一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 ケイが帰ったあと、私はミヤコさんに教わりながら夕飯を作る。簡単でしょ、なんて最初は思っていけれど、やってみると覚えることはたくさんあって意外と難しい。切り方一つでも何通りもあるのだ、私に全部覚えられるかな。

 

 今日作ってみたのは、あんまり切り方は関係ない揚げ物。とりあえず男の子が好きそうなメニューから一通り教えてもらっている。温度が高すぎたのか時間が長かったのか、今日のはちょっぴり焦げ付いているけれど。

 

 社長とミヤコさんと私、三人で食卓を囲う。

 

 あの日、私が愛していると言われてから、この景色もちょっと違って見えるようになった。社長もミヤコさんも、料理を美味しいって言ってくれる。

 

「ねえ、ミヤコさん。ミヤコさんは子供欲しくないの?」

 

 社長が飲んでいたビールを咽せる。噴き出たビールがテーブルに飛んだ。

 

 食卓の空気が凍った。あれ、変なこと言っちゃったかな。

 

「……どうしたの突然そんなこと聞いて」

「だって二人は夫婦なんでしょ? 子供欲しいとは思わないのかなって」

「そうねえ、そこはこの人次第だけど、今はあなた達をサポートする仕事に満足しているし、夢だってある。だから子供を作るにしてももう少し先かしら。突然どうしたの?」

 

 社長は布巾でテーブルを拭きながらもこちらを気にしていた。

 

「私なんかが愛されているって知って、アイドルを続けて恩返しするって決めたあの日から、ずっと考えてたんだよね。私がアイドルを辞める日はいつなんだろうって」

 

 アイドルの旬は短い。グループはいっぱいあるし、次から次に可愛い子達が入ってきては世代交代をしていく。どれだけ人気があっても、その流れには勝てない。可愛さだけなら負けない自信あるんだけどね。

 

「もし辞めるなら、それはきっと社長とミヤコさんが夢だって言ってるドームの時かなって思ったんだよね。ねえ、今のB小町ならドーム行ける?」

 

 前に言っていた。ドームは他の箱とは違うって。規模が大きいから関わるスタッフの人数も多いし、経験だって必要になる。何より相応しいアーティストかどうかの審査がある。私なりに調べてみたけれど、有名なアーティストばかりだった。

 

「ドームか。武道館次第なところはあるが、昼間も言ったとおりB小町の勢いはすごい。時期によると思うが十分狙えるレベルだ……辞めたくなったか、アイドル?」

 

 社長が心配そうな顔をしながら聞いてくる。

 

「辞めたいわけじゃないよ。でもそれと同じくらい、その……あのね」

 

 続きを言おうとすると恥ずかしくなって言葉に詰まる。嘘は得意でいくらでつけたのに、本当のことになるとどうしてもパッと口にできない。

 

「早く愛しの彼と一緒になりたいわけね」

 

 言おうとすることをミヤコさんに言われてしまう。顔が熱くなるのがわかる。

 

「まあそういう年頃だものねえ。ほら、私の言った通りになったでしょ?」

 

 言った通り。ミヤコさんは社長に何を言っていたのだろうか。そんなにわかりやすいかな。

 

「今の貴女は、以前より良い顔をするようになったって評判良いのよ。壱護はそれを間に受けて喜んでいたけれど、理由がはっきりしているんだからいずれこんな日が来るわよって言ってたの。でもまあ、妊娠したとかの特大の地雷じゃなかったから安心したわ」

 

 もしかしたらそんな未来もあったかもしれない。ケイにも出会わずアイドルになっていたら。愛を知るためにただ嘘を重ねて、誰にも本音を話せず何が本当かわからないまま、みんなが理想とするアイドルであるアイを演じる。ふとしたときに似たような境遇の人と出会って、互いの傷を舐め合う。愛がわからないままそういった行為をして、いつか身籠る。お腹が出てきたくらいで流石に隠し通せなくなって、みんなに迷惑をかけちゃっていたかも。

 

「おまっ、まだ一四だぞ!? いくらなんでも早すぎる」

「だから今すぐじゃないってば。例えば十六になるときにドームでライブしてそのまま引退、とか」

 

 流石に今はそこまで無責任なことはしない。ちゃんと愛してくれる人がいるし、愛についても少しは理解できた気がする。社長やミヤコさんにもこんな私を引き取ってくれた恩だってあるし、メンバーも、最初は嫌なことされたけど、こんないい加減な私に正面からぶつかってくれた。

 

「二年しか違わねえじゃねえか。もっと大人になってからで良いだろ。せめて二十歳とか」

「それも考えたよ。でもその頃にはケイも大人で、周りには私より魅力的な人がたくさんいるんだろうなって思うと、不安になっちゃう」

 

 顔だけ見たらケイよりももっとカッコ良い人だっていっぱいいるだろうし、気の利いた人だっているはずだ。でもそれらはあくまで一般的な視点で見た場合。だいぶフィルターが働いているのはわかっているけど、私にとっては彼が一番。彼の代わりはいないからこそ、誰にも取られたくない。

 

「それに二人も知っている通り、私はお母さんにも捨てられたからさ。だからかな、どうしても家族に憧れがあるんだよね。あ、もちろん二人のことは家族みたいに思ってるよ! でも、それでもね……私はケイと少しでも早く一緒にいたい」

 

 皆が好きでいてくれるアイドルとしてではなく、星野アイという個人を愛してくれた人。まだ私からは直接愛していると言えたことはないけれど、この想いはきっと嘘じゃない。

 

「そうなったら、流石にアイドルは続けられないでしょ。流石に嘘つきな私でも、そこは嘘をつきたくない」

 

 ファンにも色々いる。純粋にアイドル活動を応援してくれる人や、なんとなくファンだって人、アイドルとしての私に本当に恋をしているんだろうなって人もいる。アイドルのアイとしてはみんなを愛したいけど、いつまでもそれはできない。

 

「……本気か?」

 

 社長は家でもかけているサングラスを外すと、まっすぐ私を見た。

 

「うん。本気」

「ちゃんと考えたか? メンバーやファンのこと、この会社のこと」

「考えたよ。メンバーにもちゃんと話す。ファンには最後くらいちゃんと本当を伝える。会社のことも、私なりにちゃんと考えた」

 

 アイドルを辞めた後のこともきちんと考えている。私を育ててくれた恩はきっとまだ返しきれないから。だから、今後のためにもなると思って劇団のワークショップも行ってみることにしたのだ。

 

「我儘で、自分勝手でごめんなさい」

 

 初めてちゃんと謝った。

 

 社長かミヤコさんが口を開くまでの時間が、やけに長く感じる。

 

「わかった。ちゃんと考えた上での判断なら、それを尊重する」

 

 残っていたビールを社長は一気に飲み干した。一旦息を大きく吐く。

 

「正直ドームライブの日程がお前の誕生日と被せられる保証はない。本来は一年から二年かけてじっくり打ち合わせをしていくものだからな。なんだったら既に決まっている可能性だってある」

「わかってるよ。さっきの話もあくまで私の希望だもん」

「なら良い。だが大抵ドームってのは大手が抑えるもんだ。お前のためだ、日向にも体張ってもらう。この前やられてああ言うのもオッケーだってわかったからな、いざとなったら今度はこっちからふっかけてやる」

 

 仕合のことだろう。

 

 デビュー戦見たかったなあ。撮影とかは禁止されてるらしいから、ビデオに撮っておくこともできない。

 

 苺プロが拳願会に入ってから、特にムジテレビの番組に使ってもらえることが増えた。どうやら向こうの社長とコネクションができたようで、たまに電話で話してる姿を見る。

 

「それにアイ、お前にも今まで以上に働いてもらうぞ。いくら権利を勝ち取れたとしても、会場が埋まらないなんて俺は絶対に認めない」

 

 満員のサイリウムで埋め尽くされたドーム。赤、青、緑、黄、桃、橙、紫色の灯りが歌に合わせて左右に揺れる。きっと綺麗な光景。

 

「わかった。私頑張るよ!」

 

 

 

 

 

 少し冷めてしまったご飯を食べ終わると、私とミヤコさんは後片付けをし始める。手が荒れないようにゴム手袋をしているけど、伝わる水の冷たさが心地良い。

 

「ミヤコさん、色々ありがとね」

 

 ここ最近、ミヤコさんには色々教えてもらってばかりだ。料理だけでなく、お化粧とかファッションとか。お母さん、というと年齢的に失礼だから、お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかなって思っている。

 

「いいのよ別に。私だって楽しんでるし、カレーは上手にできた?」

「バッチリ! ケイの洗い物してる姿面白かったから見せてあげるね」

「洗い物してくれるの? 羨ましい」

 

 ミヤコさんの冷めた目は、ソファで力尽きてる社長に向けられていた。今日は色々あったからキャパを超えたらしい。

 

「どうせなら今の内から教育しておきなさい。今は家事は女がやるものって風潮があるけど、男がやらないで良い理由になんてならないもの」

 

 あんまり社長が家事をしてるの、そういえば見ない気がする。

 

「お願いしたらやってくれそうだけどなあ」

「違うわよ。自ら率先してやらせるようにするの」

 

 壱護にもやらせないと、とミヤコさんは意気込んでいる。なんだかビシバシ教え込んでる姿が簡単に想像できた。

 

「おお! ミヤコさんは私のシショーだね!」

「そんな大層なものじゃないわよ。そういえばさっきは聞かなかったけど、あなたは子供欲しいの?」

「うん。やっぱり二人は欲しいよね。賑やかな感じで楽しそうでしょ?」

 

 一人は女の子で、一人は男の子。もし四人で過ごせたら、きっと楽しいに違いない。

 

「きっと大変よ。産むのだって体力いるし、若いなら若いなりのリスクもある。ちゃんと考えるのよ」

「はいシショー! わかってまーす」

 

 ドームに立つ日が、アイドル『アイ』の最後の日。みんなには申し訳ないし、名残惜しい気持ちもあるけれど、その日がちょっぴり待ち遠しく思えた。

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