一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
ゆっくり湯に浸かって温まる。
露天風呂だから浸かっている部分は温かくて、首から上だけひんやりとしていてる不思議な感覚。冬の空は空気が乾燥していて都会の空気と比べて清浄な分、澄んだ空からは天然のイルミネーションが私を迎えてくれる。風が吹けば草がさざめいて、普段は気にも留めないのにそれさえもヒーリング効果があるように感じられた。
「はぁ〜極楽」
昼間の撮影の疲労感も取れる。たまにはこう言うのも悪くないわね、なんて内心で思いながら、ズレてきたタオルの位置を直す。
「かなちゃん、おばちゃんみたいな事言うね」
「ルビーはっ倒すわよー」
「緩み切ってていつもの覇気がないよ」
うるさいな。
でもまぁ、事実だ。体の芯まで温まるからか、些細な事なら聞き流せるレベルでリラックスできている。あんまり感じてはいなかったけど、疲労とかストレスとかあったのかしらね。
ただ欲を言ってしまえば、一人で堪能できればもっと良かった。夕飯までに時間があったからひとっ風呂浴びようかと思えば、ルビーがくっついて来た。MEMちょはもうちょっと撮影。
嫌いじゃない。友達と旅行なんて、むしろ……。
自分でも頬が緩んでいた実感があったから、少し恥ずかしくなってポーカーフェイスでばれないように直した。
「すごいリラックスできるよね。温泉の効能ってやつかな」
「ここのはお湯を張ってるだけよ。案内に書いてあったでしょ」
「へぇー、全然見てなかったよ」
ルビーにはプラシーボ効果がよくかかりそうね、なんて考えが過った。
そういえば、アイさんもまだ来てない。チェックインする時は一緒だったから来ても良いはずだけど。あっちは夫婦で来てるから、部屋付きの方を使っているのかもだけど。
お湯に入る時はタオルを湯に付けるなんてマナー違反はしない。けどそうすると透明なお湯だからある程度は見えてしまう訳で、つい自分と比較してしまう。
……スタイル良いなコイツ。
ウエストは負けてないけど、他は見れば見るほどショックを受けそうで、私は目を瞑って
「のぼせちゃった?」
「大丈夫よ。ちょっと現実逃避中なだけ」
「なにそれ、変なの」
私の方が一個だけだけど年上なのに、なんてしょうもない考えが過ぎる。容姿に関しては自信はあるけれど、それで一番には成れるとは思わなかった。芸能人なんて側から見たら容姿が整ってる人が多くて、きっと今日もどこかで誰か可愛い人かっこいい人がデビューをしている。そもそも目の前にいるルビーが私より容姿が優れてるんだから、スタイルでも負けたけど……他にいないわけがない。けど席数は決まっているから、参加者ばかりが増える椅子取りゲームが日々苛烈さを増す。その中でどうやって椅子を取るか、色んな人が色んな事を考えては実践していく。
「ルビーはさ、アイドルやり切った後にやりたい事とかあるの?」
「急にどうしたの?」
「なんとなく。別に深い意味なんてないわ」
「ん〜、どうだろう。あんまり考えた事なかったけど、どこかで引退はしないといけないし、その後か……」
旬の短いアイドル。一〇年、二〇年と将来のキャリアを考えた時に、アイドル馬鹿のルビーはアイドルを引退した後はどうするのかちょっと興味があった。
「わかんないなぁ。とりあえずやるだけやって、やり切った後の事はその時に考えるよ」
「そう。アンタはそれで良いんじゃない」
もっと自分の将来を考えなさい、なんて言いたくもなったけど、それだけアイドル業に本気って事かしらね。私だって女優業を引退した後のことなんて、候補が増やせるように勉強には力を入れているけど、漠然としか考えてない。生涯現役で死ぬまで演者をやるってのも、それはそれで面白そうだけど。
長湯してものぼせるだから上がることにした。
温まったつもりでも、冷たい風が一度吹けば身震いしそうで、急いで更衣室に戻って浴衣に着替える。
部屋に戻ればMEMちょも戻って来ていて、入れ替わるようにしてMEMちょはフラフラの体に鞭打って露天風呂へと向かった。明日はドラマパートがメインだから、色々場所移動して撮ることになる。MEMちょが出てくるのを待って早めに寝ましょ。
ルビーが上がってきて、一時間もしない内にMEMちょも出てくる。スキンケアを終えて部屋の明かりを消すと、すぐに眠りにつく事ができた。
目が覚める。
深い眠りに付けたのか頭は二度寝しようとは思えないほどスッキリしていた。ただ寝相は悪かったのか浴衣は開けていて、二人が起きる前で良かったと心底思った。時計を見れば朝食時間よりはまだ早くて、二人を起こさないように茶羽織を持って広縁へと移動する。空はまだ暗い。障子一枚の隔たりとは行っても気温はそれなりに低くて更に意識が覚醒した。
普段は朝起きて走ったりするけれど、今日のスケジュールを考えると体力は残しておきたい。勉強をするにも、今回の旅行にはほとんど持って来ていないから手持ち無沙汰。そうなるとぼうっとする時間になっちゃうけれど、意外と時間が勿体無いなとは思わなかった。
しばらくしてアラームが鳴ったかと思えば二人とも起きて来たけど、
「おはよ〜」
寝ぼけた声に寝ぼけた顔をしている。
「……アンタ達、寝癖凄いわよ」
どう寝たらそうなるのって位荒ぶってた。MEMちょはカチューシャなくても角みたいなのが生えてるし、ルビーは頭が爆発したのかって思うほど乱れていた。
「朝食までには直しておきなさいよ」
部屋に運ばれるタイプだから、仲居さんが今来たらびっくりするに決まってる。
櫛を使って解かせば意外となんとかなるもので、奇跡的に朝食までには間に合った。
「美味しい!」
「地元の食材を使ったって言ってたから、旬なのがメインなんだろうねぇ」
朝のが嘘のように二人してパクパク食べ進めている。
二人が言うようにすごく美味しいけど、私からすればちょっと量が多め。
「ご飯余ってるしおかわりしちゃお」
当たり前のようにルビーがお椀に二杯目をよそっていた。
「相変わらず凄い食べるわね」
「そう? 普通だと思うけど」
「食べるすぎると撮影に響くわよ」
「大丈夫大丈夫。食べてもお腹とかそんなに出ないし」
「若さか。そんな事もう一回くらい言ってみたいねぇ」
羨ましい事を言ってくれる。
そういえばあんまり見た事ないけど、アクアもその気になればたくさん食べるのかしら。そうだとしたら、ルビーみたいにコロコロ表情変えながら食べる姿はイメージできないけど、淡々と箸を進めるのが似合っているように思えた。
最初に出会った頃は私と同じくらいの背格好だったはずなのに、再開した時にはそれなりに差があって、もう成長が止まってしまった私と違って今も伸び続けてる。羨ましい限りだわ。
それでも残すのは申し訳ないから完食して、一息ついてると部屋がノックされた。起きてるとの声はミヤコさんで、扉を開けるとすでにメイクもヘアセットもバッチリのミヤコさんがいた。
「後一時間で出るから支度よろしくね」
「わかりました」
メイクは現場でやってもらうから、一時間もあれば問題ない。
ささっと準備して現場へと向かう。
そういえば、どこで撮影するとか聞いてないわね。
せせらぎが聞こえる。
「川?」
到着したのは、綺麗な水が流れる川。都会のと違って澄んでいるからそのままでも飲めそうに思えるけど、水を飲む所を撮る訳じゃないないのはわかってる。
「そう、川。撮りたい映像と季節がマッチしてないなんてよくある事でしょ」
「そうですけど……本気ですか? 今十二月ですよ」
「ええ、わかってるわよ。だから大女優の演技に期待してるわね」
「頑張ります……」
役者は肉体労働とも言われる。それはわかってるし、体力はつけてきたから自信はある。けど熱いのと寒いのは別で、こればっかりは我慢するしかない。正直、外でのMVはだから嫌いなのよね。とはいえ、やるしかないんだけど。
お化粧とかの準備をしてる中、アイさんと日向さんはバンの荷台から何かを出してる。後ろに積まれてたから気にしなかったけど、木? あとはよくわからない金属製の箱みたいなの。横目で見てると、人の腕より太い木の枝とか簡単にパキパキ折ってるけど、そんなに簡単に折れるものだったかしら。アイさんも何も言ってなさそうだしそう言うもの? それを箱みたいなのに並べて火をつけた。キャンプは全然詳しくなかったから、そこでようやく焚き火って事に気がついた。
化粧も衣装着替えも終われば、いよいよ撮影。
「有馬ちゃん行ってみようか」
息を吐く。
ぐだぐだ愚痴を内心で溢すのはここまで。スイッチの切り替えは昔から得意だった。カメラが回り始めれば、後は演じるだけ。私はルビーみたいに天真爛漫にできないし、これが正解なのかはわかっていないけど、私の中ではアイドルとしてすべき事はわかってるつもり。
私を見て。
「はいオッケー」
その言葉と同時に没入していた意識が戻ってきて、途端に鈍くなってた寒さへの感覚が過敏になってくる。
急いで川から上がってミヤコさんからタオルをもらって焚き火の前で暖を取ろうとしたけど、折りたたみ式のバケツに先に足を入れるように言われた。
「はぁ〜、あったまる〜」
お風呂みたいなお湯によって、冷えていた足が温まる。
「冷えてる時って暑さに鈍感になるから、いきなり火に当たると火傷するかもしれないのよ。ある程度感覚が戻ってきたらそっちに移動しても大丈夫よ」
へぇ、そうなのね。
しばらくするとお湯も冷えてきたから、足を出して水気を拭き取る。順番に撮影するMEMとルビーは、NG出してやり直しになりながらもなんとか耐えているみたい。そんな最中にこの後三人でなんて話が耳に入ってきて、また入るのかと思うと火の側から途端に離れたくなくなった。
川での撮影の次は、公園だったり神社の近くだったり、色んなところで撮影を重ねていく。撮っておいてやっぱりカットなんてのは珍しい事じゃないけど、これだけたくさん撮ってどんな完成品になるかは想像がつかなかった。
登り切った日が陰り始めて空がだいぶ暗くなってきた頃、ようやく全工程の撮影が終わった。
「終わったぁー!」
「やっと帰れるわね。ルビー、ちゃんと鍵持ってる?」
「ちゃんと持ってるよ、ほら」
重労働の後はちゃんと回復しないといけない。仕事じゃないけど明日明後日もあるしね。昨日遅くにチェックインしたから食べられなかったけど、今日は夕飯も付いている。自分でお金出してリラクゼーションマッサージを受けても良い。そんな期待に胸を膨らませていた所で、カラスが近づいてきたかと思ったらルビーの手元から鍵を引ったくった。
「あー! このくそカラス!!」
一気に羽ばたいて上に行くと電柱に止まる。私達じゃもうジャンプしても届かない。
「何やってんだよ。あのカラスに石でも当てて撃ち落とすか」
「えー、それは流石に可哀想」
「じゃあダメ元で鍵狙うか。カラスに当たったら自業自得って事だな」
この石ちょうど良いな、なんて言いながら日向さんが拾い上げたタイミングで、知らぬ間に昨日少しだけ見た男の人、二階堂さんが出てきた。全然見なかったけどどこにいたんだろうか。
「フッ、ここは俺がやろう。我が天狼拳には動物を呼び寄せる技はないが、何を隠そう俺には動物に好かれる特技がある。お嬢様が望むのであれば、あのカラスめに手傷を負わせずとも鍵を取り戻して見せよう」
二階堂さんは懐から餌か何かを取り出すと、カラスに来るように呼びかけている。カラスに人間の言葉がわかるとは思えないけど、あまりの自信に皆してそれに注目していた。
しばらくカラスは二階堂さんの方をじっと見ていた。もしかして本当に、なんて一瞬思ったところで、カァと一回鳴いてから飛び立って私達から距離を取る。暗くなる空に溶け込むように、ほとんど見えなくなった。
全員が呆然と見つめる。
「……飛んでっちゃったね」
最初に口を開いたのはアイさんだった。
「クッ、不覚!」
「不覚、じゃないわよ」
ついツッコミを入れてしまう。
ちょっと期待した自分がバカらしく思えてきた。
「お前の特技を疑う気はねえけどよ、そもそも烏って動物なのか?」
「鳥も動物でしょ」
それは今どうでも良いでしょ。緊張感ないなこの夫婦。
「そうなのか。なら今回はよっぽど鍵の方が大事なんだな。仕方ねえ、旅館側には事情説明して謝るしかねえな」
「やむを得まい。こうなれば、我等天狼衆特製改造スタングレネードを見舞うしかないか……」
なんでそんな物騒な物持ってんのよ。
それっぽい物を取り出してたけど、さすがに遠かったのか踏みとどまる。
「案ずるな。お前達は先に旅館へと戻っているがいい。必ずや取り戻して見せよう」
飛び立った方向に向かっていく。
「……いや、無理でしょ」
きっと誰もが同じ考えだったんだろう。誰も私の言葉に否定しなかった。