一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「今頃ルビー達はちゃんとやってるかな」
ルビー達を置いてアイと二人で運転をしている最中、アイがそんな事を言ってきた。
「折角だったんだから見ていけば良かったじゃねえか」
「久しぶりの宮崎だし色々見て回りたいじゃん。前はそれどころじゃなかったしね。それとも私と一緒が嫌だった?」
「んな訳ねえだろ。ただ今日行くのはそんな楽しくねえ所だぞ」
「そうなの?」
「昔病院で世話になった先生がいたろ?」
「センセでしょ? 覚えてるよ」
それは覚えてるのかどうか微妙な回答だが、雨宮吾郎って名前ではなくセンセとして記憶されてるのだろう。
「出産してからは東京に戻るで会えなかっただろ。アイには言ってなかったが、戻った後も爺ちゃんに頼んで所在を確認してもらっていて、東京に来た事までは確認できてたんだ」
「じゃあ今も東京にいるんじゃないの?」
「東京って言っても『中』だ。仮にアイの大ファンで妊娠出産がショックだったとしても、絶対に行く所じゃねえ」
それ以降の足取りは不明。もう十五年以上も前の話だ。以前『中』出身の氷室に聞いた事があるが、場所にもよるが一般人が入れば一日持たずに殺されて身包み剥がされているだろう、との事。完全な弱肉強食の世界。おそらくは仮に本物の雨宮先生だとすれば生きてはいないだろう。
「それに最近蟲関連で面倒な事あっただろ、成り変わりとかクローンとか」
「センセも巻き込まれてたって事?」
「可能性の話だけどな。俺は失敗作みたいだが、何で判断したって考えた時に引っかかったのが病院での血液検査だった。詳しくはわかんねえけど、血液からも遺伝子情報わかるんだろ。蟲が所在を嗅ぎつけて先生に成りすましてた、ってのもあり得るかもなって思ったんだ」
どのタイミングかはわからない。最初からだったのか、ピンポイントで入り込んでいたか、そもそも本当に成り代わっていたかも確証はない。ただ、ピンポイントなら先生はあのまま宮崎にいて良かったはずだし、成り変わりだったのならば本人を生かしておく必要はない。だから九分九厘先生本人は死んでいるはず。
「……そっか。私達のせいか。先生、怒ってるよね」
「アイは関係ねえよ。俺のせいだ。今更確かめられねえけど、良い迷惑だろうし怒って当然だな」
霊感でもあれば化けて出てもわかったんだろうが、そんな物らこの身体には搭載されてないから気付きようがない。
「ううん、私達のせいだよ。最後にここにしよって言ったのは私だし。今そんな事を言ったって事は、これからセンセのお家にでも行くの?」
「いや、先生が住んでたマンションは行方不明になってからしばらくして解約になって、今じゃ別の人が住んでる。一応育ての親が住んでた家が近くにあるっぽいから、そこは寄ってみるつもりだけどな」
「ご両親じゃないの?」
「父親はわかんねえ。母親は記録を見る限り、先生を産んですぐに亡くなってる。その後は母方の祖父母に預けられてたみたいだ」
この辺りは最近になって調べてもらった事だ。
「そっか。なんとなく先生に嫌な感じしなかったのは、似た境遇だったからかもね」
同じ考えだ。
一目見て分かった訳じゃないし、同じような境遇でも相容れない人はいるはず。アイが先生に心を開いていたのは、同じように愛を知らず、愛を求めていたからなんじゃないだろうか。
「……成りすました奴を恨むか? 良い先生だったし感謝もしてるが、正直俺はあの人の仇を打ちたいって程じゃない」
けど、アイが望むなら犯人を探して殺してやる。
その言葉は自然と音にはならなかった。
クローンだと自覚して、成功失敗はあれど同じクローン体の王馬と龍鬼を、おそらくオリジナルのジャッキーさんを見て思うのは、かなり親しくなれば別だが俺達はそこまで他人に執着がないと言う事。俺の場合は、家族の範疇から抜けた相手、それこそ今回の先生のようなケースでも、申し訳なさは感じても、どこかで死んだ以上は仕方ないと割り切っている自分がいた。
「どうだろう……」
顎に手を当てながら、うーんと唸る。
「まだセンセが巻き込まれたって決まったわけじゃないし、もしそうだったとしても私もよくわかんない」
「そうか。悪いな、変な事聞いて」
「ううん。あれ、こっちって病院の方じゃない?」
アイとしても見慣れた道に来たのか、行き先に検討が着いたようだ。
「あの時に勤務してた人がまだ在籍してるみたいでな。先生について話を聞こうと思ってる。俺のせいで巻き込まれたってのに、あんまり知らねえってのも申し訳ねえしな」
医者としての話しか聞けないだろうが、それでも俺達が知らない一面もあるはずだ。
久しぶりに着いた病院は昔と変わらない。強いて言えば年数が経って外観が古びたくらいだろうか。車を駐車場に止めてエントランスの方へと向かうと、一人の女性が待っていた。
「ご無沙汰してます。お休みの日にわざわざすみません」
「いいえ。お話を頂いた時は驚きましたが、休日といっても特に予定もなかったので。それに一七年ぶりくらいですか、私もふとした時に先生の事は思い出すんです」
院内には入らず、そのまま歩いて近くのベンチまで進む。落ちた葉は茶色く乾燥しており、踏むたびに乾いた音を立てる。地面に反して木々は枝だけと寂しくなっていた。
ベンチに腰掛けると、女性はゆっくりと口を開いた。
「雨宮先生は本当に患者さん思いの先生で、いつも患者には親身になって接してました。私達ナース達にも特に偉ぶったりしない事もあって、患者からも同業者からも慕われてました」
それは俺もよくわかる。当時ガキだった俺達にもちゃんと接してくれた。
「後はこれを言うと先生に何か言われるかもしれないけれど、貴女の大ファンでね、患者の病室で貴女達B小町のDVDを流してたりもしてたんです」
「へー、センセそんな事してたんだ」
「家で見ろって言っても、『美しいものを見ると健康に良い、医者としての見解だ』なんてドヤ顔で言ってたんですよ」
なんか、話の流れが変わってきたな。先生、そんなにファンだったのか。普通患者の部屋で布教活動なんてやらないだろ。それほどはまってたのであれば、なんて言うか、色々と複雑だっただろうな。
「そんな事をしてたらやけに凹んでる時があって、どうしたんですか?って聞いたらアイさんがアイドル辞めたって言っててね、正直そこまで入れ込んでるなんてこの人ロリコンなんじゃないかな、なんて思ってたりしたんですよ。思わず声に出てて先生には思っても言うな、なんて言われちゃったんですけどね」
懐かしむように、少し笑いながら話している。
「そうだったんだ。それならもっとファンサしてあげたら良かったなー」
「先生がアイにそんなにはまってた理由とかあるんですか?」
今の追加情報のせいで、俺の中でだいぶ悪い方に傾いていて複雑な気分だ。
「そうね、確か……研修医の時にいた患者さんの影響とか、なんとか」
なんとか思い出そうと考えてくれている。しばらく待っていると、思い出したと言って女性がまた口を開く。
「さりなちゃん」
「さりなちゃん?」
「ええ。先生が貴女のファンになったきっかけ。先生から聞いた話だから詳しくは私もわからないけれど、さりなちゃんって患者さんが貴女の大ファンで、彼女の影響だって言ってたわ。残念ながら悪性脳腫瘍で亡くなってしまったそうだけれど、生きていたらちょうど貴女と同い年だって言ってたと思う」
「……さりなちゃんか、会ってみたかったな」
アイがしんみりとした声で呟いた。
掻い摘んだ話でしかないが、研修医の時の患者と言う事も考えれば、早期に亡くなってしまったのだろう。病気に関しては詳しくないが、一度くらいはライブに行く事はできたんだろうか。
最初はあんまり聞いちゃいけない事を聞いてしまった気がしたが、やはり優しい人だったんだと言う事がわかる話だった。
女性からの話が続く。別の話になればまた違った一面を見れて、聞けば聞くほど俺が知っているのは本当に一部だったんだと思い知らされたし、やはり根本的に善良な人間と言う事がはっきりした。
昔話に花を咲かせると時間が経つのは早い。
「そういえば、貴方達のお子さんは?」
「二人とも元気にやってますよ。兄の方は東京にいますが、妹はアイと同じく再結成したB小町でアイドルやってます。今日もその撮影でこちらに寄ったんです」
「そうだったの……本当、こうしてみるとアイさんにそっくりね」
スマホで調べたのだろう、画面に映るルビーとアイを見比べての感想。親の目から見ても似ているが、他人から見てもそう見えるのであれば、ルビーとしても嬉しい限りだろう。これ以上身長はいらないとか言っていたが、ここから一七〇、一八〇を超えるまで伸びる事はないはずだ。
「息子さんもこんなに大きくなって。こんな事を言うと失礼かもしれませんが、遺伝子ってすごいですね」
次はアクアか。関連するタレントで出てくるのだろう。
「ありがとうございます。二人とも私達の自慢の子供なんです!」
子供達が褒められれば悪い気はしない。
アイが先んじてお礼を言ったが、俺も同じ気持ちだった。
女性との会話が終われば、病院から離れて先生の祖父母が住んでいたとされる場所へと向かう。二階堂からの調査ではとうの昔に人がいなくなっているからか、瓦も何枚か無くなっているようだ。
「センセ、思ってたよりずっと面白い人だったね」
「だな。ファンだとは思ってたが、そこまで入れ込んでたとは思わなかったよ」
「最初に私だって気付いた時、すごいびっくりしただろうなー」
「だろうな」
俺としては色々聞けて良かったんだが、先生からすれば聞かないで欲しかった事かもしれない。
「次はセンセの実家だっけ?」
「誰もいねえだろうから一目見るくらいだけどな」
車を再び走らせ、少し山の方へと入っていく。綺麗に舗装された道から細く舗装されていない道へ入ると、途端に車が揺れ出す。
「気持ち悪くなったら言えよ」
「大丈夫大丈夫。撮影でもっと揺れる時もあったし」
さらに進むと、一軒の民家が見えてくる。冬だからそこ葉が枯れているから空がある程度開けて見えるが、夏場は生い茂った草木でかなり囲まれそうだ。
車を止めて降りる。
「ここがセンセの実家かぁ」
表札には雨宮と書かれている。人が住まなくなってかなり経っているのだろう。聞いていたよりも老朽化が進んでいるように思えた。屋根に止まるカラスのせいか、余計にそんな雰囲気を感じるのかもしれない。田舎だからこそなのか外に鍵を隠しているようで、位置も聞いているからその気になれば簡単に入れるが、そこまでは必要ないだろう。
「老後は東京みたいな雑多なところじゃなくて、こう言う静かな所も良いかもな」
山籠り程ではないにせよ、鍛錬場所には困らなそうだし、なんなら動物の気配も微かにあるから、奥に行けば狩りも出来るだろう。皮を剥いだり血を抜いたりは一から学ばないといけないが。
一瞬視線を感じたが、視線を向けたところで誰もいない。敵意は感じないから、気のせいか野生動物か?
「それも良いかもね。最近はのんびり旅行しながら色んな所を見て回るのも良いかなって」
「行きたい所あんのか?」
「わかんない。ただ何となく考えてただけだし、その時になったら考えようかな」
「それも良いな」