一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
爺ちゃんの家に最初に訪れたのは、二十年くらい前になる。何ならもっと昔だったかもしれねえ。相も変わらずバカでけえ敷地も、それだけ時間が経てば、何度も足を運んでいる内にどこに何があるかは覚えた。殴り込んで入った時とは異なって今じゃ俺と俺の家族は顔パスで好きに入れるし、護衛者連中も気がつきゃ俺よりも若い連中が増えた。
敷地内には、本邸の他にも護衛者が寝泊まりする宿舎を始めとして様々な建物があり、その中で一番小さな、とは言っても車数台は置けそうなサイズだが、そこへと向かう。異質な事に窓の類はない。あるのは内外を繋ぐための扉だけだ。それも一見しただけではわからないが非常に重く、分厚い。楽々開けられるのは多分膂力が馬鹿げたあの二人だけだろう。
中に入れば、置かれた家具は古いものの一級品だ。いくつかに区切られた仕切りがなければ、とても牢獄とは思えない。もっとも、初めから作られた訳でもなく、使い道がなくなった後、そのように改築したらしい。だから窓がないのは後から埋めたのだろう。
「よお、割と元気そうだな」
「……君か。お陰様でね、衣食住には困ってない」
元A級闘士にして蟲の構成員の一人、ナイダン・ムンフバト。対抗戦の時と比べると少し痩せたか。
「煉獄のA級闘士ならもっと良い暮らしできてたろ」
賞金の面で言ったら出光さんがスポンサーをしている煉獄の方が上。対抗戦の後に出光さんからオファーを貰ったことはあったが、その時の金額は確かに高かった。
「それは否定しない。それでも、昔に比べたら天地の差だよ。特にこっちは夏季が暑い上に湿度が酷いからね、冷暖房設備があるだけでも助かっている」
「モンゴルって暑くないのか」
「乾燥地帯だからね。冬はその分冷え込むけど、夏は三〇度を超えることは基本的にない。と言うか内モンゴル自治区の一部では夏そのものがない」
「へえ、こっちの夏にはそこに行くのもありだな」
「……それで、わざわざ君が来たのは何の用? 世間話をしに来たんじゃないだろう」
椅子を引っ張り、ナイダンの前に座る。
対抗戦から今まで、ナイダンは蟲に関する重要な事は話していない。トップの名前、目的などは結局引き出せていなかった。まあ、推定トップとはよくわからないまま繋がりはできてしまったから、今更必要ないかもしれない。
「繋がる者やオメガってのは? 龍鬼と関係あんのか?」
無言。まるで答える気はないらしい。
他の蟲も同様。基本捕まったら即自死するようで、ほとんど内情は出てこない。ナイダンにも自害用の毒が歯に仕込まれていたようだが、首の治療をする際に英先生についでに取り除かれてそれもできなくなっていた。他にも首を吊ったり舌を噛んだりと方法はいくらでもあるが、護衛者達に捕まって以降その素振りも見せず、監視が少しずつ緩やかになり、ある程度自由は与えられていた。
「まあ良いや。別に今日聞きたかったのはそこじゃねえんだ。お前ら蟲は諜報活動する時に成り変わりするんだろ? 誰がどこで誰に成り変わってるってのは共有されてんのか?」
「前も話したけど、それはわからない。成り代わるのは基本的に下級構成員だからね。数だって多いし誰も全貌を把握していないんじゃないかな。それに、互いに知らないのは成り変わりをしない連中だって同じだよ。対抗戦の時まで呂天も飛も、互いに蟲だとは認識していなかったはずだ」
龍鬼曰く、白タトゥーは頭領直属兵。黒は別の指揮系統。飛はそもそもタトゥーさえなかったようだから、さらに別系統なのだろう。
「で、今更それを聞いて何が知りたいの?」
「一五、六年前に俺についてた奴」
「君に? さあ、知らないよ。それに一五、六年前なんて、ちょうど僕が師匠の下でモンゴル相撲の鍛錬を積んでいた時だ。それに誰かに成り代わっていたのであればさっきも言ったけど下級構成員。探しているようだから何だけど、もう生きてないんじゃないかな」
「やっぱりそうなるよな」
もしかしたら、と思っての確認だったが、やはり知らないか。
二階堂が宮崎で見つけた白骨死体。身元も割り出すのには苦労したそうだが、なんとか突き止めた結果は、やはり先生だった。アイのグッズ持っていて医者の時点で、知っている人からすれば予測は出来ていた事だ。あまりにも時間が経ちすぎていて正確な日付を割り出すのは不可能だったが、アイの出産直後に『中』近辺で確認できた先生の姿は偽物で、下手人は蟲だという事を決定づけた。
「残念だったね。欲しい情報が手に入らなくて」
「ダメ元で聞いてみただけだから気にすんな」
「わざわざこれを聞くために来たの? 君が来る必要なんてなかったと思うけど」
「俺の案件はついでだよ。劉に頼まれてな」
「劉から?」
「お前に渡してくれって。中身は読んでねえよ」
流石に携帯などの電子端末は渡せないから、できるとすればこうした手紙のやり取りになる。牢に入れられた収容者に送るようなものだ。本来は中身もチェックするのだろうが、劉が蟲とは関係ない事は調査済みな事から彼からの物はスルーされている。流石に逆の場合はチェックが入るが。
「……そう。ありがとう」
渡された手紙の表面をなぞる。蟲ではあったが、劉との間には確かに友情があったのだろう。
仕合を見ていた限り、あの時の実力は龍鬼よりも上。普通にやれば間違いなくナイダンが勝つはずだ。あえて自分を殺すように仕向けさせたのは、そうする事でこいつらの目的に沿う何かがあったから。殺しを辞めようとしている龍鬼の軌道修正ってのが思いつく事だが、そうさせる理由がわからん。王馬にはなく、龍鬼だけというのも不自然だ。成功体の二人でも目的が違うのか。
「一つ、聞いていいかな?」
「なんだ?」
「その顔は誰に?」
そりゃあ気になるか。これみよがしに湿布貼ってるからな。
「お前らの所のトップだよ。ジャッキーって言ってもわかるかどうか知らねえけど、とにかく一発貰って吹っ飛ばされたんだ」
「は?」
鳩が豆鉄砲を食ったよう、と言うのはこう言う顔だろう。
自分がひた隠しにしてきたであろう事が知られていれば、そうもなる。まぁ本当にトップかどうかなんて知らねえが。ジャッキーさんも流石にクローンの目的は話さないが、他の事はある程度はぺらぺら話す。頬のこれも逆鱗に触れた、とかではなく、組み手中にレベルを上げようとか言っていきなりぶち込まれたものだ。打った後に「あ……」なんて間の抜けた声出しやがって。
差は尚も歴然。最初に簡単な手合わせした時よりも差が大きくなっているように感じるのは、それだけ力量差がリアルに見えてきたと言う事か。ただ、絶望は感じない。まだガキだった頃、肉体の成長もあって実力がどんどんついてきた時に似た感情が少なからずある。
「まあ気が向いたら色々話してくれよ。劉に返事出すなら護衛者に声かければやってくれんだろ」
じゃあな、と言って部屋を出る。
出たタイミングで、壁にもたれかかって待っていたのは二階堂だった。そのまま歩き出す。
「聞きたいことは聞けたか?」
「ダメだな。そんなに期待はしてなかったが、あれは本当に知らなそうだ」
「……行こうとは思うなよ。貴様の腕は理解しているが、あそこはそう言う場所ではない」
「そこまでするつもりはねえよ。死人と今の家族じゃ比較にならねえしな」
中を探せば、もしかしたら下手人は生きているかもしれない。ただそれには奥深くまで行かなければならず、不殺も限界が来る。裏格闘技なんてやっていてどの口が、とも思うが、その線引きだけは譲れない。先生には恩義はあるがここが限界。
ただ、元を辿っていけば、大元はわかっている。せめてもの償いとして、今は無理だが近い内に一発真正面からぶん殴ってやる。
「そうか。一応、これを渡しておこう」
「これは……遺留品だろ、持ってきて良かったのか?」
だいぶ汚れてしまってはいるが、先生が身につけていたアイのグッズだろう。当時はガチャで何度回しても出なかった物だ。今となっては生産はしていないもののネットで出回っている物は買えるが、先生は現地に行って当てたのだろうか。
「許可は取ってある。一緒に焼くよりも、誰か知っている者が持っていた方が良かろう」
「ありがとよ」
父さん達が滅堂の爺さんの家に行っている頃、俺とルビーは珍しく二人してオフで家にいた。母さんの誕生日も無事祝えたため、世間では時期的にはすっかり年末モードだ。一部のサラリーマン達はすでに仕事納めで、のんびりと家で過ごしている人達もいるだろう。芸能人は仕事納めも始めもなく、当たり前のように仕事が舞い込んでくる。年末年始位はのんびりしたい、という芸能人もいるだろうが、あまり選り好みしすぎても代わりはいくらでも出てくるから、仕事がある内が華だろう。
「お兄ちゃん暇ー。なんか面白い話してー」
「知るか。暇なら勉強してろよ」
仕事もなくレッスンもなく、ルビーはソファーに寝転がりながら面倒な事を言ってくる。
「面倒だから嫌」
だと思ったよ。
「……ならゲームでもやってろよ」
「一人で? それもつまんないし、やるなら一緒にやろうよ」
ゲームもパーティーゲーが多いから、一人でやるのは味気ないかもしれない。
「そうだな、たまにはやるか」
とは言いつつ、この前家族でやったばかりだが。
本もキリの良いところまで読めたから、ルビーの相手をしてやっても良いだろう。放っておくと面倒だしな。
「何やる? ◯リパ? ◯リカー?」
「好きな方で良い」
本をテーブルに置くために立ち上がった所で、インターホンが鳴る。モニターを見れば、予想外ではあったが見慣れた人物だった。軽く会話して玄関に向かう。
「やあ。お邪魔するよ」
「それは構いませんが、今日はどうしたんです? 父さんはいませんよ」
もはや何度目か、ジャッキーさんが軽く手を上げて挨拶をしてきた。
「不在か。いや、これと言った用はないんだがね。近くを通ったから寄ってみたんだ」
コンビニじゃないんだから。って言うか本当に自由人だな。
「大層なおもてなしできませんけど、どうぞ」
「ありがとう。これは近所のマダムに頂いた焼き菓子だが、曰く美味しいらしい。お茶のお供に一緒に頂こうか」
紙袋を渡されると、有名店の物だった。並ばないと買えないような物で、ふらっと行って買える物ではない。なんでしれっと周囲の人とも打ち解けてんだよ。
リビングに移動すると、ルビーはもう準備を終えていて、テレビにはすでにゲーム画面が映し出されていた。
「あれ? ジャッキーさんどうしたの?」
「近くを通りかかってね。お邪魔させてもらうよ。ふむ、それは?」
「ゲームだよ。ジャッキーさんもやってみる? パーティーゲームだから簡単だよ」
「ほう、面白そうだ」
何にでも興味を持つ赤子か。
ジャッキーさんはルビーから説明を受けるが、その姿は先ほどとは一転して、孫に電子機器の操作を教わる祖父にしか見えなかった。
ルビーに急かされながらもお茶の用意をして、三人でゲームを始める。俺じゃどれだけ強いのかもまるでわからないが、父さんが簡単に一蹴されるレベル。ゲームも、初めてでもとんでもなく上手いかもしれない。
「う〜む、難しいな」
指定していたターン数が終わる。
一位で喜ぶルビーを他所に、ジャッキーさんはCPUにも負けてビリ。連打をするだけのミニゲーム等はめっぽう強いが、それ以外はまるでダメだった。
「もう一回やろうよ」
「構わないよ。次はこのキャラクターを選ぼう。これなら強そうだ」
キャラで強弱変わるゲームじゃないんだけどな。
横目で見てみると、機嫌は悪くなさそうだ。勝ち負け関係なく楽しんでいるのだろうか。
再びゲームが始まった所で、ルビーのスマホが鳴る。
「電話だ。ごめん、ちょっと待っててー」
友人か。年頃だし、会話を聞かれたくないのは普通だろう。ルビーは階段を上がって自室に向かったようだ。
「なんか、すみません」
「気にすることはない。普段はできない貴重な経験ができた」
画面上ではサイコロが延々とくるくる回っている。
「あ、そうだ。せっかくの機会だから聞かせて欲しい」
すっかり忘れていた事突然思い出しかのように、ジャッキーさんは唐突に何でもない事の様にとんでもない事を聞いてきた。
星のような輝きを持つ目とは違う、瞳孔が重なり合った目が俺を見透かすように捉えた。
「君は別の人の記憶を持っているのかな?」