一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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明けましておめでとうございます


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 新年。年末までの忙しさは一時的に身を潜め、多くの人々が新たな年の門出を祝う。一日に関しては欧州やアジア圏でも祝日が設けられ、ビジネス的な観点から見ても世界的に休みの日。日本のトップ企業が集う拳願会でも表向きの業務はそこから変わらないが、裏に関しては、特に闘技者達には関係のない話だった。

 

 片原邸の本邸では年末のパーティーからそのまま宿泊しているアイ達が新年を迎えられた事を祝い再びパーティーを楽しんでいる中、ある場所では、髪の毛一本も入らぬほど異様なまでに空気が張り詰めていた。護衛者達が円を作る中央で、二人の超雄が拳を構える。

 

 天拳、日向桂

 五代目滅堂の牙、加納アギト

 

 片やひと足先に繋がる者との邂逅により壁を超え、もう片方もリアルチャンピオントーナメントにてユリウス、ロロン、ガオランの強者を退け再び帝王へと返り咲いた、拳願会が抱える最高峰の闘技者二名による訓練。訓練故に目潰しのような危険な技は禁止されているものの、仕合と変わらぬほど集中力に、当の両雄よりも周囲の護衛者達の方にも緊張が奔る。

 

 動いたのは同時。

 

 双方の拳がぶつかれば、衝撃波を幻視するほどの圧が発せられる。

 

 体格差を見れば圧倒的に有利なのはアギトではあるが、少し顔を歪めたのもアギトの方だった。それは痛みから来るものではなく、違和感。本来拳とは脆くも硬いもの。桂が得意とする金剛ノ型を使えば鉄をも砕ける硬度まで固めることができる。それでも慣れこそすれ人体ゆえに痛みは感じるものだが、アギトはこの一打ではそれをほとんど感じなかった。

 

 それが錯覚ではなかった事を確かめるために追加で異なる角度から二撃。それぞれに合わされた拳は、一撃目と同様の衝撃だった。

 

「なるほど、散らしたのか」

「まだ完璧じゃねえっすけどね」

「お前もトーナメントに出れば良かったものを」

「一人ズルしてたようなんで気が引けたんすよ。あっさり優勝してもつまらないでしょ」

「ふ、よく言う。なら次はもう少し上げるぞ」

 

 桂の不遜な物言いに、アギトは何を馬鹿な事をとは思わなかった。壁を超えて、同じ超越者達を退けた今だからこそ、それが荒唐無稽な話ではない事を肌で感じ取っていた。昔からの付き合いで、弟のように感じている桂の成長を喜ばしいと思う反面、負けてはいられないと言う意地が何年振りにアギトの中に再び甦る。

 

 一度構えを解き、腰を深く落としてシステマのように肩を動かす独特の構えに移る。

 

 無形と武

 

 完全に物にした二つの槍を合わせた、現時点でのアギトの全力。

 

 それに呼応するかのように、桂も一段と深く構えた。

 

 だいぶ突き放したと思っていた差は、激戦を経たことによってほぼ埋まり切っている。

 

 拳願仕合の帝王。それは単に勝率や勝ち星の話ではない。アギト自身の実力と潜在能力が、その異名に対して誰にも違和感を覚えさせなかった。

 

 アギトがタックルを思わせる低い体勢を保ったまま距離を詰める。

 

 それを迎撃する桂の拳がタイミングを合わせてアギトの顔面を捉えるも、無形によって流される。見ていると実際に体験するのとではまるで違う。絶命トーナメントの時とは別物と化している事をひしひしと感じていた。

 

 避けた勢いでそのまま背後に回られる。振り返るよりも先にバックステップでアギトの攻撃の出だしを潰しつつ、二撃目を試みる。

 

 金剛・火天ノ型、瞬鉄・爆

 

 前方に加速するよりも速度が遅く、距離もないため威力は本来のそれと比べるまでもないが、目的のためには十分だった。

 

 技の出だしを封じられたアギトは受け流しも間に合わないとし、あえて瞬鉄を受けた後、受け身を取って距離を稼ぐために当たることを選択した。ぶつかる衝撃は訓練故に肉の引き締めを緩めている事や速度、体重差もあってさほど強くはない。予定通り受け身を取るべく、脱力した状態でその衝撃に身を任せて突き飛ばされ、受け身の際の地面からの力も利用して一気に体勢を立て直す。

 

 操流・水天ノ型、水燕

 

 かつてロロンから学んだ関節の脱力により、肘と手首のそれを緩める。よりしなやかに動くようになった腕は、従来の水燕よりもより不規則な動きを可能とさせた。

 

 鞭のようにしなる打撃が立て直した直後のアギトを狙うも、アギトも躱し、無形によって去なす。攻略の糸口を見つけるまでひたすらに受けを試みた。

 

 耐え凌ぎ、攻守が変わる。次はアギトが攻める番だった。二メートルある身長に、長い手足。桂よりも一回り大きいその体躯を寸分違わぬ精密さで操る。自分の打撃は効くように、桂の攻撃は届かぬよう絶妙の距離を保ちながら攻める。自身よりも小兵を相手にする先の常套手段ではあるが、それを続けることは、巨漢が薄氷の上を歩くに等しい。

 

 インファイトに切り替える。どうせ被弾するのだから、こちらの攻撃も当たるように懐に入り込めば良い。

 

 アウトレンジからの攻撃の打開策としては、結局の所これに尽きる。手札は多く持っていても、桂がまだ実施しないのはこれが訓練だからこそ。的確に力の点を見極め、そこにこちらの力を加えて散らす、もしくは流す。どんな攻撃でも、それができればダメージは受けない。机上の空論ではあるが、それができなければ最強と戦う舞台には上がれない。すでに肉体は限界レベルになっている。残る伸び代は技。己に言い聞かせながら、ひたすらアギトの猛攻を凌ぐ。

 

 あえて作った隙を見逃すアギトではなかった。桂の意図を理解した上で誘いに乗り、ミドルレンジからではなくさらにもう一歩踏み込み、ゼロ距離から必殺の一撃を見舞う。

 

 龍弾

 

 もはやどの体勢からでも等しく必殺の威力を出せるほどまでに昇華した技が、容赦なく桂の体を突き飛ばす。

 

「これを受けて立つか」

 

 自然とアギトの口角が上がる。彼の視線の先には、何事もなかったかのように立ち上がる桂の姿があった。

 

「おかげさまで。よっぽどの不意打ちにならなきゃ実戦でも使えそうです」

「なら次は左手と足も使うぞ」

「勿論。いつでも良いですよ」

 

 受け流しによるダメージの無効化はほぼ完成している。後はアギトが言うように、左手で掴まれた上での打撃や、足を踏まれ押さえ込まれた時など、どうしてもダメージを受け流しきれない攻撃に対してどうするか。

 

 双方現状にはまるで満足していない。

 

 申武龍なら、これくらい当たり前のようにできる。

 

 彼らの共通した認識が、停滞を許さずさらなる高みを目指させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一台の飛行機が滑走路への滑り込み、着陸する。ターミナルへと繋ぐためのボーディングブリッジははるか先で、迎えのバスもない。内臓タラップが降り、二人の男が悠々と日本の大地に再び足を下ろした。

 

「どうかな二虎君、久しぶりの祖国だよ」

 

 申羅漢と十鬼蛇二虎。

 

「どうしたのさ、浮かない顔して」

「お前がお気楽すぎるんだ。いつ蟲が仕掛けてくるかわからねえんだぞ」

 

 羅漢が武龍から離反したことで、現状蟲でも拳願会でもない完全な第三勢力と化した二人は、香港に保管されている申武龍の武の記憶を取り込み、核心に迫る部分を持ち込んでさらなる強化を目論んでいた。

 

「あ〜それね。大丈夫だよ。僕らは一応はまだ繋がる者の配下なわけだし、アイツはとーって尊大で、とーってもお優しいから、これくらいじゃまだ何もしてこないよ。アイツが動くなら、僕が大々的に事を起こした時さ」

 

 航空機移動区分のため、視界は非常に開けていた。敵の姿ない。羅漢達を待っているのは、デスディーラーズの部下であり、共生しているため大括りでは蟲ではあるが、細かく見れば蟲とは異なる羅漢専属の配下達だった。いつものように「CEO! お疲れ様です!」と揃った声で迎え入れてくれる。

 

 はずだった。

 

 一人、また一人と次々と倒れていく。

 

「……あれ?」

「……おい、話が違えぞ」

 

 待機していた全員が倒れた事で、その後ろにいた人物が明らかになった。ネクタイの有無はあってもジャケットを羽織っている羅漢と二虎に反し、よく言えばラフな、悪く言えばズボラな格好をした申武龍が、ゆっくりと近づいてきていた。

 

「これはこれは、態々お迎えに来ていただけるなんてどう言うおつもりで?」

 

 羅漢の背中に冷や汗が流れる。大嫌いだからこそ、本来はここに来るはずもないことは重々承知いていたはずだった。

 

「そうだな。私への嫌がらせなら放っておいても良かったんだが、事情が変わった。山下さんや丈ちゃん、それにあの子達にも監視を付けて裏でこそこそとやっていたらしいな」

 

 離反前に武龍から「友人には敬意を払え」とは言われていたが、羅漢がそれを律儀に守る必要はなかった。秘密裏に監視をつけ、いつでも好きなタイミングで手を下せるように取り計らっていたのは事実。監視程度で動くほど武龍は他人に興味のない事と踏んでいたが、と考えを巡らせる所で一つ思い当たる節があった。

 

「なるほどなるほど。持ってる側だとは思ってたけど、僕もついに天に見放されちゃったって訳か。でも良いの? スイッチは僕が持っている。もし何かあれば世界がちょーっと大変なことになっちゃうのは覚えてるよね」

 

 デスディーラーズのCEOとして世界各地を回る中、大量破壊兵器を秘密裏に世界各地に持ち運んだ。羅漢の合図一つで起爆させ、文字通り世界を壊す事が可能な代物で、それを交渉材料にもする事で武の記憶の在処を入手していた。

 

「うーん、まぁそこはなんとかなるだろう」

 

 その返事で羅漢は確信すると同時に、内心で己が知る神に対して悪態をついた。

 

 記憶によって力はつけたものの、まだ差は歴然。どう足掻いても真正面からの戦闘では勝ち目がない。

 

 実際のところ、武龍だけであれば羅漢が実際に事を起こすまでは放置を選択していた。単純に面倒だと言う事もあれば、仮に記憶を使って強くなれば多少遊び相手にはなり得るかもしれないと考えていたからだ。ただ、放置をすれば常にリスクが隣り合わせにある上に、羅漢の匙加減一つで大惨事が引き起こされる。そうなれば、アクアやルビーにも危害が及ぶ可能性が高い。その危険性を、武龍ではなく彼女が看過できなかった。

 

「彼のことは嫌いだよ。でも、それ以上に君の方が危険だ」

 

 羅漢達が乗ってきた機体のタラップに小さな体躯をした少女が腰掛け、目下の様子を眺めながら呟く。

 

 彼女にとってアクアとルビーが第一。それぞれの目的のために前を向いて歩き出している中、明確にそれを阻害するであろう羅漢を許す事はなかった。だが所詮は少女の肉体。身体能力で億が一にも勝てる要素はない。彼女に取って幸いだったのは、事の発端ではあり非常に不本意ではあるものの武龍がいた事だろう。

 

「約束は守ってもらうぞ」

 

 事を終えた武龍が、彼女に近づく。

 

「勿論。ただ君は特殊だからね、確実に分られるかは私にはわからないよ」

「構わないよ。次の仕合で私達が勝てば、王馬君と龍鬼君の肉体は手に入るからね」

 

 武龍の目的は、生死をかけた戦いをする事。現時点でのメインプランは臥王龍鬼と十鬼蛇王馬を龍と虎の器とし、二人に別れて戦う事。彼女との間で交わされた約束は、履行されるとしても何十年と先の話であり、今代の申武龍の死後、別の肉体に龍と虎を分けて転生させ続ける事。回生でも脳移植でもない、正真正銘の転生が可能になるのであれば、それは武龍に取っては迎合すべきことだった。

 

「ああ、わかっているよ。些か面倒だが、君がやってくれるのであれば私が断る理由もない」

 

 それは少女に対してではなく、もう一人の自分に対する言葉だった。

 

「そうだね、日本を発つ前にまずは約束通りあっさりを食べてみようか」

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