一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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「マジか、こんなに貰えんのか」

「すごっ、ゼロがいっぱいだ」

 

 俺とアイは通帳に記載されている数字を見て、素直に驚いていた。先日の仕合のファイトマネーが振り込まれたのだ。急に舞い込んできた大金に、途端に金持ちになった気分になってしまう。今の生活水準であれば、これだけで一年間は生活できるのではないだろうか。

「いいなー。ねえ社長、私もこれくらい欲しい、っていうか私いくら位もらってるの?」

「バカ言え。そいつのは例外中の例外、参考にすんな。それにお前だって中学生にしたら十分に稼いでるよ」

 

 アイドルも特殊とはいえ、拳願仕合はさらに特殊。企業間の代理戦争の駒として命懸けで戦うのだから、本来はこの報酬も釣り合っていないのかもしれない。それでも初めて自分の力で稼いだと思うと、なんというか感慨深いものがあった。

 

「そうなの? あれ、私の通帳ってどこにあるんだっけ」

「ミヤコが管理してる。気になるなら帰ってきたら見せてもらえ」

「そうしよっかなあ、お金って大事だもんね」

「なんだ、随分と現実的なこと言うじゃねえか」

「だってそうでしょ? 結局何をするにもお金って必要だし、将来のことも考えるとあるに越したことはないなーって最近思うんだ」

「アイは将来の事もう考えてんのか。金か、確かに大事だよな」

 

 自給自足の生活もしようと思えばできるだろう。山へ籠って獣を狩って、水は湧き水などを使う。野菜は自生している食草あたりか。本来生きるために必要だった狩りも、文明が発達した現代においては金銭を対価とすることで容易に入手できるようになった。

 

「これ読んで株でも始めたら儲かりますかね」

 

 テーブルの上に置いてある拳願会報を手に取り目を通す。

 

「やめとけ、何も知らねえ素人がやっても損するだけだ」

 

 拳願会では会員限定で拳願会報が発行され、それぞれ代表の自宅に届けられる。仕合結果や、拳願会内で独自に回る企業情報が記載されており、これだけでも非常に価値あるものとなっている。元々仕合結果の情報を見るために社長の自宅に来てみたのだが、一面に載っていたのは、やはりというべきか加納さんの仕合結果だった。俺の情報は二面。わかっていたことだが、こうも扱いがはっきりしていると流石に思うところはある。

 

「新聞みたい。あ、ここケイが載ってるね、この部分もらっても良い?」

「ダメだ。読んだ後は処分するのがルールになってんの。そこに載ってる情報がもし部外者に漏れたらまずいんだよ」

「大丈夫! 経済のこととかさっぱりわからないから、ケイのところだけで良いよ」

「それも大丈夫じゃねえから言ってんだよ」

 

 俺も一応読んでみたが、経済のことはさっぱりわからない。一部の特権階級がさらに儲かるような情報が載っているのだろうが、その手の知識がないため活かす方法がない。先ほど株となんとなく言ってみたが、そもそも仕組みはおろか買い方さえわかっていない。社長の言うとおり下手に手を出しても火傷して終わるだけだろう。

 

「だいたい写真なんぞ無くても本人がそこにるだろうが」

 

 会報を読んでいる隣にピタッとくっついてアイが座っている。休日のため、アイはTシャツにショートパンツとラフな格好だ。社長も同様に私服で派手なシャツを着ている。ミヤコさんは買い物とエステに行くとのことで、今は留守にしていた。

 

「わかってないなー。こう言うのは記念に取っておくんだからそれとは別なの。ケイだって私が新聞とか雑誌に載ってたら取っておいてくれるでしょ?」

 

 星のように綺麗な目をこちらに向けてくる。社長の方をちらりと見れば視線でお前からも言え、との無言の圧を感じた。

 

「アイが載ってたら……取っておく、かも」

 

 新聞も雑誌も買っていなため、スムーズに言葉が出てこなかった。

 

 社長も天を仰いだ。

 

「ただ、会報の方は流石になあ。取っておいてくれようとしてくれるのは嬉しいけど、せっかくだから、アイの中だけに留めておいてくれるか」

「まあ、そう言うことなら」

 

 会報を俺の手から取るとローテーブルの上に放り投げた。社長はそそくさとそれを片付ける。

 

 渋々納得した、とも言わんばかりのアイを頭を撫でる。柔らかくきめ細かい。同じ髪なのにこうも質感が違うのは男女の差だからか。

 

 アイが少し腰を浮かして俺の股の間に座り直す。手が俺の頬に触れる。ペタペタと触ったり、両頬を押さえて首を動かそうとするため、俺は抵抗せずにやりたいように身を任せた。顔が終わるとそのまま下に進み、上半身を何かを探るように触れている。

 

「仕合で怪我してない?」

「それは全然。鍛えてるからな」

 

 体を鍛えることは必要不可欠。ある一定のレベルまでは、身体能力はそのまま強さに直結する。技術も肉体的に限界を超えた更にその先に行くためにも必要なもの。どちらもおそろかにはできない。

 

「あんまり無茶しないでね」

 

 心音でも聞いているのか、アイの頭が胸に押しつけられる。

 

「もちろん」

 

 戦うことは楽しいが、大元はアイのためにやっている。二虎流を習い始めた当初は本気で親父をぶん殴ってやろうと思っていたが、もうどうでも良い。アイが辞めてと言えば、きっと俺は戦いを辞める選択をするだろう。仕合の性質上いつ死んでもおかしくはないのだから、辞めた方が良いことはわかっている。それでも辞めないのは俺のアイに依存した上での我儘。アイもそれをわかっている上で言わないのかもしれない。

 

「お前ら、俺がいることわかってるよな」

 

 わざとらしく咳き込んで、社長が割って入る。

 

「わかってますよ」

 

 わかってるよと、言うアイの声と被った。

 

「確かに二人の関係は認めた。認めたけどな、節度は守れ。さっきからベタベタしすぎなんだよ!」

「守ってるじゃん」

 

 今度は被らなかった。俺が言うよりも先にアイが何か問題でも?と言わんばかりに即答した。

 

「どこが!? 見てるこっちが恥ずかしくなるわ!」

「今どき普通でしょ、ただくっついてるだけだよ? 別にHなことだってまだしてないし、外でデートなんてほとんどできないんだから、部屋でくらいくっついても良いじゃん」

「普通は人前でそんなにイチャつかねえんだよ。俺一応お前の保護者なんだけど」

 

 確かに親公認はあっても、目の前で堂々とイチャついていることはないのかもしれない。周りにそういった話する人がいないから、普通がわからない。

 

「私はアイドルだからふつーじゃありませーん」

 

 言い合いをしていようで、二人は楽しそうにやり取りをしている。社長とアイドルというよりは、仲の良い父親と娘に見える。きっと、本来の親子もこんな風に軽い言い合いをするのではないだろうか。ただ間違いなく言えるのは、これは彼氏がいないところで行われるべき話なのだろうが。

 

「それなら一人暮らしさせて?」

 

 アイは可愛らしくおねだりしてみる。

 

「今の流れでなんでいけると思った。日向を連れ込むだけだろ、絶対にダメだ」

「えー、ケチ」

 

 膨れっ面も可愛い。

 

「ケチじゃない。今勢いに乗ってきてるのはわかってるだろ。武道館ライブだって決まったし、バラエティだっていくつか入ってきてる。この調子でいけばドラマや映画の仕事だって来るはずだ。これ以上、男に現を抜かしてる時間はねえの」

 

「バラエティって言えば、料理の企かーーー」

「わー! わー!」

 

 俺の発言は突如、大きな声を出して人の口を抑えたアイの奇行によって阻まれた。露骨な誤魔化し方に、あの話が嘘だと気づいた。

 

「突然どうしたんだよ」

「なんでもないよー。さっき言ってたけど、私ドラマとかも出るの?」

「ん? まあまだ正式に話は来てないが、今度どうですかって程度の話ならな少しずつ入ってきてる」

「へぇ、でも私演技なんてやったことないよ」

「まあアイドルも見方によっちゃ演技をしていることになるんだろうが、ちゃんとした技術を学んでおくに越したことはない」

 

 社長はパンフレットをアイに手渡す。

 

「劇団ララライ?」

 

「またお前はそうやってくっ付いて……いいや、話が進まん。まだ立ち上げて間もない劇団だが、今度そこがワークショップをやるんだ。今後のためにもどうだ?」

 

 表紙を見たアイは俺にくっ付きながらそれを開く。簡単な劇団の成り立ちや、ワークショップで何をやるかなどが書かれていた。まずは演劇を体験してみて、興味があればそのまま続けて公演に出ることもあるようだ。

 

「ふーん、他のメンバーはどうするの?」

「もちろん声はかける。興味がある奴らだけ参加すれば良い。別に人数が多い分には向こうも文句はないだろうしな」

 

 どうしようかなあ、とアイは悩んでいると、パンフレットから視線を俺に移した。

 

「ケイも一緒に行ってみる?」

「誘ってくれるのは嬉しいけど、俺はいいや。演劇には興味湧かないから行っても冷やかしになっちまうだろ」

 

 映画もドラマも、好きなジャンルを見てる分には楽しいのが、自分が演じるとなるとどうにもイメージが湧かない。やってみたら具体的にイメージが湧くこともあるのだろうが、魅せる仕事はきっと性に合わない。

 

「私は行ってみようかな。今後のためなら確かにやっても損はないだろうし。ケイも私がドラマとか映画に出たら見てくれる?」

「そりゃあもちろん」

「じゃあ、その中で恋愛のシーンがあって、誰かと抱き合ったりキスとかしたらどう?」

「演技だろ? 演技なら……」

 

 問題ない、と言おうとしたところで言葉が詰まる。イメージトレーニング等で現実通りの設定を組めるせいで、変にリアルで具体的な想像をしてしまった。アイと知らない俳優とのシーン。演技でも、その瞬間アイの目には俳優だけが映っているのだ。まるで恋をしたような表情をして、甘い言葉を囁かれて。

 

「演技でも……なんて言うか、すげえムカつくな」

 

 支えるだなんだと偉そうな事を言っておきながら、自分の手の中に来るとこれだ。キスやハグどころか手を繋ぐ事さえも、仮想でしかない相手に嫉妬する。自分の重たい独占欲を自覚すると、気恥ずかしさを覚えてしまった。

 

 わかっている。別にAVではないのだから、その手の行為は行為そのものでなく、キャラクターが裏に秘めた想いを感情を表現するための演出でしかないのだろう。それでも、腹が立つものは腹が立つ。

 

「そっか〜、愛されてるなあ私」

 

 そんな俺に反して、アイはニコニコとしていて実に嬉しそうだ。

 

「というわけで、出るにしても恋愛NGでよろしくね!」

「わかったよ。って睨むな睨むな、怖えよ。まだ何も決まってねえだろうが」

 

 意図せず睨んでいたようで、社長は怖えけど面白いもん見たわと笑っている。なんだか釈然としないが、アイも楽しそうだしそれなら良いかと納得させた。

 

 ただその日の夜の修行はどこか身が入らなかった。

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