一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 東京から飛行機で一時間半。空港までの移動や搭乗時間等も加味すれば何だかんだ三時間くらいはかかるものの、仮眠も取ればあっという間に函館に着く。

 

 腕時計で時間を見ればギリギリで、会場に間に合わないかもしれない。元々スケジュール的に厳しかった上に、飛行機の時間が諸事情で遅れた事でさらにキツくなってしまった。機内モードから解除したスマホには次々にメッセージや着信の通知が表示される。

 

『来れそう?』

 

 有馬を始めとして、ルビーや母さんからも似たメッセージが届いていた。母さんはまだしも二人は流石にもうスマホは触っていないだろうが、とりあえず空港に到着してこれから向かうとの一報だけは入れておく。

 

 荷物を機内預かりにしなくて良かったな。荷物が出てくるのを待っていたら確実に間に合わなかった。

 

 エスカレーターを降りて、荷物受け取り場をスルーして出口を通り抜ける。タクシーを捕まえられれば良いが、似た様に急いでいる人は多いはずだ。

 

 ゲートを抜けた所でよく見知った人物がいた。一人だけガタイが違う。

 

「よお、お疲れさん」

「父さん? なんでここに」

「飛行機が遅れてるってみたからな、迎えに来たんだよ」

「助かる」

 

 ありがたい話だった。駐車場へと向かう途中で少しだけタクシー乗り場が見えたが、やはり混んでいて捕まえるのに時間がかかっただろう。

 

 外気に触れれば、夕暮れということもあってかなり涼しく感じた。ニュースでは東京とそう大差ない温度を観測していると報じられていたが、そもそも湿度が低い事と時間帯も考慮すれば、やはり北の大地と言ったところか。少し上がっていた体温も下がる。

 

 駐車場に停めてあったのはバンだった。こちらでルビー達を送迎するために借りたものだろう事は、ナンバーからもわかる。

 

 乗り込めば、程なくして出発した。

 

「ルビー達は?」

「バッチリだってよ。すっかり慣れたもんだ」

「回数こなせば誰だって慣れる。そこで気が緩るむ様なら、いつかどこかでミスをする」

「厳しいねえ。んな心配しなくてもちゃんとやるさ。それは一番分かってんじゃねえのか?」

「……そうだな」

 

 諸々正直に話した結果、隠し事なく話せる間柄は俺にとってはかなり助かるものだった。あの時の俺の年齢と父さんの年齢がかなり近づいてるのもあるのだろう。転生したと言っても年齢はゼロからのスタート。あの時の年齢から加算され、精神が成熟して五〇代になるわけではない事は実体験を持って理解できた。

 

「着いたら起こすから、それまでは寝といて良いぞ」

「そうさせてもらう。……ありがとう」

 

 ライブ中に眠そうにしていたら怒られそうだしな。

 

 飛行機でも寝たが、基本的に睡眠時間は足りてない。背もたれを倒して、そのまま仮眠を取ることにした。

 

 体感では一瞬。目を閉じて、開けた時には会場に着いていた。時間だけはしっかり進んでいて、場所も変わっているのは不思議な感覚だ。

 

 車を停めるから先に行けとの言葉を受けて、俺は会場に入る。しっかりと席が割り振られているのは助かった。もし先着順なら一番後ろでほとんど見えなかっただろう。ライブのためにステージ以外の灯りは落とされていて、サングラスを外さないと誰かの足を踏みそうだった。

 

 関係者席で見ても良かったが、一ファンとしてチケットは可能な限り自力で入手するようにしている。母さん達は別のところにいるのだろうが、流石にここからではわかりそうにない。

 

 なんとか間に合った事に安堵するのも束の間、ライブが始まる。

 

 赤と白と黄色のサイリウムに彩られた、スポットライトの当たる世界。歌って踊って、ファンに夢を届ける、現実の喧騒から切り離された特別な空間。

 

 ルビーからのファンサで俺の周りが一層湧く。

 

 ずっと夢だったアイドルになって、どこまでも楽しそうにやっている姿を見ると、つい頬が緩んでしまう。

 

 良かったな、夢が叶って。

 

 評判の方も上々。ただ、万人から好かれるなんて事はない。二六二の法則なんて言われるくらいにはある程度統計も取れていて、二割からは何をやっても嫌われる。SNSの発展に伴って、所謂アンチが表面化しやすくなった事は三人に取って妨げにしかならないが、兄として、一人のファンとして、そこに下手な影響を受けずにやって欲しいと願ってしまう。

 

 俺も頑張らないとな。

 

 ルビーが夢を叶えたなら、次は俺の番だ。まずは医大に入って、国家資格を取って、研修医として働いて。医者になるだけでも長い道乗りで大変ではあるが、嫌になる事はない。医者になる事は通過点。成った後、たくさんの人を救いたい。

 

 ふと有馬と目があった。強くてまっすぐな視線。普段から皮肉混じりで口が悪いアイツは、本心がどこかがわかりにくい。アイドルは寄り道をしたと思うだろうか、糧になると思えただろうか。卒業までの半年、終わってみてまだ続けても良かったと言えるくらいには、良い経験であって欲しい。

 

 最後まで盛り上がり、ライブが終わる。

 

 アンコールのコールが続く中、ルビーが降ろしていたマイクを再び構えた。

 

「ごめんね、今日はアンコールはなし!」

 

 事前に告知していたとは言え、落胆する声が周りから湧いた。未だライブの定番とは言え、一昔前ほどのお約束ではなくなっていた。

 

「ただ代わりにこの後ちょっとしたサプライズがあるから、会場の皆もライブ配信を見てくれてる皆も、もう少しだけ待っててね!」

 

 一旦ルビー達はステージを去っていく。

 

 一〇分程度待っただろうか。ステージ衣装から少しラフな格好に着替えたルビー達が再び戻ってくる。手にした大きめの紙に、皆の注目が集まった。

 

「お待たせー。今日はこれを伝えたくて皆に残ってもらったんだー」

 

 せーのの掛け声で、紙の両端をルビーとメムが引っ張る。

 

「今年の年末、アリーナでのライブが決まりました!!」

 

 新生B小町がこれまでやってきた中で最大規模の会場でのライブ予告に歓声が上がる。拍手と、この音は指笛か。各々が祝福を示していて、しばらく熱が冷めそうにない。

 

 その後簡単な説明があるも、まだ有馬がそこで引退する話は出てこなかった。今日はアリーナが決まった事をお祝いする場で、引退はまた別日での報告になるのだろうか。それが伝わったのか、こちらを有馬が向いて小さく首を横に振った。まぁ、普通に考えてこの空気では言い難いよな。

 

 説明も終わり、ファン達もそれぞれ手に入れた戦利品を大事そうに持って出口から出ていく。

 

 別に公言しているのでバレても良いが、なんとなく帽子を目深に被って息を潜めた。

 

 ファン達がら持っているグッズを横から見ていると、物販も好調で収益は上々だと社長が言っていた事を思い出した。シャツにタオルにうちわと基本的なラインナップは変わらず、最近は購入者側のコンプ欲を満たすように缶バッチやアクリルスタンドも売れ行きは好調なようだ。大半のグッズはネットでも買えるが、一部会場限定品はプレミア価格となり、喜ぶべきか嘆くべきか、オークションサイトなんかでは定価からかなり値段を上げられて売られる事もあった。

 

 ほとんどの観客が出終わった事を確認してから、俺も出口に向かう。ルビー達は当然ながらすでに姿はなく、今頃控え室に戻って着替えをしている所だろう。

 

 人の流れから外れて、警備員がいる方へ向かう。NSSと胸に縫い付けられた制服を着ているスタッフに声をかけて、身分証を提示して入れてもらう。

 

 控え室には入らず、外で待つ。ちょうど近くに椅子もないため、壁にもたれ掛かってスマホをいじる。ニュース記事を流し見しながらも、本でも持ってくれ良かったなと思ってしまった。完全に趣味嗜好の範囲なのだろうが、紙媒体の方がどうにもしっくりくる。

 

 ドアノブの音が鳴り、少し音を立てながら扉が開いた。

 

「あら、ストーカーがいるわ」

 

 開口一番にそれかよ。

 

「誰がストーカーだよ。わざわざ待っててやったのにひどい言い草だな」

「別に待っててなんて言ってないけどー」

「なんだお前。めんどくさいの極みかよ」

 

 まぁ、これが有馬の平常運転と言えば平常運転だ。敵を作りやすくして何やってんだか。

 

 中々進まない有馬の後ろから、メムが顔を覗かせた。

 

「お疲れぇ。アクたんもこの後ご飯行くでしょ?」

「お疲れ。良いけど、何食い行くんだ?」

「ジンギスカン。座敷取れたからミヤコさんとかスタッフさんとかとも一緒に行くよぉ」

「……それならバレても変に記事にはならないか。俺も腹減ってるし行くよ」

 

 アイドルと北海道で密会なんて記事が出されても面倒だ。出る前に潰されそうだが……。そもそもを防ぐためにも、大人数の方が安心できる。

 

 ふと時計を見ると、時間的には第一仕合が始まっている頃だろうか。龍鬼さんは第二仕合のはずだから、会場に行けば間に合う気もする。

 

「オッケー。それなら一緒に行こうよ。アクたんパパが借りた車があるからキャパは問題ないし」

「父さん達はもう車に行ってんのか?」

「ううん。知り合いと会うからってミヤコさんに鍵渡してたよ」

 

 だと思った。

 

「なるほどな」

 

 二人が完全に出ると、ルビーとミヤコさんも出てくる。ミヤコさんが車に向かうように促すと、有馬達は少し疲れた足取りで駐車場へと向かった。

 

 その後ろをルビーと歩く。

 

「龍鬼君の方見に行かなくて良かったの?」

 

 隣にいる俺にだけ聞こえるくらいの声量。

 

「行けたら行くとは言ったけど、勝つのは間違いないだろうし」

「それ行かない時の定番文句じゃん」

「本戦なら行ったさ。今日はまだ予選だろ? あれだけ扱かれてたんなら大丈夫だろ」

 

 戦鬼杯には拳願会と煉獄から合わせて三二名がエントリーしたらしい。本戦は八名のため、八グループに分けられた中で総当たり戦を行い、一番勝率が高い選手が本戦に駒を進めるらしい。

 

「中々に大変そうだったもんねー」

 

 少し見た程度だったが、あれは大変そうだった。限られた時間の中でひたすら反復して身体に教え込ませるのが目的とは言え、闘技者の龍鬼さんがあそこまで力尽きてたのを初めて見た。父さんだけじゃなく、型稽古の時に母さんもズレたズレてないって指摘をしていたから、精神的な疲労が普段と比べて凄かったのかもしれないが。少なくとも、あれを見て二人に同時に教えを乞うことはしないと決心させるには十分すぎた。

 

「一応、行けないことは伝えておくか」

 

 メッセージだけでも違うだろう。タイミング的に見ていないかもしれないが、短い応援の文を送る。

 

 思いの外返事は早く返ってきた。ルビーも画面を覗き込んでくる。

 

『大丈夫だよ。ありがとう、頑張ってくる』

 

 簡素な文。ただの勘でしかないが、大丈夫そうな気がした。

 

「アンタ達何やってんのよ。早く行くわよー!」

 

 すっかり距離が離れた前方から有馬が声をかけてくる。

 

「わかってる。今行く」

 

 それからしばらくして、龍鬼さんが初戦を難なく突破したと言う報告が入ってきた。

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