一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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いつもありがとうございます


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 進路希望調査票。

 

 三年の夏ともなれば一度は目にするこの紙に、私はまだ一文字も書けていなかった。ペンを握るまではできたけれど、何も志望とするかで迷っていて結局書けずじまい。別に書いたところでその通りに進まなきゃならないなんて事は無いんだけど、近くでアクアがあれだけはっきりと医大志望と二年生の時から決めているのを見ると、真剣に考えた方が良いと思ってしまった。

 

 この業界は流行り廃りが激しくて、いつまでも居られる場所じゃない事はわかっているからこそ、その後も職の幅を持たせるためにも学歴は大事だ。高学歴タレント目指そうか、なんて思える程度には勉強に苦手意識はないし、大学にも行けるようにこまめに続けてきた。実際学校じゃトップの成績をキープできている。まぁ、ウチの学校は進学校と比べるとそんなに偏差値高くないんだけど。

 

 こういう時、本来は親に相談するものなんでしょうけど。

 

 望んだ回答が返ってくるのは思えなかった。お母さんが実家に戻ってからかつての過干渉は完全になくなって、多分突拍子もない進路にしても何も言ってこない事は想像がつく。

 

 私の周りにいる大人か……。

 

「で、俺に聞きに来たと」

「まぁ、そんな感じです」

 

 何となく声をかけやすかったのもある。事務所に行けば基本的にいるし、アクアとルビーの親っていうのもあって、周りの大人達の中でも話す機会も多い。

 

「頼りにしてくれんのはありがてえけど、俺じゃあんまり参考にはならねえかもな。大学どころか高校も行ってねえし、人生コネで生きてるようなもんだしな」

 

 ……人選間違えたかしら。

 

「聞いた感じだと、大学を考えてんのは学びたい事があるって言うより、将来の保険みたいなもんなんだろ?」

「そうですね。学歴はあって損はないので」

「俺から言っても効果ねえから、後で同じ事ルビーに言っといてくれ」

「一応、定期テストの度に言ってはいるんですけどね」

 

 言っても聞かないのよね。ここはアクアの方が苦労してるんでしょうけど。

 

「……話戻すか。俺からは大した事は言えねえが、やりたい事があるなら行くべきだし、何となくなら別に行かなくても良いとは思うぜ。演技を今後もやりてえなら勉強してる分演技に費やした方がプラスになんだろ」

「そうなんですけどね。今更戻ったところで、才能のない私が売れるかどうか」

 

 アイドル期間中に役者業をやらなかった訳じゃないけど、天才じゃない私の代わりなんていくらでもいる。

 

「カナ嬢は売れたいから役者を続けんのか?」

「え?」

「単純な疑問だよ。売れたいからやるのか、好きだからやるのか。それとも別の理由か。どの理由が高尚だって訳じゃねえよ。どんな考えでも成功してる奴はいるだろうしな。ただ自分がなんで役者をやりてえのかは、はっきりさせておいた方が良い。根っこの部分を自覚しとくだけで選択肢を前にした時に答えは出やすくなる」

 

 何で役者をやりたいか、か。

 

 初めはよくわからない状態で初めて、売れて有名になるとお母さんが喜んでくれたから。売れるって点じゃ、五歳の時にはそれを達成していて、その時の蓄えとそれを使った投資のおかげで今もそれなりに貯蓄はある。できるかどうかは置いておいて、慎ましく暮らせば働かなくても良いくらいには。でも世の中いくら綺麗事を言ったってお金は大事だし、ある程度稼ぎはないとやっていけないから、売れたいなら売れたい。演技をする事は楽しいし、演技そのものが好きだって言うのも勿論ある。小さい時にCD出してみたり、アイドルをやってみたりしたけど、私の中で一番好きなのは演技をする事だった。

 

「別に今すぐ答えを出せって話じゃねえよ。今は夏休み中なんだから提出だってどうせ休み明けとかだろ? 他の人の話も聞いてみて、納得のいく答えを出しな」

 

 言う通り提出するのは夏休みが明けてから。

 

 この夏休みも、高校最後となるとモラトリアムと言うか、これまでと違った名残惜しさみたいなのは感じる。

 

「そうしてみます。ありがとございました」

「こんなんで良ければいつでも来いよ。どうせ日中ここにいる間は基本暇だ」

「……それで良いんですか?」

「警備が暇なのは良い事だろ。警備システムも近頃はどんどんハイテクになってくからな、俺のやる事は殆どねえよ」

 

 確かに基本暇そうにしてるけど、本当にそれで良いのかしら。

 

「そのうちクビにされちゃいますよ」

「そうなったらそうなっただな。主夫でもして余生過ごすさ」

「世の中の主婦が聞いたら多分炎上しますよ」

「なら今日の相談料代わりって事で黙っといてくれ」

「適当ですね」

「やる事やってりゃあ、案外適当でも何とかなるもんだよ」

 

 それはアイさんが稼いでたりそもそもの実家が太いからじゃ……。いや、これは言ったら怒られるか。

 

「そうですか……」

 

 とりあえず、他の人にも聞いてみよう。

 

 部屋の扉のノブに手をかけたところで、名前を呼ばれる。

 

「さっき自分は才能ねえって言ってたが、俺はある側の人間だと思うぜ。もう少し自分を信じてみな」

「ありがとう、ございます」

 

 あまりにもまっすぐ言われるから、毒づく前に素直にお礼を言っちゃった。

 

 きっと根拠はないし励ましのためなんだろうけど、悪い気はしない。

 

 会議室を出て、次は誰に聞こうか考える。別に今日明日でって訳じゃないけど、折角だから他の誰かにも聞いてみようと思った。

 

 とりあえずフロアをふらつく。

 

 社長は進路相談するには上の人すぎるし、なんて思ってると、ちょうど今来たのか荷物を持った新野さんと出くわす。私がこっちに移籍してから、よく面倒を見てくれた人。

 

 とりあえず話してみることにした。

 

「え、それで最初に日向君に聞いちゃったの? 確実に人選ミスでしょ」

「やっぱり、ですか?」

「少なくとも進路に関して相談する相手じゃないよ。変な事言われなかった?」

「いえ、そこは別に。色んな人から話聞いて、自分で納得の行く答えを出せって」

 

 そう言うと、新野さんは信じられない事を聞いたような顔をした。

 

「そんなに変ですか?」

「ううん。思ってた以上にまともな事言ってて驚いただけ。変わるもんだね」

「そういえば、付き合い長いんだしたっけ?」

「そうだね。B小町結成した時以来だから二〇年くらい? ……うわ、自分で言っててそんなに年取ったんだ」

 

 今度は露骨にショックを受けてる。芸能人なだけあって肌も綺麗だし若々しいけど、私が言うのも憚られた。

 

 少し待てば新野さんは我に返って、少し脱線した話が戻ってくる。

 

「ごめん、進路の話だったよね。私も同じように考えて大学に入ったは良いけど、嬉しいことに途中で仕事で忙しくなってね、大学は休学し続けてたけど最終的には辞める事になったんだよ。必修科目とか面倒で、初年度はまだしも休学していくと友達もいなくなってくるからさ、どんどん大変になっていくんだよね」

「友達いないと大変になるんですか?」

「かなちゃんは頭良いから大丈夫かもしれないけど、横の繋がりあるとテストの過去問とかが回ってくるんだよ。まぁ私はその時はまだアイドルやってたから、芸能人が調子乗るなってやっかみもあったりして交友関係は狭かったんだけどね」

 

 アイさんが抜けた後、B小町を支えてたのは新野さんだった。有名が故に色々言われるのはわかると言うか、私も子役時代から散々言われてきた。最初は傷ついたけど、今は何とも思わなくなった。私に関わる事がない奴らが外野で野次を飛ばしているだけ、気にするだけ無駄。

 

「あー……、それは容易に想像できました」

「楽しい事もあるんだろうけどね。私はそもそも何となくで行ったこともあって、あんまり行く意味を意味出せなかったな。だから私から言えるのは、行くなら行くでちゃんと目的を持って行くのが良いよ、って事かな。よく人生の夏休みなんて言われるけど、私たちにはそんな休んでる時間はないし」

 

 それはそう。休んでいる内に座っていた椅子が誰かに取られている、なんてのはよく聞く話。

 

 新野さんと時間はそこまでなくて、話も終えれば早々にレッスンへと向かって行った。

 

 次はミヤコさんの時間が貰えたから少しだけ聞いてみる。

 

「大学進学ね。私からは進路に関して強制はできないけれど、仕事を優先してもらう事になったりして、思っている以上に不自由に感じるかもしれないわよ」

「それは大丈夫です」

「後は有馬さんはしっかりしてるから大丈夫だと思うけど、新歓とかには気をつけなさい。未成年だろうと平気で飲ませにくる輩はいるから」

「本当にあるんですか?」

「あるわよ。しかも週刊誌の人達がそう言うのをしっかりすっぱ抜いてくるのよ。未成年タレントが飲酒、なんてよく見るでしょ?」

「確かに……」

 

 ゴシップ記事でよく見る。運が悪いと写真まで撮られていて、言い逃れできなくなるケースもあった。

 

「だからもし華やかな大学生活を夢見ているなら、それは叶わないと思った方が良いわ。勿論、純粋に何かを学びに行くならそれは素晴らしい事だし、間違いなく有馬さんの人生のためになるから私達も応援するけど」

「興味本位なんですけど、ミヤコさんはどうだっんですか?」

 

 実体験のように語るから、つい聞いてみたくなった。

 

「私? ……私は……まぁ行きはしたけどね。でも大学の同期と何かがあったとかはなかったわよ。何て言うか、子供にしか見えなかったの。……って私の話は良いのよ。とにかく、有馬さん自身の人生なんだから、よく考えなさい。女優一本でも学歴に箔をつけるでも、どの選択肢だってウチにいてくれる間はちゃんとサポートするから。相談にも乗るし、決まったのならそのケースでの今後の話もしましょう」

 

 あまり大学時代に良い思い出はないのかしら。ちょっとネガティブな意見が多いかも。ただどの選択肢でもサポートしてくれるのはありがたい。そこは大手ならではって感じ。

 

 私の人生か。

 

 あと最低でも八〇年は生きて、無駄に払わされた税金を年金で回収しないと割に合わないから、百歳以上生きたって良い。

 

 長い人生の中で、はたして大学に行くのがプラスになるかどうか。きっと私の人生を一冊の本にすればせいぜい数ページ分しかないような期間でも、大事な時期には変わりない。

 

 私もユーチューブの撮影があったからこれ以上は聞けなくて、ひとまず撮影に集中する。今日はルビーが別件でいないから、珍しく二人での撮影だった。撮り終えて片付けてる時に、メムが聞いてくる。

 

「かなちゃん、何か悩み事?」

「悩みというか、進路の事で考え事をね」

「そっか、来年の三月には高校卒業だもんねぇ。大学に行くかどうかで悩んでる感じ?」

「そんな所。大人達に聞いてみたけど、両立は難しそうだなって」

「忙しいとどうしてもねぇ。ただ行けなかった私からすると、大学は行ってみたかったなぁ」 

 

 家庭の事情で高校を中退したって前に聞いた事がある。

 

「今から高認取って大学行くのも良いんじゃない? 大学に年齢制限はないんだし」

「痛いところつくねぇ。かなちゃんは若いからわからないと思うけど、だんだん頭が固くなって勉強しても頭に入ってこなくなるんだよ。忙しい忙しいって言ってる内にどんどん時間だけは過ぎて行っちゃって、気づいたら今更感が出ちゃうっていうか」

「見た目からはわからないから、大丈夫だと思うけど」

「ふふふ。たまに話題が古いとは言われるけどそれ以外は懸念さえ持たれてないからねぇ。我ながら頑張ってますとも」

「話題は気をつけなさいよ。編集だとカットできるけど、たまに何の事かさっぱりわからない時あるわよ」

「それはごめん。言うまでは通じると思ってるんだよぉ」

 

 一回り、とは言わないけど半周以上は離れてるからか、どうしてもズレは出てくる。メムが大学行ったらどこかでやらかしそうな気がした。

 

「ま、まぁ、私から言えるのはできるだけ後悔しないようにねって事かな。何を選んだって、ああしておけばこうしておけば、なんてきっと出てくるからさ。進路に限らずだけど」

 

「……な、何のこと?」

「言っちゃって良いのぉ? アクたんモテモテだもんねぇ」

「べ、別にアイツは関係ないわよ」

「そっかそっかぁ」

 

 してやったり顔。一方的に私だけ恥ずかしめられるのは納得ができなくて、少しでもやり返したくなる。

 

「そう言うメムはどうなのよ」

「私はほら、年齢詐称があるからねぇ。そういうのを気にしないで受け止めてくれる人が良いけど、今のところ知ってるのってごく僅かだし、夢だったアイドルやってるから色恋はその後かなぁ」

 

 年齢の件を出されると一気に言い難くなるわね。

 

「恋リアやってたのに?」

「あれは自分のチャンネルに動線引っ張ってくるためのツール。実際登録数は増えたから目的は達成してるもんねぇ」

「数字の亡者め」

「おかげ様で百万人突破したからね! 何とでも言えば良いさ!」

 

 数字こそ全て、なんて言って高らかに笑い出す。もはや何を言われても僻みにしか聞こえないほどに無敵モードに思えた。そのメンタルはここでやっていく上では間違いなく必要。ほぼメムに管理を任せっきりだから齧ってる程度だけど、そこに辿り着くまでどれだけ凄い事かわかるつもり。

 

「ならしばらくは、そのままアイドルとユーチューバーの二刀流でやっていくつもり?」

「そうだねぇ。ユーチューバーも元はと言えば生活のために始めたけど気に入ってるし。続けるなら好きな事の方が頑張れるからね」

「それは間違いないわね」

 

 演技のための走り込みととりあえずのための勉強、どっちモチベーションを維持してできるかは明らか。あえて行く必要もないのかな。

 

 メムと別れて家に帰って、改めて進路表に向き合う。書く事は頭の中では決まっていても、最後の一押しが足りない。

 

 ……もう帰ってきてるかな。

 

 スマホを開いて、通話履歴から名前を見つける。押すか押さないか、ちょっと悩んだけど、勢いに任せて押した、

 

 ワンコール目は当然でない。

 ツーコール目も変化なし。

 三、四と進んでいくうちに、忙しいのかと思って切ろうか悩む。一旦耳から離すと、ちょうど通話時間が表示された。

 

『もしもし? どうした?』

 

 慌てて耳に当てる。

 

「ごめん、勉強中だった? ……って周り騒がしいわね」

 

 外にでもいるみたいにガヤついてる。多分マイク部分に手を当てているのか、何を言ってるかまではイマイチわからないけど、温野菜? みたいなワードが聞こえた。

 

『勉強はしてない。家の事情と言うか、パーティーみたいなのに参加してるんだ。周りが五月蝿いだろ? ちょっと待ってろ』

「大した案件じゃないから良いわよ。ちょっと聞きたい事があっただけって言うか」

 

 そう言う間にも移動しているのか周りの音が遠ざかっていく。にしても家関係でパーティーって、ガチセレブはやっぱり違うわね。

 

『悪い、待たせた。周りが五月蝿くて聞こえ難くてな。聞きたい事ってなに?』

「……アクアは私に役者の才能あると思う?」

『は? 嫌味か?』

「別に嫌味とかじゃないわよ。今後の進路考えた時に、一本に絞るかとか色々悩んでるから色んな人に話を聞いてみてるだけ」

『ああ、そう言う事か。そうだな、才能のない俺から言わせれば有馬には才能がある』

「……本当?」

『嘘ついてどうするんだよ。似たような芸歴でも、俺はお前みたいな演技はできない。この前のドラマで改めて実感したが、俺は主役の器じゃない』

「そんな事ないと思うけど。アクアだってーーー」

『俺はお前とは違うよ。仮に俺がこのまま演技を続けても、この先俺がスターになる事はない。小賢しいテクニックを使ってやっと追い縋れるかどうかだ。あ、一応言っておくと別に僻みでも何でもないからな。普段口悪いくせに変に気にする癖あるだろうから、念のため言っといてやるよ』

 

 アクアとの共演は少ないけど、やりやすいのは間違いない。

 

「なにそれ。別にアンタに何言われても気にしないわよ」

『なら良い。俺はーーーああ、クソ! 酔っ払いどもに見つかった! 悪い、面倒な人達に見つかったから切るぞ』

 

 大人の声がする。アクアにしては珍しく口調が少し荒くて、なんか親しげ。

 

「はいはい。楽しんでらっしゃい」

『悪いな。才能の件、さっき言ったのは嘘じゃない。少なくとも俺はそう思ってる。ーーー』

 

 言い返す前に電話が切れた。

 

 なんか忙しそうね。

 

 嘘じゃない、か。

 

 自分でも単純で馬鹿らしいとは思うけど、その言葉が聞けただけでつっかえがなくなったように思えた。ペンを握って、第一志望に大きく『女優』と書いた。

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