一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「それじゃあ、ルビーちゃん達は今日から宮崎に行ってるんだ」
「ああ。今日と明日で撮影を終わらせて、後二日は遊ぶって言ってたな」
顔合わせは午前から行われ、各々の自己紹介と今後の簡単な流れを改めて説明されてお開きになった。本読みはもう少し先、撮影も年末あたりから開始される。ティーン向けの小説ということもあり、役者達もそれに近い年齢が多い。大人の役は教師、主人公とヒロインの親くらいだろう。
台本もそこまで原作と差はなく、二時間弱の尺に収めるための編集はされているものの、キャラにぶれもなく自然な内容に思えた。
解散後、少し早めではあったが昼食を摂ることとなった。平日、それもどちらかと言えばブランチのタイミング故か店は比較的空いていた。
「女の子だけで行くの?」
「いや、父さんも付いていく。流石に不用心だしな」
「そっか、お義父さんもついて行くなら安心だね。ならアイさんも?」
俺の父親って意味で言ってるよな。たまに不安になる時がある。
「だな。空いた時間はデートしてるってさ」
「相変わらず仲良しだね。それにしても旅行かー、良いなぁ」
目の前に座る黒川は、本当に羨ましそうに感情を溢す。
「海外によく行ってただろ?」
「家族旅行でね。家族と友達とは全然違うよ。修学旅行みたいに同世代の皆でわーっと行くような旅行って、仕事が被っちゃって行った事はないから」
中学は三年、高校は二年時に行くのが一般的。だいたい冬の時期が多く、黒川の高校もその例に当てはまるならちょうど東ブレの稽古期間と被る。ましてや春にあの件があれば、クラスメイトとももしかしたらそこまで懇意にしている人間はいないかもしれない。そうなれば、性格も加味すれば間違いなく優先されるだろう。
「不定期な仕事だと仕方ないよな」
「アクアくんは行ったことある?」
「中学の時は行ったよ。高校はどうだろうな。今の調子で行ければ仕事で俺も行けないかもしれないが、それは一人の役者としては喜ぶべき事だと思って受け入れる」
「またそんな大人ぶった事言って」
「事実だからな。仕事が欲しくても手に入らない芸能人が大勢いる中で仕事を貰えてるんだ。それくらいのデメリットがあっても十分にお釣りが来るし、どこかでまとまった休みを取ってのんびり旅行しても良い」
結局は無い物ねだり。勿論、修学旅行は特別なイベントだという自覚はある。ただすでに一度一通り経験したからか、そこまで執着がないだけかもしれない。
「そういう損得じゃなくてさー。学生ならではのがあるでしょ」
黒川は不服そうに頬を膨らませる。
「悪い、少し性格悪かったな。そんなに行きたいなら、黒川が卒業するまでに皆で行くか」
「良いの?」
「ああ。そのためにもさっさと平和になってくれると行きやすくなって良いんだけどな」
「そうだね……」
あいも変わらず蟲は各地でテロ行為を行っている。この行為の目的は見当はつかないが、かなり深く関わっているであろうジャッキーさんが俺の近くにいる。なんなら、こうして黒川と会っているのも筒抜けなのだろう。むしろそうであって欲しい。少なくとも、何を考えているかはわからないが、表面上はジャッキーさんとは良好な関係を築いているとは思っている。社長達も同じことが言えるから、おそらくは苺プロはある種の安全地帯と化しているはず。だから有馬やメムも安全圏にいるはずで、俺の考えでは一番危険なのは黒川だ。拳願会を突き止めた情報収集能力と推理力を危険視されれば、どうなるかは考えたくもない。けれど、俺との仲が良好だと把握していれば、わずかばかりでも危険が及ぶ可能性は下げられるはずだ。
一方で気をつけなければならないのは、黒川に余計な情報を与えない事。すでに王馬さんには会ってしまったから、父さんとの容姿からクローンという答えに辿り着いてもおかしくはない。
ふと、スマホに速報ニュースが飛んでくる。大半は蟲に関することで、見てみれば案の定。今回はブラジルにおけるテロだった。それは黒川のスマホにも届いたんだろう。同じようにスマホをみていた。
「まただね」
「……そうだな」
「何が目的なんだろうね」
「さあな。テロリストの考える事なんてわからねえよ」
聞くところによれば、模倣犯も増えているようだ。フォロワーを増やしたいのだとすれば効果はてき面ではあるが、同時に相当数の敵も増やしている。半ば自暴自棄になった自爆テロなのではないかと思ってしまう。
「言っとくが、変に調べようとなんてしないでくれよ」
「わかってるよ。お父さんにも釘刺されちゃったし、私だって危ない事とそうでない事の線引きはできるよ」
「そうか。それなら良かった」
好奇心は猫を殺す。本来なら拳願会についても止めて欲しかった所ではあるが、流石に今回はやらなそうだ。仮にプロファイリングで調べることができたてしても、相手はテロリスト。子供がリスクを冒してやるべき事じゃない。
「心配してくれるんだ」
「そりゃあな。それに過去にやらかしただろうが」
過去に拳願会を突き止めて仕合会場に侵入した女子高生など、後にも先にも黒川だけだろう。最初に対応してくれたのが山下さんで良かった。
「あはは、その節はご迷惑おかけしました」
「本当にな。あの後俺がどれだけ弄られたと思ってんだ」
「そうなの?」
「そうだよ。生暖かい視線って本当にあるんだなって思ったし、度が過ぎればイラつくのも実感した」
爺ちゃんだけじゃなくて、護衛者の人達もそんな目で見てきたのは今でも忘れない。なんか思い出すと腹立ってきたな。今思えば、俺の話をちゃんと聞いて理解してくれた会員は山下さんだけだった。あの人マジで人間できてるな。
くすくすと笑う声が聞こえたので見れば、案の定黒川だった。
「笑うとこあったか?」
「ごめんね。アクア君って普段から落ち着いててそんなに表情変わらないから、一人で百面相してて面白くて」
「あんまり自覚はないんだけどな」
「役者さんってそういう人多いよね。ララライでも姫川さんとかもそうだし」
「確かに。姫川と比べるほどじゃないが、俺も演技の時は役に入り込めてるんだと思う」
「卑下しなくて良いのに」
「天狗になるよりは良いだろ。期間は決めてるが、だからと言って現状で満足はしたくないんだ」
期間を定めたからこそ、というのもあるかもしれない。ただでさえ入れ替わり激しい役者達だから、引退して数年後には誰もが忘れるだろうが、作品に抜擢された以上は最大限に貢献したい。
「お医者さんになるんだもんね。なろうと思ったきっかけとかってあるの?」
「大層な物じゃないけどな。昔読んだ小説に出てくる医者が格好良くてな、思わず憧れたんだ」
「やっぱり外科医?」
「そうだな。この辺りは研修期間で最終的に決めるだろうけど、今のところは外科医だよ」
医大を卒業して、医師国家試験に合格して、そこからようやく二年間の初期臨床研修が義務付けられる。この二年間で様々な科をローテーションして、基本的な診療スキルと自分の適性を見極めていく。その後、後期研修で自分が行きたい科の専門研修プログラムに応募することになる。
「アクア君なら成れるよ」
「ありがとう。そのためにもちゃんと勉強もやらないとな」
模試の数も増やしても良いかもしれない。インプットも大事だが、定期的にアウトプットしてどれだけ知識を身についているか確認するのも同じくらいに大事だ。
「黒川はやっぱり将来も女優を続けるのか?」
将来の事を考えていると、周りはどうするのか気になってくる。この年代だと漠然としたものしか無い事が大半だろうが、黒川は違う気がした。
「当面はもっとすごい女優になることかな。今度こそ、かなちゃんに勝つよ」
有馬も似たような事言ってたな。どっちが勝ったでは無く、どちらも負けたと思っているのがらしいと言えばらしい。二人とも現状に満足しておらず、このままどんどん進化して有名になっていくのだろう。
「頑張れよ。その後は決めてないのか?」
「うーん、女優を続けたいってのはあるよ。でも他にやりたい事ができたら、アクア君みたいにスパッと辞める事もあり得るかも」
「意外だな」
「そうでも無いよ。演技するのはすごい好きだけど、私だって人間だから色んな事に興味を持つし、きっと演技よりも優先度が高くなる物だっていつかは出てくる。それに、私が演技を始めたきっかけって……かなちゃんだしね。勝った後のモチベーションがどうなるかは、ちょっとわからないかな」
「ああ、通りで。何となくバチってる理由がわかった気がする」
黒川が有馬に固執する理由が何と無く腑に落ちた。
「本当? それならアクア君の推理を聞いてみようかな」
「推理ってほど裏付けがある訳じゃないけどな。売れっ子だった時の有馬に憧れて業界に入ってみたものの、どこかのタイミングで本人に会ってみたら思っていたのと違った。そこで喧嘩でもしたか? それで憧れの対象から一転してアンチ有馬かなになった、とかそんな所だろ」
単に同世代のライバルならあそこまで互いに敵視しないだろう。黒川の性格的にも初めから敵愾心を持つとは考えにくい上に、昔の有馬の性格を考えれば至る所で敵を作っていそうだ。
「……違うよ?」
視線が逸らされる。これ見よがしに紅茶を口に含む。
「誤魔化し方下手くそか。だいたい当たってたんだろ」
「……半分、くらいは」
嘘だな。
黒川が何か言い出すまで、じっと目を見つめる。
「……だいたい合ってます……」
謎の達成感が出てくる。
「確かに昔は憧れてて、それで児童楽団に入ったよ。けど実際に会ってみたら態度が大きくて、失礼で、人の事馬鹿にして。そりゃあ腹の一つも立つよ!」
「まぁ、昔の有馬は性格終わってたからな」
初対面で早々にコネの子と言い出した事を思い出す。まさに傍若無人。なまじ才能があり、周りも持ち上げていったからこそ助長したのだが、だからと言って腹が立つ事には変わりはない。
「でしょ!? 私の時もそうだよ。……でも本当に相容れないって思ったのは少し経った後のオーディションで色々あってからでね。性格とか演技に対する向き合い方とか正反対なのがはっきりして、そこからはずっとこんな感じ」
「なるほどな。ただ最近は丸くなって来ただろ? 案外ちゃんと話し合ったら仲良くなれるんじゃないか?」
それにしても有馬の奴、本当に至る所で敵作ってたんだな。他の演者とモメる役者ほど使い難いものはない。ましてや子役は特に旬が短いから、干されてたのも改めて納得させられる。母さんが引っ張って来たのは多分正解だったんだろう。
「どうだろうなー。あんまりイメージできないけど、前とはちょっと違うかも。ルビーちゃんのおかげかな」
「ルビーも最初はそうでもなかったけどな。同じ事務所で一緒にいる時間が長かったから、お互いに扱い方わかったんだろ」
世話焼き気質と世話焼かれ気質というのも合う理由なのかもしれない。
「そうなの? 誰とでも仲良くなれるイメージあるからそれかなって思ったけど」
「それもあるだろうな。なんだかんだ人たらしなんだよ」
人を惹きつる才能は、アイドルに限らず芸能人として重要な要素だ。不思議と容姿が良くても人気が出ないなんて事は良くある。母さん譲りなのかルビー自身の物なのかはさておき、間違いなくルビーにもそれがある。
「わかるなぁ。ついつい可愛がっちゃうんだよね」
「あんまり甘やかしすぎないでくれよ」
「それをアクア君が言うかなー」
「俺はかなり厳しいと思うが」
「それはないと思うよ」
解せない。割と甘やかしていないはずだ。ただ反論しようとしたところでムキになっていると思われるのも釈然としない。出かけた反論をグッと飲み込んだ。
「……まあ良い。それよりそろそろ行くか。黒川も午後からの授業出るんだろ?」
「そうだね。行こうか」
会計を早々に済ませて、タクシーを拾って先に黒川を高校まで送る。俺が高校に着く頃には午後の開始時間ギリギリになっており、駆け足で教室に入ることとなった。
一瞬不知火と目が合う。無表情でピースサインを向けてきた事に、最初は意味がわからなかったが、すぐに理解した。
ドラマのヒロインは、フリルが他のドラマとバッティングしてるのもあり乗り気じゃなかったところで、あかねからの強い要望を受けて渡しました。
あかねも原作みたいに映画も決まっているため、後半から撮影が被りますが気合いで乗り切る予定です。