一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「はぁ〜」
机に倒れ込むようにしてため息を吐く。昔ながらの机は、ほんのり冷えた感触と木の匂いがした。
色々な事が次々にあって、ふとした時にその疲れが出てくる。学校に着くと一時的に解放された気分になるのか、それを感じる機会は多かった。
「疲れとるなぁ。最近忙しそうやもんね」
「みなみぃ、私を癒して〜」
「はいはい。これでええ?」
頭を撫でられる。なんか気持ちいい上に良い匂いもする。
芸能科は一クラスしかないから、二年生になってもクラスの人が変わるわけじゃない。だから自然と一年生の時から良く絡むメンバーは変わらなくて、みなみと一緒にいる事が多かった。
「最高〜。一家に一人欲しい」
「何言うてんの」
「ちょっと色々あって精神的に疲れちゃったからさ、こうして話してると落ち着く」
「そんなに仕事大変なん?」
「仕事は順調なんだけど……どっちかって言うとプライベートかなー。ずっと探してた物がすごい近くにあったんだけど、近すぎて手に入らない的な」
「なんや哲学的やなぁ」
センセの事、本当に好きだったんだけどなぁ。さりなだった頃の、最初で最後の恋だった。でも今はさりなだけど、ルビーでもあって。私とお兄ちゃんが兄と妹の関係である以上、いっぱい考えたけどそれより先に行くことはない。残念だけど、これ以上は臨みすぎだよね。健康にも恵まれて自由に動けて、両親にも恵まれて、好きなことできて。一つくらい諦めないと贅沢。それに兄妹って事はある意味他のどの関係よりも強い訳で、お兄ちゃんとくっつく人を見定めても良い、はず。
「ちょっと複雑なんだよね。でも解決はしてて、気が緩んだ時にその疲れがどっときた的な感じ」
「なら帰りに甘い物でも食べて帰らん? クレープなんやけどキッチンカーで美味しい所あるんやって」
「良いね。甘いの食べてスッキリしよう!」
フリルちゃんはいないからお仕事かな。午後は来るかどうかメッセージを送ってみると、お昼休みぐらいに返事がきて、不思議なスタンプ共に今日は行けないって書いてあった。一年生の時から仲良くさせてもらってるけど、たまにフリルちゃんの感性はよくわからない時がある。そこが売れっ子たる所以って言われると、納得しちゃうのがすごいところかも。人気は去年よりも凄くて、聞いた話だと使えば数字が取れるって業界内でも有名になっていて、何個もオファーが行ってるみたい。前にお兄ちゃんが仕合の事知ってるって言ってたから、私の知らないところでフリルちゃん絡みの仕合がされててもおかしくはない。
授業は相変わらず面倒……じゃなくて大変で、日々の疲れもあって夢の世界に行く事が多い。寝ないようにしていても、睡魔には勝てないんだよね。皆どうやって起きてるんだろう。
授業の内容はあんまり覚えてなくて、ノートを見返すと時々書いた本人ですら解読不能な文字がある。うん、これはお兄ちゃんに泣きつこう。口では何を言っても、結局助けてくれるのがお兄ちゃんだ。最初はもう少し素直に教えてくれてもって思ったけど、せんせーだとわかれば、照れ隠しだと思えて可愛く見えた。
みなみと二人でクレープ屋さんまで歩いて向かう。二人でとは言っても陰ながら護衛がついてるみたいで、行き先だけ連絡すると御意って返ってきた。振り返っても姿は見えなくて、どうやってるんだろうってたまに思う。
「どうしたん?」
「ううん、なんでもない。みなみは何にするか決めた?」
キッチンカーは割と近くにあって、メニューを見ながら頭を悩ませる。
「せやなぁ、美味しそうなん多くて迷うけど、やっぱ最初やし一番人気のにしようかなぁ」
「なら私はこれにしようかな。せっかくだからシェアしようよ」
「ええよー」
せっかくなら違う味のを堪能したい。
みなみと二人で違うクレープを頼んで、少し離れた公園のベンチに座って食べる。お互いのを分け合いながら食べて、どっちも美味しくて甲乙つけ難い。
「みなみは最近どう?」
「本業やからあれやけど、グラビアの仕事ばっかりやね。ウチとしてはもう少し横に伸ばしたい思うてるんやけど、中々そっちは上手くいかんなぁ」
人によっては仕事の話をすると自慢に聞こえるって聞いたけど、少なくともみなみとの間にはそれはない。
「みなみが出る雑誌また買うね。横伸びってテレビとか?」
「おおきに。せやねぇ、はじめは仕事貰えるだけでありがたかったんやけど、欲が出てくるもんやね」
「あーわかるかも。私も考えたりする事ことあるもん」
「ルビーも?」
「うん。ほら、今のB小町ってかなちゃんは女優と掛け持ちで、MEMちょはユーチューバーもやってるでしょ? 私だけ今のところアイドルしかやってないから、他の事やった方が良いのかなって」
MEMちょは以前は毎日投稿していた自分のチャンネルの更新頻度を落としていて、かなちゃんは女優業としての仕事の本数を減らしてる。読モの仕事はたまにやるくらいだからアイドル業に影響はなくて、二人には申し訳ないと思いながらも、アイドル以外でも活躍する二人が少し羨ましくもあったりする。ママだってアイドルから女優業をやり始めたわけだし、私もって考えないこともない。実際、嘘は得意だから演技にも活かせると思うんだよね。これはママ譲りっていうか、私自身がずっと演じていたからだと思うけど。
「そうなんや。なんかウチだけやないって思うとちょっと安心したわ」
「きっと皆そうだよ。どこかで一緒に番組とか出られたら楽しそうだよね!」
「ルビーと一緒なら楽しそうやなぁ。そのためにもウチももっと頑張らな」
みなみが最後の一口を食べる。私も気づいたら食べきっちゃって、美味しい物は気づいたらなくなっちゃう。
「私もがんばろーっと」
「次のライブは函館やったっけ?」
「うん。ライブ配信もするから良かったら見てね」
収容人数は一万人にいかない位の会場。不安定な情勢だけど、嬉しいことにチケットは即完売した。ファンクラブ会員限定だけどライブ配信をしようって事になって、抽選が外れちゃった人にも見てもらえるようにしてある。
「そうさせてもらうわ。本当やったら直接見に行きたいんやけど、マネさんからゴーサイン貰えんくて」
「しょうがないよ。見てくれるだけでも嬉しいよ」
物騒なのは相変わらずで、この前羅漢叔父さんが言ってたように日本は比較的少ないけどまだ蟲は暴れてる。私の行くところはなんとなく大丈夫だとは思うけど確証はないから、絶対大丈夫だから見に来てねって今のところ言えないのが難しいところ。嫌になっちゃうよね。
「今回は遠いところやけど、お兄さんも行くん? 前はライブの時は行く言うてたけど、最近忙しそうやん」
「来るって言ってたよ。午前は収録あるからその後すぐに飛行機で来るって」
「ドラマでも忙しいのに凄いなぁ」
「シスコンだからねー」
みなみが苦笑いしてる。
かなちゃんとライブの時は余程の事がない限り必ず行くって約束した事もあるみたいだけどね。あとはその日の夜に龍鬼君が戦鬼杯の本戦に向けた予選がちょうどあって、そっちも可能なら見に行くって言ってた。
「なぁなぁ、一回聞いてみたかったんやけど、兄が恋愛ドラマ出るってどんな感じなん? 原作通りなら最後くらいにキスもするやろ?」
「そんなわかりきった質問する? 超複雑だよ。ただの兄妹じゃなくて双子だからね」
ただの双子って訳でもないけど。
「せやろなぁー」
きっと普通の兄妹でも見るの複雑なのに、誰が好き好んで好きな人のキスシーンを見なきゃいけないのさ。しかも相手もあかねちゃんで知ってるし。
「もー、何でそんなこと聞いたのさ」
「お兄さんは側から見てもまぁそうなんやろうけど、ルビーの方はどうなんかと思ってなぁ」
そう言えば、確かこのドラマってフリルちゃんもヒロイン候補に上がってたって聞いたような。二人の間で何があったかは知らないけど、あかねちゃんはお兄ちゃんの事好きなら是が非でもって感じだったのかな。もしそうなら、お淑やかそうなのに凄い強かだ。
「……実はね、私お兄ちゃんの事大好きだったんだぁ。どうにかして結婚できないかって考えたこともあるけど、どうしても法律がダメって言うしさ。どこかの国ならって探したけど案外ないもんだし、こればっかりは諦めるしかないかなーって思ってたんだよね」
いっつも優しくて、何だかんだ私の我儘を聞いてくれて。私を支えてくれた初恋の人。
「え、ええ!? ほ、ほんまに? ウチは冗談のつもりでーーー」
「なーんてね。うそうそ。そんなわけ無いじゃん。私にとってアクアはお兄ちゃんでしかないよ」
「び、びっくりしたわぁ」
「どう? 即興でやった割には私の演技もなかなかでしょ?」
「女優もいけるんちゃうかな。すっかり騙されたわぁ」
「ふふ。アイドル卒業後は私も女優としてデビューかな」
本業の人に見せたら色々言われそうだけど、いないから良し。
それに嘘とは言ったけど、今はそうじゃ無いだけで一時は本気で考えた事。私なりにすっごく考えて、お兄ちゃんにも話して、何とか私なりに結論を出した。好きだって気持ちはゼロにはできないし、絶対に無かったことにはしたく無いから、好きは好きでも推しとして好きって事にした。初恋は叶わない、なんて誰が言い始めたのはわからないけど、よく言うよね。
みなみと別れた後、事務所に向かう。ライブの練習だ。
なんか、最近カラスが多い気がする。前にカギを盗られた事を思い出して、重さ的に大丈夫だと思うけどスマホをバッグの中に入れた。あの時大の大人二人が石を当てて落とすとか言ってたんだから、それを止めた私に感謝して欲しい。
事務所に到着する。
「おはようございまーす」
守衛を抜けて、レッスンスタジオに入る。集合時間には早いからまだ誰もいない。怪我とかしないようにウォーミングアップをしている内に二人も来て、時間になればレッスンの先生も来て振り付けとかを確認していく。
「疲れたー」
レッスンが終わると、三人で座り込む。
「今度のライブ函館だし、美味しい物食べて帰ろうよ」
美味しいものがいっぱいあるから、折角だから色々食べておきたい。
「ジンギスカン食べたい」
「かなちゃんお肉好きだねぇ。調べておくよ。ルビーもそれで良い?」
「MEMちょありがとー」
楽しみだなぁ。レッスンでカロリー消費してお腹が減ってる分、普段よりも強くそう感じる。
体力が回復して少し余裕が出てくるとストレッチをし始める。黙ってやっててもつまらないから、次の動画どうしようかとか話しながら続けてると、珍しく社長が入ってきた。サングラス姿は相変わらずだけど、最近少し太ってきたように見える。
「あれ、社長どうしたの?」
「そろそろ半年前だから、お前らにも開催場所を言っておこうと思ってな。有馬にとっては卒業ライブにもなるが、今年最後のライブはアリーナでやるぞ」
一瞬、自分の耳を疑った。
「結成して短期間であるが、ネットを介して人気は十分ある事と旧B小町のネームバリューがあって実現した。告知に関してはお前らのチャンネルで近々大々的にやってくれ。その後ホームページで正式にーーー」
二人も同じだったのか、しばらく私達は何が何だかわからなかったけど、気がついたら歓声を上げて三人で抱き合って、社長の言葉は耳に入って来なかった。