一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 アクア達が自宅でかな達とドラマを鑑賞しているのと同時刻。

 

 拳願会と煉獄の対抗戦以降、両団体の若手トップ集団は『超新星』と呼ばれ、次世代を担う戦士達として大きな期待を寄せられていた。

 

 超新星一の実績を持つ『ゴッドスピード』キム・チャンギを始めとして、『ゴッドオブサイゴン』ナム・ニャット、『サンパウロの奇跡』レオナルド・シウバ、『剛力坊主』小野田一戒、そして『拳眼』成島光我。以上五名はすでに今年の夏に実施させる戦鬼杯にエントリー済みであり、残り四ヶ月を切った今、仕合は可能な限り控えて調整に入ろうとしていた。

 

 けれど、本日の仕合会場に入った光我はすでに龍鬼のサポートの元ウォームアップを終え、いつでも仕合ができる万全の状態だった。温まった体を冷まさぬよう、定期的に跳ねたりする事で体温を保つ。

 

 光我が一月ほど前の夏忌との一騎討ちから早くも公式戦の参加を選んだのは、この仕合が更なる成長の足がかりになると判断したため。闘技者派遣制度のため、指名が入った際に断る事も可能ではあったが、光我は対戦相手を見てこれ幸いと快諾した。

 

「大丈夫かなぁ、光我君」

 

 仕合開始時間が近づくにつれ、山下一夫の心中も変化していく。

 

「てめぇで判断したんだ。光我だって今の差がどれくらいあるかは分かった上だろうよ」

「それは、そうですけど」

「それに相手が相手だ。負けるにしても戦鬼杯に響く怪我はしねぇだろうさ」

 

 今回の相手はレジェンド闘技者。目まぐるしい成長で強くなっていく光我ではあっても、まだ到底届き得ない事は理解していた。

 

「山下さんにオーマさんだ、おひさー」

 

 むさ苦しい中に美しい花がいれば、一層目立つ。周りよりも頭一つ小さいながらにその存在感は圧倒的だった。

 

 アイの挨拶に王馬が軽く手を挙げて返す。

 

「ほらな。コイツが来たら俄然張り切りやがるからな、こうなったらメンタル面で不調はまずねえよ」

 

 その言葉に山下一夫は苦笑せざるを得ない。

 

「何の話?」

「大した話じゃねえよ。光我がどこまで粘れるかって話だ」

「コーガ君最近すごいんだって?」

「まだまだだけどな」

 

 言葉の割にはやや口元が緩んでいるのは、王馬としてもそれを認識しているためだった。連日面倒を見ている訳では無いが、見る度に吸収して成長していくのは育て甲斐がある。

 

「厳しいねー。褒めて伸ばすのが今風らしいよ」

「それで強くなれんならいくらでも褒めてやるさ」

 

 そう言いながらも、王馬の指導者としてのレベルはそこまで高くない。自分の才能があった事やそのように教わった事もあり、見た通りにやれば良いと言う始末だった。

 

 雑談を交わしている間に、光我の対戦相手である桂も入場してくる。

 

「お、来やがったな。……?」

「王馬さん? どうかしたんですか?」

「アイツ……いや、何でもねえ」

 

 入場してきた桂を見て、王馬は何か違和感を覚えた。何かが違うような気がしたが、周りの声援がうるさく耳を抑えているアイが特に何も言わないのであれば些細な事かと判断した。何より仕合を見れば、違和感の正体に気づけるような気がしていた。

 

 今一番勢いのある超新星の一人と、レジェンドの中でも若槻武士、加納アギトに次ぐ古参闘技者の対決は、観客のボルテージを上げるのは十分すぎた。オッズの差は大きいものの、ジャイアントキリングを期待して光我に賭ける会員も多い。

 

 リング中央でスポットライトを浴びる二人は、仕合前の身体検査をされながら会話を交わす。

 

「こうして戦えるとは思わなかったな」

「っスね。今日は胸貸してもらいます」

「冷める事言うなよ。せっかく楽しみにしてたんだ、闘るからには勝つ気で来いよ」

 

 桂からしても、光我と戦う事を楽しみにしていたのは本心。龍鬼ほどでは無いにせよ、何度も面倒を見た可愛げのある後輩が実力を伸ばしているのであれば、仕合を通じて本気を見てみたくなるもの。その言葉を受けた光我は驚いたように少し目を大きくして、口元がわずかに緩む。光我は単純だと自分でもわかっていても、認められたような気がして嬉しさが込み上げていた。

 

 ボディチェックが終わった事がちょうど良い切り替えタイミングとなり、光我は気合いを入れて両頬を叩くと緩んだ口元を引き締めた。

 

「なら、遠慮なく勝たせて貰うぜ」

 

 両雄が位置につく。

 

 両者右半身を少し引いた、所謂打撃向きのオーソドックスな構えを取り、合図を待つ。

 

 レフェリーが手を上に上げた瞬間から、光我は自身の通り名にもなった驚異的な動体視力である拳眼を使い始める。更には全身を使って気の起こりを感じ取るように注力。桂の初動を見逃さないよう、体力の消費は度外視でできる事を行う。

 

 開始の合図。

 

 自力の差がある以上、受けを選択するのはあまり良い選択とは言えない。けれどこれまでの修行で、光我が特に強化をしてきたのは回避と防御。ディフェンス能力を磨き、生じた隙を打つカウンター型。煉獄と拳願会の両チャンプにも鍛えられた、今一番実力を発揮できる戦闘スタイルがそれだった。

 

 桂は構えたまま動かない。

 

 光我はそれを見ても動じず慌てず、ひたすらに気を伺う。いつ来るかわからない緊張感に晒され、一見すればただ構えているだけでも汗が浮かんできていた。

 

 対して、桂は淡々と光我の様子を観察していた。強くなった。一人の敵として相対するほどに。初めは手を抜いて何度か打ち合うのも良いと考えたが、それを改めた。一人の敵としてできる最大限の礼儀は、本気を出す事以外にない。

 

 極限まで高められた光我の感覚が、桂の出だしをキャッチする。

 

 真正面から接近。構えから見ても打撃で、ストレートかフックか。ここまで察知し、目で追えれば問題なく対処できるほどの単調な攻撃のはずだった。

 

 光我の視界が突如傾く。

 

 自身が何をされたのか理解する前に、そのまま身体が崩れ落ちた。

 

 動き出すまで三秒。そこから先は一秒にも見た無いわずかな瞬劇。天拳が拳眼を下した瞬間だった。

 

 静まり返る会場の中で、レフェリーが己の役割を思い出して勝者をコールする。

 

「身体の使い方が相変わらず上手え。良い意味でちぐはぐだな」

「あの動きであの速さが出せるんですね。これなら確かに動きは見えていても、想定以上の速度で来る分反応が遅れるのか」

 

 王馬を始めとした一部の闘技者と、光我と同等の動体視力を持つ山下一夫には一連の動きがしっかりと見えていた。瞬発力はあるものの、速さだけで見れば最速には程遠い。嘘技と烈火の組み合わせによって作られたズレが相手の虚を生み出し、本来対応可能な速度を対応不可な物へと昇華させる。

 

「案の定負けちまったが、光我には良い刺激になんだろ」

 

 光我が貰ったのは下顎へのフック。一時的な脳震盪が起こっているが、安静にしていれば直に目を覚ます程度の軽度なレベル。

 

 救護班によって状態を確認され、運ばれて行く光我を他所に王馬はそれを見送っている桂を見ていた。対抗戦の時よりも明らかに強くなっている事にどんな修行をしたのかと好奇心が湧くも、側でこちらを見る視線にいよいよ無視できなくなりそちらに意識を向けることにした。

 

「なんだよ」

「どう? 強くなってる?」

「間違いなくなってんだろうが、何でお前がドヤ顔してんだよ」

 

 どうだと言わんばかりに見ているアイに対して、王馬はついツッコミを入れてしまう。

 

「私のおかげみたいな所もあるからね。今ならオーマさんも負けちゃうかもよ」

「そりゃあ怖えな。その時は負けねえ様にするさ」

 

 呉の里などで技術交流を測りながら何度か闘り合ったものの、王馬と桂は拳願仕合の様に制限なしで戦った事は一度もなかった。あの時はほぼ互角。今は負けているだろうが、実力差がそのまま勝敗に繋がる訳でもなく、差が出来たのであれば埋めて追い越せば良いだけだと考えていた。

 

「王馬さんと日向さんの仕合ですか。私も一格闘技ファンとして見てみたいですねぇ」

「オーマさん復帰したら良いのに」

「気が向いたらな」

 

 とは言え、王馬としても復帰後すぐに黒星がつくのもそれはそれで癪に触る。最近は光我の面倒を見る事が多かったが、己を鍛え直すのが必要だと判断した。

 

「復帰して仕合するなら教えてね、アクア達も連れて来るから」

「ありがとよ。そういや二人はどうした? 親父と知り合いの仕合だってのに連れねえな」

「お家にいるよ。アクアはドラマの撮影で削れた分勉強がんばってるのと、ルビーは明日朝から地方ロケだからかなちゃんとMEMちゃんと一緒」

「お二人とも順調に活躍されてますからね。私の様なおじさんが見ても話はわからないかもしれませんが、アクア君のドラマはちゃんと録画してますので後ほど拝見しますね」

 

 社交辞令ではなくこの後実際に見るのが山下一夫であり、人徳に繋がっている。本人が意識せずに評価が上がっていくのは、実力もさることながら小さな積み重ねがあっての事だった。

 

「へえ、アイツ今ドラマ出てんのか。ならこの後山下一夫の家で見るか」

「是非是非。大したおもてなしはできませんが」

「アイはどうすんだ? アイツ連れて来るか?」

「私はこのままケイと帰るよ。意外と嫉妬深いからねー」

「なるほどな。通りでこっちを見てる訳だ」

「ほんとだね。じゃあ私は行くから、復帰したら連絡よろしく」

 

 王馬達の元から桂の元へと駆け寄る。

 

 タオルや着替えを受け取りながら、桂は探りを入れた。

 

「サンキューな。なんか楽しそうだったけど、面白い話でもあったのか?」

「ううん、別に。普通の世間話だよ」

「……それなら、まあ良いか」

 

 あからさまに気にしている反応を楽しむのが、密かなアイの楽しみでもあった。浮気をする気などさらさらなく、普段とは違った角度から愛されている事を実感できるからやっているに過ぎない。桂も本気で心配しているのではなく、アイの意図する所はわかっていた。それでも、自分とほぼ同じ男と話している事が、王馬と話すなら俺で良いだろ、と嫉妬をする要因となってしまう。龍鬼とは違って王馬とは年が近いせいかアイに対する独占欲がより出てしまい、結果としてアイの思惑通りになっていた。

 

「帰る前に飯行くか」

「はいはい。ケイの好きなお肉で良いよ」

 

 あまりにも思い通りになってしまう自分に桂は何とも言えない気分になるが、満足そうに笑みを浮かべているアイを見ると、まあこれも良いかと思えてしまった。

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