一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
成島光我にとって、臥王龍鬼はかけがえの無い友人。とは言っても、出会った当初から意気投合してそうだった訳ではなく、初めはむしろ嫌いだった。因縁があった十鬼蛇王馬と瓜二つの顔もそうだが、強さを渇望して闘技者を目指していた光我に真正面から「無理だよ、君弱いし」と告げた不遜な態度が何よりも気に入らなかった。だが、それでも時間を共に過ごすうちに、己の力量を知り、龍鬼の人となりを知り、思っていたほど嫌な奴ではないとわかれば、友となるのに時間はかからなかった。その後も順当とはいかなかったものの、関係は依然として変わらない。
三仕合目が終わった事で、光我はぎゅっと拳を握り固めた。
ようやく闘える。
対抗戦の後、仕合から離れた時は安堵したのも事実ではあり、楽しそうに過ごしていた姿を見ればこちらもそれだけで良い気分になれた。斉藤社長達には感謝してもしきれない。けれど、心のどこかには龍鬼と仕合で闘いたかったと言う想いもずっと燻っていた。だからこそ、この大会で龍鬼から闘いたいと言われたことは、顔には出さずとも光我にとって一番のモチベーションとなっていた。
控え室の扉を開け、一歩ずつリングに近づく間もどのように闘うかをひたすら考えを巡らせる。暗い廊下を抜け、会場で一番照らされているリングへと歓声の中登壇する。
闘技者への採用試験、デビュー戦。煉獄へのレンタル移籍。ここぞという時には緊張というほどでは無くとも内側で脈動する物を感じいていたが、この仕合は比べるべくもなかった。
龍鬼も少しばかり遅れて登壇する。
リング中央に向かって両雄が進み、レフェリーを挟む形で向かい合った。
「ようやく闘えるな。あの時からかなり強くなったからな、お前にだって勝てるぜ」
「そうだね。光我が強くなってるのは知ってるけど、俺に勝つのはまだ早いんじゃないかな」
「負けた方が今日の飯奢りな」
「乗った。高い店探しておくよ」
握手と言うのは少し互いに気恥ずかしかったのか、拳同士を軽く小突かせる。
時間なので位置につけ、とレフェリーの言葉を受けて、両者はゆっくりと自分の位置に戻る。
光我が闘技者を目指してから三年ほど。寝る間を惜しんで鍛え、吐くほど食べ、ひたすらに経験を積んできた。昨今では超新星の中でも、次世代を担う闘技者としても一際注目を集めている。教えを乞うた先達は数知れず。少しでも強さに繋がると思えば、例え闘って負けたその日にでも頭を下げた。得られた物は多い。それらは確実に光我の糧となり、常人では登り得ぬ速度で階段を駆け上がらせた。力をつけた実感はある。それでも、驕りはない。まだ上にはいる事は、身を持って知っていた。
再び龍鬼の方を見て、構えを取る。
龍鬼としても、光我との仕合は楽しみだった。殺しとは違う道。闘うことが大好きと言う訳ではないが、これまで過ごして来た、負ける事は死、とは異なる仕合形式は嫌いではない。無論、これまでいた環境と大きく変わることもあり、散々異なるタイプの護衛者達と模擬戦をやらされた今もやりにくさは完全には消えていなかった。改めて光我と相対してみて、初めて会った時とは比べられない程強くなっている事を肌で感じる。
負けたくない。
勝負事への芽生えたことのなかった感情に龍鬼自身が驚きつつも、それが変われてきている自信に繋がっていた。
『この仕合のGUESTの日向桂SANデース!! 日向サン、この仕合どこを注目するか解説PLEASEしマース!』
『よろしくお願いします。成島選手も臥王選手も全体的に高水準の選手ですね。友人同士故に互いの手の内はある程度は知っていますので、成島選手からすれば臥王選手の奇襲攻撃をどう対応するか。逆に臥王選手からすれば、驚異的な動体視力を持つ成島選手に対してどのように意表をつくか、が勝敗の分かれ目になると思います』
奇襲。光我は解説の話を聞きながら、改めて臥王流の技を思い出していた。
王馬と桂が使う二虎流の源流なだけあり、一部に通ずる技はある。自身が王馬に二虎流の一部を教わったように、龍鬼は桂に教わっていてるはずだと考えた。
「それでは、構えてーーー」
構えも足は広めに開き、上体の脱力が目立つ。これまでの傾向から速攻の可能性は低いが、二虎流の烈火のように、瞬発力に任せて来る可能性は十分にあり得る。フットワークでは龍鬼の方が上だと理解しているからこそ、そこの対応を謝れば一気に流れを持っていかれると考えていた。
対臥王龍鬼。光我は、今日この日までに何度も何度もシミュレーションを繰り返して来た。いつか勝つために。それが今日だと、更に己を昂らせる。
「始めッ!!」
出し惜しみはしない。
二虎流火天ノ型、烈火。
光我が王馬から教わった技の一つ。レフェリーの合図と共に光我が速攻を仕掛ける。臥王流の十八番を奪う奇襲。距離を一瞬で詰め、龍鬼の腰を捉える。直線的な動きから、光我は突如自分の力の流れが変えれたのを感じた。
臥王流、柳。
龍鬼としても、かつて地伏龍以外を使うなと言う教えを、散々破ってきた来た以上今更守るつもりはない。ましてや相手は光我。同じく出し惜しみはしない。
突進の力が乱され、前転をするかのように光我の足が天を向く。下手に抗えば余計に復帰が遅れる。光我は身を任せて受け身に専念し、復帰を少しでも早めるように努める。
投げた龍鬼と投げられた光我。復帰するのは龍鬼の方が早く、光我の視線が切れた瞬間に回り込むように走る。
光我が復帰すると、その視線はすぐに龍鬼を捉えようと動く。
臥王流、蛇伸拳。
それよりも先に、龍鬼は間合いに入ったタイミングで更に方向転換を試みる。先の動きと合わせて、龍鬼は光我の背後を取った。
後ろに目がついているかのように、光我が迷いなく体を反転させ、龍鬼の拳を腕で弾き上げる。
やるね、光我。見えてなかったはずだから動きを読まれたのかな? ならーーー。
龍鬼が両腕の打撃に切り替える。
龍鬼の推測は正しかった。光我は気の起こりではなく、龍鬼の動きを予測して的中させていた。それでも速度や角度は予測を超えて来ており、体からは冷や汗が噴き出ていた。打撃速度は速く、次第に捌き切れなくなるのは他ならぬ光我自身が最も理解できていた。
臥王流、裂空。
光我が膝を深く曲げた段階で、龍鬼は従来の低いポジションからではなく、ほぼスタンドの状態から跳ねて光我の頭目掛けて足を振り下ろす。
クリーンヒットではない。腕をギリギリのところで挟み込んだ事で直撃は避けられたが、ある程度のダメージが入った事は出血からも、足から伝わる感覚でも理解できた。
一瞬のふらつき。
それでも、両足が地に付いている光我の方が着地を必要とする龍鬼よりも次の行動が早かった。
二虎流金剛ノ型、鉄砕。
二虎流に縛るのであればベストは金剛と火天の複合技である瞬鉄ではあるものの、光我はまだそこまでは教えられていなかった。これまでの観戦や訓練から仕組みは理解していても、まだ仕合で使うにはリスクが大きい。
龍鬼は片足の方が早いと判断し、足先だけリングに着いた段階で後ろに跳ぶように無理やり地面を蹴る。当然移動距離は短いが、迫り来る鉄砕の対応の時間は少しばかり増える。一発目は回避。二発目以降は体勢を立て直しながら捌く。
烈火と鉄砕。なら不壊は間違いないとして、あとは柳辺りは覚えてるのかな。水天ノ型はまだかも。
龍鬼も桂から二虎流の手解きは受けた。臥王流がベースということもあり、比較的習得しやすくはあっても、全てを覚えるには時間がかかる事は自分の経験でわかっていた。光我がいつから王馬に習っているかは定かではないが、技のチョイスから光我も全ての技は身につけていない、もしくは仕合で使えるレベルではない事ははっきりとしていた。そうすれば警戒すべき技、そうでない技もある程度わかってくる。
打撃の合間、光我の腰の回転に合わせて股関節が内旋する。横蹴りではなく、縦の軌道を描く独特の蹴り。
ブラジリアンキック。
二虎流を警戒した所で、意表をついた蹴りが龍鬼の顎の横を通る。ギリギリの回避。龍鬼は自ら視野を狭めた事を叱責する間も無く、反対の足から繰り出された三日月蹴りがめり込む。咄嗟に纏鎧を使ったものの完全には防げず、内臓を捻ねられたような痛さがジワリと広がっていった。
足技の間も硬直させたままだった鉄砕が、龍鬼の顔を捉えた。上体の仰け反り、足の踏ん張りでダウンは避けているが、隙が生まれる。その隙を逃さず、光我は更にフルコンの間合いまで近づいて連打を放つ。
龍鬼は顔面への追撃を避けるために両腕を持ってくるが、空いたボディに拳が叩き込まれる。纏鎧による防御によってダメージは軽減されるが、長くは保たない。龍鬼は上体を起こし、拳を握り、同じくフルコンの間合いで光我の上体に叩き込む。
臥王流の纏鎧と二虎流金剛ノ型の不壊。どちらも全身の筋肉を収縮して硬化させる技ではあるが、収縮の度合いは不壊の方が勝る。その分関節の機動力は纏鎧の方が勝るものの、殴り合いの場においては不壊が、延いては同じレベルで引き締める鉄砕の方が有利。光我も龍鬼からの打撃でダメージを受けてはいるが、それを耐えながら鎧を砕く方を優先した。
ついに纏鎧が砕けた。
チャンスと判断した光我の追撃は、倒れながらも放たれた龍鬼の蹴り上げによって妨げられた。
危ねえ。今の当たってたらやばかった。
奇襲特化の臥王流。奇襲さえ気をつければ、とは言うが地伏龍だけの制限がない今、殺しの制限はあっても、どのタイミングで攻撃が出てくるかは予測しにくい。油断をすれば意識外から大きなダメージを貰う事になる。光我は勝つために逸る気持ちも抑えた。
仕合ルールとしてダウンはないため、倒れた龍鬼は即座に起き上がり、距離を取った。纏鎧を砕かれたダメージは大きく。先の三日月蹴りもあって顔以上に腹部周辺はかなり蓄積している。鉄砕はもうくらうべきじゃない。ぐっと込み上げを痛みを歯を食いしばって抑え、短い呼吸を繰り返して少しでも回復をするよう試みた。
両雄が躙り寄るように、少しずつ距離を縮める。
光我の額から滴る血が、左目を視界を阻害する。それを見逃さなかった龍鬼が回り込むように移動したことで光我の視界から外れた。首こそ先行したものの体全体で龍鬼を追うように向き直し、その姿を捉える。想定よりも早い事に、火天の歩法を使った事を見抜いた。低い姿勢から突進してくる姿に、光我は技を二つ、否、予選でのタックルも踏まえて三つに絞った。頭を腕で守り、肉体は不壊で固める。
臥王流、地伏龍 × 二虎流、鉄砕。
今度は不壊で固めたはずの光我の肉体が悲鳴を上げた。確かに硬化度は不壊に軍配は上がるものの、個人の練度でそこはひっくり返る。身につけたての光我と長年似た技を使い続けてきた龍鬼では、練度は龍鬼の方が上。
光我は受けてからの反撃を考えていたものの、想定以上のダメージによって動きが遅れ、追撃を受ける。同じく鉄砕で固められた拳が、光我のガードをすり抜け顎を揺らし、足の力が一時的に抜ける。ダメ押しを繰り出そうとしていた龍鬼の腰にタックルという程ではないもののしがみつけたのは、強さを求めて自分を常に追い込み続けた執念の結果でもあった。
唯一空いている左手で上から光我の腰を打つも、腰の入らない打撃かつ体重差から中々ダメージが入らない。
膠着状態が続くが、龍鬼が光我を振り解こうと更に動いたタイミングで光我が烈火を使って押し込む。両者転がり、これを狙っていた光我の方が速く動き出した。
……あれをやるしかねぇ。
腹を括った光我が、再び拳を強く握り固めた。
金剛火天ノ型、瞬鉄・砕
立ち上がり様、避けようとしていた龍鬼に加速した鉄拳が直撃する。咄嗟の纏鎧では不十分で勢いを殺しきれず、骨が軋み、口内へと血が込み上げてきた。
だが、意識ははっきりしていた。この程度の怪我は怪我に入らず。何度も瀕死まで追い込まれた経験が、現状でも尚思考を途絶えさせなかった。再び突撃してきそうな光我を見て、立て直してカウンターを当てる事を決める。
光我、本当に強くなったね。……でも、勝つのは俺だ。
先と同じであればタイミングは完璧。右手はおそらくダメにはなるが、勝てるなら問題ないと考えていた。ふと、龍鬼の視界から光我が消える。
臥王流、地伏龍
まずい。
視線だけが下に向いた瞬間、龍鬼は迫り来る龍に反応することができなかった。何度目かの顔への強い衝撃。龍鬼の意識は、ここで完全に途切れた。
勝敗を分けたのは、より勝ちたいと思う方だった。
「勝負ありッ!!」