一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「ジャッキーさん、何してるんですか?」
「食後のデザートを求めて歩いていたんだ。以前ルビー君に聞いた事があったのを思い出してね、どうやらこの店のケーキは美味しいらしい」
「食後って何食べてたんですか?」
「今日は和食を攻めてみたよ。お好み焼きに天ぷらに丼物、後は寿司も食べたかな」
「食べすぎだろ」
「日本は美味しい食事が多くて楽しめるよ」
ジャッキーさんって呼ばれたおじさまは、私の方に視線を配る。名前からして中国の人かな。でも、お義父さんに似てる気もする。確か片原さん達は養父って言ってたから、もしかしたらこの人が本当の父親とかかな。そうなると複雑な家庭環境で私は何も言えない。でもそれにしては歳があんまり離れていない気がするし、アクア君はどこか一歩引いてるような感じはあるけど、嫌っているようには感じない。
「しかし申し訳ないね。二人の邪魔はするつもりはなかったんだが、まさか席がここしか無いとは」
休日ということもあって、お店はかなり混雑している。相席なら同時に案内可能って言われて、どうしようか一瞬考えたけどアクア君の知り合いみたいだからオッケーしちゃった。
なんて言うか、私から見たジャッキーさんは不思議な人。重瞳も珍しいけど、雰囲気が他の人とは違う。
「いえ。まさか偶然アクア君の知り合いとお会いするとは思いませんでした」
「そう言ってくれると助かる。せっかくだ、君達も好きな物を頼むと良い」
相席になったからか、店員さんが早くにオーダーを取りに来てくれる。ジャッキーさんがメニューを決めて、お言葉に甘えてと言ってアクア君も頼む。
「黒川も遠慮しなくて良いぞ」
「私は流石に悪いよ。ジャッキーさんとは初対面だし」
「いや、気にすることはないよ。厭から今日はこれでとカードを借りている。一人や二人分増えたところで問題はあるまい」
余計に気にしちゃうよ。他の人のカードって事だよね!?
アクア君もなんか慣れてる感じあるし、いつもこんな感じなのかな。カードを自分のじゃなくて持たせてもらうのは、普段がよほど信頼されてないか、何かしら特別な地位にいる人なのかな。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
食べたかったケーキがまだ頼めそうで安心した。
オーダーした後、ジャッキーさんは私を見てうーんと何か考えるように唸っていた。
「黒川あかねですよ。今一緒にドラマ出てるんです」
意図を読んだアクア君が紹介してくれる。
「そうだ、あかね君だ。確かに今回のドラマでもアクア君と共演していたね。以前の舞台でも一緒に出ていたかな、面白い演技をしているから覚えがある」
「面白い演技、ですか?」
「私も似た事はできるが、君は役によってそれを切り替えられるだろう。どのように複数の役に対してやっているのかは興味がある」
演技について話ができるのは嫌いじゃない。似た事って事はジャッキーさんも向こうでは役者さんとかなのかな。外国の役者さんと話す機会なんてそうそうないから、そうだとしたら嬉しい。
「あれは役作りにプロファイリングを使っているんです。そのキャラクターがどんな生い立ちで、どういう考え方をしているのか、私なりに情報を集めて分析して組み立てて行くんです」
ジグソーパズルに近いかもしれない。ひとつひとつ精査して、時間をかけて組み立てる。最初はどんな絵かわからないけど、組み上げていけば行くほど答えが見えてきて、ピースをはめきって完成させる。
「なるほど。その役に自我が引っ張られる事は?」
「ない事もないですけど、私の場合は演技する時に限定してるので割と切り替えはできていると思います」
憑依型の役者さんは役作りをしすぎて、のめり込みすぎる人もいる。例えば精神病を患ってる役を演じ切った事で病んじゃって、そのまま自死しちゃう役者さんもいない事はない。
「すごいな、その若さでそこまで極めているとは。うん。やはり日本に来て正解だった。ここに来てからは驚かされてばかりで良い刺激になる」
「いえ、そんな。私なんてまだまだで。えへへ、どうしよう、褒められちゃったよ」
アクア君の方を見ると、少し汗をかいてた。そんなに暑いようには感じなくて、少しだけ動揺してるように見えた。
「ちょうどケーキも来たようだ。ん? 席が空いたのか、では私が移動するしよう。今日は話せて楽しかったよ」
「こちらこそ楽しかったです」
ジャッキーさんが離れた所に座ると、アクア君が人差し指と親指で眉間を挟むように揉む。なんか疲れてる時にお父さんがやる仕草に似てた。
「どうしたの?」
「いや……ちょっと色々考え事。最初は知らせず黙っておこうかと思ったんだが、こうなるとそうもいかない気がしてな。この後時間あるか? 色々と話しておかなきゃいけない事がある」
「今日はもう予定ないから大丈夫だよ」
「そうか。じゃあこの後家に来てくれ」
そこだけ聞いたら嬉しい申し出だけど、そうじゃない事はわかる。
この後告げられた事実に、私はとんでもない所に足を踏み入れちゃった事を自覚した。
「えっと……じゃあ、羅漢叔父さんで」
「素直で良いね〜。アイツとは大違いだ。ああ、そうだ。そちらの可憐なお嬢様方にもご挨拶を。初めまして、申羅漢です。堅苦しいのは嫌いなんで、君たちも気軽に羅漢君とでも呼んでください。
慣れた手つきで私たちに名刺をくれる。なんか名刺もキラキラしてるのはラメでも入ってるみたい。変に堅苦しくない話し方は、私達からすれば比較的話しやすさはある。
「デスディーラーズってどんな企業なんですか?」
会社名は聞いた事がなかった。もしかしたら二人は名前くらいなら聞いた事があるのかもしれない。
「平たく言えば民間軍事企業ですよ。そう言うと物騒に思うだろうけど、今の主業務は世界中にいる蟲の殲滅でね。世界の調和を理念に日々平和のために戦っている、って言うと少しは聞こえは良くなるかな? ま、正義の味方みたいなものとでも思ってください」
「じゃあ、日本にもそれで?」
「そんな所かな。なぜか日本、特に首都圏じゃ動きが少ないから、何か素晴らしい防衛策でもあるのかと思って調べようと思ったのと、後は今後のビジネスのための市場調査が目的」
そう言いながら、ちらっと私を見た。
「普段は忙しいけど移動中くらいは休みたいでしょ? それでたまたま飛行機の中で調べたら可愛い姪っ子がアイドルとしてイベントをやってるって言うから、合間を縫ってサプライズで来てみたわけ」
羅漢さんは腕時計で時計を確認する。詳しくないけど、これも高そう。
「積もる話もなんとやらだけど、これから大事なお仕事があってね。今日はこれで失礼させてもらうよ。応援してるから頑張ってね〜」
腕を後ろで組みながら出口に向かって歩いていく。サインはそもそもあれだけど、結局握手もせずに帰っちゃった。何しに来たんだろう。
出口を通って姿が見えなくなった所で、MEMちょが口を開いた。
「社長の名刺なんて初めて貰っちゃったよ」
「それは私もだけど、でも何か胡散臭くない?」
二人は名刺を裏返したりしながら見返してる。なんか感覚麻痺してるけど、社長さんってそんなに会える訳じゃないのか。仕合見に行くといっぱいいるけど。
それに胡散臭いってのは同意。全身ブランド品で固めてるけどなんかセンスが合わない。ただそれ以上に、上手く言葉にできないけど、なんか嫌な感じがした。
「髭のせいじゃないかな。顔はそっくりだったし」
「あ〜、最初見た時に似合ってないなって思ったのよね。あとはスーツのセンスが変」
「わかる! お金かけてるのはわかったけど変な柄だったよね」
「二人とも初対面なのに毒吐くね……。龍鬼君見た時も思ったけど、羅漢さんも龍鬼君もルビーパパにそっくりすぎない?」
「似てる兄弟だっているし、こんな事もあるよ」
クローンだからね、なんて流石に言えなかった。でもこれだけ同じ顔がいるなら気づく人は気づくんじゃないかな。ジャッキーさんに、王馬さんに、龍鬼君に、羅漢さん。何ならもっと居そう。
「それに皆癖っ毛すごいから、それがそんなに強く遺伝しなくて良かったかな」
本当はママみたいに綺麗なストレートが良かったけど、少しだけ癖っ毛は遺伝してる。雨の日とかはそれが強く出て、変なハネ方する時がある。少しでも抑えるために日々のケアは欠かせないし、定期的に改善だってやってる。どこかのタイミングでいっそ縮毛かけようかな、なんて考えた事だってあった。
「え……気にするとこそこ?」
「私にとっては重要な事なんだよ! 二人はストレートだからわからないかもしれないけど、今だって定期的に髪質改善トリートメントしてようやくなんだよ! そんなに強くないって言っても放っておいたら大変なことになるんだから!」
「圧がすごいな」
「何となく拘りは感じてたけど、そんなに思い入れがあるとはねぇ」
憧れのうるサラロングヘアー。ママに憧れたから伸ばしてるだけじゃないんだから。私にとってはすごい大事な事。せんせはやる度にちゃんと気づいて褒めてくれるもん。
MEMちょにどうどうって宥められてるとミヤコさんが入ってきた。
「やっぱりまだここにいたのね。スタッフさん達片付けられないから早く着替えちゃいなさい」
「はーい。ねぇ、こっちに来るときパパみたいな人とすれ違った?」
「すれ違ったわよ。関係ない人を入れるなって警備の人たちにも後で文句言っておかないと」
そういえば、入り口では手荷物検査とか握手券のチケット確認とかしっかりやってたはずなのに、どうやって入ってきたんだろう。あの言い方じゃ自然に抽選したとは思えないし。
「貴女達も気をつけなさい。今のご時世気をつけるに越したことはないし、見た目は似てるかもしれないけど別人なんだから」
のんびりと歩きながらも、誰の目にも留まらない。
意識の隙間を縫う。人間は見ているようで意外と見ていないもので、コツさえ掴めば誰にでもできる。ただこの難しい歩法を日常的に使えるレベルまで熟達させているのは羅漢と武龍の二人だけだった。
仕事がある、と羅漢が言ったことに嘘はない。ただ、外へ出ても迎えひとつない状態から、ここが集合場所ではないのは間違いなかった。
「やあやあ、初めましてかな。とりあえずさ、そんなに怒らないでよ。ただ可愛い姪っ子の顔を見に来ただけじゃない。それに僕たちは協力できると思うんだよね。同じ目的を持つ同志として」
相手の姿は見えない。連れないな、とは考えながらも非武装の相手にも姿を見せないとは臆病だな、と内心で値踏みする。
多数いるカラス相手に笑みと余裕を崩さず、返答を待たずに言葉を紡ぐ。
「君だってアレと会ったんだからわかるでしょ? あんな異常者が『神』であるべきじゃない。だからさ、一緒に申武龍をぶっ殺しちゃおうよ」