一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 打ち上げが終わって家に帰った頃には、お母さんは寝る支度まで済んでいたけど、お父さんはまだ仕事中。最近はちゃんと話ができない事が多くて嘆いてたってお母さんから聞くけど、そこは娘離れだと思って欲しい。嫌いとかではないし、尊敬もしてるけどいつまでも子供扱いされているようで、少し複雑。

 

 薄く塗っていた化粧や日焼け止めを落として、シャワーで体の汚れを取ってから湯船に浸かる。シャワーで済ませてもよかったけれど、ここでお風呂に入るかどうかで翌日の浮腫もだいぶ変わってくるから、よほど限界な時以外は入るようにしている。女優として必要とあれば体型の変化はさせないといけない時が来るとは思っているけれど、そうじゃない時はメンテナンスはしっかりしておきたい。

 

 肩まで浸かって、天井を見る。夏だからそこまで湯気はなくて、はっきりと見る事ができた。

 

「終わっちゃったなぁ」

 

 今日でドラマはクランクアップ。私達がこの作品のキャラを演じることは、オリジナルでシーズン二でもない限りはない。一生懸命プロファイリングしていくとそのキャラクターがより身近に感じられるからか、そのキャラを離れる寂しさはあった。

 

「それだけじゃないか」

 

 無意識に唇に触れる。

 

 演技の中とは言え、あれは私にとっても初めてのものだった。思い返すと熱くなってくる。ひょっとしたら、なんて思っていた今ガチはうまくいかなかったからなぁ。でも、今回はそんなことはなくて、相手もアクア君で。これが嘘じゃなくて本当だったら良いのに。

 

 誰かを好きになる感覚が、今ならはっきりわかる。

 

 こんなにドキドキするなら、今は例え嘘でも、ゆっくりと本当になっていければって思えてくる。

 

「ちょっとは意識してくれたら良いけど、この前の感じじゃどうかな……」

 

 初心なようで、ちゃんと乙女心を理解してると言うか、天然のタラシなのかわからないけど、付き合ったことはないとは良いながらも妙に慣れてる感じはある。付き合ってはいないけど他の子とデートはしてるとか? もしそうならかなちゃんはもっと烈火の如く怒りそうだし、あの家族環境でそうなるとも思えない。不思議な感じが、また惹かれる要因なのかもしれない。

 

 アクア君の経験豊富かどうかはわからないけど、かなちゃんに限らず、ライバルが多いのは間違いない。学校だけじゃなくて、役者として映像媒体を通じていろんな人の目には触れているから、ガチ恋してるファンの子だって多い。遊んでる役者さん達はファンの子を持ち帰るなんて話もちらほら聞くし、逆にそれを狙ってる子だっている。

 

 ……またアクア君のファンから変なメッセージ来るかも……

 

 そう思うとちょっと気持ちが下がる。

 

 DMが飛んできたり、事務所に手紙が届いたりはある。素直に応援してくれるファンからもメッセージよりも、マイナス面が強い方がどうしても記憶に残っちゃうのは良くないとは思いつつも、中々直せない所だった。

 

 気持ちを切り替えるために手でお湯を掬って顔にかける。

 

 なんとなく自分の手を見て、アクア君の手を思い出す。大きくて、手首を掴まれたときの覆われない感覚も思い出してきた。

 

 最初に会った時も大きいなって思ってたけど、最近は背も伸びてるみたいで一層差を感じた。あんまり背の高さとかは気にならないとは思ってたけど、ちょっと目線を合わせるために見上げる必要があるのは良いなって思える。

 

 アクア君はこれで運動もできるんだからズルい。もちろん万人がそう答える訳じゃないし、私が好きだから多少のバッファーはあるんだろうけど、理想の男性ランキングでも作られれば、一位を簡単に取れるくらいハイスペック。

 

 運動もできるのはなんとなくわかってたけど、今回の撮影で私が想像していた以上に凄かったことがわかった。

 

「アイさんもダンスしてる時バランスすごいよかったけど、その辺りはお義父さん譲りなのかな。この前もすごいこと聞いちゃったし」

 

 クローンなんて、まるで映画見たいな話。

 

「お義父さんは失敗作って言われてて、この前会った龍鬼さんと東ブレの打ち上げの時に会った人、王馬さん? が成功。人としての機能に問題はないって言ったけど、何だったんだろう」

 

 ダメだって言われてたけど、つい考えちゃう。考えるくらいなら誰にもバレない。

 

 パッと見て違うのは髪の色だけど、差が出てくるのは遺伝子が違うから。クローンとは言っても完全に同一固体は難しいのか、色が黒じゃないからダメなのか。流石に色じゃないか。ジャッキーさんとはまだ一回会っただけだけど、ジャージにサンダル姿で、そこまで身なりに気を使うタイプには見えなかった。

 

 あれ、なんでそもそも二人なんだろう。

 

 多分年齢は十歳くらいは離れてた気はする。王馬さんが作られた後に何か明確な目的があって龍鬼さんが作られたはず。二人とも普通に生活してるって考えたら脱走? でも所在がわかってる今でも捕まえないのは不自然だから、それは違う気がする。バックアップ的な意味だとしても、成功体って言葉が引っかかる。失礼だけど、本命と予備みたいに言う気がした。

 

 そうなると、やっぱり単に擬似的な転生によって次に繋げる事の優先度が低い気がする。別の目的が優先されているのかも。全然情報がないからわからない。案外この世の中の美味しい料理を食べ尽くしたいとか、そんな可愛い理由だったりしないかな。……うん、ないよね。自分で言ってて馬鹿らしく思えてしまった。物凄い強い人なら、古今東西今昔にある武術を身に付けたいとかの方がそれっぽい。きっと物凄い数の武術が人の歴史の分だけある。全部覚えるだけでも脳のキャパシティはすごく使いそう。脳の記憶容量がどれくらいあるかはまだ決定的な物はなくて、換算して数百TBから数PBなんて説もあるから、案外一人の脳でも覚えようと思ったら物凄い量を覚えられるのかもしれないけど。

 

 少し暑くなってきて、足先を湯船から出す。それだけでもだいぶ変わってくる。

 

 のぼせちゃったかな。浸かりすぎちゃったかもしれない。

 

 普段と比べて頭もぼんやりしているし、考え事もやめた方がいいかもしれないなんて思っていると、突拍子もないことが浮かんできた。

 

 膨大な記憶。二人の成功体。一人じゃ保持しきれないとしたら……もしかして、二人いるとか?

 

「なんて、考えすぎだよね」

 

 

 

 

 

 アクアと黒川あかねのドラマが今日で最終回。見ないって選択肢もあったけど、負けたくない相手が出ている以上は力量を測る上でも見ておきたかった。原作が小説で話の流れがわかるから、一人で見ると辛いから誰かと見ることにした。でも私はそんなに友達は多くないから、何だかんだ向かう足先は大体いつも同じだった。

 

 ただ、今回はいつもの場所とは違った。

 

 どこまで続いてるのかわからない外壁、分厚い門。門の向こうにも木々が生えてて、奥の方に建屋の屋根がわずかに見える。都内にこんな馬鹿でかい敷地なんて、土地代だけで一体いくらになるのかしら。外から見る雰囲気もどこか厳か。

 

 門には二人、厳つい人がいる。前見た時はジャケットを羽織っていたけど、夏場は流石にそれは着ていなかった。

 

「あの〜」

「有馬かな様ですね。お嬢様からお話は伺っております。お屋敷までご案内致します」

「どうも。お、お邪魔しまーす」

 

 大きい背中の後をついて行く。小走りにならないのは私の歩幅に合わせてくれているのかしら。嬉しいけど、何か話して欲しい。気まずい中、しばらく進んでいくと、少し……じゃなくてだいぶ開けた場所に出た。綺麗に手入れされた庭とバカでかい屋敷。そのまま本邸と呼ばれた屋敷の、これまた誰が通るんだって思えるほどでかい扉が開く。

 

「アクアお坊ちゃんとルビーお嬢様は中でお待ちです」

「ありがとうございます。……え、今なんて?」

 

 お坊ちゃん。お嬢様。

 

 確かに身分としてはそうなんでしょうけど、私の中のイメージと合わなすぎて聞き返してしまう。返事がないから振り返ると、深々とお辞儀をされていてもう一度聞くこともできず、そのまま扉が閉まった。

 

 赤い絨毯が敷かれたお屋敷。天井を見ればシャンデリアが煌々と輝いていて、インテリアに使われている木からはよく見ると時代を感じさせるけど、手入れが良くされているされているからか古さはあまり感じない。アンティークって言えば良い表現かな。

 

「って言うか、どこに行けば良いのよ」

 

 だだっ広いエントランスに一人。独り占めしているようで悪い気はしないけど、勝手に動いたら迷子になりそう。

 

「来たか。思ってたより早いな」

 

 上の階に続く長い階段からアクアが降りてくる。

 

「集合時間より早く来るのは当たり前でしょ」

 

 昔はこっちの都合に周りを合わさせていたけどね。

 

「良い心がけだな」

「お坊ちゃんにそう言っていただけて光栄だわ」

「それ辞めろ」

「あら、良いじゃない。素敵よ? アクアお坊ちゃん」

「周りが勝手にそう呼ぶだけだ。そう呼ばれるほど大層な身分じゃない」

「謙遜も過ぎればただの嫌味にしか聞こえないわよ。アンタがお坊ちゃんじゃないなら、この日本で誰が当てはまるのよ」

「烈堂さんとか鞘香さんがいるだろ」

「そこしかいないじゃない」

「……はぁ、まあ良いや。部屋まで案内するよ」

 

 このやりとりは何回もやってきたって顔。

 

 なんか重い足取りでアクアは階段を上がっていく。

 

「ルビー達は来てるの?」

「もういるよ。MEMもひと足先についてさっき案内してた所だ」

 

 しょうもないやり取りをしながらも、屋敷の中でも十分くらい歩く。ようやく到着した部屋はまた中も広くて、ラウンドテーブルが何個も置いてあった。その上には寸分の狂いなく配膳されたカトラリーが置いてあって、ちょっとしたレストランなんてレベルじゃない。

 

 前方、左右、後方にもスクリーンがすでに設置されていて、まさかと言う考えがよぎった。

 

「……気合い入りすぎじゃない?」

「……これでも改善した方なんだ。最終回だからって庭に超でかいスクリーン出して放映会パーティーしよう、なんて爺さんが思いつきて言うんだぜ。勘弁してくれ……。周りも悪ノリしてやる感じ出すから言い出しにくかったけど、必死に説得してなんとかこのレベルになったんだ」

「一応聞くけど、外だとどの大きさになるの?」

「IMAXシアターの倍くらいの特注サイズ」

 

 それはこの顔にもなるわ。どこ見てるか分からない目をしてるもの。流石に不憫に思えてくる。

 

「それは、私も嫌かも」

 

 演じて見せる仕事とは言っても、身内が大勢いる前で大画面で自分の演技の鑑賞会をされるのは私だって恥ずかしい。まぁ、私はその身内がいないんだけど。

 

「まぁ、有馬は気にせず楽しんでいってくれ。その辺のレストランより間違いなく美味い上にただだからな」

「そうさせて貰うわ。実はちょっと楽しみだったのよね。私の席ってどこなの?」

「メムと同じ所。案内するよ」

 

 案内された席にいたMEMは緊張して小さく固まってる。私を見つけて拠り所を見つけたような目をしてきた。

 

「かなちゃんやっと来たぁ〜。ルビーもどこか行っちゃって、私どうして良いか分からなくて不安だったよぉ」

「はいはい。遅くなって悪かったわよ。って言うかルビーはどこ行ったのよ」

「母さん達と爺さんの所。そのうち戻ってくるだろうから座って待っててくれ。飲み物も頼んでくれれば大抵の物はある」

「なら紅茶でも貰おうかしら」

「銘柄とかもあれば黒服の人達に遠慮なく言ってくれ」

「アンタがやってくれるんじゃないの?」

「俺が淹れるより美味いし、まだやる事あるからな。ーーーわかりました。向かいます。ーーーってな訳で俺はまた人を迎えに行ってくる。見た目は確かに怖いかもしれないが、気軽になんでも言ってくれ」

 

 インカムを片耳にはめて忙しそう動くアクアを横目に、働いて現実逃避してるのかと察した。私も視線を動かして黒服の人を見る。手を後ろで組んで微動だにしない巨体。普通に威圧感あって怖いのよね。とは言っても何も言わないとずっとそこにいそうだし、とりあえず紅茶でも頼もう。

 

「マルコポーロあります? マリアージュの」

「はい。ただいまお持ちいたします。MEM様は?」

「お、同じので良いです」

「かしこまりました」

 

 巨体が去って行く。

 

「……マルコポーロって?」

「紅茶よ。知らなくて頼んだの?」

「何頼んで良いかなんて分からなくてぇ。有馬ちゃんよく平気だね」

「平気ではないわよ。ほんの少しだけど来たことはあるし、せっかくなら堪能しないと損だって考えてるだけ。取って食われたりしないわよ」

「それはそうだけどさぁ……。一平民としてはどうしてもねぇ」

「それなりに稼いでるでしょ。自分のチャンネルだってどんどん登録者数伸びてるじゃない」

 

 登録者数が増えれば再生数も増える。数はインフルエンサーに取って知名度を示す明確な指標になるし、企業側だってタイアップする際はそこを重要視する。そうなればそのインフルエンサーの価値は上がって単価が上がる。多分三人の中で一番稼いでるのはMEMのはずだけど。

 

「おかげさまで。でもそれとこれとは別だよぉ」

「変に生活レベル上がっても大変だものね」

 

 上げたら中々下げられないのは、私が嫌ってほどわかってる。

 

 少し待てば紅茶が高そうなティーカップと共に運ばれてきた。淹れるかどうか聞かれたから、もういっそ私もお嬢様気分を味わっておこうと思ってお願いする。深い琥珀色と一緒に、特徴的な、フルーツと花の香りがして、気持ちを落ち着かせてくれた。

 

 優雅なひと時は長くは続かなくて、ムカつく声がすると思えば案の定黒川あかねも部屋に入ってくる。私たちの関係なんてここの人達は知らないだろうけど、なんで同じテーブルなのよ。MEMを挟んで座って、視線が合うたびに火花が散る。

 

 食事が始まって、しばらくすればドラマも始まる。大人達はお酒も入る分進むごとに声も大きくなって、最後のキスシーンじゃここ一番の盛り上がり。本来なら腹が立って仕方ないはずなのに、周りのせいで恥ずかしそうに俯く二人を見ると溜飲が下がって、その分少しだけ同情をした。

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