自然と二人も一歩近づいた。
「若さを保つ呼吸法」
二人の反応は異なっていた。怪しむかな嬢と、目を見開くメム嬢。ここは性格と年齢もあるのだろうか。言葉だけ聞くとエセ健康法でありそうだしな。
「二人も興味ある? 追加で生徒が増えても良いですよね?」
「私は構わないとも」
本当に何を考えているのかがわからない。こんな事ならあかね嬢にちゃんとプロファイリングを習っておくべきだった。
裏格闘技やクローンの話さえなければ、よくわからないヨガの伝道師的な立場でなんとかなるかもしれない。敢えて俺との繋がりを探ろうとするほど、この二人は俺に興味もないしな。
「言葉だけ聞くとすごい怪しいんですけど……」
「お金は取らないから大丈夫だよ。若さ保てるなら、アクアも喜ぶと思うよ」
「やります」
アクアを引き合いに出されて一気に反転した。
「私はやる! やります!」
たまに口から呪詛のように漏れる三十路って言葉には色々な思いが籠っているのか、ひどく重い言葉に聞こえる上に目がマジになっている。そういやメム嬢は二五歳とかだったか。年長者として陰ながら支えてもらっていると聞く。
「じゃあ家で秘密の特訓しよ! 今日はこの後もレッスンだったでしょ? 今度予定合わせて一緒にやろうね」
ジャッキーさんに聞いてもそれで良いと答える。クローンって事はほぼ遺伝子も同じだろう。何を持って成功失敗かはわからないが、王馬も龍鬼も似た顔してんだからそこまで差はないはず。同じようにアイに弱い事を考えれば、ジャッキーさんも同じかもしれない。今度からアイがいる時に対応したいもんだ。
服が引っ張られる。見ればルビーがどこか浮かない顔をしていた。俺の反応を見て察したのかもしれない。
「……私、余計な事をしちゃった?」
「んな事はねえよ。ただ挨拶しただけだろう。これはルビーのせいじゃなくて俺のミスだな。会議室じゃなくて外で話せば良かった。そうすりゃあ鉢合わせなかったしな」
相手がジャッキーさんだからこそか。他の人相手であればこうはならなかったと思いたい。おおよそ検討がついていた事ではあったが、答えを得るために焦りがあったのかもしれない。
「ただまあ、話した甲斐はあった。後でアクアもいる時に全部話すよ」
とりあえずこの場を切り抜けそうで、自然と息をついてしまった。
その日の夜。流石にジャッキーさんは帰ったため家にはいない。何十回もコールが来ていたらしく、やれやれと言った態度だった。おそらくは敵なんだろうが、厭さんには同情してしまう。
「というわけで、やっぱり俺はクローンだった」
夕飯時に話す内容ではないが、今日家族全員が揃うタイミングはここだった。
「ジャッキーさんがオリジナルだって?」
箸も止まらずにアイが聞いてくる。
「らしいな。ジャッキー・リーってのも多分偽名だろうから、本名まではわかんねえけどな」
「え、そうなの?」
次はルビーだった。知ってる人は知ってる組み合わせだが、知らない人からすれば単なる名前に過ぎないんだろう。
「中国の有名な俳優とか武術家の名前合わせただけだ。かなり適当に名付けてるよ。本名は別にあるんだろうけど、対抗戦での時の話を考えれば『繋がる者』って呼ばれてる人物で間違いねえだろ」
「なら王馬さんと龍騎さんもって事か?」
「ああ。なんならあの二人は成功体で俺は失敗だとよ。何を持って判断してんだか」
「クローンって百パーセント同じになるんじゃないの?」
「あくまで理論上の話だ。羊のドリーが有名だけどクローンに関する論文とかはそこそこ出ていて、読んだ感じだとクローン作成中に突然変異をしたりエピジェネティックな違い……なんていうのが良いかな、遺伝子そのものは同じだけど働き方が環境によって少し変わってくるんだ。だからクローンとは言っても完全に同一となるかって言われると違うと思う」
環境って言うと、食事とか運動あたりか。
「へぇー、さっすがアクア。物知りだね」
「ママ、今のでわかったの?」
「ううん。完全に同じにはならない事くらいならわかったよ」
アクアはせっかく説明したのに、と呆れたような視線を向けている。一人だけ頭良すぎて言ってる事が難しいんだよな。
「そういえば、成功か失敗の基準は聞かなかったのか?」
「聞いてねえ。あんまりそこに興味なかったしな。とりあえずクローンだろうが他の人と大差ないみてえだし、クローン特有のリスクもなさそうだったからそれで満足しちまったよ」
目的はなんであれ、クローンとして生まれて捨てられたからこその今の人生だ。何一つ不満はないから、むしろ作られた事に関しては礼を言っても良いくらいだ。
「身体的な特徴もそこまで差がない。遺伝子の一致率の可能性もあるが、王馬さんと龍鬼さんは完全にそっくりって訳でもないから、そこじゃないのか」
アクアの箸が止まり考え始める。
「言っといてなんだが、変に詮索するの止めとけ。話していて敵意も悪意も感じなかったが、何が地雷がわかったもんじゃねえ。今のところ二人に関しちゃ祖父的な感じで見てんだろうけど、クローンだなんだやってんなら下にいるのは蟲だろうし、そっちで引っ掛かるかもしれねえからな。それに俺が失敗作ってんなら、尚更気にする必要もねえよ」
「……わかった」
「繋がる者って呼ばれてクローン作ってんだ、大方『回生』の適正でも見てんだろ」
詮索をやめさせるためにも適当な理由をでっち上げてみる。
「フイシュン?」
「そうか、アクア達には話してなかったか。俺も爺ちゃん経由で聞いてるだけだからちゃんとした事はわからねえが、ひたすら自分の経験とかを言い聞かせる擬似的な転生方法が大昔の呉の家にはあったんだってよ」
「それでほんとにできるの?」
「物心付く前から何度も何度もひたすら時間かけてやるんだそうだ。力技って言うか、洗脳に近いかもな」
今のデジタルが発展した時代だとデータみたいにコピペで出来そうなもんだが、それは難しいんだろうか。
「そう聞くとなんか物騒だけど、それは大事なのは頭の良し悪しって事だよね? ケイは馬鹿だもんなー」
「そんなに変わらねえだろ」
「私は興味なかったからやらなかっただけだもん。やればちゃんとできたよ」
「それを言うなら俺だってそうだよ」
「そうなんだー。へぇー」
アイの目はまるで俺を信用していない。そりゃあ確かに勉強はできないが、あくまで学校の勉強の話であって、地頭は悪くない、とは思いたい。
「信じてねえな。って二人ともどうした?」
アクアもルビーも固まっている。
クローンの件ではないとすると回生か? 個人的にはクローンの方がインパクトは強いように思えるが。
「ごめん、ちょっと考えごとしてた。パパがクローンなら、前に友達に写真見せた時によく見る顔だって言った事あったけど、あながち間違いじゃなかったなーって」
「なんで学校で人の写真見せてんだよ」
「皆以外と気になるみたいだよ。ママが有名で美人で可愛いから私も可愛いのは当然だけど、パパは事務所の人以外知らないし」
「ミーハーな友達だな。あんまりプライベートな事は言うなよ」
「わかってるって」
かな嬢とかにも拳願仕合の事は伝わってなさそうだしな。そのあたりの線引きはできているか。
「アクアもそんな感じか?」
「そんな感じだな。クローンなら父さん達三人だけじゃなくてたくさんいそうだな、とか。回生みたいな力技がある事も驚いたけど」
「多分いるんだろうよ。間違って付いて行くなよ?」
生きてるかどうかは別だが、相当の数は作られただろう。番号とか振られていたのだろうか。
「何歳だと思ってんだ……もう一五だぞ」
「大人になるにはまだまだだろ。それに大人になっても、孫ができたって俺達の子供ってのは変わらねえんだ」
いつかは巣立って行くのだろう。楽しみである反面、寂しさもある。
「孫なんて当分先だぞ」
「曽孫まで見るつもりだから頼むぜ」
「パートナーさえいねえよ」
どうせ長生きするなら、そんな楽しみもあって良いだろう。