一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
ジャッキーさんは、あの後迎えに来た厭さん達に連れられて帰って行った。目的を話したことを伝えたらかなり怒られていたが、すでにバレたからオッケー的な話はやはり良くなかったんだろう。片付けを終えた後、黒川を送っていった。再び帰ってきて風呂に入って、ようやく部屋に戻って一息つく。
脳移植。
医学的見地から見れば、これも重要な技術の一つで、パーキンソン病や脳梗塞で困っている患者を救うための治療方法として期待されている。もう一人の自分と戦うため、器となるクローンをそれぞれ作って移植する、なんて目的のために使われて良い技術じゃない。
扉がノックされた。
俺の返事を待たずに扉が開く。
「うわ真っ暗。電気付けたら良いのに」
「忘れてた」
手探りで壁にあるスイッチを押して部屋に照明が付いた。急に眩しくなり目を窄めてしまう。母さんはそのまま部屋の中に入ってきて人のベッドに座る。へー、なんて言いながら人の部屋を物珍しそうに見渡して、本棚で目線が止まる。置いてある本のタイトルでも見ているだろう。
「何か用?」
「色々考えてそうだったから、話聞くよって思って。私くらいでしょ? 全部知っててアクアの話聞いてあげられるのって」
確かにそうだ。俺とルビーが前世の事を覚えている事を知る人は限られてる上に、何か相談したり弱音を吐き出す相手となると父さんと母さんしかいない。
「……大した事じゃない。悪い人たちだって知っていたのに、距離感バグって普通に話す回数が多かったから、勝手にどこかで期待してたんだと思う」
一人で抱え込むよりも話した方が良い。すっきりするし、気持ちや考えの整理もできる。
「俺にとって医者っていうのは憧れなんだ。今世でもそうなりたいって思えるぐらいに。前に話した事があったかわからないけど、昔読んだ小説に出てくる医者が格好良くてさ。何度も何度読んで、ずっとこうなりたいって思ってた。医療に関する知識や技術って純粋な人助けで、正しい事をして必要とされるって思えた。だから、あんな風に自分の欲望のためだけに医療技術を使おうとしてる事が許せなかった」
「そっか。だから難しい顔してたんだね」
「そんな顔してたか?」
顔には出ないように意識してたんだが。
「うん。ちょっとした癖みたいな物なんだろうけどね、見たらわかるよ」
「ちなみにどんな癖?」
見てわかる範囲なら限られてくる。眉尻が上がるのか眉間に皺がよるのか、目を窄める? 口の動きか?
「言わなーい。言ったらつまらないじゃん」
母さんは笑っている。
俺が考えているのが面白いのだろうか。
「あ、またした」
今俺はどんな顔をしていただろうか。鏡でも見ていない限り知りようもないが、そんなに見てわかる癖なら今後のためにも治しておきたい。だが曲がりなりにも演技をやってきた身。そのあたりのコントロールはできているはずだが……あ。
「もしかして嘘か?」
「うん、嘘。表情は変わらないからそれだけ見てもわかないよ」
ドヤ顔で語る母さんを見て、息子になに嘘ついてんだと思ってしまう。
「でも悩んでそうだってわかったのはほんと。雰囲気? オーラ? そう言うのでなんとなくわかっちゃうんだよね」
「割と真剣にどんな顔か考えてたってのに……」
「真面目だねー。でも、そこが良い所だと思うよ」
ベッドから立ち上がると、俺の頭を不意に撫でてくる。記憶の中じゃもっと手は大きかった気がしたが、それだけ俺も大きくなったって事だろうか。ただこの暖かさがホッとするのは変わらない。
「……突然なんだよ」
「そうやってちょっとした事でもちゃんと真剣に考えてさ。ジャッキーさんの脳移植の事だってそうだよ。私はあの話を聞いて、オーマさんとリューキ君が可哀想だとは思ったけど、正直家族が巻き込まれなそうで良かったって思っちゃったもん」
「それは……俺も思った」
ただ、そう考えしまった自分に嫌気もさした。
「じゃあ一緒だね。あとは子供みたいだなって思ったかも」
「子供? ジャッキーさんが?」
思わず聞き返してしまった。
見上げた先には、見慣れたはずなのについ魅入ってしまいそうな瞳がある。
「うん。何が良くて何が悪い事か分かってなくて、自分がそうしたいからやってみるって子供みたいでしょ? ダメだって言ったら一応は理解して別案でもオッケーってしてるわけだし」
「子供……か。言われてみればそうかもな」
子供は何が正しくて何が悪いかがわからない。興味本位で時折とんでもないことをしでかす。虫の脚や羽をもいでみたり、アリの巣に水や爆竹を入れたり。誰かにダメな事だと言われたり、成長して知識が身につく事で初めていけない事だと気づく。何年生きてんだよ、とは思うが、善悪がはっきりしてないのは通ずるものがあった。
「でしょ。周りの人たちと崇めてるばっかで、きっと教えてあげなかったんだよ」
「蟲が代々囲ってたならしそうにないしな。でも単に知らないだけって言うなら、俺にもできることはあるか」
俺に戦う力なんてないし、今から鍛え始めたって付け焼き刃にも程がある。万が一強くなっても、あのレベルには到底届かない。まぁ、そもそも観戦ならまだしも実際に誰かを殴る蹴るするのは性格的にも無理。それでも、何が悪い事か、良い事か位なら教えられれだろう。きっと根本にあるのはあの人の誰かと全力で戦いたいと言う願いだから、全て思い通りには行かないだろうが、やらない理由にはならない。
「ありがとう。頭の中がスッキリできた気がする」
「なら良かった」
手が離れ、母さんがまたベッドに腰を下ろす。少し勢いがあったからか、ベッドが軋んだ。
「でも危ないことはしちゃダメだよ?」
「しない。荒事は父さんに任せる」
「それが良いよ。そっちはケイが意気揚々とやるからさ。アクアは、勿論ルビーもだけど、好きな事して大きくなってくれたら嬉しいな」
「それこそ大丈夫だ。俺は今本当に好きなことをさせて貰ってる。俳優をやって、医大目指して勉強して。きっとルビーもそうだ。ずっとなりたかったアイドルにやっとなれたんだ。もっと人気になりたい位は思ってるだろうけど、不満なんて持つはずがない」
ごく普通の家庭では当たり前のようなことでも、かつての俺はそうじゃなかった。両親が生きていてくれるだけで俺にとっては十分な事だった。
「嬉しい事言ってくれるね。いやー何もわからなかった私が割と計画なくやってきたけど、意外とうまくいくもんだね」
「……そうだな」
小さいながらにあれこれと隠れてやってきたが、まぁこれは言わなくて良いだろう。
悩んでそうだったアクアと話して、大丈夫そうだって思ってからも、一対一って機会は中々なかったから久しぶりに色々と話をしてみた。頭が良い分色々考えちゃうのかな。あの話を聞いた後でもルビーはそんなに悩んでる様子は無かったから、双子でもやっぱり違う。まぁ双子でも前世があるからってのはあるかもだし、ルビーはそれ以上に年末のライブに集中してるってのがあるのかも。今日もあの後一人でレッスンをしてたし、今も水を飲みにリビングに降りれば、お風呂に入りながら歌ってるのか歌声が聞こえてきた。最後に電気を消してもらうようにお願いして、私はまた二階へと上がっていった。
寝室に入れば、ケイは床でストレッチをしてた。ゴリゴリの見た目に反して身体は柔らかいから、開脚前屈してもちゃんと床に体が着く。
「アクアとは話できたのか?」
「うん。もう大丈夫そうだよ」
「そうか。頭良い分すぐあれこれ考えちまうからな」
「それがアクアの良いところだよ」
「違いねえ」
私はベッドにうつ伏せになりながら、ケイのストレッチをなんとなく見ることにした。私もお風呂上がりに軽くやるけど、ここまで念入りにはやらない。
「どうした?」
「よくやるなーって」
「習慣になってるからな。逆にやらないと違和感あんだよ」
「そっかそっか。……ねぇ、ほんとに勝てると思う?」
「……どうだろうな。どんな仕合形式になるかわからねえからなんともって感じだが、勝つために鍛えるだけだ」
素人目で見ても、前よりずっと強くなった。ただそうは言っても、ジャッキーさんとケイの間には差があるように見える。いつ仕合するのかはわかんないけど、そう遠くないはずで、そんなに急に強くなれるのかなって疑問はあった。
「無茶しないように頑張ってね」
少しだけ、嘘をついた。
「ああ。ただ、これが最後だ」
「……最後?」
それを聞いて、すぐに言葉が出てこなかった。
「まだ誰にも話してねえんだけどな、とりあえずジャッキー……武龍が本名か。武龍さんとの仕合で、闘技者辞めようと思ってんだ」
「急な話だね。前々から考えてたの?」
「そんなに前じゃねえよ。アイも前に引退するかどうか話してたろ? それ聞いて俺も辞め時どうするかなって考えたんだ。最初はアクアとルビーが成人するまでかなんて考えてたが、最後にするなら大舞台の方が良いと思ってな。絶命トーナメントの話も、多分今回のこれと併合されんだろし、そこで勝って気持ちよく終わる」
「じゃあ、もう心配する必要もないんだね」
今度は本音が溢れてきた。強さを疑ってるわけじゃないし、普通の仕合ならそれもないんだけど、トーナメントとか対抗戦とか大きい仕合になるとどうしてもそれは消えなかった。
「悪いな。いつも心配ばっかりかけて」
「ほんとだよ。良くわからない裏に巻き込まれたりさ。私が想像してたのってもっとドロドロしてたのだったんだけど」
「こっちのがわかりやすくて良かったろ」
「それはそうだけどさー」
芸能界の闇っていうのかな。そういうのが必ずあるとは思ってたんだけどね。枕とか怖い人たちが後ろにいたりとか。蓋を開けてみたら、あるにはあったけど私達がいたのは思っていた所よりもずっと深いところで、ただなんかわからないけど拳で殴り合って決めるって凄い原始的な所だった。今も悪い人達のボス?が普通に家に来て遊んで帰るし。そのボスもケイのクローン元だって言うんだからビックリだよね。その辺の話を聞いた時、オーマさんとかリューキ君とかも私の言うことなんだかんだ聞いちゃう理由がわかった気がした。可愛さには自信はあるけど、多分私がジャッキーさんシリーズの好みの容姿なんだと思う。一人DNAが全然違うローハンさんが私を見る目は、実際何とも思ってなさそうな感じだったし。
……なんか、裏格闘技とか秘密結社とかクローンとかを受け入れちゃってる自分もいるから、私の感覚もだいぶ麻痺してる。私もだいぶ普通じゃ無いとは思ってたけど、なんか霞むもんね。
「でもまぁ、そのおかげで良い暮らしもできたし許してあげる」
「最初なんて狭え所に何人も詰められてたからな。人生どうなるかわかんねえもんだ」
別にあの暮らしも悪くなかったが、なんて言うけど、そのうち絶対不平不満が溜まっていったと思う。少なくとも、私はあの環境に素で長居する自信はない。嘘に嘘を重ねてもようやくだったかも。
「そうかも。ケイが闘技者辞めて私も引退したらどうしよっか」
「そうだな……」
ストレッチを終えたケイが立ち上がると、私の視線もそれに合わせて上に向いた。首が疲れそう。
「随分と忙しかったからな。また前みたいに二人でデスティニーランド行ったり、気ままに旅行でも行ってみるか」
「良いねー。楽しみ」
アクアとルビーには申し訳ないけど、二人で、と言うのが私自身思っていたよりも嬉しかったみたい。
二人でなら何をしても楽しそう。幸いなことにお金はたくさんあるから、後先考えなく使っても困ることは無いと思う。呼吸法もちゃんとマスターしたら長生きできるかな。そしたらもっと色んな事ができる気がする。まだ先のことなのに、胸の内は随分と弾んでた。