一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

139 / 171
感想、誤字訂正、評価、お気に入りありがとうございます。


55

 なぜ自分がこうなったのか。夏忌は転落してから毎日のように考えてきた。

 

 以前は違った。世界最大最古の秘密結社の蟲である頭領の嫡子として生まれた。言ってしまえは勝ち組、生まれながらの成功者。何もせずとも、言葉ひとつ発せば思い通りになる。気に入らない奴を殺させ、欲しいものを言えばそれが手に入る。替がきく雑兵とは違う唯一無二の存在。世界を裏から支配する存在。そう、なるはずだった。

 

 転機があったのは、先代頭領である実父を殺させた頃。より優れた者が組織を率いる。それが自然の摂理であり、自分こそが選ばれると忌は信じて疑わなかった。だが、結果的に選ばれたのは忌の双子の弟である厭だった。自分よりも才覚に劣るはずの弟が選ばられた事で、一つの亀裂が生じる。

 

 紆余曲折あり、日本へと赴いた。肩書は極東本部長。裏方ではあったが、そこでは常にトップ。本土を振り返らなければ、存外悪くない気分だった。諜報のために各所に部下を配置し、その報告を待つ。たまにでかい魚が食いついて、蟲の威光を見せつければ大半が首を縦に振った。拳願会企業序列第二位の東洋電力会長とパイプができたのは大きく、拳願会の情報はいくらでも入手できるようになった。深部に楔を打ち込んでやった。大企業の集いである以上、日本を掌握したのも同義。ただ、その時の老獪はこちらも出し抜こうとしているのは見え見えで、手のひらで踊っている感覚に優越感を抱いた。そんな折、忌は面白い男を見つけた。会長の義理の息子、血の繋がりはなく、たまたま目に留まった事で養子にしてもらったと言っていた。話してみれば立場をよく理解し、適宜忌にとって心地よい言葉をかけてくれる。こちらの方が良いと思い、東洋電力の頭を挿げ替えようとしている事を話してみれば、自分もそう思っていたと言った。まだ貴方と違って力がないと嘆く彼に協力してやり、会社を乗っ取った。

 

 虎の器だった十鬼蛇王馬が死んだ事で、本部から無能の誹りを受ける。代わりの日向桂をと思えば、それは器じゃないと一蹴された。だが運は見離さず、二年後に、もう一人の器である臥王龍鬼が拳願会に参入したことで、本格的に忌は動き出す。

 

 一方で、足場が崩れていったのもこの時期からだった。臥王龍鬼の確保の失敗。十鬼蛇王馬の生存。最大の協力者だったカミキヒカルの死。もっとも、己がヒカルに良いように使われていた事を、忌は知る由もない。

 

 度重なる失敗、後ろ盾の消失。かつての華やかな生活から一変した。『中』に逃げ込む事も考えた。だが、あそこは無法地帯、あんな危険な場所に行くはずもなく、彼は根無し草としてひたすら逃げ続けた。

 

 そして先日、頭領直属兵に見つかり、命令が下された。

 

 拳願会を潰すにあたり、本来狙うべきは長期政権を担っていた片原滅堂。現会長ではなくとも、その影響力は未だ健在。殺せば大ダメージを与えられるが、常に傍にいる護衛者達を掻い潜るのは至難の業。現会長もその周囲は硬い。影響力を加味して忌は狙うべきは誰かを吟味する。候補としては、山下一夫と斉藤壱護。他の会員と比べれば、比較的庶民派感覚が残っていて守りも薄い。発言権を考えれば山下一夫に軍牌は上がる。影響力を見ればイーブン。アイや新旧B小町を筆頭に、クリーンなイメージを確立しているタレントが多い分、苺プロの所属タレント達を広告塔として起用したい企業は数多く存在する。上位企業のペナソニックが長期契約を先んじて結んだ事もあり、それが一押しとなって後に続けと言う企業が増えていた。

 

 少しでもダメージの大きい方に。とは言え、失敗は許されない。

 

 最初に足を運んだのは、苺プロ。つまりは壱護を狙おうとしていた。暗がりに乗じて武器を使って手早く確実に。息を潜めて気を伺う。

 

 面倒だと感じたのは、見つけた時には妻であり秘書でもある斉藤ミヤコがいた事と、護衛を兼ねて日向桂がいたことか。

 

「……っ!?」

 

 まだ距離は十分にある。道路も挟んでいて、どんなに頑張っても数十秒はかかる。だが、桂の視線が忌の視線と交錯したその瞬間、忌の身体から汗が吹き出した。失敗作のクローンに、繋がる者の姿を幻視する。

 

 忌は呼吸が荒くなるのを感じた。本能が警鐘を告げている。あと一歩踏み込めば、おそらくアウト。実の弟からも『鼠に生まれるはずだった龍』と評される程には実力がある忌が、この時は龍はすっかり顔を潜めて鼠の面が強く出た。

 

 一歩下がり、もう一歩足を擦るように下がる。

 

 やがて踵を返し、全力で距離を取った。

 

 山下一夫に狙いを変える。

 

 この決定は、夏忌の悪運の強さの証でもあった。仮に無理に攻めたとしても返り討ち。あのままあの場にい続けても、五分後には繋がる者本人がビニール袋に酒を大量に入れて現れていたからだ。

 

 だが、そこで悪運も使い果たした。

 

 山下一夫に狙いを変えた後、忌は闘技者や護衛者達に発見されて追われる事となった。囲われ、成島光我との一騎討ちが組まれる。勝てば逃げられる。なんなら人質にとって王馬の身柄を引き渡してもらう。晴れて凱旋だ。光我はかつては忌の部下にさえリンチされた相手、自力は忌の方が依然として上であり、その件から光我なら勝てるとたかを括った。

 

 結果は惨敗。

 

 覚悟と執念の差によって実力差を覆され、彼が思い描いていた復帰の芽は完全に潰えた。

 

 後は、始末をどうするか。

 

 捕縛後、ペラペラと命乞いを兼ねて語る内容をまとめ上げ、現状一番近い位置にいる桂の証言とを照らし合わせる。それでも尚大半が虚偽であり本来の目的も不明。現在蟲との繋がりが完全に絶たれている点、何より心が折れている点を考慮し、監視付きではあるが放置という結論がなされた。頭領直属兵であり未だほとんど口を割らないナイダンよりも、捉えておく価値がないと判断されたも同義。ただしこれは、あくまで拳願会による決定であり、対蟲連合を始めとする組織においては通用しない。例えば忌が襲われたとしても見て見ぬふりをするだけ。一つの場所に留まらず、ひたすら追われる身になっただけだった。

 

 この日の決定はその日中に会員達や一部関係者に伝達されるも、当たり前ではあるが、余計な混乱を招かぬためにも、そこから各自の社員に広められる事は無い。つまりは、日向桂や黒川理までは伝わっているものの、それぞれの子供であるアクアとあかねには伝わらない情報だった。

 

 ドラマは予定通りクランクインし、撮影が始まる。

 

 映画と異なるのは、撮影順序がそこまで前後しないこと。ドラマの脚本も随時上がってくることが多く、極端な話ではあるが、撮影を開始していきなり最終話のシーンを撮影することは無い。これは視聴率との兼ね合いで話を削る可能性がある事もあるが、映画のように準備期間が十分に取られていないためでもある。当然撮影が後半に行くに従って演じる役柄にも慣れた事や学びを経て上達していくケースも多々あり、今後活躍していく若手は後半で視聴者を惹きつける演技を見せる事が多かった。とは言え、今回はそれは該当しない。幼少期の子役達の出番は第一話で終わり、以降はアクアとあかねがメインとなる。その二人に今更撮影期間で成長を期待するものでもなく、人気の原作という事もあって初回から高いハードルを要求されていた。

 

 子役達のパートが先行して撮影される。

 

 家の中の照明を強めにし、新しさを表現する。子役達の演技も子供の演技として見れば上手い部類で、かつての有馬かなの演技を思い出したアクアはやっぱり天才だな、等と口には出さずとも考えていた。

 

 子役の番が終われば、いよいよアクア達の番となる。

 

「いよいよか」

「あの子達も凄かったし、負けないように頑張らないとだね」

 

 あかねの視線はアクアの頭に向いていた。

 

「……なんだよ」

「ごめん、なんか見慣れなくて面白くて」

「似合ってなくて悪かったな」

「そんな事ないよ。似合ってるって」

 

 役柄として黒に染めた髪、アクアとしても初めての経験だった。笑わなくても良いだろうと思いながらも、自分でもそこまで似合ってないとは思っていた。

 

 適度に緊張がほぐれ、撮影が始まる。

 

 互いに今回限りの制服。中学三年生の二人が、卒業式が終わった帰りに歩いている。予定があれば別だが、街中を二人で歩きながら帰るのが二人にとっての普通で、家が近い事もあって小さい時からほとんど一緒だった。

 

「高校行ってもバスケ続けるんだよね?」

 

 あかね演じるスミレが前を見ながら、アクア演じるミナトに尋ねる。

 

「……どうだろうな」

 

 ミナトも同様にスミレの方は見なかった。ポケットに手を入れながら、気だるそうに前を見る。同級生や同じ部活だった下級生からせがまれて渡したため、制服のボタンはいくつか無くなっていて、珍しく白いシャツが間から見えていた。常日頃から人気があったというよりも、卒業式の独特の雰囲気が生んだ一時の気の迷いだとミナトは考えていた。自己評価で顔は普通。髪型で誤魔化してそれっぽく見えるだけだ。背はある方だが、運動も特別にできるわけでもない。バスケットボール自体は小学生からやっていて好きではあったが、強豪校から声が掛からなかったのが他者から見た実力という事。中学生にもなると世界が広がって上がいくらでもいる。この先続けても、プロになれる確証はなかった。

 

「続けなよ。ミナトからバスケ取ったら、何も残らなくなっちゃうじゃん」

「ひどい言い草だな。最後の夏で燃え尽きたっていうか、こう色々あるんだよ」

「私は続けた方が良いと思うなぁ。部活に打ち込んだ方がアオハルしてる感あるし」

「ならスミレは何やるんだよ」

 

 ミナトに反して、スミレは何でもできた。勉強もテストでは常に上位の成績をキープし、生活態度も良好。運動神経も良く、本人の明るい性格と容姿もあって学校の人気者。幼馴染のミナトを羨む声が男子生徒からは多々上がっていた。

 

「考え中……あ、ミナトがバスケやるなら、私がバスケ部のマネージャーやってあげようか」

 

 スミレが立ち止まると、ミナトも止まる。そこでようやく視線が合った。ミナトの視線が僅かに泳ぐ。

 

「……。バスケなら自分でやれば良いだろ。アオハルどこ行った」

「ちょっと考えたね。私はやるより見る方が好きだからさ、部活やるならどこかのマネージャーとかチアやろうかなって考えてたんだよね。これだって立派な青春だと思わない?」

「そう思うならそれで良いんじゃね」

「じゃあ決まりね。私はマネージャー、ミナトはバスケを続ける。それで私を甲子園に連れてってよ」

「甲子園でバスケはやらねぇよ」

 

 昔から何かあった時に決めるのはスミレの方で、ミナトは付き合わされていた。ただ不思議と、その決定に後悔したことはない。初めは理由がわからなかったが、思春期を迎えた頃には理由はわかっていた。想いを告げるつもりは今のところない。勇気がないと言う方が正しいだろう。居心地の良い関係性が告白をきっかけは崩れてしまうのを恐れているのだ。それに、不釣り合いだとも心のどこかで考えていた。たまたま幼馴染の同年代だから一緒にいるだけ。もしも年が離れていたら、遠くに住んでいたら、きっとこうして帰る事もなかった。

 

 先に歩き出したスミレの背中を見て、少しだけ憂いを帯びた表情を浮かべた。

 

 カットの声と共に、ワンシーンの撮影が終わる。

 

 チェックが入り、次の撮影へと切りわかる。アクアとあかねはそれぞれ中学の制服から高校の物へと着替えて、次のシーンへの撮影へと移った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。