一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 ジャッキーさん達との拳願仕合、散々議論を続けた結果半年後に決まったらしい。場所やルールはまだこれから詰めていくようだが、そう遠くないうちに決まるはずだ。時期が決まったことで、本番に向けての戦力強化は急務。父さんも時間が合えば多くの闘技者や闘士達と奴らと手合わせしてレベルの底上げを測っているが、全員が必ずしも理想通りの進化を遂げるかは微妙らしい。表でも裏でも一流と呼べる人たちの中でもさらに(ふるい)にかけられると考えれば、残るのは一握りな気がしていた。

 

 拳願会側も来るべき決戦に向けてトップ層同士を競わせて成長を促すリアルチャンピオントーナメントを開催した。拳願会、煉獄の他にも新設された裏格闘技団体を含めて合計八組の選りすぐりの選手が雌雄を決することになったのだが、父さんも王馬も参加はしなかった。俺は模試と被って観戦に行けなかったが、回ってきた情報では加納さんが優勝したらしい。拳願会の帝王の復活。大いに盛り上がった事は容易に想像できる。

 

 その熱気は流石にここまでは届かなかった。昼間であっても、今日は特に冷えるからか公園には人が少なかった。いても通り過ぎる程度で、俺みたいにベンチに座る人は他にいない。俺もここに用があった訳じゃないが、何となく通りすがりに一休みするかと思っただけだった。マスクを外して息を吸えば、冷えた空気が入り込んでくる。他にする音は、風が落ち葉を転がすときに乾いた音が鳴るくらいか。

 

「こんにちは。そこ、座って良い?」

 

 偶然なのか、黒いドレスを着た子供に声をかけられた。五歳くらいか。妙に落ち着いていて、背筋も芯があるようにスッと伸びている。少し周りの空気が変わった気がするのは気のせいだろうか。

 

「こんにちは。どうぞ」

 

 返事を受けて、その子は俺の横に座る。大人のような品のある所作ではあったが、体が小さい分足が届かず所在なさげにぷらぷらと揺れているのはいかにも子供。

 

 どう言う状況だ、これ。座るだけ座って何も話しかけてこない。もしかしてここがこの子の定位置で、俺が座っているため座れないとかか? それに保護者の姿も見当たらない。人の気配は相変わらずで、あえて上げるとすればカラスが増えた程度だ。

 

「……もしかして迷子かな?」

 

 とりあえず聞いてみるか。中々自分からは言い出しにくい事かもしれない。

 

「もしそうなら、お巡りさんの所まで一緒に行こう。お父さんかお母さんの連絡先……こういう時のために番号とか教えてもらってないか?」

「はぁ?」

 

 何言ってんだコイツ、と無表情だった顔が一変してそう語っていた。もう少し回り道をして聞いてあげるべきだったか。いきなり知らない大人にそんな事言われたらそうなるか。制服でも着ていればまた違ったかも知れないが、あいにく今は私服。

 

「悪い。いきなり変な事聞いたよな。別に怪しい者じゃなくて、俺はーーー」

「知ってるよ。それに私は迷子じゃない」

「そ、そうか」

 

 気むずかしい子、と言うよりは大人ぶりたい感じだろうか。女の子は成長が早いからな。とは言えご両親の姿が見えないのは不用心に思えてしまう。世界的に見て比較的安全とは言え、都内は色々ありすぎて個人的にはそこまで安全とは思えない。

 

 どうしたものか。放って帰るわけにもいかず、こうなると相手から話してもらうのを待つしかない。

 

「今の生活は楽しい?」

 

 ふとそんな問いが投げかけられた。子供が聞くには色々含みがありそうな声色。

 

「楽しいよ」

 

 嘘なく、間髪入れずに答えた。

 

「……君には関係の無いいざこざに巻き込まれてるのに?」

「いざこざ? 何のこと?」

「隠さなくて良いよ。申武龍の事も、彼のクローンである申羅漢が最近離反した事も全部知ってるから」

「あー、そのことか」

「驚かないの?」

「驚いてるよ。ただジャッキーさん関連の話は自分の中の常識を尽く超えてくるって分かったから、君みたいに小さい子が知っている事もまぁあり得るか、って受け入れられただけだ」

「ふーん。こんな事信じるんだ」

「嘘をつく理由もないだろ。それに申武龍って名前も一般的には知られてないはずだしな。ただ、羅漢さんが裏切ったって事は初耳だな。理由は?」

 

 ジャッキーさんの周りはジャッキーさん至上主義者達が多いイメージがあったから意外だ。羅漢さんの事は話では聞いていたが、俺はまだ会った事はないからなんとも言えないものの、遺伝子が全く違うと言う点が関係ある気はした。父さん含めて俺の知る限りクローンの三人は、出自に関しては気にしている様子はなかった。フィクションでありがちな本物になりたいって欲もまるでない。

 

「些細なことだよ。君が気にするような事じゃない」

 

 意味深なことは言っても結局何も語らないのはありがち。裏切ったと言うことは方針にそぐわないと言う訳で、王馬さんと龍鬼さんを次の『繋がる者』の候補とするのを反対しているのであれば味方にはなってくれるかも知れない。もしくは、自分こそが記憶を継ぐべき、と考えているパターンもあり得るか。

 

「なんだ。知らないのか」

「知っててもあえて話さないだけだよ。言ったでしょ、気にする事じゃないって。と言うか、あからさまに態度変わりすぎじゃない?」

 

 雑に煽っても答えは引き出せそうにない。

 

「気を使う必要がなくなったからな、普通に話してるだけだ。畏まって話した方がよければするぞ」

 

 ただの子供じゃないのは理解した。ジャッキーさん関連って考えれば、年齢も見た目に反して意外と高いのかもしれない。さっきの質問だって、まるで俺の事を知っているような言い方だ。もう色々ありすぎたせいで、真偽はさておき神様だと言われても驚かないの自信がある。

 

「話し方は好きにしなよ。それに、なんだか失礼な事も考えてそうだけど、この躯はごく普通の子供の物だよ。君たちと同じように母体から産み落とされた器さ」

「もったいぶった言い方だな。何でも良いけど、ジャッキーさんと似たような感じなんだろ」

 

 俺たちと同じ、って事は転生してるのかも知れない。なんなら転生させた張本人か。

 

「失礼だね。あれと一緒にしないで欲しいな。格としては遥かに上だよ」

 

 今度は嫌悪感が表に出ていた。

 

「格上? 強そうには見えないが」

「だいぶ毒されてるようだけど、この躯で格闘技なんてできると思う? そう言う格じゃないんだけど」

「……それもそうだな。今の質問は忘れてくれ」

 

 呆れたようにため息を吐かれた。咄嗟に武力が出てくるなんて、確かに言われた通りだいぶ染まっている。

 

「で、結局どこの誰でも何しに来たんだよ。名前くらいは言えるだろ」

「私に名前はないから好きに呼んだら良い。ここに来た目的は……まぁ、気にする事ないよ」

「そればっかりだな。何もわからねえじゃん」

 

 目的はわからないが、悪意がない事はわかった。

 

 ふと時計を見ると、そこそこ時間が経っていた。そろそろ戻るかと思い、腰を上げる。

 

「もう行くの?」

「何となく気分転換でいただけだからな。将来のためにもできる時に勉強しないと」

「今度も誰かに言われたから?」

「自分のためだよ。今度こそなりたかった外科医になるって決めたんだ」

 

 別に産医で働いていたことに対して無駄だったとか、そう言う思いはない。人間としても間違いなく成長できたが、本意を押し殺して言われるがままに流された結果産医になったに過ぎなかった。今度こそ流されない。これは、自分で考えて自分で決めた道だ。

 

「そう……。今度はなれると良いね。心臓外科医に」

 

 よく知ってる奴だ。外科医になりたい、医学部目指すと知っている人は多いが、心臓外科医とまで知っているのはほぼいない。やっぱりコイツも常識から外れた一人って訳か。

 

「……お前も気をつけて帰れよ」

 

 返事はなかった。

 

 風によって寒さに増したように感じ、思わず手がコートのポケットに入る。

 

 

 

「本当はこれも、理からは逸脱しているんだけどね」

 

 そんな言葉が聞こえた気がした。

 

 振り返ればそこに先ほどまでいた子供の姿はなく、まるで初めから誰もいなかったかのように静けさだけがあった。

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