一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
日の出前というのにすでに暑さを感じる季節、ゆっくりと走りながら汗を流していた。いつものルーティン。早朝に走ってウォームアップをして、ジムで筋肉を鍛えて、技の鍛錬を行う。時々片原邸へ訪れては護衛者たちと組手をすることもある。
デビュー戦からはや数ヶ月、季節は夏になっていた。
これまでの仕合の無さはなんだったのかと思うほどのハイペースで仕合が組まれており、現在通算成績は四戦全勝。もちろん苦戦する仕合もあったけれど、特に大きな怪我をすることもなくここまで来れている。
驕りはない。まだまだ上には上がいることを知っているし、年下なのにすごい技術を持つ猛者もいる。その猛者との鍛錬では、二虎流ではあまりない肘を使っての近距離戦を経験でき、今後同じような使い手と戦った時の良い勉強になった。
午後までみっちりと鍛える。ふと時計を確認すると、そろそろ良い時間だ。シャワーを浴びてから身なりを整えて、集合場所に向かう。
集合場所は駅のロータリー。平日の夕方であっても大勢の人が行き来している。携帯で時間を確認すればまだ少し余裕があった。
短い間隔でクラクションが数回鳴る。一目で高級車とわかる磨き上げられた黒のボディを持つ車がロータリーに停まっていた。おそらくは、いや十中八九それだろうと近づいた。外からでは曇りガラスになっていて中の様子がわからない。ガラスにもウロコ一枚も見当たらない。
「お待たせー!」
窓が開くと、他の人間が大勢いる中でも一際輝く存在が顔を出す。
「時間前にいるなんて、関心関心」
「こういうの初めてだからな。そういうアイも時間前だろ」
結局集合時間の十分前には俺もアイも集まってしまった。本来なら外で会う事は避けるべきなのだろうが、今回は特別。
こうして会うのは久しぶりだ。毎日電話やメールでやり取りをしているが休みという休みがなかなか取れず、今日は二ヶ月ぶりの休みとのことだ。
「今日は特別だからね、いこっ!」
ドライバーが出てきて、わざわざ後部座席の扉を開けてくれる。見慣れた向きとは逆に開くので、そっちから開くんだと素直に思ってしまった。乗り込んで腰を降ろすと、その質感にも改めて驚いてしまう。
「それじゃあ、お願いしまーす!」
上機嫌なアイが合図をすると、車はゆっくりと動き出した。普段乗る車やタクシーはロード音やエンジン音などがするのだが、この車はかなり静かで、外界から切り離された感覚になる。アイはこれ凄いんだよ、なんて言っていたが、さすがは拳願会御用達の送迎サービスだ。
行き先は以前アイと話していた栃木ディスティニーランド。今日の午後六時から会員の福利厚生として貸切で開園されている。表向きにはメンテナンスや点検のため閉場が五時となっているようだ。会員なのは社長なのだが、関係者も問題ないとのことでそれに甘えることにした。
「どこから回る? やっぱり定番のからかな」
いくら普段よりも空いていると言っても、時間は三時間程度しかない。全てのアトラクションを回るのは難しいかもしれない。
「そうだな、まずは定番のだな。その後は時計回りに乗りたいの乗ってくか」
パンフレットを見ながらどれが良いか目星をつけていく。
「結構歩くと思うけど大丈夫か?」
「大丈夫だよ。そのためにスニーカーにしてきたし」
靴に合わせて、アイの装いはスポーティーめのコーディネート。一方で、ファッションに疎い俺は特に変わり映えしない。せいぜいこの前の誕生日に貰ったシャツを着ているくらいだ。
二人して初めてのTDL、おすすめのルートがあるかもしれないが、二人して決めていくことがただただ楽しい。
再開演前に到着し少し待てば、閉じられていた門が再び開いた。赤く焼けた空と華やかな音楽が迎え入れてくれる。俺の手にアイの手が触れ、自然と手を繋ぐ。身長差から少し握りずらそうで、少ししたら腕を組んできた。
最初にあるのは土産やグッズが買えるショップ。流石に一部は閉まっている。
どこからか甘いキャメルの匂いも漂ってきた。夕飯はまだだけれど、軽食にポップコーンを買っても良い。ふらふらと釣られそうになるのをアイに止められ、ショップ内に誘導される。
「ケイも一緒に何か買おうよ」
お菓子を買うにしても土産を買うにしても、道中アトラクションを楽しむにはどうしても邪魔になってしまう。預けるにしても億劫だ。
「買うって、コレか?」
「そう、可愛いでしょ?」
アイが俺をひっぱっ言った先にあったのは被り物のコーナー。キャラクターを模した帽子やカチューシャが並んでいる。アイはいくつか手に取っては、鏡の前で付けては取り替える。
「悩むなあ。どれが良いと思う?」
ウサギ耳のカチューシャをつけたまま振り返る。
「どれも可愛いけど、そのウサギので良いんじゃないか。この前のエプロンだってデザイン入ってたし、まだ好きだろ?」
あの時は本人に見惚れて口にするタイミングがなかったが、確かにワンポイントの兎柄の刺繍が入っていたはず。
「さっすが、よく見てるね! せっかくだしそうしようかなあ。そしたらケイはこれにしようよ」
「じゃあそれにするか」
渡されたのはメインキャラクターであるモッキーの被り物。正直場の雰囲気に酔ってるところはあるが、こういうのは楽しんだ者勝ち。
「後でプリ撮ろうね!」
購入時にタグを切ってもらい、そのまま付けて園内を回り始める。
外の景観が入り込まないように設計された園内は、まさに夢の国。右を見ても左を見ても綺麗な景色だけがこちらを迎え入れてくれる。デートスポットとして長年上位ランクインしているのも頷ける出来栄えだ。
本来は人気故に下手をすれば何時間も待つアトラクションも、ほぼ待ち時間なく入ることができた。巨大なイカダに乗ってゆっくりと周り最後に滝から落ちるアトラクション。乗り場所によっては落下時に大量の水飛沫を浴びることになるが、幸いにもその場所は避けることができた。
予定通り時計回りに園内を散策し、興味が出た物から片っ端に入っていく。結局ほぼ全てのトラクションに乗る勢いだが、そこは時間が許さず。どうしても後半はいくつかスキップせざるを得なかった。
すっかりあたりが暗くなるも、園内はライトアップされているためさほど暗さは感じない。暗い空と色とりどりの街並みが、昼間よりも幻想的な雰囲気を醸し出している。どちらかといえば夜のこの雰囲気の方が好ましい。
簡単な食事も済ませる。
残り時間はわずかで、最後にお土産を買うことなども考えればあと一つか二つ。
アイの提案で、先に買い物を済ませることにした。ショップエリアに戻る途中で目的の一つを見つける。
「ここにあったんだ、約束通り撮ろうよ」
分厚いカーテンでわかりにくいが、中に入ると白光りしていて眩しい。思っていたよりも中は狭い。証明写真を撮る機械に似ている、というのが素直な感想。アイは慣れた物だと言わんばかりに画面を操作していく。
「プリクラか、そういや撮ったことないな」
「ケイ友達いな……少ないもんね」
「フォローになってねえ。友達くらいいるわ。そもそも男同士で撮らねえだろ」
「そんなことないと思うけどなー。よくわかんないけど、男の子でも仲良い同士なら撮るんじゃない?」
私はこの前ニノと撮ったよ、なんて情報を追加されるをの。
「はいはい、どうせそんな友達いませんよ」
「拗ねないでよ。初めてが私だよ? 栄誉なことだー、って喜ぶところじゃないの?」
「別に写真ならもう何枚も」
「はーい、撮りますよー」
俺の言葉を遮り、アイは俺を引っ張ってフレーム内に入れる。機械的な明るい声でのカウントダウンが始まり、シャッターが切られる。撮られた写真が画面に表示された。
「別人じゃねえか」
顔も白く目も大きい。別にそのままで十分可愛いのになぜ変に加工するのだろうか。女子の言う可愛いは俺にはよくわからない。
「えー可愛いじゃん。ここからデコってもっと可愛くしてくんだよ」
アイはペンを持つと、すでに盛られた写真の上に落書きを始めていく。モッキーの耳が付いてるため、人の顔をモッキーのような鼻や前歯を落書きしては笑っている。満足すれば一旦消してまた別の絵を描いていく。アナウンスが入り、やっと落書き時間が終わったと思えば、 ボーナスタイムスタートといって謎の追加時間が設けられた。無駄にポップな声がイラッとさせる。やられてばかりは癪だから、俺はアイからペンを奪うと画面に映るアイの顔に落書きを始めた。
「あー楽しかった!」
追加時間は百秒。この前の試合期間より短いのに、ペンの奪いやらなんやらでやけに体力を消費した気がする。
編集が終わったプリクラが印刷され、アイの手にあるそれは見ると、なんとまあ酷いできだ。
「あはは、変な顔! ほら、貼ってあげるから携帯貸して?」
携帯を渡せば電池カバーを外され、その内側にプリクラを貼られる。さっと元に戻し、また人の携帯を勝手に覗いては頷いてから返される。
「これでお揃いだね」
同じようにアイは自身の携帯にそれを貼る。笑顔なのは良いことだが、言うことは別にあった。
「覚えておけよ」
「なにが?」
鼻歌まじりにアイは流れる様にショップへと向かった。社長やミヤコさん、メンバーへのお土産を選んでいく。とは言っても無難なお菓子にすぐに決まり、お揃いグッズを買うべくその倍の時間を費やした。買ったのはTシャツとマグカップ。俺の部屋に置いておいて、とのお達しだ。
「最後にあれ乗ろっ!」
確かに乗るにしても次が最後になるだろう時間だ。アイが選んだのは観覧車だった。
少しばかりの列に並んで、転ばないように手を支えながら乗り込む。二人分の体重が片方に加わったことで左右に揺れ、ゆっくりと上がりながら安定する。
「今日は連れてきてくれてありがと」
「約束したしな。俺も楽しかった」
「こう言うところ今まで来たことなかったからさ、正直憧れてたんだよね。誘ってくれた時本当に嬉しかったし、来てみて本当に楽しかったよ」
本当に昔、まだ母親が生きていた頃に一度だけ、ここではないどこかのテーマパークに行った記憶がある。五歳の時には母は死んでしまったから、きっと四歳くらいの時。ただ何に乗って何を食べたとか、そう言ったことはほとんど覚えてない。
「また来れるかな」
アイの口からぽろっと漏れる。
「今度は変装して来るか?」
ウィッグ被って髪の色を変えて、サングラスでもかければ見栄えは変わる。気づかれる確率はグッと低くなるはずだ。
「それも良いかも。でも変装とか何もせずに、他のみんなと同じように来れたら良いなあって。並んで待つのもきっと楽しいよ? ……まあ、難しいのはわかってるんだけどね」
溢れ出るオーラが隠せないからなあ、なんて言っていると、アイは外に気づいてそちらを見る。
視界が上がれば見えてくるのは絶景。どうしても高さの関係で他の景観が入り込んでしまうが、それでも施設内を見渡せるこの場所は圧巻の一言。
「……きれい」
アイはガラスに手をつきながら景色に見惚れていた。
「アイ」
「ん? 何?」
振り向きざまにキスをしてアイの唇を塞ぐ。どちらも呼吸を忘れる。軽く頬に触れ、ゆっくりと唇を離した。星の様な瞳が映る。今だけは独り占めだ。暗がりでもアイの顔が見る見る赤く染まっていくのがわかる。さっきは散々良い様にされたから、ちょっとした仕返しだ。
「覚えてろって言ったろ?」