一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「お兄ちゃん何飲んでるの?」
「珈琲」
「一口ちょーだい」
「良いけど苦いぞ」
「にがっ!?」
「はぁ……だから言っただろ」
「よくこんなの飲めるね。飲みやすいように砂糖入れちゃおー」
「お兄ちゃん何読んでるの?」
「メンズファッション誌。メルトが出てるって聞いて一応な」
「へー、私にも見せてよ」
「……近すぎじゃね?」
「この方がお互い見やすいでしょ」
「まぁ、それもそうか」
「お兄ちゃーん」
「何?」
「呼んだだけー」
「やっぱりアウトじゃない?」
ニノと飲んだ翌日の事。何回見ても、前と比べて明らかに距離感が近い。もう顔が完全に恋する乙女になってる。すごいキラキラしてて可愛いんだけど、相手が相手なだけに素直に応援できない。
「だよなあ。どう話したもんか」
隣にいて同じ景色を見ているケイも答えは同じ。傷つけずにどう言えば良いかなぁ。お互いに普段使わない頭を使って煙が出る勢い。
「……やっぱり素直に言うのが一番じゃねえか?」
「えー、色々考えたのにそれ?」
「考えたけど全然良い案出てこねえんだよ。アイが持ってんならそれでいこうぜ」
「私もないけどさ」
兄と妹ってシチュエーションはドラマでもなかったもんなぁ。それっぽい関係だった二人が、とか、実は血の繋がりがなかったとかならわかるけど、実際に血が繋がってるわけだし。
「なら俺が言うのが良いだろ。あまりにもガチだったらフォローは頼むわ」
そのままケイは今もくっついてるルビーとアクアの所に行く。コの字型のソファだから、二人の正面になるように座った。私も後ろからついて行って隣に腰掛ける。
「あー……なんて言うか、俺の勘違いだったらそれで良いんだ。馬鹿言うなって笑い飛ばしてくれて良いが、二人ともちゃんと兄妹の分別はついてるよな。それをわかってる上で、何かの理由で仲良くやってんならそれで良い。けどそうじゃねえなら、わかってるとは思うがその関係は今の世の中じゃ受け入れられねえぞ」
アクアとルビーは互いの顔を見た後、言葉は交わさずに二人の間で意思疎通をしてる。少し経ってから頷いて、何か決心したみたい。
「わかってる。俺とルビーは誓ってそう言う関係にはなってない」
それを聞いて思わず胸を撫で下ろした。私達も褒められた関係じゃなかったけど、それと子供達も同じで良いかは別。
「ただ、事情はちょっと複雑で、いつかはちゃんと話をしないとって思ってた。中々言い出せずにいたけど……これから話すのは全部事実だ」
まだそれとルビーとの仲良しさんが繋がるのかははっきりとはわからないけど、覚悟を表すみたいに随分と重い声だった。思わずケイと顔を見合わせる。同じ考えかな。
うん。聞くしかないよね。
「わかった。最後まで聞くから、ちゃんと話してくれる?」
「ありがとう」
いつからか男らしくなったアクアの喉が動く。私達はアクアが話し始めるまで待つことにした。
「……俺達には前世の記憶があるんだ」
そこからの話は、本当に突拍子もない事で、もしアクアとルビーじゃなくて他の人から言われてたら、冗談と決めて笑ってだかもしれない内容だった。
前世、転生。
ただそうできない位、アクアの話す姿からは嘘は感じなかったし、その話題についても最近似たような事があったからかすんなりと飲み込めた。
「えっと……じゃあアクアはセンセで、ルビーはセンセの患者さんだったさりなちゃんって事だよね」
「そう言う事になる。ずっと黙っててごめん」
「ごめんなさい」
ちょっと前に宮崎に行った時、看護師さんから聞いた名前だった。私の事をすごい推してくれた子、病気で亡くなっちゃった子、話を聞いてから一度は会ってみたかった子が私の娘だった。すごい偶然、って言うのはあんまりにも考えなしかな。アクアもアクアでセンセか。アクアを産むのをサポートしてくれたセンセがアクアだってよくわからなくなっちゃうけど、やっぱりセンセは私達のせいで死んじゃったんだね……。
「ほんとの事、話してくれてありがと。言い難かったよね。えっと……どう呼べば良いのかな。これまで通りのアクアとルビーで良い? それともセンセとさりなちゃんが良い?」
「これまで通りで良い。二人がまだ息子と娘だって思ってくれるならだかど」
「なんで? 二人は変わらず私達の子供でしょ?」
「……良いの?」
ルビーの声はちょっと震えてた。
「もちろん。だって二人が前世の記憶があるからって、これまでの事が変わるわけじゃないし。変わらず私達の宝物」
ある日突然入れ替わっちゃったって訳でもない。ただ私達が知らなかった一面を知れただけ。勿論びっくりはしたけど、それで関係は変わらない。っていうか、子供たちが転生してて、旦那がクローンか。周りも大手の社長に銀行のトップに悪い組織のボス(仮)……なんか、濃い家族になったなぁ。
「そうか、アクアは先生だったか……悪いな、俺の問題に巻き込んじまって」
「俺の中じゃ結構割り切れてるんだ。今の生活が嫌なら不満もあったかもしれないけど、俺は今の生活に満足してるし、後悔もない。だから、大丈夫。雨宮吾郎の事は本当に気にしなくて良い」
ケイにだけじゃなくて、ルビーにも言い聞かせてるように思えた。
「ありがとよ。けど転生したって事は、しばらくは他の誰にも言わねえ方が良いだろうな」
アクアの顔はなんか気まずそうな物に変わる。
「誰かに言っちゃったの?」
「……いや、そこが問題で……この前ジャッキーさんが家に遊びに来てゲームしてたんだけど、その時にバレたんだ。そこでジャッキーさんには同じ事を伝えた」
「あいつは何しに家に来てんだよ……」
ケイは頭を抱えてる。
ジャッキーさん、ほんとに気軽に来るもんね。フットワークが軽いんだろうけど、まさかゲームしに来てるとは。孫と遊ぶお爺ちゃんって感じ。
「ただ、あんまり興味はなさそうだった。自分は『繋がる者』と呼ばれてるけど、俺たちの方法が不明だから自分に適用されるかわからないって」
「ならこの件で狙われる可能性はないって事か?」
「多分。見抜かれた時は得体の知れない恐怖は感じたたけど、今になって思えば本当に言葉通り俺を害するつもりはなかったと思う。なんて言うか上手く言えないけど、悪い人じゃない気がするんだ」
「それは私も思う。前世の分も今世を謳歌すると良いって言ってくれたから、そこは信じても良いと思う」
「……そうか。二人がそう言うなら当面は大丈夫か」
私もそう思う。どこで気づいたのかわからないけど、最初に会った時から悪意みたいなのは感じた事がなかった。
「ならこの件は一旦置いておくか。正直あいつは今どうでも良い。話を戻すが、事情はわかったつもりだが、くっつきすぎなのは変わらねえからな。って言うか事情理解した上でもアクアはアウトな」
そうなんだよね。そもそもは兄妹でイチャイチャしすぎだよって話をしようと思ってたんだし。さりなちゃんって看護師さんの話だと多分私と同い年の子でしょ。年の差凄くない?
「いや、違う! これは決してやましい感情があってくっついているわけじゃないんだ! さりなちゃんが元気過ごしてると嬉しくてつい甘やかしちゃうと言うか、親目線で見るようになったと言うか」
「えー! センセ私が一六になったら結婚してくれるって言ってたじゃん! あれは嘘だったの?」
「なんでそれ今言った!?」
「……ロリコンが」
「父さん待ってくれ! 違うんだよ。最初はちゃんと社会的に死ぬからって断ってるんだ。それでも何度も言ってくれるから、一六になったら真面目に考えるって言っただけでまだ合意はしてないんだ! それに、これには純粋なーーー」
カオスだなー。アクアが修羅場ってる。こんなに焦ってるアクア見るの初めてかも。
「……ひどい。私は本気だったのに」
ルビーが私の方に逃げてきて、泣きついてくる。舌をぺろって出してるから演技なんだろうけど、アクアからは見えないもんね。私もいたずら心が芽生えて、便乗する。
「そういえば、アクアは小さい時から自覚あったんだよね。私とも何度も一緒にお風呂入ったりしてたよねー」
「マジか、そこでそれ言う!? 待て待て待て待て!! あれだって不可抗力だろ。ちゃんと目も瞑るようなしてたし」
ケイがすっと立ち上がると、それを見たアクアが逃げようとする。けどどっちが距離を詰めるのに長けてるかって言えばそれは明白で、あっと言う間にアクアが捕まる。
「クッソ、マジで力強いな! 待って、まずは話そう。話せばわかるってーーー」
アクアの抵抗も虚しく、そのまま抱えられて別の部屋に運ばれてく。大丈夫なのは間違いないけど、アクアは気が気じゃないだろうなー。面白くなっちゃって悪ノリしちゃったけど、後で謝っとかないと。
「お兄ちゃん大丈夫かな」
流石に心配になったみたいで、ルビーはアクアが拉致されて行った方向を見てる。
「大丈夫大丈夫。さっきケイと目が合った時に本気じゃなかったから心配いらないよ」
「よく見てるね」
「でしょー。出会って二十年以上経つからね」
「あんまり聞いた事なかったけど、パパとは最初からずっと仲良かったの?」
「そうでもないよ。最初は無愛想で怖そうだと思ってたから、あんまり関わらないようにしようと思ってた位だし」
「なんか意外かも。でもそれなら何か関係がよくなった出来事があったんだよね?」
「あったけど、恥ずかしいなぁ」
「良いじゃん。他の誰にも言わないから!」
「どうしようかなー。じゃあ、ルビーには色々と知りたい事教えてあげるから、代わりにルビーの事もお話ししてくれる?」
「私のこと?」
「そう。言いたくないことは言わなくても良いけど、ルビーの口からどんな子だったのか教えて欲しいな」
看護師さんと話をした時、会ってみたいと思った。亡くなってるから無理だとは思ってたけど、まさかこう言う形で出会ってたとは思いもしなかった。なんで私を推してくれたのとか、なんでセンセをそんなに好きなのか、とか、色々聞いてみたいことがあった。
「良いけど……私の話なんてつまらないよ。ずっと病院にいたし」
「ルビーが話すの嫌じゃなきゃそれでも聞きたいの。センセの好きな所だけでも良いよ」
「わかった。でもママの方が先だからね」
時間はたっぷりある。
色々聞いた上で、それでも貴女は私の娘って言いたいだけのエゴなのかも。でもきっと、これからも家族でいるためには大事なこと。だから、娘にあれこれ話すのは私も恥ずかしいけど、色々と話そうと思った。
私とケイの馴れ初めを話して、最初は人避けに使おうと思ったとか、どこでどんな風に告白されたとか、どんなデートしたとか、アイドルしてた時の周りとの関係とかを話しながら、ルビーからの質問にも答えた。
次はルビーの番。
天童寺さりなちゃん。裕福なご家庭に生まれて、四歳の時に発症。最初はお見舞いに来てくれたお母さんは、さりなちゃんの症状が悪くなるにつれて病院にくる頻度が減っていった事。辛い闘病生活の中で、テレビに映ったB小町を見て私のファンになってくれた事。なんで私だったのって聞いたら、一番大人っぽくて、歌もダンスも良くて、顔が良いからだって。ファンの人って男の人が多いから、同姓の、それも同い年だった子に言われると、男の人に言われるのとはまた違った嬉しさがあった。センセは時々暇を見つけては病室に来て話し相手になってくれてたみたい。一人ぼっちだったところに親身になって接してくれたセンセは、さりなちゃんに取ってはすごい救いだったみたい。一六歳の結婚の話も半分本気で半分冗談なのかな、辛いけど、多分そこまでは生きられない事はどこかでわかってたみたい。
「そっかあ、それはセンセの事好きになっちゃうよね。今でもほんとにアクアと結婚したい?」
「でしょ! あの時のせんせって本当に優しくて、格好良くてね! 結婚もできるならしたいけど、アクアと私は兄と妹だし……無理なのはわかってるんだけどね。ママの子供として生まれてきて、夢だったアイドルに成れて、友達もいっぱいできて、本当に幸せだけど、そこだけは残念」
「そっか。でもほんとに、二人がどうしてもってなったら私は協力するね」
「ありがとう。そこはまだすぐにって訳にはいかないから、ちゃんと考えるね」
今の法律だとそこは厳しいとは思うけど、いざとなったらどうとでもなる気はする。流石に法律までは変えられないとは思うけど、ひた隠しにしても良い訳だしね。アクアとは別の誰かを心から好きになってくれるのが一番なんだけど、ちゃんとリスクとか考えてそうだって決めちゃったなら仕方ないかな。
「ずっと嘘ついててごめんね」
またルビーが謝ってくる。
「謝らなくて良いのに。嘘ついてたなんて思ってないよ。……そだ、ルビーにも一つ良い事教えてあげる。嘘にも色んな種類があるから全部が全部じゃないけど、悪いことって訳じゃないよ」
自分を守る嘘、他人を守る嘘、誰かを傷つける嘘。嘘なんて人の数だけあって、嘘をつかない人なんてきっといない訳で。私は誰かを意図的に傷つけるためじゃなきゃ、嘘だって悪いものじゃないと思う。
「そうなのかな」
「そうだよ。嘘だって続けれてばいつかほんとになるしね。嘘つきだった私がそうだったんだから間違いないよ」
誰かを愛したくて、愛されたくて。時間はかかったけど、私は愛が何かをちゃんと知ることができて、それは確かにあった。嘘つきがそう言うとこれも嘘っぽいかな。
「私が思うに、嘘だってとびきりの愛なんだよ」