一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
俺たちが生まれ変わりと言う事を打ち明けても、家族としての関係は大きく変わる事はなかった。思っていたよりも、生まれてからこれまでの期間で家族の絆というものが構成されていたらしい。
あの時父さんに拉致された時も、結局は母さんとルビーを二人きりにさせるのが主な目的だったようで、何でさりなちゃんを知ってるのか聞いてみれば、この前宮崎に行った際に少しばかりの聞き込みをしていて、看護師に聞いたらしい。おそらくは彼女だろう。ただ伝え方が悪く、吾郎の印象はかなり悪かったようだ。マザコン、シスコン、ロリコン。自分で言うのもあれだが、これだけ容姿が良くても全てを帳消しにするほどの悪評がつくのは、なんとしても避けねばならなかった。そもそも本当にロリコンじゃないんだよ。あの時のさりなちゃんにああ言われて、無理なんて答える奴がいるなら教えて欲しいくらいだ。少しでも生きる希望になればと思っての「一六歳になったら考えてやるよ」発言だった。それを改めて話したところで、納得はしてくれても、それはそれとして説教されたが。割と本気で凹んでいたが、その後に今日だけと言って父さんと酒を飲んだりもして、久しぶりのアルコール感を堪能しつつも、舌が若い分苦さが引き立ってあの時ほど美味いとは感じなかったのは、嬉しいような寂しいような。少しの量だから当然ながら二日酔いもなかった。
関係は変わらずとも、その告白は俺にとってはそれなりの心の変化があった。それは割と俺を知る者からすればわかるほどだったのだろう。撮影のためにロケ地で、黒川にもそんな事を聞かれた。
「アクア君、何か変わった?」
「長年抱えてた問題が解決したからな、それかもしれない。って言うか、そんなにわかりやすいか?」
「うん、割とね。でも良い方に変わってると思うよ」
黙っている事への罪悪感は感じていた。身の危険も同様だ。後半は百パーセントと言われると難しいが、それらがほぼ同時に解決したとなれば、『蟲』の存在があるものの心は軽くなると言うものだ。
「そうか。良い方向なら良い。演技にも悪い方には行かないはずだ」
「ドラマじゃ初めての共演だし、頑張ろうね」
「そうだな。メインが下手です、じゃ話にならないしな」
作品の質として主役だけで決まる事はない。以前有馬が言っていたように、一人だけ上手くても逆に悪目立ちしてしまって作品単位で考えると良いとは言えない。あれに関しては、周りが酷すぎたが故の悪い意味での一例と言えるだろう。とはいえ、主人公とヒロインは作品の顔とも言えるため出演シーンは他と比べてはるかに多い。主演の演技が下手だから初回で見るの辞めた、なんてのは決して少なくはない。つまるところ、いかに黒川の演技力を下げないように俺が立ち回れるか、が重要になってくる。
「私はいっぱい原作も読んだし、ヒロインの心情も掴めたから大丈夫だもん」
「黒川の演技は初めから心配してない。東ブレで俺が思ってたよりもはるかに凄かったって思い知らされたくらいだからな。俺が邪魔にならないよう頑張るだけだ」
「褒められると悪い気はしないね。アクア君だって上手なんだから、普段通りにやれば大丈夫だよ」
「かもな。実は最近ちょっと自信ついてきたんだ」
東ブレで観客のリアルな感情を目の当たりにして、俺も一端の役者として名乗っても良いだろうとは思えた。あれは癖になりそうだ。舞台に拘る役者が多いのもわかった気がした。
「自信も大事だからね。メンタルの影響ってすごい大きいし」
「……自虐、だよな?」
「そうだよ。アクア君のおかげで、私はまたこうして好きな演技が続けられてる。本当に感謝してるんだよ」
「あれは当然の事をしただけだ。恩に感じる必要もない」
実行部分は大人達に任せてしまった。最初の一手だけ、俺ができたのはそれくらいだ。
「そう言うところがアクア君の優しさだと思うよ」
「あんまり何でもかんでも好意的に捉えすぎるなよ。その内変な男に騙されるぞ」
「大丈夫だよ。でもそうなったらまた助けてもらおうかな」
「まずは騙されない努力しろよ……」
「ふふ、そうだね」
どうにも黒川は俺の事を過大評価している節がある。俺が悪人で、あれこれと要求するような人間だったらどうするつもりなのだろうか。いや、こいつの頭の良さは侮れない以上、そう言った事も全部わかっているのかもしれない。……いや、考えすぎだな。この前の模試で負けたのもあって、俺の方が大きく見すぎているのかもしれない。頭は良くても等身大の高校生には違いないはずだ。
少し離れたところから、小さく間隔の短い足音が聞こえてくる。見れば小さい男の子と女の子で、今回俺と黒川が演じる役の子供時代を演じる子役の子達だ。首から下げたスマートフォンを揺れないように待つ手は小さくて、子供のお使いを見ているようで微笑ましくなる。
こちらに気づいて近づいてきたので、椅子から立って膝を曲げて目線を合わせるようにした。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう。今日も元気そうだな」
子供らしく快活な声。どうやらこの男の子は俺のファンらしい。顔合わせの時に少し話したが、元々は東ブレが好きで原作を読んでいて、舞台も見に行った事でファンになったと言っていた。役者間でファンだと言ってくれるのはくすぐったい気持ちもあったが、それ以上に嬉しさがあった。
その子が何か言いたそうにスマホを触っているのに気づく。
「そういえば、今度会った時に写真撮ろうって約束したもんな。スマホ貸してくれるか?」
嬉しそうな顔になった子供からスマホを借りて、インカメを起動させる。何枚か撮ってみて、黒川に頼んで少し離れた位置からも撮ってもらった。
「ありがとうございます!」
頭を下げてマネージャー、あれは母親だろうか。そこへ向かって走っていく。嬉しそうに話している。うん、良い子だ。どこかの誰かと違ってちゃんと敬語でハキハキ話せる所が素晴らしい。この後ブレイクして売れても、どうかその姿勢は変えないで欲しいと思うのは、いささか過干渉だろうか。
「子供、好きなんだ」
「前はそうでもなかったんだけどな、今はあんな小さくても頑張ってる姿を見ると応援したくなる」
多分、病と闘いながらも頑張っていたさりなちゃんと出会ったからだろう。それがなければ、もっと事務的な対応になってたかもしれない。
「なんかおじさんみたいなこと言うね」
「おじ……」
くすくすと笑う黒川の些細な一言がちょっとだけ刺さる。
「……そう言う黒川はどうなんだよ」
「私も好きだよ。ちっちゃくて可愛らしくて。学校で地域の幼稚園生の交流会とかあったんだけどね、予想を超えた動きするからびっくりしたけど楽しかったなぁ」
「そういう課外授業みたいのもあるのか。面白そうだな」
「アクア君の所はないの?」
「行事を全部把握してる訳じゃないけど、聞いたことないな」
一応芸能科だから、スケジュールの都合もあってそういうイベントはないのだろう。まぁ、小さい時からルビーの相手してるのがそれっぽかったと思うが、これは言わないほうが良いか。
俺と黒川のスマホがほぼ同時に振動した。
ニュースアプリの緊急速報で、また『蟲』がテロをした事が書かれている。
「そうだ、この前お父さんが言ってたんだけどねーーー」
またしばらく、平穏とは程遠くなりそうな内容がこっそりと告げられた。
都内にある釣り堀。平日ともなれば流石に人は少なく、ほぼ貸切のようになっていた。魚の食いつきは悪くない。何も考えず糸を垂らしていれば、引っ掛かりはする。ただふと隣を見れば依然として竿は動かず、時折針に餌が付いているかを確認するために上げ下げされるだけ。下手というレベルを超え、まるで才能がないのではないか、とさえ厭は思っていたが、決して口にする事はなかった。
「う〜む、釣れない。斉藤さんに電話してコツを聞くか」
「辞めてあげなさいよ。向こうだって社長で忙しいんスから」
なあなあで済ませすぎたか。一応敵対関係なのだが、どうも理解をしていないような気がしてならない。下手に電話して呼び出されても、これから部下が連れてくる男と鉢合わせても面倒なだけだった。
「それもそうだな。それなら竿を変えてくれないか? 見ていたが、そちらの方がしなる気がする」
「道具のせいにしだしたらいよいよやばいですって」
「嫌なのか? やはりそちらの方が良い竿だからか。私に嫌がらせしているのか」
「めっちゃ食ってかかるじゃないスか。そんなに言うならお好きにどうぞ。これで釣れなかったらマジで恥ずかしいスよ」
貸し出す竿に良し悪しなんてあるものか。せいぜいが個体差、新しいか古いか、その程度だ。確かこの国には弘法筆を選ばずなんて諺があったはずだが、それを言ったところで何も変わらない事は理解していた。
しばらく経ってやっぱり釣れないな、などと横目で見ながら考えているとようやく部下が男を連れてきた。
「……頭領」
「黙ってろ、魚が逃げる」
反射的に出た声だった。
同じ顔、同じ体格、同じ体質。髪型は向こうのほうが伸ばしているとはいえ、その容姿は厭と瓜二つ。一卵性の双子の兄なのだから当然の事なのだが、その事実は厭にとってただでさえ荒れている胃に追い打ちをかけていた。武才はあるにも関わらず怠惰でヘタレ、何をするにも部下頼み。性格も悪いと来れば、できる事なら会話もしたくないと思うのは自然な事だった。
双子と言えば、繋がる者が気にかけているあの二人もそうか。あいつは相応に努力してるってのに、何でこっちはこんな奴が兄なんだよ、できるなら変わってくれよと思うほどには精神的に疲弊していた。思わずため息が溢れるものの、それが後ろで背中を丸めて立っている実兄の夏忌の不安を煽る事は知る由もない。
「職務放棄して我が身可愛さに隠れてたお前をそのまま消すつもりだったが、繋がる者のご意向だ。不本意だがチャンスをやる。拳願会をかき回してこい。連中、対蟲連合なんてふざけたチームを作ってるらしいからな、可能ならそっちも機能不全にしとけ」
無理だろうけどな、と付け加えた。
蟲に関しても、この段階にまで来れば現体制の蟲はいつ崩壊しても良い。対蟲連合なんてなくとも、放っておけばこちらが用意した組織が壊すように仕向けてある以上、忌の役割は無いに等しい。結局のところ、始末が面倒な奴を拳願会側に任せるための方便に過ぎなかった。
「……厭、舐めた口聞いてんじゃ」
「黙ってろって言ったろ。お前を呼んだのは命令のためだ。さっさと回れ右して仕事にかかれ」
「拳願会くらい完全に叩き潰してやるよ!」
捨て台詞を残して去っていく忌に、相変わらず威勢だけは良いと思いながら、毛の先ほども期待をしてはいなかった。
「お前ら、忌が逃げたり、苺プロに手を出そうとしたら殺せ」
始めは勝手に行動する上で行き先が絞れて楽だと思ったのも束の間、隣で呑気に釣りをする男はすっかり敵と親しくなってしまった。どこからが地雷になるかがわからない以上、もう会社全体で見た方が早い。日向家にしても、武龍と組み手をした事で壁越えしているであろう桂を前に、忌ではどうやっても勝てはしないが、成否は関係なく、攻撃したと言うだけで逆鱗に触れかねないのが面倒な所だった。
なぜ敵対組織の一企業にまで気を使わなければならないのか。考えれば考えるほど頭と胃は痛くなるばかり。
「良いのか?」
「良いんスよ、別に。仕事が一つ増えるくらい慣れたもんなんで」
「いや、そっちじゃ無いんだ。竿が引いてるぞ。釣らなくて良いのか?」
「そっちかよ……まぁ釣りますけど」
ついていくと決めたのは厭自身。度重なるストレスに限界が来そうになりながらも、後悔した事はなかった。