一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 時を遡る事一九三七年。

 

 当時、日中戦争の最中だった彼の国にて突如として戦闘集団が現れた。日式中国武術を操り、戦果に多大な貢献をしたのが天狼拳の始まり。徒手格闘に留まらず、彼らは武器術、暗器術、諜報など、戦場を生業にするが故に、一対一のステゴロよりも集団戦やゲリラ戦を得意とする。何より障害物が多い森林は、彼らからすれば絶好の狩場と化す。つまるところ、その天狼衆を率いながら、天狼衆きっての天才と謳われた二階堂にとって、たたがカラス一羽を追いかけ鍵を取り戻すことなど造作もないはずだった。

 

 しかし、現状は均衡。付かず離れず、一定の距離を保ったまま二階堂は未だにカラスを捕獲できていない。現在所持している、天狼衆特製改造スタングレネード、天狼衆特製暗器針、天狼衆特製催涙ガスに仕込みナイフ等の自製武器を使えば、鍵の奪還など容易ではあるが、対蟲を想定したそれらはカラス一羽に対して殺傷能力が高すぎる。先ほどはやや取り乱し、スタングレネードを見舞おうとしたが、使えばなんらかの後遺症が残ってもおかしくはない。現在の主である片原滅堂、血が繋がってはいないとは言えその孫であるルビーの「石を当てたら可哀想」の発言は彼にとって優先度は高く、本人が見ていないにも関わらず律儀に守るべく、彼は全ての暗器の使用を制限していた。

 

 世話のかかる。そう思いながらも、わずかな笑みは消えない。

 

 人里から少し離れた林の中、昼間ならいざ知らず、夜に人間はそう入り込むことはない。距離はそこまで離れておらず、捕まえるまでにそう時間はかからない。

 

 天狼拳・奥秘『奇龍』。

 

 この奥義は虚、幻、光の三段階の技で構成され、第一段階の虚では空気を掌で圧縮して一気に解放することで、爆音を浴びせる。対人間とするならば、有効射程距離は一.五メートル。一瞬とは言え相手を動きを強制的に停止させる事ができる。今回の相手であるカラスは、可聴範囲としては人よりも狭いものの、聴力は人間と同程度。体躯の差を考えれば、多少距離が離れていたとしてもおそらくは可能だと踏んだ。スタングレネードと比べれば、残りの二工程を実施しなければ殺傷性は無いに等しい。カラスを無傷で抑え、鍵を取り返すには打ってつけだと考えていた。

 

 両手を力強く合わせ、掌中の空気を限界まで圧縮し始める。

 

 いよいよ使おうとしたその時、カラスがそれまでずっと咥えていた鍵をその場に落とし逃げるように飛び立つ。

 

「フッ、我が天狼拳に恐れを成したか」

 

 反応する者は当然ながら誰もおらず、少しばかり虚しさと寂しさを覚えた。

 

 落とされた鍵を拾い、ジャケットの内側にあるブレストポケットにしまう。

 

 我ながら遠くまで来たものだと独りごちると、待っているであろうルビー達の元へと戻るべく踵を返す。わずかに見えるのは、病院の明かりだろうか。

 

 ふと一瞬何かの気配を感じ取り、再び警戒モードへと入る。改めて研ぎ澄まされた五感が、新たな情報を拾い上げた。

 

 敵はいないとわかるとその情報源へと向かう。茂みを掻き分け奥に進むと、それがあった。

 

「……仏か、哀れな」

 

 白骨死体。

 

 すでにかなりの時間は経過しているのだろう。肉は見る影もなく消え失せ、衣類も分解されやすい綿や麻はなくなり、合成繊維の白衣やズボンが残されている。条件にはよるが、これと同じ状態になるまで数年から数十年かかるとされるため、かなりの時間この場にいたと推測ができた。

 

 動揺はない。

 

 死体を見るのは決して初めてではなく、腐敗途中や蛆が湧いているわけでもない。ここまで綺麗に白骨化しているのであれば、二階堂からすれば憐れみこそ覚えるものの、博物館に展示されている人骨を見る事と差はなかった。

 

 一つ気になるとするならば、綺麗すぎると言うことだろうか。通常このような森林に捨てられた死体は、動物達によってもっとバラけるもので、こうしてまとまっているケースは珍しい。ましてや森林の中とは言え、極端に人が寄りつかない山中というわけでもない。これまで誰にも見つからないことも疑問を覚えた。

 

「真正面からの一撃、事故ではないな。白衣を考えると医者か?」

 

 陥没して割れた頭蓋骨は、死因を確認するまでもなかった。

 

 成り変わり。

 

 二階堂の脳裏にそれがよぎる。時期的には蟲が活発化したタイミングよりは遥かに早い。けれどそれまで全く日本には存在しなかった、と考える方が不自然だ。

 

「む? これは」

 

 目についたそれを確かめるため、二階堂は失礼すると言って手に取った。名刺入れ、これで身元がわかるかとひっくり返すと、流石に名前はもう読めなくなってしまったが、見知った人物のグッズがあった。

 

「これは夫人の……」

 

 アクアとルビーの出産場所はこの地。遺体は推定医者。まさか関係者か、と言う考えがよぎる。身元確認をするためにも警察へと連絡する。

 

「県警、白骨死体を見つけた。至急鑑識を回せ」

 

 警察を待つ二階堂を、遠くから何羽ものカラスが監視するように見ていた。その中に一つ、同じように黒いドレスを見に纏った幼女が彼女の膝の上に大人しく座るカラスを撫でていた。時と場にそぐわない事を考慮しても、どこか浮世離れしている。赤い双眸からは感情が読み取れず、じっとその先に視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 三日目朝。今日は宮崎県の北部を観光する予定。

 

 結局、鍵が戻ってきたのかは分からない。失くしちゃった事を謝って、カラスに盗られたのは信じてもらえたのか分からないけど、とりあえず幾らかのお金を払うことになった。世の中お金だ、なんて世知辛い事を思ったりもしたけど、美味しいご飯を食べたらどうでも良くなって、昨日は三人とも疲れてたのかすぐに寝ちゃった。だから二階堂さんが帰ってきたのか、鍵を回収できたのかもわかんない。深い眠りだったみたいで、朝はすごいスッキリ起きれた。朝ごはんまで時間があったから朝風呂もしてみて、なんか朝活してるみたいでちょっとテンションが上がる。美味しい朝ごはんを食べて、支度をすれば朝から観光。

 

 一番最初に行くのは、旅館から近い高千穂峡。車ですぐの距離だからあっという間だった。車から降りるとちょうど朝日が差し込んでて、白い息がいつもよりはっきりと見えた。ちょっと歩いて階段を降りてくと、だんだんと滝の音とか川の流れる音が大きくなってくる。見えてきたのは岩肌の隙間を流れる綺麗な川で、冬だからちょっと周りの緑は少なめ。

 

「ねぇ、ボート乗る?」

「撮れ高的にもありだねぇ。乗り場はここからまた二十分くらい歩いた所にあるみたいだよ」

「着替え持ってきてないから濡れるのは嫌よ」

「ボート転覆したり滝に突っ込まなきゃきっと大丈夫だよ」

「それが心配だから言ってんのよ」

「心配性だなー」

 

 とりあえず向かってみる。水場が近いからちょっと寒い気もするけど、歩いているからそんなに凍えるほどじゃない。

 

「ちょうど三人で乗れるじゃん」

「私はカメラ係だから漕ぐのは任せるよぉ」

「メインはカナちゃんかな。一番鍛えてるし」

「アンタの方が絶対そっちのポテンシャルあるんだから、アンタがやりなさいよ。腕と背中鍛えられるわよ」

 

 押し付け合いじゃ決まらなくて、結局二人で代わりながら漕ぐことになった。私達が先に乗って、その後にパパ達が別のボートを借りて乗る。漕ぐ人は後ろ向きになるから二人を必然的に見るわけで、こっちを向いてるママとは何度か目もあったし手も振ってくれた。けど、何だか私とかなちゃんはちょっとだけ心の方にもダメージを受けた。

 

 でも景色を見てると、そんな事も忘れちゃうくらいに圧倒される。遠目で見たのと変わらずにエメラルドグリーンの水はすごい綺麗。それに岩が割れたみたいな隙間から見える空が青いから、そっちの方が川なんじゃないかって思えちゃた。

 

 三〇分くらいの短い時間だったけど、すごい満足できる内容。慣れない動きをしたから筋肉痛が怖いところ。

 

 次はまた車で移動して、今度は天岩戸神社に向かってもらう。調べてみたら西本宮と東本宮があって、西本宮の方が天岩戸を御神体として祀ってるみたい。私達が目指すのもこっちだ。

 

 境内に入ると不思議と空気が変わった気がした。言葉にすると難しいけど、なんて言うか背筋がピッと自然と伸びる感じ。年始とかに初詣で神社に行ったりする時には感じなかったから、何かあるように思える。

 

「なんかカラス多くない?」

 

 かなちゃんが言うように、割と多い気がする。木の上にいたり、塀の上にいたり。そういえば、ずっと前にセンセに足を怪我しちゃったカラスを助けてって無理なお願いした事あったなぁ。センセは専門じゃないって言ってたけど、ちゃんと治療してあげてたし、あの時のカラスは私達が敵じゃないってわかったのか凄い大人しかった。

 

「山が近いからじゃないかな。カラスって以外と近くで見ると可愛いよね」

「そんな近くで見た事ないわよ」

「今見てきたら?」

「嫌よ。アンタ昨日鍵盗まれたのによくそんな事言えるわね」

「それはそれ、これはこれってやつ?」

「そんな事言ってると、また何か盗られても知らないわよ」

「大丈夫でしょ。流石に私だって二度も三度もやられないよ」

「どうだか」

 

 お賽銭を入れた後は、天安河原へと向かう。引きこもっちゃったアマテラスを出すために、色んな神様が集まって作戦会議はした場所みたい。

 

「ちなみにここは違うけど、カラスも神様として祀ってるところがあるよ。案外本当に神様がいて、今日は遊びに来てるのかもねぇ」

「八咫烏でしょ?」

「そうそう。さすが有馬ちゃん、詳しいねぇ」

「そんなに詳しくないわよ。存在は知ってるけど何を司ってるかまではわからないし」

「えっとねぇ……導きの神様なんだって。足が三本あって、太陽の化身らしいよ。そう言う意味じゃ、やっぱりこことも縁があるのかもねぇ」

 

 アマテラスが引きこもっちゃって世界が暗くなったって言われてる事もあって、彼女?は太陽の神様って呼ばれてるみたい。

 

「ならアメノウズメも来てて、そのまま私のお願い事叶えてくれないかしら」

「何お願いするの?」

「そりゃあ『もっと売れますように』に決まってるでしょ。演技に関しては自力でやるから、後は運の部分を任せるわ」

「リアリスティックだねぇ」

 

 天安河原の方は石がいくつも積まれていて、さっきとはまた違った空気がある。暗いのもあるのか、ちょっぴり全体の雰囲気として暗め。でも悪い感じはしないから、朝と夜って表現が良いのかな。

 

 そういえば、お願いする事ちゃんと考えてなかった。どんなお願いにしよう。

 

 あんまり考えてる時間はない。どうしようかな。

 

 ……うん、お願いは良いや。あんまり神様に叶えてもらいたいお願いはない。センセには会いたいけど、それは神様に会わせて欲しいんじゃなくて、センセに見つけてもらいたいし、他は私には勿体無いくらい満たされてる。

 

 だから、宣誓って言うのかな。

 

 生まれ変わらせてくれてありがとう。私はいつか、ママを超えたアイドルになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『宮崎県西臼杵郡高千穂町の山中で白骨死体が発見されました。警察によると遺体は三十代から四十代男性、死後十数年経過していると見られ、現在、事故と事件の両面から捜査を進めており、身元の特定を急いでいます』

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