一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
世界中で悪さをしている蟲の掃討作戦が大々的に行われている。連日どの拠点を取り返しただの、占拠していた奴等を討ち取っただのニュースが報道されていた。風前の灯、そう論評する連中もいるみてえだが、少なからず得た情報を考えればそうとは思えなかった。
自作自演。
情報共有をした爺ちゃんや乃木さん達はそう結論付けた。そんな時にデスディーラーズのトップから会談の申し込みが来た。場所や日時を決めていく中で、他に準備する物は限られる。荒事になる事を想定して闇雲に戦力を揃えても、あの強さを前にしたら正直いてもいなくても差はねえ、って言うよりむしろ邪魔。人数も絞った方が良い。
「……で、何で木端会員の俺が呼ばれてんだよ」
「社長はまあ、がっつり関係者なんで」
社長の他にも会長の乃木さん、対抗戦以降提携している出光さんに、相談役の爺ちゃん。三朝筆頭に爺ちゃんの護衛もいる。山下さんも来るとは思っていたが、もしもの時は山下さんに会長代理を任せると乃木さんが一筆書いたために山下さんは所謂待機組らしい。本人は多分このことを知らされていねえはず。
「何だそりゃあ。また面倒ごとに巻き込みやがって。最近健康診断の数値やばいんだよ」
医者にも改善したいなら仕事辞めろ、と言われているらしい。
「社長も歳なんじゃないの?」
「うるせーな。まだ社長達の中じゃ若い方なんだよ」
本当は置いてきたかったが、珍しくテコでも付いて行くと言って聞かなかったアイが社長に毒を吐く。家族間であるちょっとしたコミュニケーションだ。
「英先生に診て貰えば良いじゃないですか」
ちょうど来てもらってるしな。徒手に限らず何でもありな場合、英先生が一番手段を問わない。エージェントだから詳しいのか医者だからなのか、毒やウイルスの知識が豊富でいざって時は体内にあるウイルスを拡散させられるらしい。専門外すぎてよくわからねえが、やられたらワクチンでもない限りほぼ死ぬってのは理解できた。
「外科じゃねぇんだよ。血圧とか色々……とにかく基本的に全部ストレス起因だっての」
「今更ですか?」
「今更じゃなくて今までの蓄積な。念の為に言っておくとお前らが原因の大半だ」
アイと目が合う。
「だってさ、ケイ」
「どっちかって言うとアイだろ」
「まさかー。私ちゃんとやってるもん」
「俺はお前らって言ったんだからな、問題児ども」
「……なら次で最後になるように頑張りますよ」
「馬鹿か、そう言う時は今から頑張りますって言うんだよ」
「そんくらいわかってますよ。ただ今回が無理だから次でって言っただけです」
「厄介ごと確定か……」
「まあ何とかしますよ」
丸まった背中を叩けば「痛っ」との声と共にサングラスもずれた。昔と変わらない金髪サングラスの風貌だが、目元を見れば皺があって老けたなーと思ってしまった。
別のところから声がすれば、こちらはこちらで髭が長くなった程度でほとんど変わってないように見える。百歳近えのに相変わらずの覇気がある。
「場所手配してくれて助かりましたよ」
「構わん構わん。敵将との対面なんぞ久しぶりに血が湧くわい」
爺ちゃんは昔繋がる者と炎越しではあるが対面したことがあるらしい。つい最近まで伝説上の存在でしかなかった者との邂逅に、かつての記憶と共に滾るものがあるんだろう。
彼らが到着した連絡が来る。
弛緩していた空気がピリッと張り詰めた。
「さて、ご対面と行こうかの」
「……あの、相談役。俺……私はこれから一体何に会わされるんです?」
「斉藤君からすれば知人じゃよ。そう固くならんでも良い」
「はあ……、そうですか……」
扉が音を立てて開く。
もう何度も顔を合わせ、気づいたら家にいてルビー達と遊んでいるジャッキーさんを筆頭に、保護者の厭さんに、あのちょび髭が羅漢か、後二メートルを超える巨大な男は見たことがない。そいつらがゾロゾロと入ってきた。やっぱ全員強え。
「やあ、斉藤社長じゃないか。あれからも釣りは好調かな? アイ君達も一昨日ぶりだね」
ジャッキーさんは普段と変わらないまま。こちらを見つけて挨拶をしてくる。とりあえず軽くを手を挙げたり振ったりして、俺もアイも返事しておいた。
「……少しは空気読んでくださいよ。どう見たって知り合いに挨拶する空気じゃないでしょ」
「? 挨拶は大事だろう」
「そうスね。大事スね。俺が馬鹿でした。わかりましたんでマジでちょっとだけ黙ってて貰えません?」
ジャッキーさんがこちらを見てきたので、肩を窄めておく。今の一言で緊張感の欠片もなくなっちまったからな。
「え……ジャッキーさんに厭さん、何でアンタら」
「はぁ……どうも斉藤社長、その節はお世話になりました。……改めて名乗っておきますが、『蟲』の責任者です。で、こっちがーーー」
咳払いして、眉間を揉んで。蟲のトップなんてやってんだから悪人なんだろうが、苦労してんなって同情が抜けきらねえ。
「え、この感じでやるの? ……仕方ないか。どうも、デスディーラーズCEOの申羅漢と申します。ご覧の通り、そちらの日向桂君同様、繋がる者のクローンです。皆様は気軽に羅漢君とでも呼んでください」
フレンドリーにね、なんて付け足しながら、羅漢は俺を見た後に視線をアイに移した。じっと見た後、こちらに戻ってきてわずかに口角が上がる。
社長はいきなり色々な情報が飛び込んできて、うまく飲み込めていなそうだ。
「やはり貴様らの自作自演か」
「まぁ色々情報が漏れてたっぽいんで想像つきますよね。乃木氏の仰る通り、自作自演です。実際は少し複雑ですが、その辺も説明させていただきます」
蟲から独立分離し、今や完全な切り離されたデスディーラーズが世界各地で現体制の蟲を破壊。散りばめられた蟲は一部が逃げ延び、一部は気を伺い、一部は新たな組織を立ち上げる。戦力が削がれたとしても、繋がる者から世界を守るために『世界の調和』と言う理念が残れば良い、と。裏方業務、という名の繋がる者にちょっかいを掛けようとする連中の排除などは、デスディーラーズが引き継いでいる一方で、各地で蟲を掃討する際にどさくさに紛れて世界と心中できる程度の『お土産』を残してきたと。
説明の後、羅漢が言葉を引き継いだ。
「皆様も無駄死には嫌でしょう? 勿論、我々も嫌です。ですからここで休戦の提案をします。こちからの条件はたった二つ。
一つ、デスディーラーズの拳願会への参入。
一つ、十鬼蛇王馬及び臥王龍鬼両名の身柄引き渡し。
この二点を呑んでいただけるだけで、今後デスディーラーズがこの国を標的にすることはありません。お得だと思いません?」
二人の命と日本という国、単に数で比較すればどっちか得かなんて馬鹿でもわかる。まあ、それではいそうですかって頷く奴は一人もいねえが。
「やっぱりケイは入ってないんだね」
「だな。個人的にはその方が嬉しいが、向こうからしたらよっぽど二人が必要なんだろ」
「何が違うだろうね」
「髪の色だろ」
「絶対テキトーに言ってるでしょ」
高さを合わせるために少し屈む。耳元で話させると少しくすぐったい。対象外と安堵しながらも少し解せない自分もいた。
「答えは『ノー』だ。貴様らにくれてやる物など一つもない」
乃木さんから叩きつけられる拒否。爺ちゃんから聞いたことがあるが、絶対トーナメントの発起人だった乃木さんは、そもそも山下さんのためだったらしい。拳願会にかける思いは人一倍なんだろう。
「あらら、ノーだって。厭君、君の言った通りだったよ。どうする? 護衛は少ないみたいだし、最初に考えていたように繋がる者のお力を披露してご理解いただくのが早いんじゃない?」
またこっちを見やがった。何考えてんのかはわかんねえが、嫌な目をしてやがる。
「いや、必要ないでしょ。そこにいる日向桂からも聞いていて、この人の力が理解の外にある事は周知のはず。だから警備も極端に少ないんでしょうし、その上で抵抗するって言うなら、まぁ力尽くしかありませんよね」
アイを後ろに隠す。念の為いつでも動けるようにはしてあるが、ジャッキーさん除いて抑えられんのは二人。憑神を使えば少しなら三人もいけるんだろうが、アイの手前ほいほいと使えねえ。
「良いじゃないか、厭。前も言ったが私も仕合をしてみたい」
「……仕合なら此処じゃなくても良いでしょ。せっかく十鬼蛇王馬と臥王龍鬼を手に入れようとしてるんですから。そもそもアンタと仕合が成立する人間なんていませんよ」
「それはわからないぞ。現に桂君は急激に強くなった。他の戦士達も同じように強くなってくれるかもしれない」
「わざわざ時間を与えてやる必要もないじゃないですか」
「それはそうだが、二人も早急に必要というわけではない。できることなら楽しみたい」
「……はぁ、わかりましたよ。乃木氏、拳願会は確か願いは拳で叶える、でしたよね」
「そうだ。それが唯一にして絶対のルールだ」
「そうですか、なら一会員として、十鬼蛇王馬と臥王龍鬼の身柄を賭けて仕合でも要求させていただきましょうか」
懐から取り出したのは、将棋の駒のような形をした木札。拳と彫られ墨で塗られたその札は、紛れもなく会員証だった。合法か非合法か、ただそれが手元にある以上は彼らは会員。
「……良いだろう。だが、両闘技者は既に我々の駒。こちらが望むものは追って連絡するようにしよう。日程や細かな条件もそこで決めるとしよう」
「承知した。仕合か。うん、実に楽しみだ。誰が相手でも構わない。私を楽しませてくれる事を期待しているよ」
大方事前に話し合っていた通りになったな。これなら拳願会側も準備に時間がかけられる。その間に『お土産』の対策も練れるはず。どこにどれだけの量を、と言うのはこれまでも確認してきたが全容を把握できていないのが実情だが、そこは任せるしかねえ。
「会談は以上かな。桂君アイ君、また今度丈ちゃんと一緒に遊びに行くよ」
最後に余計な一言を残してジャッキーさん達は去っていく。……また来るのか、二人の相手すると精神的に疲れんだよなあ。
「最後にああ言うの辞めてくださいよ。全然締まらなかったじゃないすか」
蟲の頭領、夏厭は連れて来ない方が良かったなとは思いながらも、苦言を呈するレベルで抑え込んだ。せっかく前々から準備をしてきたにも関わらず、結局この人のせいでほとんど前準備が徒労に終わった。部下なら間違いなく殺している所だが、この人だから仕方ないと内心で言い聞かせながら溜飲を下げる。
最初に日本に行きたいと言い出した時から少し嫌な予感はしていたが、なぜかクローンの一人とその家族と懇意にし、友人を作り、すっかり俗世を堪能している。適度に楽しんでいるのであれば構わないが、こうも自由にされると分かっていても苦労は絶えなかった。
「良いじゃないか。私はこの前の大会を見てから仕合をするつもりだったぞ」
「わかってますよ。だから念を入れてダミーの会社使って会員証まで取らせたんですから」
参加費一億円で現会員と仕合をして勝てば会員権が手に入る。勝ちが分かりきっていればこれほど楽な道はなかった。
「まあまあ。良いじゃないの。どの道繋がる者に勝てる相手なんていないんだから。友好的に、平和的に解決するなら僕も良いと思うよ」
厭は横目で羅漢を見る。今のところは指示通りに動いてはいるが、余計な来日があったり気配はある。裏切った際の対策は講じてはいるが、羅漢もそれはわかっているはず。本来なら早期に始末してしまいたいが、仮にも繋がる者のクローンという手前、明確な敵対意思が示されないと動きにくいものがあった。
連なる者。
繋がる者のクローン達の呼称であり、羅漢がそれの第一号にあたる。失敗だったのかDNA配列は繋がる者とはかけ離れており、容姿こそ似ているが全くの別の何かではないかと、厭は考えていた。
「そうだ羅漢、一つ言っておくことがあった」
「はい? なんです?」
「何やら色々やっているようだが、私の遊び場に踏み込んでくるな。あとは私の知人友人には敬意を払え。それ以外なら好きにすると良い」
「……肝に銘じておきますよ」
迎えの車が来る。武龍達が先に車に乗り込み、羅漢だけはもう一台の車に乗り込んだ。
気に入らない。
仮面を貼り付けたまま、繋がる者に対して腸が煮え繰り返る思いだった。なぜあそこまで上から目線でイラつかせるのか。
クローンも邪魔だった。そばにいた女性も、確かに容姿は秀でてきたがそれだけ。探せば他にもいるだろう。以前は娘にも会ったが、特に武龍が入れ込む理由は理解できなかった。使えなくもないが、地雷を今踏むのは危険。接触したカラスも返事がない以上空振りか。やはり記憶を手に入れるのが先か。お土産を有効的に使おう、とほくそ笑んだ。