一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
一缶空になってさらにもう一缶。また乾杯をしてひたすらに飲む。仕合の合間にどれだけ飲むんだコイツら。
ジャッキーさんも自由人だが、成島も知る限りでもかなりのマイペース。まさか一目見て意気投合するとは思わなかったが、頭が痛くなる予感しかしない。一人でさえ手に余んのに、二人になればどうなるかなんて明らかだ。
「このビールも美味い。わかっているな丈ちゃん。どっしりとした濃いのも好きだが、軽くて飲みやすいのも大アリだ」
「わかるかジャッキーちゃん。気が合うな。よし、成島麦酒会中国支部長に任命しよう。これはすごい栄誉な事なんだ。」
早々にジャッキーちゃん丈ちゃんと呼び合い、わざわざ前の列に移動して並んで飲んでいる。このまま二人で延々と酒飲んでくれねえかな。っていうかなんだよ、成島麦酒会中国支部長って。日本と中国合わせても二人しかいねえだろ。
リング上の清掃。二戦目の選手の準備ができただろう所で煽りのPVと共に入場してくる。
アダム・ダッドリー 一九二センチ、一〇五キロ
マーク・マイヤーズ 二〇二センチ、一四二キロ
「二人ともおっきいねー」
「これくらいでかい方がこの距離から見る分には映えて良いな」
「あのマスク見えにくくないのかな?」
「どうだろうな。案外しっかりと見えるんじゃねえか」
「今度似たようなの被ってみたら?」
「隠すような面してねえのにやるかよ。ああいうのは映画の中で十分だろ」
山男のポルカとかジェイソンとか。知ってる限りでもマスクを被ったキャラはそれなりにいる。ホラーとかならハッタリも効いて効果はあるんだろうが、仕合でそれが通じるとは思えねえな。
「イリノイってどこだっけ?」
「アメリカの州の一つだ。シカゴが有名な都市だな。あとはスポーツが有名で、アメフト、野球、バスケ、アイスホッケーのプロチームがある」
ルビーとアクアも凶悪犯と紹介されたPVを見ての感想は、その点ではなく出身地の方だったらしい。変に怖がらないのは良い事だが、首を突っ込ませすぎた気がしなくもない。それが二人にとって良いのか悪いのかはわからねえ。
「アイスホッケーって、アダムさんも確かプロの選手だったよね?」
二人の会話を聞いてアイが聞いてくる。
「乱闘要因だったらしいぜ。スポーツで唯一乱闘が認められてるらしい」
「さすが自由の国だね」
認められていると言ってもルールは乱闘は一対一とか、乱闘した選手は五分のペナルティがあるとか色々あるたいで、あくまで黙認らしい。国際大会や日本では当然不可。
アダムは絶命トーナメントの時は喧嘩殺法みたいな物だったが、その後は残って地道にトレーニングを積んでいた。氷室と春男がいる予選ブロックを勝ち抜いて来たのはその成果だろう。
レフェリーが「構えて」と告げると、マークの身体が一回り小さくなる。
「あれってケイと同じ不壊?」
「かどうかはわかんねえが、同じ原理の技だろうな。このタイミングで使うって事は覚えたてなんだろ」
「そうなの?」
「肉を引き締める分固くなるから防御力は上がるが、常時使える訳でもねえし、機動力も落ちる。あんな風に始めからこれ見よがしにやるもんじゃねえよ。適当に去なして時間稼いでれば勝手に限界が来て不壊モドキも解ける」
アダムがそんな戦法を取るとは思えねえが。
仕合開始と共に数発アダムが殴った後、一歩半ほどマークが後退する。お返しにと言わんばかりの動きの硬い打撃は当然当たらず、それをすり抜けるようなフックが顔面を捉えた。全身の筋肉を引き締めるとは言っても、首から上は他と比べて強度は格段に落ちる。練度が高いならまだしも、覚えたてなら尚更だろう。
「ほんとだ。なんか動きが硬いね。あれってワカツキさんとかユリウスさんが覚えたら凄そうだよね」
「二人とも似た事はできんだよ。なんならユリウスは両腕だけとは言え筋繊維一本ずつコントロールするなんて化け物じみた事できるしな。若槻さんはそもそもが埒外すぎて、デフォルトで不壊使ってるようなもんだ。あえて防御に使わなくてもひたすら攻めて一発当てれば基本的それで終いだ」
俺や王馬が不壊使っても、硬さの点じゃ若槻さんには勝てねえ。仮に不壊で攻撃を受けるとしても、不壊の上から平気でダメージ通してくるはずだ。
「そんなに凄いんだ」
「純粋な身体能力じゃ、あの二人に勝てる奴は中々いねえよ」
あの呉一族ですら若槻さんには身体能力は届かねえしな。
「戦ったら勝てる?」
「勝つさ。そういう奴に勝つための武だ」
そもそも体の大きさも身体能力も、俺は並か下手すりゃそれ以下。ただ仕合は何も真正面から馬鹿正直に闘り合う訳じゃねえ。武を使えば勝つ方法は幾らでもある。
「自信たっぷりだね」
「だろ? 旦那の俺がいつまでもトップ取らねえ訳にはいかねえからな」
「そんな事気にしなくても良いのに。でも折角なら一番になってもらおうかな」
「任せとけ。相手が
一番星の隣にいるのがいつまでも二番手じゃ釣り合わねえ。
今はまだ勝てなくも、多少の差はあっても肉体が同じなら武で追いつける。最後に勝てば良い。
仕合の方ももうすぐ終わりそうだ。
不壊を使うマークに対して、アダムは相手じゃないと言わんばかりに真正面からぶちのめしに行っていた。異様に発達した脊柱起立筋は、手打ちでも相当の威力を誇っていた。それが正しいフォームを身につけ更に効率よく威力を出せるようになれば、怪力ツートップに及ばずとも不壊をぶち抜く事はできる。ダウンした際にはルール上は追撃が認められていても、悠然と立ち上がるのを待っていた。
なんとか起き上がってもダメージは相当溜まっているようで、足がふらついている。言っちゃ悪いが、アダムの相手じゃなかったな。
立てばまた仕合は始まる。仮面ごとぶち抜くような拳が当たり、ついには場外に落とされて呆気なく終わる。
準決勝はコスモとアダムか。本格的に戦うのは絶命トーナメント以来。あの時はコスモが勝ったが、今回はどうなるか楽しみだ。
ノックアウトされて立てないためか、担架で運ばれていく。
そう時間もかからずに三仕合目も始まるだろう。スケジュール上一日でやるため、休憩は一回戦と準決勝が終わった後にしかない。
「ちょっと龍鬼の所に顔出してくるわ。その後そのまま解説席に行ってくる」
緊張なんてする柄じゃねえだろうが、一応な。どの道解説頼まれてるから行かねえとだし。
「行ってらっしゃーい」
手を振る姿に癒されながら一段下がって社長や山下さんたちにも一言残しておく。
「そう言えば、日向君とジャッキーちゃんは知り合いなのか?」
面倒な質問が来たな。真面目に答えても面倒なことにしかならない。
「まあ、そんな所だな」
「うん。こちらに来てから良く世話になっているよ」
「そうなのか。ならジャッキーちゃんに免じて、日向君も特別に成島麦酒会幹部見習い候補に任命しよう」
「見習いの候補なのかよ。ただのヒラだろそれ」
「そう簡単に幹部になれると思ってもらったら困る。そんな簡単な物じゃないんだ」
「ついさっき出会ったばかりの奴を中国支部長任命してただろ……」
ビール缶片手に真面目な顔して言うセリフじゃねえ。マイペースがすぎる。
「どこかへ行くなら帰り際についでにビールを買って来てくれないか」
「俺は焼きそばを所望する」
「焼きそばか。そう言えばまだ食べていないな」
「ジャッキーちゃん、それは良くない。焼きそばを食べないなんて人生の半分を損していると言っても過言ではない。俺は常日頃から焼きそばはもっと評価されて然るべきだと考えているんだ」
「……人の話聞かねえなアンタら。戻ってくんの一回戦の後だから遅いだの何だの文句言うなよ」
二倍になると急に疲れる。適当に流してないとメンタルが保たねえ。アイ達を残しておくことに不安はあるが、どの道行くしかねえしな。
移動しながらも各所に取り付けられたモニターで現状は把握できる。理人とサーパインが入場し、仕合前に握手を交わしていた。レジェンド闘技者同士の闘い故に、一回戦の目玉と言った所か。鉄さえも簡単に引き裂く指と、鋼鉄を超える骨強度を持つ頭蓋骨。最強の矛同士の闘いはどちらに軍配が上がるか、なんて鞘香嬢が話している。
新ルールになってから理人は持ち味を活かし難くはなったが、黒木さんの元で修行している分基礎から改めて練り上げているはず。対抗戦では毒で存分に発揮できなかったが、今回の相手はサーパイン。真正面から攻めてくるから理人としても闘りやすいだろうが、サーパインは予選で隼をほとんど何もさせずに倒したらしい。下馬評じゃサーパイン有利となっていた。
控え室の前につき、ノックしてから入る。龍鬼はモニターをじっと見てはいるが、既にウォームアップは済んでいるようで、身体からはほんのり汗が滲んでいた。
「いよいよ次の仕合だな。準備は……聞くまでもねえか」
「うん。いつでも行けるよ」
「にしても、一回戦で当たって良かったじゃねえか。お互いに怪我なしの万全の状態で闘れる」
「光我にも同じこと言われたよ」
モニターに映る仕合は、開始早々からド突き合いが始まっていた。ガード無しでの殴り合い。手数は理人が多いが、受けるダメージは身体の硬さもあって同じくらいか。早々に互いの必殺技であるレイザーズエッジとビルマの鉄槌がぶつかり、人体が出したとは思えない音がスピーカーから流れてくる。
にしても、えらくコンパクトに戦ってんな。
「二人とも無茶するなあ。準決勝もあるのに」
「手を抜ける相手じゃねえからな。お前だって同じように全力出すだろ」
「……そうだね。今の光我は強い。この二年間、俺が止まってた間にすごく強くなってる」
「止まってたのは武力だけだろ。心の方は成長してるさ。会社の奴らやミヤコさんや社長も褒めてたぜ」
「そうかな? そうだと良いな」
「そこは自信持てよ。これからもこっちで生きてくなら必要な事だ」
『中』での常識とここでの常識はまるで違うんだろう。これまで学んできた事が無駄になるわけじゃねえが、光我と一緒に生きてくんならその辺の折り合いはつけなきゃならねえ。どちらも理解して、自分なりの答えを出してからようやくコイツは自分の足で歩き出す。
しばらく会話はなかった。
徐々にサーパインに押されて始めていた理人が、あるタイミングから人が変わったように動きに変化が見られた。先ほどよりも荒々しく、格闘技の基礎からは遠い構えを取る。拳願仕合に参加したての頃に似た、けど圧は遥かに上。観客達もこれが見たかったと言わんばかりに沸き立っている。
サーパインに傾いていた流れが、完全に理人へと変わっていた。天性の才能、培ってきた技術、気づき。バラバラだった点が線となって繋がり、理人を上の段階に引き上げた感じだ。その流れを最後までしっかりと離さず、優勝候補だったサーパインを打ち破った。
三仕合目の仕合が終わり、いよいよ一回戦最終仕合を迎える。
「じゃあ行ってくるよ」
「負けても死ぬわけじゃねえんだ。たまには楽しんで仕合してこいよ」
「うん。でも光我に負けるつもりなんてないよ」