一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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「ルビーすごい喜んでたね」

 

 ダイニングテーブルを挟んで、昨日の夜の話をアイとしていた。

 

 ラフな格好をしていて、髪も後ろで結ってできた束を肩に掛けている。息を吹けばそのまま後ろに滑り落ちていきそうなほどに艶やか髪は、いつ見ても綺麗だと思ってしまう。

 

「埼玉のアリーナなら確か四万人近く入るからな。ドームじゃなかったが、規模としちゃ十分でけえだろ」

「今回は仕合しなかったんでしょ?」

「前と違って焦る必要もねえしな。無理して俺がやらなくても、ルビー達なら近いうちに達成できるって考えたんだろうよ」

 

 豊田さんからは、自分が所有しているドームならいくらでも貸すよとは言われていたらしいが、かな嬢もメム嬢も裏の事は知らない以上、社長は頑なに断ってたみたいだ。規模は同じくらいだし、金持ち限定って考えたらチケット価格は跳ね上げても問題なさそうだが、せっかくなら自力で念願のドームに行く方が良いだろう。

 

 俺がやるとすれば防衛側。前の俺達のように割り込みする連中を防ぐ事だ。こう考えると我ながら遠い所まで来たもんだと実感する。

 

「さすがは私達の娘だね!」

「そうだな」

 

 ルビーとアクアの転生の話を聞いても、アイの反応は変わらなかった。何年も見てきたからこそ、嘘じゃなくて本心だとわかって、それが何よりも救いになる。

 

「ずっと頑張ってたし、最後にこれまでで一番大きな会場なら、カナちゃんも満足じゃないかな」

「だと良いが、案外アイがやってるならドームが良かったとか口では言うかもな」

「言うかなぁ」

「向上心とガッツがあるからな」

「へぇー、よく見てるね」

「何度か個別に教えてやったりもしたからな。多少はわかるさ」

「前にボクシングとかやってたもんね。弟子の成長を見てる感じ?」

「まさか。そんな大層なもんじゃねえよ。一度挫折して挫けても、そこから這いあがろうと努力する奴は応援したくなるってだけだ」

 

 ルビーとメム嬢が努力してないって訳じゃないが、おそらくは家族を除いて一番教えてやった相手だからか、つい肩を持ちたくなる。

 

「直接言ってあげたら? その方がカナちゃんも喜ぶと思うけど」

「いや、喜ばねえだろ。そもそも弟子なんて取る柄でもねえよ」

「そんな事ないよ。私とカナちゃんの境遇は同じじゃないけど似てるからね。聞いた訳じゃないけど、なんとなくわかるんだよ」

 

 両親は離婚してて別居だったか。本人から直接聞いたわけじゃねえが、娘そのものよりも芸能人と言う肩書を見ていた印象を受けた。真意はわからねえし今は母親も実家に戻ったらしいから、かな嬢自身が見放されたと思うのは自然流れか。親から捨てられたって考えれば、似ているのかもしれない。

 

「そんなもんかねえ」

「そんなものだよ。私にとっての社長とミヤコさんみたいに、居てくれるだけでありがたかったりするんだから」

「あの二人みたいって言われると悪い気はしねえが、そんなに人間できてねえよ」

 

 大人になってわかる。多少の打算はあっただろうが、自分の子供でもない面倒なガキ二人の世話なんて早々できるもんじゃねえ。あの頃の二人より歳をとったが、それはいまだに感じる。爺ちゃんにしたってそうだ。本当、頭が上がらねえ。

 

 ……自分がしてもらったように他の誰かできるだろうか。できたら良いが、なんて言うか背中がむず痒くなる。

 

「そういや、引退告知はいつやんだ?」

「どうだろう。ドーム告知した少し後くらいじゃない? 私の時みたいにその場ではないでしょ。何か気になる事ある?」

「春男の奴がかな嬢のファンだろ? あいつも今度のトーナメント出るから、タイミングによっちゃモチベーションに影響するかと思ってよ」

「なら適当に理由つけて少し待ってもらう?」

「そこまでする必要ねえさ。モチベ維持は本人の責任だ」

「厳しいこと言うねー」

 

 露骨に凹んでいる姿は簡単に想像できるが、頑張って乗り越えてもらうしかねえな。

 

 ふとアイの指先がいつもと違うことに気づく。

 

「ネイル変えたのか?」

「そうだよ。夏っぽい感じで塗ってもらったんだー。キレイでしょ?」

 

 ただ塗られただけでなく、細かく模様も描かれている。白くて細い手にはよく映えてた。

 

「ああ。良いと思うぜ」

「でしょー」

 

 しばらくして、インターホンが鳴った。壁にかけてある時計を見れば約束した時間で、誰が来たのかは察せた。

 

「お弟子さん二号が来たんじゃない?」

「だから弟子じゃねえって」

 

 見れば案の定龍鬼で、戦鬼杯に向けて訓練してやる約束だった。光我が龍鬼とも戦いたいと言った事で、龍鬼も復帰する決意がついたようだった。

 

 龍鬼に上がるように促す。

 

「軽く揉んでやるか。アイはどうする? このままゆっくりしてるか?」

「折角だし様子見に行こうかな。仕合前に怪我させちゃ台無しだし」

「んな事するかよ。ってか見に来るなら一枚羽織っとけ」

「変?」

 

 夏が近づくにつれて暑くなってきたためか、下はショートパンツに上はタイトめなティーシャツのみの格好。

 

「変って言うか……いくら身内みてえな龍鬼とは言え、少し肌出し過ぎだ」

「えー、クローゼット二階だし面倒」

「なら俺の着とけ」

 

 着替える気は無し。そう判断して俺が着ていたシャツを脱いで渡す。

 

「ありがとー。おー、相変わらずおっきいね」

 

 上は隠れた。半袖でもアイが着れば肘くらいまで覆えるが、丈も長くてまるで下を履いてないように見える。それはそれで蠱惑的であまり意味が無いように思えた。

 

「これで良い?」

「……まあ、良いか」

 

 これ以上追求するのも憚られ、自分の煩悩を消し去るように扉を開けた。

 

 部屋を移って、軽く準備を進める。

 

 アイだけは椅子を出して端の方に座っていた。シャツの丈はウエスト付近で縛ったものの、結局大差ねえ。殺伐とした空気がなくなるのは、今回の仕合の趣向を考えればありがたいものだった。

 

「よし、じゃあやるか」

 

 龍鬼も準備ができて向かい合う。

 

 クローンと知ってから改めて見ても、似ているようで似ていないような不思議な感覚だ。歳の差もあるのか、もしくは髪型を似せればより似てると思うのだろうか。

 

「うん、よろしくね」

「って言っても、仕合までそんな時間はねえから技もそう教えてやらねえが、まずは仕合向けに諸々調整だな」

 

 臥王流の全てを知るわけではないが、龍鬼の話と推測から考えるに暗殺特化の武術。本来は短刀やナイフと言った比較的持ち運び容易な武器を使い、相手が油断したタイミングで急所を討つ。一昔前ならいざ知らず、今の拳願会の不殺ルールにはかなり合わない流派になっている。

 

 臥王流は臥王鵡角が使っていた武術であり、二虎流の源流でもある。実際似た技は多く見られる事から間違いねえ。不要を削いで、現代格闘技のエッセンスを加えたのが二虎流とすれば、拳願仕合に合うのは二虎流の方だ。なぜ敢えて臥王流を教えたのかはずっと気になっていた。蟲との関係、クローン、その辺りを加味すれば、真正面からではなく何としてでも殺したい奴がいると考えた時に、割と腑に落ちた。

 

 とは言えだ、結局は使い方次第。御雷が雷心流を暗殺拳から活人拳に変えようとしている様に、努力次第で変えることはできる。龍鬼も不殺へと意識を切り替えているのだから、時間こそかかるもののできないことはねえ。

 

 地伏龍、裂空、蛇伸拳、双龍突、穿、百舌、柔打、一つ一つの技を受けて確認していく。

 

「やっぱ奇襲にはもってこいだが、合図と共に始まる仕合じゃ大半が初見殺しになるな。ある程度のレベルになれば確実に対応してくる」

 

 つまりは二度目は機能しない。

 

 地伏龍を見てわかっていたことだが、技を見せた相手は基本殺す前提の技が多いため、一度使うと同じ様に使うことができなくなる。まだ直前まで同じモーションの地伏龍と裂空は使えるが、他は一仕合一仕合が集中して見られるトーナメントとなると更に難しい。

 

「トーナメントだとやっぱり不利だよね」

「そこは工夫次第だな。ーーー説明するよりやった方が早えか。とりあえず俺が臥王流使ってみるから、思う様に防いでみな」

 

 攻守を変える。

 

 腰を落とし、上半身を極端に脱力させる。俺の構えを見て、龍鬼も来る技を想定したのだろう。上と下と、どちらも対応できる様に構えた。跳躍してやや時間がかかる分、上への意識は低めか。

 

 どちらも取らず、そのまま龍鬼の足を取る様にタックルをかます。意識していなかったのか簡単に倒れ、そのままマウントポジションに移行して軽く小突いて、早々にポジションを解く。

 

「こんな感じだな」

「……臥王流じゃないじゃん」

 

 臥王流を使うって言ったからか、起き上がり様から龍鬼は少し眉を顰めている。

 

「工夫次第って言ったろ? 仕合でわざわざこの技使いますって言うわけねえんだ。初見の相手ならまだしも、お前を知る奴らなら事前動作を見てタックルへの警戒は下がるはずだ。一発目が防がれても、選択肢が一つ増えるだけでも相手はやりにくくなる。奇襲暗殺がメインの型だってんなら、それを最大限に利用してやれば良い」

 

 強くなればなるほど、気の起こりを読んだり高い精度で相手の動きを予測するが、それらのベースは詰まるところ経験。流派が知られれば知られるほど真正面から挑めば不利にはなるが、逆手に取ることだってできる。知られているから勝てない、なんて言い訳をしていたらそこで成長は止まる。

 

「相手を騙すための嘘をもっと使え。臥王流習った時に騙し方は教わっただろ? 殺しの場じゃなくたって、そう言う駆け引きは仕合でどんどん使った方が良い」

「んー……まあ、そう言う事なら」

「じゃあまた攻守変えてやってみるか。アイも気づくことあったら言ってくれ」

「はーい」

「アイちゃんが?」

 

 疑問を呈するのは最もだ。

 

「武術に関しちゃ素人だが、嘘や演技に関しちゃプロだからな。どうやったら騙せるかってのは俺より上手えよ」

「そっか。ならアイちゃんもよろしくね」

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