一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
空港から空港まで、だいたい二時間のフライト。到着してみれば、懐かしいような懐かしくないような。明確に覚えてるのはもうずっと前の事で、あの時から少し変わってるってのもあるかもしれない。
けど、あの時は病院に直行だったから何が変わっているのかもわかんない。今もゆっくり観光って訳にはいかない。観光は今回の旅行の後半だから、後のお楽しみ。
とりあえず東京から出る時もカメラを回して、到着したからここでも回す。一応私達だけで来た形にしてるから、ママとパパはカメラに入らないように離れた所から付いてくる。カメラマンはミヤコさんで、今日と明日だけ同行してくれて、明日は終わり次第飛行機で東京に戻るって言ってた。
「無事に宮崎に着きましたぁ。のんびり観光でもしたい所だけど、まずは撮影のためにこれからスタジオに向かいまーす」
ユーチューブ用の撮影だから簡単にしてた変装も外してある。ここでの撮影はほんの少しだけど、せっかく見てくれる人たちのためにマスク姿ってのもね。
三人であーだこーだ話しながら空港を出て、一旦撮影を止める。
「ミヤコさん、カメラありがとう」
「いいわよこれくらい。ちょっと到着が遅れちゃったから、お昼は車内で軽く食べながら行きましょ」
飛行機あるあるなんだけど、空港の混雑とかで出発が遅れちゃう事がある。元々見込んでた時間よりも三十分くらい遅れちゃったら、お店に入ってのんびりご飯って訳にもいかなくて、ちゃんと食べれるのは夜になりそう。そういえば、調べてみたらソウルフードはうどんって書いてあった。前と違って今はすこぶる健康だから、有名なお店に行って食べてみたい。
撮影してる間にパパがレンタカーの受付を済ませてくれたみたいで、送迎バスに乗ってお店まで行く。バンを借りたから六人とそれぞれの荷物でも問題なく入った。運転席にはパパが、助手席にはママが座る。私とかなちゃんが隣に座って、MEMちょとミヤコさんが後ろに座った。ミヤコさんは疲れてるみたいで、乗り込んで早々に寝るって言って寝始めちゃったから兼務する事が大変なのがよくわかる。
「ここから高千穂までどれくらいかかるんですか?」
「ざっくり二時間だな」
「遠っ!?」
「距離で言えば熊本からの方が近ぇけどな。宮崎に行くって事で動画撮るんならこっちの方が安牌だろ。それに着いたらすぐ撮影すんだろ? 少しでも良いから移動中は寝とけよ」
「はーい」
飛行機でも寝てたから多分寝ない気はするなー。
車が動き出す。
宮崎行きが決まってから少しして、お兄ちゃんとあかねちゃんが主人公とヒロインを演じるって決まってから、かなちゃんは誰がみてもわかるくらいにテンションが下がってた。当たり散らす訳じゃないんだけど、とにかく暗くて沈んでる感じ。MEMちょと二人でドラマなんだから仕方ないよっていっぱい慰めたけど完全には戻らなくて、諸悪の根源のお兄ちゃんに相談した。と言うか任せたって言った方が良いかも。私にはわかったの一言だけだったけど、数日後にはかなちゃんの機嫌は治ってて、何をしたのか聞いてもはぐらかされて教えてくれなかった。
外を見る。コンビニに寄ってから高速に乗って以降、景色はほとんど変わらない。懐かしいよりも真新しいさが出てきちゃうのは、私が本当に病院に居ただけだったんだなって実感させられる。まぁ、もうずっと前の事だし、単に私にとって病院での思い出が大事だから鮮明に覚えてるだけなのかもしれないけど。
「珍しく黄昏てどうしたのよ」
「移動中って暇だから見てただけだよ。スマホ見て酔っちゃうのもヤだし」
「確かに酔ってる時に踊るのはキッツイよねぇ」
「それは車酔いの話? お酒で酔った時の話?」
「どっちもだよぉ。なんせ私は二十歳超えてるもんでねぇ」
一人だけ撮影時間が二十二時すぎるからか、MEMちょはちょっと遠い目をしてた。普通に話してるとほとんど気にならないんだけど、まさか法律の壁が出てくるとは。
ちなみにミヤコさんは本当に疲れてるみたいで起きる様子はないけど、邪魔しないように三人で小声で話してる。
「お酒か、大人って皆飲むけどそんなに美味しいわけ?」
「有馬ちゃんも興味ある? 味って言うよりはほろ酔いとか、そこからもっと飲んだ後の酩酊感が良いんだよ。思考が溶けてく感じが、ストレス社会を生きる大人達の必需品なんだよねぇ」
「なんかダメ人間の現実逃避にしか聞こえないんだけど」
「そう思うでしょ? でも有馬ちゃんもわかる時がきっと来るよぉ。まぁ、飲まないなら飲まないに越した事はないと思うけど、お付き合いとかで飲まざるを得ない時がきっとくるし」
お爺ちゃんの所いくと皆もよく飲んでるもんなぁ。
「でも映画とかでオシャレに飲んでる女の人って、大人な感じでカッコよくない?」
ミヤコさんとかそういうの似合いそうだよね。
「大人の色気ってやつだねぇ」
大人かぁ。年明けたら一六歳になる。法律が変わっちゃって一六歳じゃ結婚できなくなっちゃった。一八歳が成人で、お酒は二十歳から。だから私が結婚するのも、お酒を飲めるようになるのもまだ先の事。ちょっと楽しみ。
結婚……年の差って、皆はどれくらい気にするんだろう。
パパとママは一歳差。最初は中々認められなかったけど、これだけずっと一緒にいればお互いが大事に想いあってる事は私でもわかる。今だって楽しそうに話してるし、お互いが買った飲み物を飲み比べしたりしてる。日常的な会話でも笑い合えるのは羨ましい関係。
最初に考えていた通り、移動中私は寝なかったけど話をしたり景色を見ているとあっという間に高千穂へと入っていた。スタジオに行く途中で、まだ遠くだけどようやく見慣れた建物を見つけた。あの時と変わらない病院。私にとっての終わりの場所と始まりの場所。視界から外れるまで、どうしても目で追っちゃった。
スタジオに到着すると、すでにスタッフさん達が待っていてくれた。衣装が入ったそれぞれの荷物を下ろす。
「ようこそ。遠路はるばるお越しいただいて。映像ディレクターのアネモネです」
「こちらこそ、今日と明日はよろしくお願い致します」
アネモネさんとミヤコさんの挨拶を受けて、私たちも挨拶をする。
「アネモネおひさー」
「MEMちょもね。念願のアイドルになれて楽しそうじゃん」
「まぁねぇ」
友達みたいな距離感。
「知り合いなの?」
「クリエイター友達ってやつかなぁ。まだアネモネが東京にいる時に何度か一緒に仕事したことがあってねぇ。こっちの方に移ったって聞いてたけど、まさかこうして会うとは思ってなかったよ」
「すごい偶然だね」
「どうしてここに事務所を構えたんですか?」
かなちゃんの質問は、私も同じ事を聞こうと思ってた。
「やっぱり気になる? 色々あるけど私が自然が好きって事と、芸能の神様が祀られてるパワースポットでもあるから東京に限らず各所から参拝に来る芸能人も多くて仕事には困らないからかな。えっと、名前はなんだったかなーーー」
「天鈿女命。日本神話に登場する女神の一柱で、須佐之男命を恐れた天照大神が天岩戸に隠れた際に、天照大神の気を引くために岩戸の前で踊った事が有名だ。これによって天鈿女命は最古の踊り子とされ、歌や踊りの神として祀られる事となった」
「そうそう、そんな名前……って誰?」
私たちの後ろ側から、聞き覚えのあるハキハキした声が聞こえてきた。
そのままアネモネさんの側まで行くと、懐からさっと名刺みたいなのを取り出した。
「失礼した。俺の名は二階堂蓮。先日連絡があったと思うが、彼女らが滞在する間の周辺警護を任されている」
「ああ、貴方が。確かに近頃物騒だけど、こんなイケメンのボディーガードをつけるなんて流石大手ですね」
「ええ、まあ……」
タレントかと思った、なんて小声も聞こえた。周りの女性スタッフさんも釘付けになってる。確かに顔は良いんだけどね。それ以上になんか面白い人だけど。
アネモネさんがミヤコさんに言うと、ミヤコさんは歯切れの悪い答え方をする。二階堂さんが来たって事は苺プロからのお仕事じゃないもんね。
肩が突かれる。振り返ればかなちゃんが呆れたような目を向けてた。
「ねぇ、あれってアンタの所の?」
「うん、お爺ちゃんの所のボディーガード」
「久々にアンタがボンボンだって思い出したわ」
こそこそと話してると二階堂さんがこっちに来る。
「そういう訳だ。安全に関しては我等に任せ、ルビー達は存分に励むと良い。我等が主は勿論の事、護衛者一堂も楽しみにしているぞ」
「うん、ありがとう!」
「時に日向はどうした? 来ているはずだが?」
「パパなら車の中にいるよ」
ママと二人で車の中で待機中。関係者だから中に入れると思うんだけど、撮影の邪魔になるだろうからって来る気はないみたい。多分私達が撮影してる間にデートでもするんだと思う。
「そうか。感謝する」
行ったり来たり。二階堂さんは駐車場へと向かってく。
「さぁ、中へ移動しましょう。早速着替えて撮影始めましょう」
更衣室に入って着替える。三人で考えて作った可愛い衣装を着ると俄然やる気も出て来た。
さあ、頑張るぞ!
アイドルのMVはダンスパートとドラマパートに分けられる。今日はダンスパートを撮っちゃって、余った時間で少しドラマパートを取る。今日ドラマパートを一番多く取るのはMEMちょかな。明日の時間確保のためにも夜の撮影が組まれてる。
ダンスは練習をバッチリしたから、こっちに関しては自信があった。
何回か撮って、ようやく休憩。歌って踊り続けたから消費カロリーがやばくて、甘いものが欲しくなっちゃう。スタジオの中は窓がなくて外の景色がわからないから時間もわかりにくいけど、結構経ったんじゃないかな。
暖房はついてるけど、この衣装だと流石に冷えるから上着を羽織る。ポケットに入れてたスマホを見ると何件かメッセージが入ってて、一番新しいのはお兄ちゃんからだった。
『順調か?』
絵文字も顔文字も何もないシンプルな内容。らしいと言えばらしい文面だった。
ちょうどセットを変えてる最中だから大丈夫だと思うけど、念の為アネモネさんに許可をもらってから電話をかける。電話はすぐに繋がった。
「お兄ちゃん? 元気?」
『元気だけど、何かあったのか?』
「ううん、何も。撮影も順調だし、連絡きてるの見たから電話してみたの」
『なら今は休憩中か? ちゃんと周りの邪魔にならないように気をつけろよ』
「それくらいちゃんとやってますー。電話も許可もらって掛けてるもん」
『なら良い』
電話の奥から社長の声が聞こえる。
「もう社長の所いるの? 二人?」
『ああ、今日はもう仕事ないからって飲み始めてやがる。それに二人じゃなくて、龍鬼さんもいるから三人だな。龍鬼さんは今鍋作るために野菜とか切ってくれてるよ』
「お鍋良いなー」
冬だと体がポカポカするから良いよね。
『そっちは旅館で良い物食べるだろ』
「まぁね。そうだ、ちょっと待っててね」
せっかくだから二人とも呼ぼうかな。
休憩中の二人に声をかけて、これからする事を話してみる。MEMちょはノリノリで、かなちゃんはあれこれ言ってたけど、照れ隠しなのがわかった。
「お兄ちゃんお待たせ。ビデオ通話に切り替えるよ」
スマホを横向きにして三人が映るようにする。最初は自分達が画面に映ってたけど、お兄ちゃんが許可すると私達が小さくなる代わりにお兄ちゃんが出てくる。
「今回の衣装可愛くない? 三人で考えたんだよ」
『……まぁ、悪くないんじゃないか』
「何その反応」
しばらく見てたのに、素直じゃないつまらない反応が返ってくる。
「素直に褒めなさいよ」
かなちゃんも文句言う通り、そこは素直に可愛いって言えば良いのに。
『鍋の用意出来たよ。あ、ごめん。電話中だったんだね』
テーブルに鍋を運んでた龍鬼君が見える。多分こっちの声も聞こえてるはずだから、聞いてみる事にした。
「龍鬼君はどう思う? 新しい衣装可愛いでしょ?」
『うん、三人とも可愛いよ。新曲も楽しみにしてるね』
「ありがとね!」
言うべきはこう言う感想だよ。
私達三人とも同じ思いで、それが画面越しに伝わったのかお兄ちゃんは気まずそうにしてた。
どうでも良い情報ですが、二階堂の趣味はダンス(なんでもいける)なので、頼めばノリノリで踊ってくれます。