一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「違和感は最初からあった。年齢に似つかわしくない振る舞いや言動なんかが特にそうだね。けれど、あくまで違和感の域を出なかった。見ての通りこちらに来てからは割と暇でね。時間はたっぷりあるから、君が出ている映画を見させてもらったよ。ほら、あれだ。君がまだ小さくて、アイ君が主演だったかな? そこはどうでも良いか。私は演技に精通しているわけではないが、君の演技は不気味だった。ああ、もちろん褒めているよ。演技が上手い子供、と見ればそうだが、私はそうは思わなかった。回生は知っているかな? 簡単に言ってしまえば、記憶を継承させる擬似的な転生法なんだが、生まれた直後からやると君の様に年不相応な振る舞いをするケースがあった。ただその場合は、受け手の自意識が芽生える前に記憶はある程度植え付けられるから、幼少期の不自然さはあっても不安定さはないはずなんだ。むしろ回生時期が遅いほど受け手の自我が残り、二つの記憶が混ざり合って不安定さが増す。つまり君は、早期に回生を受けた様子を見せながらも、後期に受けた要素も併せ持っているわけだ」
不意打ちに一瞬フリーズするが、頭を動かすしかない。
嫌な汗が流れる。心臓の鼓動が激しい。想像はしていても想定はしていなかったシチュエーションだからか。
誤魔化すか。いや、かなり確証を持って聞いてきている以上、それは悪手となるか。今の話ではやはり俺だけが気づかれている。ルビーが狙われないのであれば最悪、俺だけで済むはずだ。
「付け加えるなら、君の振る舞いはご両親のどちらにも似ていない。ルビー君はアイ君の回生を受けていた、と考えれば納得はできるが、彼女にその知識はないだろう。となると、君は私の知る回生とは異なるプロセスを経て記憶を継承した、と考えるのが妥当だ」
違う。
この言い方だと、わかっている上であえてルビーは外したんだ。どこでバレた? 小さい頃はそこまでメディアにも出ていないし、出ても映像媒体は少なかったはずだ。いや、今は考えても仕方がない。どうにかしてーーー
「だからこそ教えて欲しい。君は、どうやって記憶をアクア君に移したのか」
改めて目を見て、嘘も偽りも無理だと理解してしまった。
ただのお願いのはずだ。けれど、無理だ。本能がジャッキーさんに対して恐怖を感じている。きっと断っても何もされない。でも万が一が起きたら。
「……い」
喉が渇いてうまく言葉が出なかった。だがこれがルビーに向いたら。それだけは避けなければ。今は父さんも母さんもいない。守れるのは俺だけだろ。
「わから、ない……です」
自分もわかるほど震えた声だった。
俺だって、何がどうなってこうなったのかはわからない。正直に話すしかないんだ。
「俺は……医者でした。ある患者に薦められて、母さんのファンで、担当医で……初めて診察に来た時は驚いたんです。二人はまだ今の俺くらいの歳で、その時から俺とルビーの双子だってわかって、芸能人だったから、事情を考慮して入院して」
支離滅裂、上手く話せない。
「全力でサポートしました。出産当日……心配で向かったら、途中で俺がいて、こ、殺されて……それで……気づいた時には俺になってて。自覚したのは、一歳になるくらい、だったと思います」
覚えている範囲で全て話した。
これでどう判断するからジャッキーさん次第。俺は、この後どうなる。調べるために解剖されるのか。もしもの時は抵抗……いや、無理だ。多少受け技を教わってると言っても、それが通用するはずがない。
「ふむ、そうか。君はすでに亡くなっていて、誰がアクア君に転生させたのかも不明と」
「……はい」
「う〜む。真なる転生、か。興味はあるが、方法がわからないとなると仕方がない。うん、話してくれてありがとう」
「え……?」
それだけ、なのか。嘘は通じないとは思ったが、あくまで俺の主観。向こうからすれば、まだあるかもしれない情報を取るために取れる手段は多い。
俺の心配を他所に、ジャッキーさんは菓子を食べ、茶を飲む。
「……ん? ああ、なるほど。そんなに怯える必要はない。君達に危害をくわえるつもりは始めからないよ」
「そう、なんですか?」
「そもそも危害を加える理由がない」
「でも、回生をしてるって。俺はてっきり」
「確かに、私は遥か昔から回生を続けて擬似的に転生を続けている。故に『繋がる者』と呼ばれていたりするが、目的はごく個人的な理由だ。信じるかどうかはわからないが、少なくとも私は能動的に人を殺めた事は一度もない。私を狙う者達を撃退した事は多いがね。私が君達が転生した方法を知りたかったのは、もしかしたらより確実な方法が手に入るかもしれないと思ったからだ。ただ、先の話では君は死んでしまったのだろう? 仮に同じことが出来たとして、転生先を選ぶことができるのか、そもそも私達に適用されるのか、と言った所も不確定だ」
なんだ、今なんか違和感が。気のせいか?
ただ体は正直なものだ。危害が加えられないと言われてから、確実性が無いにも関わらず少し楽になった。
「どうして、そこまで転生を繰り返しているんですか?」
遥か昔というのはどれくらい前のことなのだろうか。
「なぜだろうな。何千年も前の事だからか、当初の目的は正直な所わからないんだ。武を極めたいという想いだったのか、別の目的だったのか。いずれにせよ、ある種の使命のようになっていてね」
「もしかして、クローンはより完全な転生を求めるために」
何千年も前なんてにわかには信じられないが、おそらくは近縁者にでも回生を繰り返してきたのだろう。当然配偶者の遺伝子が入る以上、一番最初の人からはどんどん遺伝子的にはかけ離れていく。倫理観を度外視すれば、クローンはその要素を削ぐことができる。
「先代はそう思ったようだ。当時も反対されたりはしてしまったがね」
どこか懐かしむかのような様子。
「倫理的に反対されて当然かと」
「そうなのか? んー、やはり理解が難しいな」
ジャッキーさんの転生を否定する事は、俺にはできない。意図的かそうでないかはあるものの、俺も結局同じような事をしたのだから。
先の話が本当なら、ジャッキーさんも先代のクローン。ジャッキーさんも次の繋がる者のためにクローンを作っているが、それならなんで成功体が二人いる? 少なくとも最低三人を作っているのは、おそらくクローンとは言ってもまだ完全ではなく、何か容認できない点があるからか。遺伝子の合致率が妥当か。そう考えると、基準をクリアしたのは二人だが、本命は龍鬼さんで、王馬さんよりも合致率が高いとも考えられる。
「改めて言うが、私は君達をどうこうするつもりはない。だからルビー君も、気を使ってそこで待つ必要はないよ」
ジャッキーさんの視線が階段へと向かった。つられて俺も見る。何も見えないが、二階の壁からルビーが顔を出した。ゆっくりと階段を降りてくる。
「ルビー……いつから」
「電話はすぐに終わったから、割と最初から」
そのまま近づいて、俺の横に座る。
「一応聞いておくが、ルビー君もアクア君の同じ状況かな」
「……うん。私は、ずっと病院で暮らしてた。ずっと辛くて、怖くて。苦しいのに耐えたのに治らなくて。私も気づいたらこの体に生まれ変わってた」
さりなちゃんの姿が脳裏に浮かんだ。
「君達を転生させた者の意思はわからないが、二人とも前世の分も含めて今世を謳歌すると良い。ただそうだな、一応私の連絡先を渡しておこう。何か思い出したりしたら教えて欲しい」
言われるがままに電話番号を教えられ、それを登録する。
俺のを教えたタイミングで、俺からではない番号から着信が届く。
「厭か、どうした? ーーー今? 今はアクア君とルビー君とお茶をしているよ。ーーー何をそんなに怒っている? 構わないだろう。なに、店? あっ、そうか。そうだったな。うん、わかったからそう怒るな」
まだ電話の向こうで怒っているが、ジャッキーさんはそれを無視して電話を切った。
「すまないね。用事ができてしまったから今日はお暇させてもらうよ」
できたと言うより、忘れていたのを思い出した、と言った方が正しいだろう。予約した時間になってもその場所に来なかったとか、そう言うところだろうか。
ジャッキーさんは本当にあっさりと、まるで何もなかったかのように去っていく。
嵐が過ぎ去る。ルビーと二人で玄関まで見送り、扉が閉まった所でどっと疲れが出てきた。
「……疲れたな。少し休もう」
リビングに戻ろうとした時、ルビーは動かなかった。
「どうした? どこか体調でも悪いのか?」
「……ねぇ、さっきの話、本当?」
「さっきのって、俺の過去の話だよな。……ああ、そうだよ。前世は医者だったんだ。母さんを診て、自分で自分が産まれるための手伝いをして、けど俺が産まれる当日に殺された。けど別にーーー」
「せんせー?」
俺の言葉を待たずにルビーから溢れた言葉は、随分と懐かしい呼ばれ方だった。その一言は、彼女を再び連想させるには十分すぎた。
まさか、本当に。
互いの前世を語り合わなかったのは、俺にとって都合が良かったから。心のどこかでずっと思っていた事だった。ルビーが、もしさりなちゃんだったら、と。あまりにも俺にとって都合が良すぎる事だ。何もできなかったのに、そんな夢みたいな事はあるはずもなくて。もし聞いてしまって、僅かな可能性がゼロになってしまうのが怖かった。だけど、こんな俺に、都合が良い事ばかりあって良いのだろうか。
「さりなちゃん、なのか」
答え待たずして、ルビーが飛び込んできた。
力強く腕が回される。止めどなく溢れる涙が、答えの代わりだった。
「良かった。ごめんな、俺がもっと強かったら、もっと早くにわかったのに」
「そうだよ。約束したのに。私がアイドルになったら推してくれるって。だから、だから一生懸命頑張って。ライブだって何度もやったのに、なのに全然見つけてくれなくて。もしかしたら忘れちゃったのかって不安で」
「あの日からずっと、さりなちゃんの事を忘れた事なんてない。それに、名乗り出る事はできなかったけど、頑張ってるのは一番近くで見てきたつもりだ。あの時みたいに、俺からすれば君は母さんよりも眩しく輝いてたよ。ーーー頑張ったな」
治療の影響で、命だって言ってた髪も抜け落ちた。吐き気も酷かっただろう。俺には理解できないほどの厳しい闘病生活の中、完治した後の夢を嬉々として語ってくれた姿は決して忘れない。だから、アイドルとしてではなく、ありのままの、等身大の君を推そうと思ったんだ。
ルビーが落ち着くまで俺は側を離れなかった。
「……ごめん、服びしょびしょにしちゃった」
「気にしなくて良い」
「ふふ、いつもなら小言の一つも言うのに」
「良いだろ別に」
「うん、良いよ。ねぇ、せんせ。あの話だとせんせは」
「良いんだ」
その言葉をルビーに言わせる事に抵抗を覚えた。
「俺は気にしていない。だから、ルビーも気にする必要はないんだ」
それを聞いたルビーは、頬を膨らませていた。
「え、何?」
「……さりなって呼んで」
「いや、でもそれだと」
「今だけで良いから。……ダメ?」
「……わかったよ。さりなちゃん」
アクアとルビー達から離れた頃、すでに燃えるような色に染まった空の下で、ジャッキーは後ろで手を組みながら悠々と厭との約束の場所への向かっていた。所々で時折すでに夕飯の支度をしているのか、食欲を刺激する香りが漂ってくる。
まだ住宅街。街の中と比べて人通りは常日頃より少ないものの、今はジャッキー以外誰一人としていない。唯一の例外を除いては。
「さて、良い加減出てきたらどうだ? 私に用があるのだろう」
交差点の角から、まだ幼い子供が何羽かのカラスと共に姿を見せる。高踏的な双眸は、明確な敵意を持って真っ直ぐにジャッキーを捉えていた。
「
「ああ、そうか。お前だな。二人を転生させたのは。不干渉が常のお前達にしては随分と珍しい事をする」
多分皆様は気づかれているかと思いますが、本作では15年の嘘はありません。アイちゃん生きてるので