一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
アクアとあかね嬢が共演したドラマの最終回が放送された翌朝。
道場、とでも呼べば良いのか、だだっ広い場所にて早朝から龍鬼を扱く。
「グループHの中じゃ、千葉さんが鬼門だな」
初戦の相手だった
予選一回戦の全行程は終え、次の仕合まで一週間。
「知ってるとは思うが、アイツは模倣が抜群に上手え。技のレパートリーなら随一だろうよ」
千葉貴之。本業役者。
俺の知る役者に反して裏専門の役者で、その界隈きっての武闘派。動きの模倣にかけては彼を超える闘技者はいねえだろう。真似て動けば、まるで真似た対象がそこにいるかのように錯覚する演技は、他に見たことがねえ。
「最近は真似た技の組み合わせもできるようになってるからな、上手く組み合わされたら厄介だ」
俺と前に闘った時は、加納さんの無形とロロンさんのシラットの贅沢な組み合わせだった。
「どんな技だって、そもそも使わせなきゃ良いんでしょ?」
「その通りだな。結局どんなに強え技だって、当たらなきゃ意味はねえし、そもそも打たせなきゃ良い」
「となると速攻かー。仕合形式だとあんまり得意じゃないんだよね」
ルール無用ならいざ知らず、合図と共に始まる仕合での速攻には臥王流は向いてねえ。相手のペースを見極めてから隙を見つけて攻めるケースが多い。相手が強え場合はそうも言ってられねえから、その場合は速攻かける場合もあるみたいだが。
「火天ノ型なら後で教えてやるよ」
「後で?」
「俺は基本暇してるが、コイツらはそうじゃねえからな」
俺と龍鬼のいる場所は片原邸。後ろには護衛者達が数十人集まっていた。武器術も学ぶ中で、徒手格闘を得意とする面々。
「とりあえずコイツら全員と順番に一対一で戦ってもらう。一仕合目を見て思ったのは、仕合そのものの経験不足だ。これからそれを短時間で補う」
仕合における相手の手札の見極め方、引き出し方、それらが龍鬼には足りていない。小さい頃から鍛え上げられた分実力は申し分ないが、それが現状最大限発揮されるのは、武器ありルール無用の戦場だろう。特に今の拳願仕合ルールは不殺に向けて厳格化されていて、やりにくいと感じる事は多いはずだ。
「え……?」
「コイツら全員が流派は違えが、その辺の並の闘技者よりは強えからな。道中で休憩挟みながら、一仕合三分ペースでやってくか。制限時間内に有効打が出たらその相手とは終了な。まずは朝飯まで、その後飯食ったら、また昼まで続けるぞ」
ボクシング、空手、柔道、総合、シラット、合気などなど。レパートリーとしては十分。
「つー訳で、悪いが付き合ってくれ」
流儀が違えから「押忍」やら「はい」やらの返事が、タイミングこそ合うものの混ざり合う。
「龍鬼はとりあえずやりきれ。途中でやばい技使いそうになったら止めてやるから、目の前の相手にだけ集中しとけ」
「……わかった。なら早速始めようよ」
「よし、じゃあ一仕合目だな」
護衛者の中から一人目が出てきて、龍鬼と向かい合う。所定の位置につかせ、開始の合図と共に本格的な模擬戦が始まった。
フルコン空手か。空手よりもさらに間合いが近い。龍鬼からすればいかに近づけさせず、自分の間合いで戦うかが重要。実力的にも龍鬼の方が上だが、どっちつかずの状態のままじゃ実力を存分に発揮できない。切り替える気のない雷庵は除いて、徒手格闘が上手い呉の人達や、他の暗殺者兼闘技者達、ここの護衛者達も殺す技ではなく倒す技を持っている。
どちらも有効打がないまま三分が経つ。
切り替えて次戦。
「朝っぱらからよくやるな」
「烈堂もやるか? 飛び入りは歓迎するぞ」
周囲からは若と呼ばれ大声で挨拶された烈堂は、少し気怠そうに歩いてくる。煙草を吸ってきたのか、後ろに立っていても残り香が強い。
「勘弁しろよ。俺は器用貧乏なんでね、誰かに教えてやれるほど上手くねえ」
誰が器用貧乏だか。できねえ所探す方が難しいだろうに。
「そりゃあ残念。アイ達も起きたのか?」
「姉ち……姉貴と一緒に全員でヨガやってるよ」
「助かるよ。かな嬢とメム嬢にはあんまり見せるもんじゃねえしな」
「いつまで隠し通しておく気だ? どこかで限界は来るだろ」
「限界まで隠すさ。真っ当にやっていくなら知らなくて良い事だしな。知っちまった後、これまでの頑張りが全部嘘だった、なんて思わせたくもねえしよ」
無理に仕事を取ったのは先代B小町まで。今のB小町は基本的にはオファーと社長やミヤコさん達が仕事を取ってくる通常通りのスタイル。無茶した際に運良くできたコネも突然あるが、基本的には与えられた機会を物にしてきたのはアイツら自身。もし裏がばれた際に、努力が無駄だったとは思わせたくはない。
「随分甘い事言うじゃねえか。龍鬼の面倒にしたって、昔とはえらい違いだな」
「若え奴等が頑張ってんなら、背中の一つも押したくなるさ」
「歳取って変わったってやつか?」
「まだそんな歳じゃねえよ。ただ変わったってんなら、アイやアクアとルビーのおかげだろうな」
三分経ち、少し整えさせて次を始める。
「義姉さん達のおかげ、ね。アンタだけじゃなくて、王馬も龍鬼も弱いってんだから不思議な人だな」
「遺伝子が似てんなら好みも似てんだろうよ」
「なら、お前らのオリジナルの『繋がる者』もか?」
「どうだろうな。ジャッキーってのは偽名だろうが、少なくとも嫌ってる感じはねえよ」
それに対する返事は無かった。
しばらく無言だった烈堂が、重い口を開く。
「……一部から、アンタが蟲に寝返ってるって話も出てる」
「……まあ、出てもおかしくはねえだろうな」
敵の推定トップと飯食ったりしてるんだ。むしろ出て当然の話だ。
「信じて良いのか?」
「敵にはならねえが、判断は烈堂、お前の好きにしろよ」
いざって時は仕方ねえ。
烈堂が懐に手を入れる音がした。得物のカランビットナイフ位なら問題なく収納できる。何かを出し、カチッと言う音の後、また香りが強くなった。
「……適当に切り上げて朝飯食いに来いよ、……兄貴」
足音が遠のいていく。見ればタイミングを測ったように雑に手を振っている。
余計な面倒かけちまったな。
龍鬼の朝練を区切りが良いところで一旦切る。一巡はできなかったが、朝の段階でも少しずつ変わってきているのが見てわかる。龍鬼自身は慣れない戦い方と連戦が応えたのか明らかに疲労が見えた。
「龍鬼、朝はここまでにして飯に行くか」
「……わかった……、シャワー浴びてくるよ」
「お前らもありがとな。またこの後頼むぜ」
朝の部が終わる。
龍鬼を待ち、食堂へと向かう頃には全員が揃っていた。なんなら既に食べ始めていて、アクアは食後のコーヒーを飲んでいる。手には参考書があり、集中しているのがわかった。
アイに視線を送ってみれば肩を竦めるばかりで、かな嬢とあかね嬢の仲は相変わらずのようだ。離れた席に座っているが、鞘香嬢が間に入ってるおかげで雰囲気は悪くはない。社交性はこの家の誰よりも高いだろう。烈堂も、女性同士なら仲良くなっても文句は言わねえはずだ。
「三人に頼みたいことがあるんだが良いか?」
客人三人に声を掛ける。
「ここに泊まる駄賃代わりって訳でもねえが、時間ある時で良いからコイツらにサイン書いてやってくれねえか?」
「まぁ、それくらいなら」
「私なんかのサインで良ければ」
事あるごとに張り合ってるのは見ている分には面白い。
「ありがとよ。ならそれぞれにリスト作ってあるから食後にでも頼むわ」
三人にそれぞれの分の色紙とサインペン、名前のリストを渡していく。量に差があるのは芸能人の宿命か。
「書き終えたらそのままそこに置いといてくれ。後で渡しておく」
「直接渡さなくて良いんですか?」
「そうしてくれると間違いなく喜ぶだろうが、アイツらもやることあるからな。全員捕まえんのも難しいと思うから、書いてくれるだけで構わねえよ」
会えた奴、会えなかった奴が出ても不平等だしな。このやり方が一番平等ではある。
食事を終え、それぞれの依頼があった分のサインを書いてもらった後、アイを除いて全員が仕事のためそれぞれの目的地に送り届けて貰う。当然の如くリムジンにはなるが、融通は利くから現場の少し離れた場所にでも降ろして貰えるだろう。
龍鬼は残りの護衛者達との仕合を引き続き実施している。
「リューキ君はどう?」
変わった点があるとすれば、暇をしたアイが見に来ている事か。
「悪くねえよ。ポテンシャルは高えからな、仕合形式に慣れちまえば本戦はいけるだろ」
「本戦優勝じゃないんだね」
「本戦は一日で実施するからな、組み合わせや疲労度によっても変わるから、絶対はねえよ」
「あくまで絶対は、なんだ」
「本戦になれば出てくる奴らのレベルも上がるしな。ただ少なからず面倒見てやってんだ。良い所までは言ってもらわねえとな」
ここでの会話も龍鬼本人には聞こえてんだろうから、勝手な事言うなとでも思っているかもしねえ。
「ケイは出なくて良かったの?」
「これの他にも、また絶命トーナメントが開かれるかもって言われてるからな」
「また? この前お爺ちゃんから乃木さんに会長変わったばっかりじゃん」
「あくまで仮定の話だからどうなるかはわからねえけど、そっちに備えてんだ」
「ふーん。出てもつまらないから、とかじゃないんだ」
痛い所をついてくる。
「……それが無いって言ったら嘘になる。生意気な事言うが、どうせ闘るならもっと強え奴等が集まってる所でって考えちまうんだよ」
ジャッキーさんのおかげでまだ見ぬ世界があることはわかったが、反面これまで闘ってきた場所が手狭に感じるようにもなってきた。どうせなら自分と近いレベルで、希望を言えば自分より上で。もしかしたら龍鬼に手を貸すのも、追いつくのを期待しているからかもしれねえ。
「アイはそう言うの感じた事ねえか? ずっとトップ走ってんだろ」
「あんまり感じたことはないかなー。最近はそう言うのより、引退とかを考えるかも。なんとなくアイドル始めて、卒業して、女優とかやってみて。だいたいやりたい事はできたし、芸能界には私の代わりはいっぱいいるからそろそろ良いかなって」
「良いんじゃねえか。幸い蓄えはあるし、アクア達もほぼ自立してる。後は自由気ままに生きたって良いだろ」
「でしょ? でもそうなると最後をどうしようかなって考えるんだよ。なんかしんみりと終わるのも違うし、派手に何かやって終わるのも良いかなって」
「それも面白そうだな」
事前に相談しおかねえと社長達の胃に穴開きそうだが。割と良い歳になってきたから、あまり無理はさせられねえ。
アイと話しながらも手元のストップウォッチからは目を離さず、三分おきに相手を変えていく。一巡して休憩を入れている所で、来客が訪れた。
「久しぶりだな。急な連絡だったのに手伝ってくれて助かる」
「気にするな。俺も後輩の手助けくらいはできる」
「龍鬼、コイツは御雷零。聞いたことはあると思うが、元暗殺拳『雷心流』の当主だ。いわばお前の先輩だよ」
以前に戦った時よりも格段に強くなってる。俺も龍鬼の後は闘りたくなってきた。
殺しの技から不殺の技へ。ベースは同じ雷心流でも、今御雷が使うのは全く新しい雷心流。新しく確立させるのに、どれだけの苦労があっただろうか。戦い方だけじゃなく、こう言った面を教えられるのは経験者に限る。
「御雷さん。ありがとう、俺なんかのために」
「日向から話は聞いている。俺も愛する女のために不殺を誓った身だ。微力ながら手を貸そう」
「……俺は愛のために不殺を目指してるわけじゃ無いんだけどね」