一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 夕飯の時に聞いた話を俺は自室で一人で考えていた。開けている窓からは冷えた空気が入り込んで、頭を冷やしてくれる。

 

 回生と呼ばれる不完全ながらも、人為的に転生を行う方法。馬鹿馬鹿しいと一笑に付せるほど、楽観的にはなれなかった。ただ、一旦落ち着いて考えれば色々とわかった事もある。

 

 扉がノックされる。確かめるまでもなく、相手が誰かはすぐにわかった。どうぞと言えば、ルビーが入ってくる。

 

「お兄ちゃん……さっきの話だけど」

「まぁそうだよな。お前でも気になるか」

 

 椅子に座らせようと俺が立ち上がるが、ルビーは俺の意図を気にせず人のベッドに腰掛ける。

 

 しばらく無言でルビーを見てみるが、本人は言いたい事がまるで伝わっていない様子。家族以外の、特に男相手にやらないかが不安だ。この年頃の男なんて、どう取り繕っても頭思春期だからな。

 

 そのまま座るのもなんか癪に思い、とりあえず窓を閉めてから先ほどまで座っていた椅子に再び座る。

 

「最初に言っておくと、さっき聞いた話と俺たちのケースは違う。これは俺の推測に過ぎないが、多分確度はそこそこあるはずだ」

「そうなの?」

「ああ。回生はあの話だと何度も言い聞かせる必要がある。時間はかかる上に、聞き手側も言語を理解している必要がある。例えばだけど、お前に英語でひたすら俺の半生語っても理解できないだろ」

「少しくらいならわかるもん」

「少しじゃダメなんだよ。聞き手が自分が語り手だとかなり強く思い込む必要があるんだから、一言一句理解しないと同じにならない。多分だけど、年齢が行き過ぎてもダメだ。自我が発達し過ぎて労力がより掛かるか、二重人格みたいになるとかで完全じゃなくなる」

 

 まるで、アクアと吾郎のようなものだろうか。いや、切り替わるわけでもないから少し違うか。

 

 普通の赤子がある程度話し始めるのが一歳前後。二歳にもなれば、ちゃんと意味を理解して言葉を発するようになる。この年齢でもまだ早いだろう。始めるなら、更に年齢を重ねてより難しい言葉がわかってきたあたりが良いはず。

 

「俺たちが転生したって自覚したのは、多少個人差はあるかもしれないが生後半年も経ってない時だ。その頃には父さんや母さんもずっといたから、もし短時間にできる方法があったとしても病院にいた時期。病院にいた時期も出産直後は一時的に離れることはあっても、基本的には母さんと一緒にいたから難しかったと思う」

「じゃあ、私達はちゃんと転生をしたんだよね」

 

 どこか縋るような声だった。

 

 例え記憶の植え付けであっても、本当に魂が輪廻転生をしたのだとしても、俺としてはそこまで気にする問題ではなかったことだが、ルビーに取っては違うようだ。

 

 ルビーの考えは間違っている。回生での擬似転生ではないことの証明にはなっても、別のやり方で擬似転生が行われていない証明にはなっていない。別の方法だけれども、結局はただの記憶の植え付けと言う可能性も残っている。……ただ、それを指摘するのは違うだろう。俺の言いたい事は、方法がどちらかは関係ない。

 

「そうだな。けど、だからこそ厄介なんだよ。目的はわからないが、面倒な手を使って擬似転生している連中がいる中で、俺達みたいに別で転生した例があるとしたら方法知りたさに狙われるはずだ」

「狙われるって言っても、私何も知らないよ」

「それで済めば良いけどな。父さん達の話からして、転生したい、もしくはさせたいのはジャッキーさんで間違いない。少し話した感じじゃ悪い感じはしないけど、その周りはそうとも限らないだろ」

 

 ジャッキーさんがどんな立場なのかは正直わからないが、かなり高い地位にいて信奉者はいるはずだ。往々にして、信者達は足りない情報を想像で補って自分にとって理想的な人物像を作り上げる。アイドルとそのファン達が近いだろうか。狂信となって暴走する人もいるだろう。一番怖いのはそういう連中だ。

 

「だから絶対にバレたらダメだ。誰に言える内容でもないが、いつも以上にバレないように気をつけろよ」

「わかった」

「とは言ったけど、お前は普段通りで良い」

「……なんで?」

 

 ルビーが間の抜けた顔になる。

 

「変に意識すると絶対ボロが出るだろ。一緒に過ごしてきて違和感覚えたことほぼないから、多分そのままでいれば大丈夫だ」

 

 これは嘘じゃない。最初こそ赤子が喋って驚いたが、コイツの行動は年相応だった。

 

「それに今はアイドルだろ。ずっとやりたがってた事をやってるんだ。変なことは考えないで楽しめよ」

 

 当初はそこまで深く考えた事はなかったが、違和感が少ないのは俺のように大人の段階で死に、転生したわけではないのではないか。それは、あまりにも悲しい事だ。そう考えると、ルビーとしての人生を楽しんでいる今は俺以上に価値ある物のはず。もし怪しまれるとしても、それは俺だけで良い。

 

 

 

 

 翌日から早々にジャッキーさんのレッスンが始まる事はなかった。人数が増えた分時間調整が必要となり、まだ先のこととなるそうだった。ジャッキーさんもその呼吸を使っていて実はかなり年齢が上なのか、特にこだわりはないのか早々にオッケーが出たらしい。個人的には舞台もあるから、接触回数が減る分にはありがたい事だった。

 

 一度始まってしまえばそのあと稽古は不要、という事もなく、より良い舞台とするためにも稽古は引き続き行われる上に、急遽広報の仕事が回ってくる事もあった。主演のキャスト達は軒並み他と掛け持ちだったりしており忙しく、その中で比較的時間が取れている俺にお鉢が回ってくることが多かった。テレビやネット、ラジオなどでゲストとして出演して最後に告知を行う。大抵は二人一組で行い、有馬や黒川、メルトと組んでの宣伝となった。

 

 舞台は初回の反響が大きかったのか、以降の舞台も満員とはいかずともかなり埋まっており、聞けばかなり評判は良いようだ。各々の役者のファン、原作のファンからも高評価を得ているのは一役者としても嬉しい限りだった。

 

 一ヶ月があっという間に過ぎていく。千秋楽を無事迎え、長いようで短かった舞台の幕が降りた。

 

 そしてついに、その日が来る。

 

 そこまで狭くないはずの部屋も、八人も集まれば流石に狭く感じる。講師役のジャッキーさんに、父さんと母さん、新野さん、ルビーに有馬にメム。大人組、特に女性陣は興味が強いのか、その表情は真剣だ。逆にルビーや有馬はそこまでと言った様子。新野さんが来たのは以外だったが、おそらくは母さんが誘ったのだろう。

 

「呼吸で若さを保てるって、今考えても胡散臭いわね」

 

 ぼそっと小声で話す有馬に、半分は同意してしまう。

 

「知り合いがただで教えてくれるんだ。仮にダメでも気分転換、効果があったら儲けだろ」

「それはそうなんだけど。にしてもアンタの両親はよくわからない交友関係多いわね」

「奇遇だな。俺もそう思う」

 

 俺も以前は三十を超えた身だ。若さがいかに凄かったかは身をもって実感している。生活や運動習慣も大いに関係しているのだろうが、歳をとっていくと寝ても体力が全快にならない。脂っこい料理に胃もたれする。ちょっとした運動で筋肉痛になる上に、それが長引く。腹も少しずつ出てくる。

 

 正直なところ、老化を遅らせる呼吸法は俺も興味がある。寿命は伸びなくて良いから、今の状態をキープできるのであればしたい。

 

「さて、ヨーガの呼吸についてだが、基本的には通常のヨガと同じだ。鼻から吸って鼻から吐く。無意識下で普段行っている呼吸を意識的に行い、まずは呼吸可能時間を伸ばしていく」

 

 漸進性過負荷の原則に則っているように感じる。

 

 深い呼吸をする事で普段よりも酸素を体内に取り込め、血管が拡張する事で血流が良くなる。つまりは代謝が上がるわけだが、それの延長なのだろうか。なんていうか、普通だな。もっととんでもない理論を展開するかと思っていた。

 

「姿勢を整えよう。体の力を抜いて、呼吸は吸う時間と吐く時間を同じにするんだ」

 

 本当にヨガのクラスのようだ。

 

 少しやっていくと、各々に指摘が入る。姿勢が少し猫背気味、もっと力を抜いて、もう少し時間を伸ばそう。

 

 たかが呼吸、されど呼吸。不思議なもので、普段は何気なくできているそれも常に意識していると疲労感を覚える。時間にすれば三〇分もやっていないだろう。それでも体が熱を持った。

 

「常に意識する事を忘れずに。初めは慣れないだろうが、続けることが重要だ」

 

 最初の講習は特に変わったことのない普通のものだった。女性陣はそれを意識したまま普通のヨガもやるようで、男性陣は部屋を出る。

 

「せっかくだ、桂君には追加で稽古をしようか」

「稽古? なら庭に出るか」

 

 興が乗ったのか、ジャッキーさんと父さんは庭へと出る。日中とはいえ寒く、温まった体が冷えていくのを感じた。室内にいてもよかったが、少し興味があって二人の様子を見ることにした。

 

「君には呼吸よりもこちらの方が良いだろう。全力で撃ち込んでくれ」

 

 手一本で受けるつもりなのか、ジャッキーさんは的のように顔のそばに手を出す。

 

「……怪我すんなよ」

 

 父さんもおそらく本気。

 

 鉄砕だろうか。全力で殴ったはずなのに、ジャッキーさんの手を弾くだけだった。威力を散らされたのか、身体は全くと言って良いほど動かなかった。

 

「素晴らしいな。だが、まだ改善できる」

 

 先ほどと同じように簡単な指摘が入る。姿勢をミリ単位で修正、俺から見ればほとんど差がわからないレベルで調整してもう一度打つ。今度は手だけではなく、ジャッキーさんも受けた際に半歩下がった。

 

「おお、良いじゃないか。手がひりついたのは久方ぶりだ」

 

 ジャッキーさんがアドバイスとして、復習が重要、技が勝敗を分けると伝える。

 

 父さんはそれを聞きながら何かを考えているようで、とんでもない事を口にした。

 

「なあ、アンタも撃ってみてくれないか? 今の実力差を知りたい」

 

 少し考えた後、ジャッキーさんは快諾する。

 

「構わないよ」

 

 しっかり受ける構えをしている父さんとは対照的に、ジャッキーさんはただ立っているようにしか見えない。近づく姿も歩いているようにしか見えなかった。けれど気づいた時には、父さんは外壁近くまで吹っ飛ばされていた。

 

 冬故に枯れた芝生には、動いた距離がわかるようにしっかり跡が残っている。何をしたかもわからない。ほぼ体格の変わらないにも関わらず、一方的に同体格の人間を飛ばせるのだろうか。

 

「打点をズラしたな。そういえば、君も似た技を使っていたね。よく耐えた」

「……まだ腕が痺れてやがる。アンタ超人体質か?」

 

 怪我はなさそうだが、父さんの左腕は僅かながらに震えていた。

 

 超人体質。筋肉密が常人の数倍あるって言うあれか。

 

「いや、私は超人体質ではない。身体能力的には君と私はほとんど差はないか、やや君のほうが身体が大きい分有利だろう」

「なら純粋に技の差か」

「技というほどの物でもない。先の呼吸も、これも、やり方を知っていれば誰でもできる」

 

 明確な格上。

 

「どうする? 君さえ良ければ続けるが」

「いや、止めとく」

「……そうか」

 

 父さんはどう足掻いても勝てない。ほとんど知らない俺が見てもはっきりとわかるほど、今の二人には隔絶した差がある。努力で埋まる差なのだろうか、あまりの差に折れてしまってもおかしくはない。

 

「想定してたよりずっと差があるな。正直、今は何やっても勝てる気がしねえ。……ただ、良い機会をもらった。まだ本当にうっすらとだが、アンタの背中がほんの少し見えた気がする。見えたなら、追いつける」

 

 才能の差を痛感して去っていくのは、世界は違くも同じはず。俺も何度も見てきたし、間近にいる天才を見て、どんなに努力しても追いつけはしないと思っていた。なぜこうも、諦めずに挑めるのだろうか。

 

「そうか。いつでも声をかけてくれ、待っているよ」

 

 表情がほとんど変わらないジャッキーさんも、どこか嬉しそうな声色をしている。

 

「さて、せっかくだ。アクア君もやるかね?」

「いや、俺はーーー」

「アクアには自衛手段しか教えてねえから無理だよ。格闘家じゃなくて医者目指してんだ」

「ほう、医者か。別の意味で期待してしまうな」

「別の意味?」

「あ……すまない。今のは忘れてくれ」

「アンタ、その内余計な事喋りそうだな」

 

 地雷を自ら投げてきそうなジャッキーさんの側にいると疲れそうだな。多分だけど、ここに来ることも誰にも伝えてない気がする。

 

 厭さんも悪い人なんだろうが、思わず同情してしまう。

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