一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
最後の、私の卒業ライブに向けてレッスンが続く。合間でバラエティに出たり、歌番組に出たりと仕事自体はコンスタントに入っていた。勉強をする時間は以前に比べて減ったけれど、進学しないと決めた今、少しモチベーションも下がっていたので良い言い訳にもなった。
演技の仕事は……今は仕方ない。一応端役とかではあるけどアイドルを辞めてから全くないわけじゃないし、こっちはこれから。東ブレみたいに主要役を演じるのはもう少し先ね。
「有馬さん、少し良いかしら?」
ミヤコさんから声がかかったのは、最後のライブまで二週間くらいの時だった。
その場でするような話でもなかったみたいで、部屋に入る。ただ悪い空気じゃなかったから、私がやらかしたわけでも、ルビーやMEMがやらかした訳でもなさそう。まぁ、あの二人に限っては大丈夫。……MEMは年齢バレがあるけど、知ってるのはごく一部だからきっと大丈夫。
「どうしたんですか?」
「心配しなくても、一応は有馬さんにとっては良いニュースよ」
「一応、ですか」
「そう。今オファーが二件入っているんだけど、タイミングが被ってるのよ。一つは五反田監督からのオファーで演じて欲しい役があるみたい。二つ目は島監督からのオファー。こっちはオーディションに出てみないかって話ね」
オファーにも二種類ある。一つ目は製作陣がこの人にこの役を演じて欲しいとお願いする場合。数字が取れるとか、有名な役者はこのケースが多くて、役者側がオッケーを出せば即決まる。もう一つは、オーディションへの参加オファー。あくまでキャスティング候補の一人として呼ばれるだけで、確実に役を貰えるとは限らない。
五反田監督は昔にアイさんやアクア達と映画を作ってから何かと苺プロを贔屓にしてくれる監督さん。ただ、自分が作りたい物を作る人で、それが必ず収益に結びつくとは限らない。だから大抵は低い予算しか確保できないらしいけど、受賞はしてなくても何年も監督賞にノミネートされている。対して島監督は映画賞を受賞した今一番勢いのある監督。その分注目もされるから、作品に出られれば今後の仕事につながる可能性も高くなる。
「今すぐにじゃなくて良いわよ。一応双方には少し時間をもらえるようにはお願いしたから、今週一杯は待ってくれるわ」
「わかりました。事務所的にこっち受けた方が良いとかあるんですか?」
「そこは気にしなくて良いわよ。断る方のフォローは私たちがやっておくから、有馬さんが自分のキャリアを考えて、よりプラスになる方を選んでくれて良いの」
安定か挑戦か。
手堅く行くなら五反田監督のオファーだけど、仮にオーディションに受かれば見返りが大きいのは多分島監督の方。
「後は今更言うまでもないけど、仕事の話だとか言われても極力一対一の状況は作らない事。五反田監督はまだ独身で万が一があっても問題ないとは思うけど、島監督の方は妻帯者にも関わらずプレイボーイって噂もあるわ」
「週刊誌とかが張ってるかもって事ですよね」
「そうね。二人だけじゃなくて、当然貴女に付いている可能性はあるわ。引退間近でハメを外しすてすっぱ抜かれるなんてのは決して珍しくないもの」
「確かに……」
あの二人には元より、散々世話になってるこの事務所に迷惑はかけられない。我ながら絆されたものね。
「まぁ犯罪じゃない軽度のスキャンダルなら握りつぶしてあげるから、そんなに気にしなくて良いわよ」
「……え?」
「ふふ、冗談よ」
いや、目が笑ってないんだけど。
根掘り葉掘り聞くってのは、なんだか一度入ったら抜け出せなくなるような気がして今の私には怖くてできなかった。
失礼します、とだけ言って部屋を出る。自然と空気を入れ替えるために大きな息が漏れた。そりゃあこの業界清廉潔白な所なんて皆無なのは、年齢イコール芸歴の私が身をもって理解してるつもりだけど、なんか見ちゃいけないものを見ちゃった気分になった。それぞれのオファーの詳細は紙に書かれていて、後でよく読もうと思った。
ミヤコさんから話をもらった後、じっくり資料を読んで私なりに考えた。誰かに相談する事も考えたけど、変な意地を張るわけじゃないけど今回は自分で答えを出そうと思った。色々と一人で考えるものこれからを考えれば必要な事だし、私ももう一八歳の大人だ。
そう言ってる内はまだまだガキだな
それを別のタイミングで日向さんに話せば、笑われながらそう言われたけど、ちょっと納得はいってない。
何にしても、結局選んだのは五反田監督の方だった。安定を選んだとかリスクを避けたとか関係なく、現段階でより私を評価してくれた方の役を全力で演じようと思った。正直、惜しい気持ちもある。今後また島監督から同じようなオファーが来るとは限らないし……そこは諸々将来に期待するしかないか。
「まずは目の前の仕事からよね」
先も大事だけど、今はもっと大事。
「何が?」
「別に。何が悲しくてクリスマスイブに皆揃ってライブ配信しなきゃいけないのよって思ってただけ」
ライブと言っても、会場に行って歌って踊るわけじゃない。SNSを使ったライブトーク。
「この後クリスマスパーティーするから良いじゃん」
「それは良いんだけど、あの屋敷デカすぎていまだに緊張すんのよ」
「わかるなぁ。ルビーは家族だから気にならないんだろうけど、一庶民の私からしたら場違い感すごいんだよねぇ」
メムが同意する。
そもそもアイさんが稼いでるし、アクアもルビー自身も稼ぎがある上に家も高級住宅街にあるから、かなり裕福な部類。けど、コイツの祖父はそれをゆうに超えてくる。所謂リアル大富豪。SNSで金持ち自慢している連中が途端に惨めに思えてくるレベルで、あそこまで行くと嫉妬するレベルなんてとうに過ぎてただただ圧倒される。
「そうかなー。あんまり気にしないで、普通に美味しいご飯食べに行く感じでさ。今日も色々用意してるって鞘香ちゃん言ってたよ」
鞘香さんも気さくな人で、見た目はギャルなのに所作に品があるのは不思議な感覚だけど魅力的に思えた。ルビーも鞘香さんも、顔良し、スタイル良し、家柄良し、で前世で何したらこうなれるのかしらね。
「でも先に始めてるんでしょ? 私達の分残ってるかしら」
ボディーガードなのか執事なのか、やけに屈強な黒服の人達が大勢いる。あれだけいたら私たちの分なんて残らなそうだ。
「大丈夫だよ。無くなっちゃったら食べたいの作ってもらえるし」
「アンタいつか絶対苦労するわよ……」
ルビー本人は、きっとそれが標準になってるんだろう。コイツと将来付き合う男はさぞ高いハードルを突きつけられるんだろうと思うと、未だ影も形も見えない男に同情した。そもそもそんな男が現れるのかしら。仮に現れても、身辺調査とかいつの間にかやられてそうだ。
ライブの配信時間が近づいてくれば、私達も着替えを始める。クリスマスイブだからサンタのコスプレ、なんて安直な選択よね。ただ着てみれば案外可愛らしい衣装だなんて思うあたり、少し浮かれているのかもしれない。
三人分の椅子を並べて、それぞれが仕事用のスマホを目の前に置かれているスタンドにセットする。カバーもメンバーカラーと同じになっていて、B小町の名前がプリントされた安めのものだけど、これが物販になればバカにならない値段になる。メインの収益は物販だし、それで私達の懐も潤うから文句はないんだけどね。
時間になって配信を始める。リアルタイムでつぶやかれたコメントが目の前のスマホに映し出された。普通のコメントはどんどん流れていって読む時間もない。スパチャなら金額によって長く表示される仕組みになっているんだけど、B小町としての動画はスパチャを無しにしている。お金を払ったのに読み上げられていない、お礼のコメントがない、とかトラブルの元になるかららしい。実際こうしてトークしてても、メインの進行があるから読み上げる度にストップしなきゃいけないなんて事もなくて、スムーズに進んでいった。
「ちなみに二人は恋人がいたらどういうクリスマスを過ごしたい?」
残すところ三十分。
一方的に話せば、ファンからすれば距離が遠いように感じるようで、今メムが言ったみたいにちょっとファンが聞いてみたいような事をあえて聞く事で、心理的な距離が近くなったと感じるらしい。私達も事前に答えを用意しておけるから、炎上リスクを可能な限り避けられる。
「私は好きな人と一緒ならなんでも良いなー。コタツ入ってミカン食べながらゴロゴロして出前でも取ったりして。あ、でも一緒にご飯作って食べたりするのも楽しそうだよね」
ルビーが優等生的な回答を出す。
「私は夜景が綺麗に見える有名なレストランにでも行って、美味しいご飯食べたいわね。予約が中々取れない所を隠れて抑えてくれたりしてたら嬉しいなぁ」
私の答えも、アイドル有馬かなのキャラに合わせた答えを出す。まぁ、半分は本心だ。ルビーが言ったみたいに本当に好きな人ならロケーションとかはどうでも良い。ただ、良い方があるならそっちが良いってだけ。ふと、前にアクアと行った時の事を思い出した。あれは楽しかったし嬉しかったなぁ。
トークが進んで話題もどんどん変わっていく。メムちょは自分のチャンネルもあるからトーク回しは慣れたもので、ベテランMCみたいにテンポよく回してくれた。
「それじゃあ今日はこれくらいで。来週は予定通りライブをやるから、チケット当たった皆は風邪ひかないようにして万全の状態で来てねぇ。応募してくれたけど残念ながら当選しなかった皆は、配信もするからそっちで応援よろしく!」
手を振りながら配信を終え、きちんと終えた事を確認する。
お疲れと言い合った後は、被ってたサンタの帽子を取った。
「喋ってるだけなのに疲れるわね」
「時間も時間だしお腹減ったぁ」
「私もお腹減っちゃった。あ、折角だからこの格好で行っちゃう?」
「私は嫌よ」
「お兄ちゃんも喜ぶんじゃない?」
「……。……やっぱり着てく」
「かなちゃん……」
やめてメム、そんな目で見ないで。私だって自分でチョロいって分かってる。けどどうせならって思っちゃうのよ。別に一対一で会う訳じゃないし、このサンタコスだった露出がそこまで多い訳じゃない。クリスマスイブでちょっと浮かれてるのもある。
「よし、かなちゃんの気が変わらない内に移動しちゃおう!」
そこからは速かった。
気がついたら車に乗せられて、気がついたら屋敷の前まで着いていた。流石にコートは上に羽織っているとは言っても、車から降りた時にコートの裾から入り込んできた冷たい風にやっぱり着替えておけば良かった、なんて考えが浮かぶ。
外は寒くても、重厚な扉の先は暖かかった。この屋敷はエントランスに入ってもそこからが長い。案内されて綺麗なレッドカーペットが敷かれた階段を登って目的地に向かう。部屋に入れば上着を預けて、挨拶へと行く。
「お爺ちゃん遊びに来たよー」
「随分も可愛らしいサンタが三人も来よったか。長生きするもんじゃのう。プレゼントも期待してええんかの?」
「じゃあ後で肩叩いてあげるね」
「ほほ、そりゃあ良いプレゼントじゃな。二人もそう畏まらずに存分にぱーちぃーを楽しんどくれ」
「ありがとうございます」
そうは言われても、自然と背筋が伸びる。ルビーと話している姿はただの祖父と孫に見えるけど、かなり高齢なのに杖を使いつつもしっかりと立てるし話の受け答えもしっかりしている。なんて言うか目には見えないけどエネルギーがすごい。日本政財界のドンなんて言われてる人なんどからその通りなんだろうけど、何度か会った上でアクアとルビーの祖父だとわかっていても、目の前にいれば緊張の一つもする。
挨拶も終われば緊張も少しは解けてきて、誰がいるのかも次第に開けた視界でわかってくる。わかってたけど、やっぱり黒川あかねもいるのね。流石のアイツも少し緊張しているように見える。アクアの奴はどこかしら。少し探せば、窓の向こう、バルコニーに一人いる姿が見えた。ノンアルコールのシャンパンを二つ貰って、アクアの所に行く。
バルコニーに出たタイミングで、アクアが気づいたのか振り返る。
「有馬か。……なんでサンタ?」
視線が上から下に、また上へと戻ってくる。
「ライブ配信やった後そのままルビーが行こうって言うから……、その……どう?」
「……まぁ、悪くないんじゃないか」
「ジロジロ見ていて感想がそれ? 素直に褒めなさいよ」
「別に、ジロジロなんて見てねぇよ」
視線が私から外れる。
素直に可愛いって言えば良いのに本当に捻くれている奴。
「へぇ〜、良いんだ、そんな事言って。アイさんに変な目で見られたっていってやろー」
「お前ッ!?、それは流石に……」
見るからに動揺している。演技で取り繕う事さえできないなんてよっぽどね。
「どう? 似合ってる?」
「……似合ってる。……これで満足か?」
「うんうん、素直でよろしい」
アクアの悔しそうな顔がまた良い。これでシャンパンが一層美味しく感じそう。アクアの分も渡すと、不服そうだけどそれを受け取った。
「ったく、何なんだよ」
「アンタが正直に言わないからでしょ。アイドル辞めたらこんな格好もする事もきっとないんだから貴重よ?」
「あと一週間だもんな。少しは楽しめたか?」
「まぁ意外とね。悪くなかったわ」
「素直じゃないな」
「それが私だからね」
アイドルなんて、とは最初思っていたけど、常に笑顔を振りまいて歌って踊るのは努力なしじゃ絶対無理。やりながら他のアイドルだってちゃんとプロだって見直したし、正直ルビーとメムと三人でやるのは楽しかった。遠慮なく話せて、友達とただ話してるみたいで。女優として活躍したいのは本当だけど、名残惜しい気持ちもある。
って言うか寒い。バルコニーは外だから、コートなしだと冷えてきてくしゃみがでた。アクアの前だってのに最悪。
「……ありがと」
アクアが着ていたジャケットをかけてくれた。丈も袖も長くて、温もりがあって暖かい。
「風邪ひかれたら来週のライブに影響出るだろ。ルビーにも迷惑がかかるかる」
「本当に素直じゃないわね……。来週はアンタも見に来るのよね?」
「学校も冬休みだし仕事もないしな」
「ちゃんと見に来なさいよ。アイドル有馬かなのラストライブなんだから」
最後くらい、赤白黄の三色全部じゃなくて、白のサイリウムだけを持って欲しい。コイツの中で、私はちゃんと推しになれただろうか。
色々言いたい事聞きたい事はあるけど、大事なところは中々言い出せなかった。