一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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「主演、ですか?」

 

 俺は手渡された企画書を見て、思わずミヤコさんに聞き返してしまった。内容は王道の青春モノの小説。俺も読んだ事はあった。最近変な……変わった役が多かった俺からすれば、久しぶりに真っ当な役に思えた。何より初の主演だ。

 

「ええ。受けるでしょ」

「勿論。でも何で俺に?」

「原作者が貴方のファンなんですって。もし実写化するなら貴方に演じて欲しかったみたいよ」

「……変わった原作者もいるんですね」

「照れなくても良いのに」

「照れてません。他の役者ってもう決まってるんですか?」

「少しはね。ただヒロインは候補段階でまだ決まってないみたい」

 

 促されるので、さらにページを進めていく。活字を読むのは早い自信がある。昔から本は好きだったし、大人になってからも論文をよく読んだ。いわゆる斜め読みも気づいたらできるようになっていて、知りたい箇所を見つけるのは簡単だった。

 

 ヒロイン候補、不知火フリル、黒川あかね。

 

 ……ん?

 

 もう一度見返してみるも、見間違いではなく内容は全く変わらなかった。まぁ広いようで狭い芸能界、そう言う組み合わせも珍しいわけではない。

 

「知り合いだと少し気まずい?」

「いや、全く。内容が過激なら少しは気にするけど、この原作のメイン層はティーンだし問題ないですよ」

 

 あってせいぜいがキスシーン位。ベッドシーンでもあれば流石に気まずさは覚えるが、それくらいなら俺は特に問題ない。

 

「なら承諾の旨を回答しておくわね。台本はすぐに送られてくると思うから、再来週の顔合わせまでには読んでおいてね」

「わかりました」

 

 台本との差分がわからないが、とりあえず原作を読み返すか。

 

「後は顔合わせ前に別の仕事もいくつかあるから、こっちにも目を通しておいて」

 

 写真撮影とラジオ出演。どちらもその日で終わるからそこまで影響もなさそうだ。

 

「写真撮影って、また出すんですか?」

「顔が良いから売れるのよ。前はまだ幼さもあったけど、最近はだいぶ背も伸びて大人びてきたでしょ? 出すには良い機会だと思うけど」

「仕事なら何でもやりますよ」

 

 前は中学生の時だったか。その時に比べたらかなり背も高くなった。残りの役者人生、後悔のないようにできる事はやっておかないとな。

 

 父さんの出自だったり俺とルビーの転生に疑念が出てきたりと、周囲が荒れてきているが俺にできる事は殆どない。どちらももう変えようがないし、できることと言えば疑惑を向けられるのは俺に集中させることか。双子故に俺がそうならルビーも、と言う事も簡単に考えつくだろうが、俺の方に違和感があればまずは俺に来るだろう。そもそも、そんな考えが過らなくなるように演じるつもりだが。

 

 後は何個かミヤコさんと確認している内に、ルビーから聞いていた機嫌は治ったんだな、なんてふと思った。例の呼吸法は意識して続けているが、目に見えるものでも効果が出ているかどうかも一目でわからないのが難しい所だ。

 

 継続は力なり、と言う言葉に嘘はないと思う。ただ、闇雲にやったところで、目的地に着くのは長い道のりであり、方法を間違えれば辿り着くのは不可能という事も間違いない。一本道でも階段を登った先にあるわけでもなく、どこかにポツンとそれが立っている。だから先駆者や成功者は尊敬されるし、彼らが通った道を辿れば速度は違えど到達できる。勉強がわかりやすいだろうか。

 

 この呼吸法に関しては、独自に試行錯誤するよりも教わった事を繰り返すのが良いか。あの感じじゃまたどうせ来るんだから、その時に間違ってたら軌道修正される。俺はそんなに器用じゃないから、まずは目先のドラマに向けてできることをするだけだ。

 

 帰宅して少しすれば夕飯になり、四人で頂きますと言って食べ始める。

 

「いつ宮崎行くか決めたのか?」

「再来週の木曜日かな。朝の便で行ってお昼食べて、そのまま撮影始めるつもり。お兄ちゃんも来る?」

「いや、再来週の木曜だとちょうどドラマの顔合わせあるから無理だな」

 

 本読みとは違って台本を読んで監督やプロデューサーの意向を聞く、と言うよりも言葉通りの顔合わせだ。

 

「ドラマ決まったんだね。どんなドラマ?」

「よくある青春モノだよ」

 

 母さんは多分原作を読んだ事はないだろう。あまり物語上の恋愛物を読んでるイメージはない。

 

「今回はどんな役なんだ?」

「まぁ、一応、主役」

「へえ、良かったじゃねえか」

「お兄ちゃん主役やるの!? 順調じゃん」

「たまたまな。本来俺なんてオーディションで役を勝ち取るようなレベルだけど、作者がたまたま……その、俺のファンだったみたいで」

 

 自分で言うと何だか恥ずかしくなる。

 

 原作者とプロデューサーの力関係はプロデューサー側に傾くことが多いが、逆もない事はない。最近だと東ブレもその例か。今回もそうだっただけで、従来通りなら俺は選ばれなかったなろう。

 

「すごいね! アクアもいよいよ主役を演じる時が来るなんて、なんか感慨深いなー」

「だから、たまたまだって」

「原作者さんがファンになってくれたのも、アクアが普段から頑張ってたからでしょ? たまたまドラマ化されて、たまたま希望通りにアクアが主役に成れたんだとしても、それは素直に喜んで良い事だと思うよ」

「そうかな」

「そうだよ」

 

 推し、かつ母親に褒められると言うのは嬉しい反面少しむず痒い。顔に出ないようにそっけない返事になるものの、おそらくは顔に出ていないはずだ。だから母さんと視線が合って微笑まれても、その笑みは内心を悟られた事から来るものではないはず。

 

「でも、せっかく皆で宮崎行こうってなってたのにね。いない間はお爺ちゃん家かミヤコさんの所泊まる?」

「二人も行くの?」

「うん。アクアとルビー産んでから行ってなかったし、せっかくだから観光しようかなーって。ケイいれば護衛もできるし」

 

 家に一人か。別にそれでも良いんだけどな。こう聞いてきたって事はどちらかに行ったほうが良いだろう。食住の面で考えれば爺ちゃんの家一択。今も比較的良い物を食べてる自覚はあるがらあそこはその比じゃない。部屋もおそらく無駄に広い部屋をあてがわれて高級ホテル以上の待遇だろうが、別にそこまで欲しいわけじゃない。登校する時にもリムジン出してきそうで、それはそれで変な噂になって面倒。ミヤコさんと社長の家はマンションだから、爺ちゃん家と比べるのは違うだろう。ただ龍鬼さんも泊まってるはずだから、部屋が空いてるかどうかだが、多分余っているのだろう。最近は仕事を通じて話すことが多かったから、たまにはオフ時に話すのも悪くない。龍鬼さんとも、話しておきたい。

 

「社長の所にでも泊めてもらうよ。今度会った時に話しておく」

「よろしくねー」

 

 夕食を終え、自室に一度戻っては本棚に目を向ける。確かにどこかにあったはずだが。

 

 最初は少しだった本もいつしか棚一列埋まり、全てが埋まり、新しい棚が増えた。あまり整理していなかったが、書店のように作者の五十音順にでも並び替えた方が良いかもしれない。原作を見つけると、それを取って椅子に座り表紙を捲った。

 

「お兄ちゃん、お風呂出たよー」

「わかった。俺も入ってくる」

 

 半分くらい読み進めたところで、ルビーが扉を開けて入ってくる。まだ髪の毛は濡れていて、これから乾かすのだろう。放っておくと少しカールしてくる髪は、最近縮毛矯正をかけたらしくかなりまっすぐになっていた。

 

 栞を挟んで机の上に本を置く。

 

「……なんで宮崎にしたんだ?」

 

 風呂に入る前に気になった事を聞いてみる。 

 

「もしかしたら、私達が転生したことのヒントでもあるかなって。そんな事考えてたら口からポロって出ちゃって、そのまま二人が乗ってくれてなし崩し的に」

「そんな所だと思ってた。ただ、そんな簡単に手掛かりは見つからないだろ」

 

 意図的であればそもそも痕跡など残さないし、超自然的なものであったならそもそも証拠なんて残るはずもない。

 

「それならそれで良いの。そしたら私の中で、私たちは神様が特別に生まれ変わらせてくれたんだって思えるから」

「神様、か。良いんじゃないか。回生なんかよりよっぽど夢がある」

「でしょ? だから本当はお兄ちゃんにも来て欲しかったんだけど、顔合わせあるなら仕方ないよね」

 

 正直な所、もう少し悩むかと思っていたが過小評価だったようだ。ずっと手のかかる妹と思っていたが、ルビーはルビーなりに自分の足で立とうとしているように感じた。

 

「そんなに来て欲しいなら金曜からで良いなら行くぞ?」

「いいよ来なくて。来ても私達の荷物持ちか、パパとママがデートしてるのを後ろから見てるだけだよ」

「……止めとく。ルビー達に迷惑かけるのも本意じゃないしな」

「迷惑?」

「順当に人気が出てきてるんだ。変な誤解をファンに与えるリスクは出来るだけ避ける方が良いだろ」

 

 その二択なら確実に前者を選ぶが、それもそれで男一人なのは気が引ける。妹がいるとはいえアイドルグループだ、男の陰がちらつくのは三人の邪魔をしてしまう。

 

「確かに。でも他のアイドルの子達は結構彼氏とか作ってるんだって」

「年頃なら興味は出るだろうからな。ウチみたいに恋愛禁止してない所もあるし、別に変じゃないだろう。けどファンからしたら、どうしたって推しには彼氏彼女はいないで欲しいって思うもんなんだろ」

 

 ちゃんと線引きしてるファンが大半だが、中にはのめり込み過ぎて現実と空想の境目が曖昧になるファンもゼロではない。アイドルは握手会や写真撮影、近年は配信なども当てはまるか、疑似恋愛の側面があるから、手が届きそう、と言う思いを抱かせやすいのが原因かもしれない。

 

「だからお前も気をつけろよ」

 

 親しみやすいのは長所なんだが、距離感が近いと勘違い野郎が増えるからな。俺の目の届く範囲であれば何とかできるが、この先ずっとは無理。自身で危機管理はできて欲しいところ。

 

「はーい」

 

 本当にわかっているのかはわからないが。

 

 それから数日後、黒川からヒロイン役になったとの連絡が届いた。どうやって決めたかはわからない。東ブレでの配役等も影響していたかもしれないが、多分スケジュールを見て空いていたのが黒川だったんだろう。

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