一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 ライブが終わった翌日、ルビー達は観光をしてから遅い便で帰る一方で、俺は午前便で早々に東京へと戻った。撮影中のドラマのクランクアップが今日で、夕方からの撮影のためにも早々に移動する必要があった。

 

 東京に戻ってから一度家に寄り、不要な荷物を置いてから現場へと向かう。

 

 やっぱりこっちは暑いな。

 

 蒸し暑さとそもそもの熱量と、加えて照り返しも強い。それぞれで遠慮なく殴りかかってくる暑さに思わず「あっつ」と口から溢れでるのはしたかのない事だ。

 

 現場入りしたのは、撮影開始よりも一時間ほど前。すでに裏方さん達は集まっていて準備を始めており、空港で買った土産を待機場所に置いておく。一瞬悩んだが、紙をもらって俺からだと言うことをメモ書きしておいた。それぞれの好みはわからないが、甘いのと塩っぱいお菓子を買ったから、どちらかは食べられるだろう。

 

 役柄的に仕度は早く済む。役用の制服に着替えて、ヘアセットをお願いする程度。台本に目を通しつつも、簡単な会話をメイクさんとして本番に備える。

 

 控え室としてあてがってもらった空き教室に入る。冷房設備が付いていたのはありがたい。既に黒川も現場入りしていて、台本に目を通していた。軽く挨拶して隣に座った。

 

「昨日ライブ行ってきたの?」

「ああ。配信もしてたけど一応な。弾丸で結構ギリギリになったけど、やっぱ直で見た方が良い」

「私もどこかのタイミングで行こうかなぁ」

「その方がルビーも喜ぶと思う。なんならルビーに言えばチケット手配してくれるんじゃないか?」

「それはありがたいけど、他のファンに申し訳ないよ。アクア君だって普通に買ってるんでしょ?」

「ファンからしたら席が一つ減るから良い迷惑かもだけどな」

「それなら、最初から関係者席に行ってあげたら良いのに」

「それも考えたんだけど、まぁなんて言うか、ファンとしてあんまりズルしたくないと言うか。外れたら、結局関係者席で見るんだけど」

 

 ファンクラブ会員と非会員では会員が優先的に席を取れる。会員の中でランク付けなどはなく、そこでの抽選はランダムで公平に選ばれている。

 

「ズルしちゃってるじゃん」

「行けないと後で文句言われるんだよ。それならズルした方がマシ」

 

 今だと余計に色々言われそうなんだよな。アリーナは初めからそっちでお願いしておいた方が良いかもしれない。箱はデカくても年末になる分、応募者は増えそうだ。

 

「……かなちゃん、そこが最後になるの?」

「まだ告知してはいないがそうだって聞いてる。見に来るならせっかくならそこでどうだ?」

「かなちゃんは喜ばないよ」

「相変わらずか。まぁ、合う合わないはどうしたってあるよな」

 

 有馬から黒川に対する想いは、黒川が炎上した時に聞いた。逆は東ブレの時。顔を合わせれば、敵意剥き出しの言葉が一言目から出てくる。有馬がああ言う性格なのは仕方ないとしても、黒川もそうなるのは以外に思えた。

 

「逆にアクア君はかなちゃんと話してて何とも思わないの?」

「アイツの性格は知ってるし今更と言うか。……あ、でも、最初に会った時はぶっ飛ばしてやろうかって思ったな」

 

 会って早々にコネだなんだと言われれば、いくら俺でも腹が立つ。境遇を考慮すれば幼さが故とも考えられるが、今の性格を考えればオブラートへの包み方を知らなかっただけで、あまり変わらない気もしてきた。

 

 あの時父さんが言っていた意味は、後々わかったが良い性格をしている。

 

「でしょ!? 私の時も本当に酷かったんだから」

 

 少しむくれる。

 

「それならライブは一旦置いておいて、演技に関しちゃ共演NG出せば良いんじゃないか? 無理しててもストレス溜まるだろ」

「それは……そうなんだけど、ちょっと違うって言うか。前ならそれもありかと思ったけど、この前やった時の演技見て、またやってみても良いかなって思ったり、思わなかったり」

 

「……どっちだよ」

「う……。ほ、ほら、変に共演NGとか出して使いにくい役者って思われちゃうと今後のキャリアに響くでしょ。だから仕方なく、同じ作品にキャスティングされたりしたらやってもいいかなって」

 

 なんだかんだ言って演技は一緒にやりたいってことか。お互いに面倒な感情を抱いている事は、今回の話でよりはっきりとした。俺たちの世代の中で演技力を高い順に並べていけば間違いなく上位に来る二人は、キャスティング側からしたら欲しい人材のはず。オーディションだって、同じ役を受けない限りは同じ作品のものに参加したら合格する可能性は高いだろう。そうなれば、今後何度も共演する機会はあるはず。

 

「今後、か。確かに二人はまだ役者として先が長いしな」

 

 俺の役者人生はあと一年半。

 

「アクア君はあとちょっとだもんね。残りの間でやってみたい役柄とかないの?」

「そんな贅沢言ってられないが、折角だから色んな役はやってみたい。逆に黒川はあるのか?」

「色々あるよ。自分とは正反対の役とか、もう少し大人になったら働いてる人とか、母親役とか。その時その時にしかできない役って絶対あると思うから、そういうのを演じてみたいかな」

「なんか良いな、それ」

 

 学生の範疇だとできる役柄も限られる。黒川の話を聞いて、幅が広がるのは面白そうだと思った。

 

「将来女医さんの役が取れたら、役作りのためにアクア君を参考にさせてもらおうかな」

「俺がちゃんと医者になれたならな」

「アクア君ならなれるよ。ーーー呼ばれたしそろそろ行こ」

「そうだな」

 

 扉がガラガラと音を立てて開いて、スタッフが俺たちを呼んだ。それに返事をして、椅子から立ち上がって軽く体を伸ばす。

 

 自分の中で演じるキャラのスイッチを入れて切り替える。

 

 最終話に向けた撮影で、外の分はすでに撮り終えたため残るは校内での撮影がメイン。

 

 いくつものシーンを撮っていく。

 

 最後までくれば監督が描くキャラクター像もほぼ完璧に理解できているから、ほとんどリテイクもなくスムーズに進んでいく。黒川ほどじゃないが俺も記憶力には少し自信があるから、セリフが飛ぶこともない。

 

 教室の窓に、夕陽が入り込む。そのタイミングで告白シーンの撮影となった。

 

 放課後の教室で、二人以外誰もいない。黒川演じるスミレが椅子の背もたれに寄りかかりながら、机に座るミナトと向かい合う。俺の手には丁寧に折り畳まれた手紙があった。今の時代では珍しくなった、所謂ラブレター。スマホが普及してチャットで告白する事も珍しくない世の中で、手書きと言うのはまた一味違った趣がある。

 

「それ、読まないの?」

 

 渡してきた相手はスミレとは別人。クラスは違えど、女子バスケ部と言う事で接点が多かった女の子から。スミレとも友人関係だ。

 

「読むけど、ここじゃ読まねえよ」

「私のことは気にしなくて良いのに。返事は?」

「やけにつっかかってくんな。まぁ、考えてる」

 

 断ることは決まっていた。その場で断っても良かったのだが、勢いに押されて断れなかったと言うのもあるし、渡し逃げのように去って行って時間がなかったとも言える。あとはどう言うべきなのかも考えたかった。どうすれば傷つけずに、と言うのが恋愛経験が少ない身では良い答えが出てこなかった。事実その経験の少なさが出てしまい、少し前も別の子に告白された際は即答して断ったものの、相手を傷つけてしまった事に罪悪感を覚えていた。

 

 この答えを是と捉えたスミレの顔が、いかにもと言ったように不貞腐れる。本人を隠すことに長けた彼女にしては、実に子供地味た様子。これはキャラがブレたわけではなく、感情がそれだけ動いていると言うこと。幼馴染として長年付き合ってきて、こちらの考えもある程度わかっていたからこそ、それが気に入らない。そのシーンだけ見ると分からずとも、ドラマを追いかけてくれている視聴者には必ず伝わる演技。

 

「……やめて」

 

 マイクでも拾い切れるかどうかのか細い声だった。俯いて、前髪が邪魔で俺からは表情が見えない。おそらくは唇を噛み締めて、泣きそうな顔になっているのだろう。

 

「やめて。……付き合わないで」

 

 感情をなくすように抑えたことで、ひどく冷たさを感じる声になる。それに合わせるように、俺も眉間に皺を寄せて声を低くする。

 

「何でだよ」

 

 先ほどまでの考えに反するかのような、反射的に口からそう音が出た。

 

「ごめん。……わかってる。最低なのわかってるよ。けど……」

「けど?」

「私だって……好きなんだから仕方ないじゃん」

 

 ハッとした表情。慌てて立ち上がり、教室から出ようとするスミレの手首を掴んだ。咄嗟に俺も立ち上がった事で椅子が倒れる。

 

 離してと言わんばかりに振り払おうとするが、男女の体格差でそれは無理だった。

 

「勝手に受ける前提で話進めんな」

「え……?」

 

 力が緩む。ゆっくりとこちらを見た。目からは涙がポロポロと溢れていて、目も赤くなり始めている。

 

 袖で無理やりそれを拭う。

 

「初めから断るつもりだった。ただ、どう断ろうかずっと考えてたんだよ。なのにお前が勘違いして、勢いで告白までして何やってんだ」

 

 呆れたような物言いに、スミレの顔がどんどん赤くなっていく。一人で暴走して、言うつもりがなかった事を暴露して、何か言いたいのか口だけは動いているも声になっていない。穴があったら入りたいとはまさにこの事か。

 

 また俯いて、モゾモゾ動いていたかと思えば、急に顔を上げる。今度はもう涙はなく、覚悟がそこにはあった。

 

「私はミナトの事が好き。だから、私と付き合ってください」

 

 覚悟の中には不安もあって、答えを待つ間にそれらがせめぎ合っている。

 

「……。……俺も、ずっと好きだった」

 

 小さい時から、スミレが抱くよりもずっと前から、ミナトはその感情を抱いていた。

 

 いつかは、と思っていたのは同じで、どこかもっと良いシチュエーションで、もっと良いセリフで、等と頭の中ではあれこれ考えていた。

 

「俺からもちゃんと言う。付き合おう」

 

 ずっと掴んでいた腕を離して、そのまま頬に添える。ゆっくりと顔を近づけていき、唇と唇が重なる。ほんのり甘い香りがする。

 

 監督のオッケーの声聞き、演技を終える。

 

 同年代の友人とのキスは、演技であっても少し思うところはあった。前世では散々……経験はそこそこにあったが、なまじこの体になってから初めてと言う事もあるのかもしれない。

 

 残りの撮影シーンも撮り終え、予定通りに今日でクランクアップとなった。

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