一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「かなちゃんと何話してたの?」
有馬が部屋に戻ってから少し経った後、俺も部屋に戻ろうかと言うところで今度は黒川がバルコニーへと出てきて話しかけてきた。
「来週のライブにちゃんと来いよって話」
「そっか。いよいよ来週だもんね。やっぱり行くんだ」
「ルビーも出るしな。黒川は行かないのか?」
「私は今回配信で見るつもり。私より現地で見たい人がいっぱいいると思うし、そもそもかなちゃんがアイドルやるのって私の解釈不一致だし、正直アイドルを演じてるって思ってみてたから」
「相変わらずの厄介ファンだな」
つい笑ってしまう。
普段はお淑やかそうなのに、有馬の事のなると途端に豹変するのは相変わらず面白い。憧れやら対抗心やら、色々な感情が複雑に絡み合った結果がこの感情の出力なんだろう。これは黒川だけじゃなく、有馬も有馬で対抗心があるからか黒川を前にするといつも以上に熱くなるように見える。有馬と黒川は、今後もずっと互いにライバルとしてこのような関係が続くように思えた。
「厄介ファンじゃないもん。って言うかそもそもファンじゃないし、それだと私の方が一方的に意識してるみたいじゃん」
「確かに。どっちもどっちか」
「その表現もそれはそれで複雑だけど……今はとにかくライバルなの!」
「ライバルか。なんか良いよな、そう言うのって」
俺にはいない。母さんみたいに圧倒的であるが故にいない訳じゃない。同年代で、互いに切磋琢磨できる相手がいないだけ。姫川はレベルが高すぎて違うし、メルトは今後はわからないが今は俺の方が上。俺が前世の知識もあって変に斜に構えているからいないのかもしれないが、ただふと考えた時に、そういう存在がいる事を羨ましく思えてしまった。有馬と黒川然り、父さん然り。今後医学部に進めば、そういう相手ができるだろうか。
「大丈夫。今はいなくても、アクア君ならできるよ」
「……人の考え読むなよ」
「ふふ、当たってた? 最近はまたプロファイリングの勉強にも力をいれてるから、前よりも精度高くなった自信あるだよね」
イタズラが成功した子供のような笑みだった。
本職のものを知らないが、黒川のプロファイリングは度を越しているような気がする。世が世なら名探偵として名を馳せそうだ。
「危ないことに首突っ込むなよ」
「勿論。アクア君、ずっと私のために色々動いてくれてたでしょ? まだちゃんとお礼言えてなかったなって思って」
「気にするな。大したことはしてない」
何の因果か、たまたまジャッキーさんの血筋で、たまたまジャッキーさんと厭さんと知り合って、たまたま良い関係を築けたから向こうが融通を利かせてくれただけ。偶然が重なったにすぎない。きっと俺も黒川も、何も持たない状態で首を突っ込んでいれば今ここにはいなかったはずだ。
「ううん。それでも、アクア君が私のために何かしてくれたって言うのは本当に嬉しかった……」
黒川は続けて何かを言おうとして、一旦口を紡いだ。俺は何も話さず、黒川が話し始めるまで待つことにした。
「ねぇ、アクア君は私の事どう思ってる?」
「俺はーーー」
「私はね、アクア君のことが好きだよ」
被された言葉は告白だった。あからんだ頬に少し潤んだ目でこちらを真っ直ぐに見て、返事を待っている。これまで何度もされてきたはずなのに、これまでとは違った。
好意を持たれている事はわかっていた。本当はもっと早くに俺から答えを出すべきだった。それ以上に色々バタついた事を理由に、今日まで引き伸ばしていただけ。
「ありがとう。黒川の事は大切な存在だと思っている。ただ正直、それは友人としての割合が多い」
「……そっか。やっぱり私じゃダメか……」
項垂れるように、手すりに腕を乗せて顔を突っ伏す。
「ダメって訳じゃない。十分、なんて言うと上からに聞こえるが、誰が見ても魅力的だとは思うし、きっと付き合っても楽しいんだと思う。けど俺には……黒川以上に好きな奴がいるんだ。だから、ごめん」
黒川はそれが誰かもわかっているんだろう。
「ちゃんと答えてくれてありがとう。わかってた事だけど……うん、仕方ないよね」
こう言う時の声のベストな声の掛け方はいまだにわからない。どんな言葉をかけても振った手前負い目を感じてしまうし、相手にとっても良いようには捉えられない気がした。ビンタでもされればいっそな事楽なのだが、黒川がそう言うキャラではないのはわかりきっている。
「アクア君も、ちゃんと想いは伝えなきゃダメだよ。かなちゃんだっていつまでもフリーとは限らないんだから」
そう言い残して、黒川はバルコニーから再び部屋へと戻って行く。貼り付けたような笑顔は、本音を押し殺しているのは間違いなかった。当然声を掛けるなんてできず、ただその後ろ姿を見ることしかできない。
ティーンの恋愛において、付き合った別れた、振った振られたなんてのはよくある事。
そう言い聞かせながらも、罪悪感が自然と視線を空に向けた。
先ほどの黒川の言葉が脳内で反芻される。
そうだよな。黒川は勇気を出してちゃんと想いを告げてくれた。俺も、いつまでもこのままじゃいけないよな。
ライブ当日。
可能性はごく僅かなものの、少し懸念していた蟲によるテロも、仕合をする事が決まったからかまるで聞かなかった。ニュースでは的外れな事を言っているが、現状を推測して当てられる人間は極わずかだろうし、テレビのようなメディア経由で話したところで都市伝説レベルで片付けられてしまうだろう。理解しにくい真実よりも、理解しやすい嘘の方が人はストレスがかからずに聞ける。
すでに会場には来ているが、チケット完売ということもあって人がごった返している。アリーナが満席になる光景は圧巻で、改めて今の人気度合いを理解させられた。会場前からゲート前で始まっていた物販も繁盛しているようで、購入したTシャツを早速着ているファンの姿もちらほら見られる。そんな空気の中では警備の人間は浮くもので、ただでさえ黒スーツのガタイの良い護衛者達が何処に居るかは割とすぐにわかった。
「今回はこっちで良かったな」
「ん? アクア、何か言った?」
俺の独り言を母さんが聞き返す。まだ始まっていないが、ファン同士の会話が至る所であるために声が通りにくい。
「別に。関係者席で良かったなって言っただけ」
「応募の方はハズレちゃったもんね。今度からは初めからこっちにしたら?」
「これだけ人気ならそうするかな。一人でも減るなら、その分他のファンがチケットを取れる確率は上がるし」
今日で有馬が抜けて、しばらくは二人体制だがオーディションも計画しているらしい。社長曰く新生B小町のセカンドフェーズになるらしく、グループとしてのイメージも今とは変わってくるんだろう。
「そういや父さん達は?」
「中じゃビール飲めないから、ジャッキーさんを外の売店に連れてくって言ってたよ。多分ギリギリに戻ってくるんじゃないかな」
「アル中かよ」
「酔わないって言ってたけど中毒ではあるかもねー」
一度現地で見てみたい。そう言い出したジャッキーさんを止められる人などいなかった。一般席は埋まっているし、仮に席が取れても目を離すとそのまま行方不明になりそうなことは明白で、関係者席に潜り込ませる事となった。ただノンアルは会場内で飲めてもアルコールは不可、仕方なく父さんが連れて行った事はイメージできた。
敵の大ボスで本当の名前がわかっても、このなんとも言えない緩さと奔放さが、俺達に取ってはただの祖父や親戚の叔父さんのように感じて、変わらずジャッキーさんと呼び続けていた。あのちびっ子の話を信じるなら、そもそもの視座や存在が人とは違うこともあるんだろうが、目的に対しても何としてもという気概はまるで感じない。
少し経てば場内の灯りが一層暗くなり、いよいよ最後のライブが始まろうとしていた。タイミングよく父さん達も帰ってきたようで、その後すぐに一曲目が始まる。
「これを振れば良いのか?」
「大抵は曲に合わせて縦に振ったり横に振ったりするけど厳格なルールなんてねえから好きに振って良いんだよ。そのうち勝手に全体でまとまる」
「ほう。興味深いな」
ジャッキーさんは周りに合わせようとせず、子供が初めておもちゃに触れるように好きにサイリウムで遊び出した。父さんは勝手にまとまると言ったが、多分このまま好きなように振り回して終わるような気がする。
ジャッキーさんの相手は父さんに任せるとして、俺はライブに集中するか。
ルビーと有馬で始まった新生B小町は、メムの加入で今の形に落ち着いた。大勢いるグループも多い中、三人グループは少し珍しい。ただキャラの被りがほぼなかったのも良かったのだろう。辺にファンを食い合う事もほとんどなかった。隣ではしゃぐ母さんをチラリと見る。あの時は一ファンとして見ていたが、聞く話では母さんが他のメンバーのファンを掻っ攫っていく事も多かったようだ。下手をすれば不和を招くはずで各々思うこともあったんだろうが、意外にもグループはまとまっていたらしい。
一曲目が終われば、すぐに二曲目に入る。
開始からかなりの歓声だったが、それもどんどん大きくなっていき最早隣で何を話そうともよく聞き取れなそうなほどの盛況。
ルビーは満足そう。かねてからの夢を叶え、何をしていても楽しそうではあるが、ライブの時は殊更輝いて見える。前世は医者と患者、今世は兄と妹。自称神なんて存在もいるのだから、何かしらの意図があっての転生なのだろうが、今の姿を見れるなら感謝しかない。ルビーにはこのまま、好きな事を思う存分やり切って欲しい。
メムも母さんに憧れてアイドルを目指したものの、家庭の事情でやむを得ず一度は諦めざるを得なかったと言っていた。年齢詐称の件はさておき、一回り近い年下のルビー達と夢だったアイドルとして頑張ってくれている。上手くまとめてくれているんだろう。
最後に有馬に目が行った。
アイツとの出会いは俺がまだ小さかった頃。初対面から生意気な言葉をかけてきた事は記憶に新しい。あの時はここまでの付き合いになるとは思わなかった。子役事務所から事実上の解雇。母さんが引っ張ってきて苺プロに転籍した後は母さんや新野さんの付き人みたいな事をして、そしてルビーとアイドルを始めた。純粋な動機ではなかったかもしれないが、文句を垂れながらもやる事はやるし、反骨精神があるから案外向いていたのかもしれない。本人に言えば、素直に褒め言葉として受け止めずにすぐに悪態をついては来るだろう。
同じ事務所になれば顔を合わせる機会も増えるわけで、最初は面倒に思いながらも、いつからか一緒にいる事を楽しさを覚えていた。
傲慢なのに努力家、口が悪いくせに繊細、強くてまっすぐな視線。
きっとそう言ったところに俺はどうしようもなく惹かれたんだろう。
今日は有馬のラストライブ。これまでずっと箱推しで特定の色に絞った事はなかったが、今日は、今日くらいは良いだろう。赤と黄色のサイリウムをしまって、白だけを持つ。アイツも集中しているし、これだけの人数の中、ピンポイントで俺を見るかはわからないが。
有馬がこちらに視線を向ける。俺が白しか持っていないことに気づいたのか、驚いた顔をした後表情を取り繕いながらも口元は緩んでいた。
ライブは順調に進んでいき、最後の曲も終わる。前々から告知していた通り有馬がB小町から引退するため、惜しまれる声が会場内の至る所から聞こえる中、有馬の挨拶で締め括られた。