一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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『はいはーい。どしたの?』

 

 二虎が去った後、アイに電話をかければすぐに繋がった。声聞いて、無事だとわかって安心してしまう。

 

「いや、ちょっと声聞きたくなってな」

『私もちょうど電話しようかなって思ってたんだー』

「なんかあったか?」

 

『ううん、ただ声が聞きたくなっただけ。ケイこそ何かあった? もしかして負けちゃったとか?』

「そんなわけねえだろ。今日もちゃんと勝ったわ」

『さすがだね! でも無茶はしちゃダメだよ』

「わかってるって。アイこそ無理してねえか? 最近ずっと忙しいだろ」

『大変と言えば大変だけど、今が頑張り時だからね。ほんとにダメだったら充電しに行くから大丈夫』

 

 以前は不機嫌な時や疲れた時などはそう言ってくっ付いてきていた。

 

「前も言ってたな。何か目標でもできたのか?」

『今はまだ内緒! あ、でもそのうちケイにもお願いすると思うから、その時はよろしくね』

「おう、いつでも頼ってくれよ」

『ありがとー。そうそう聞いてーーー』

 

 毎日電話やメールをしているから、そこまで話す時間は長くない。内容もお互いに今日あった事がほとんどで、時々あれしたい、これしてみたいと言った希望や、思い出話をすることもある。

 

 忙しい事もあって話題に上がるのは仕事の話が多い。普段見るテレビの裏話なども聞けるのは面白かった。共演した男性アイドルや、お笑い芸人、タレントなど、連絡先を聞かれるのはしょっちゅうあるようで、気が気でない部分もあるがそこはアイを信じるしかない。

 

『でね、プロデューサーさんから良いお店教えてもらったの。今度の休みに行ってみない?』

「良いな。夜は誕生日パーティーだから行くとしたら昼か夕方だろ?」

 

 十二月のアイの誕生日。その日は忘れるはずもない。

 

『そうだね。今年もちゃんと参加してよね!』

「わかってるよ」

 

 根に持っているわけではないのだろうが、一昨年直接祝えなかった事はちょくちょく言われる。覚えていてプレゼント等を贈りはしたが、ちゃんと面と向かっておめでとうを伝えることが大事なのだと教えられた。

 

 電話越しにアイの可愛らしいあくびが聞こえた。だいぶ夜も遅い時間だ。

 

「わりい、夜遅くに話しすぎたな」

『私も話しすぎちゃった。ごめん、そろそろ寝るね』

「ちゃんと窓の鍵とか締めて寝ろよ」

 

 女性の一人暮らしはよく危険だと言われるが、逆に誰かと一緒に住んでいるからと言って必ずしも安全とは限らない。有名になっていけば行くほどファンも増えるし、その分ストーカー被害を受ける可能性も高くなるはず。自衛できる所はしておくべきだ。

 

『心配性だなー。ちゃんと締めてるよ』

「心配もするさ、何かあったら大変だからな」

『ありがと、おやすみ』

「ああ、おやすみ」

 

 電話を切り取る、電源カバーを外して内側に貼られたプリクラを見る。すぐでは無くとも、二虎が何らかのアクションを取ってくる可能性はゼロではない。誰にも傷付けさせない。守れるようにもっと強くならなければ。

 

 

 

 

 

 アイから教えられた場所に向かうべく、新宿駅へと降りた。何回か来たことはあるが、相変わらず複雑な構内は迷路のようで、中々目的の出口に辿り着くことができなかった。なぜこんなに複雑になってしまったのだろうか。普段利用する人たちは完全に理解できているのかなんて疑問が湧き出る。

 

 迷いに迷ってようやく目的地のビルまで着く。早めに到着する予定だったのにギリギリになってしまった。念の為メールを入れるとすぐに返信が来る。アイはすでに入ってるようだ。ビルに入り、エレベーターに乗って目的の階層を押す。受付で名前を伝えれば個室の前まで案内された。上着を脱いでから部屋に入る。

 

「悪い、遅れ……金髪?」

 

 目に飛び込んできたのは、黒髪ではなく金髪だった。とりあえず扉を閉める。

 

 アイが自分の隣を軽く手で叩いて座るように促すので、対面の椅子には上着を置いた。

 

「すごいでしょ! 本物っぽくない?」

「本物……ああウィッグか、ビックリしたわ」

「ミヤコさんに教えてもらったの。どう? 可愛いでしょ?」

「似合ってて可愛いけど、俺は普段の黒髪の方が良いな」

 

 髪色が変わっているだけだが、ぱっと見の印象は思っていた以上にガラリと変わっている。髪型はほぼ変わっていないが、それも変えればさらに印象は変わるはずだ。

 

「そっかあ。ねえ、長いのと短いのだったらどっちが良い?」

「せっかく綺麗な髪なんだから長い方が良い」

 

 きめ細かい艶やかな黒髪は長い方が好みだ。巻いたり結んだり編んだり、その日の気分で色々なアレンジができるのも良い。もっとも、短くなったとしてもそれはそれで似合うのだろうが。

 

「ふむふむ。つまりは普段の私ってことだね! でも残念、お家に行くまで今日はこれです」

 

「別に残念でもねえさ。これはこれで新鮮で良い」

「なら良かった。私はラテにしたけど、ケイはどうする?」

 

 革の背表紙に、中の髪も分厚く黄色味がかっている。一枚板から造られた木製テーブルや革張りのソファなど、格式高く見える店内にいると全てが高級そうに見えてしまう。どのプロデューサーかは知らないが、良い店を知っているなと感心しながら渡されたメニューを見る。コーヒー一杯、二千五百円。小さい文字で色々と説明が書いてあるから、良い豆を使っているだろうことは想像できるが、どうしても高いと思ってしまった。

 

 今年に入ってからすでに仕合をいくつも熟していて、億プレイヤーとまではいかないがファイトマネーでかなり稼いでいる。それでも高いと思ってしまうのは貧乏性なのだろうか。食事には割と気を遣っているから、単にお金をかける方向性の違いだと思いたい。

 

 夜にたくさん食べる予定なので、コーヒーだけを頼む。カフェラテと同じタイミングで届いて、サービスでちょっとした茶菓子も付いている。まずはそれを食べる前にコーヒーを一口飲んだ。格好をつけて砂糖は入れない。

 

「これうまいな」

 

 口当たりが滑らか、とでも言うのだろうか。酸味は強いが苦味が少ない分飲んだ後にスッキリ感がある。これなら本当に砂糖はいらない。

 

「ほんと? 一口ちょうだいーーーにっがぁ」

 

 ソーサーに静かに置かれたカップが、アイの元から戻ってくる。口直しに茶菓子を頬張る姿が面白い。

 

「いま子供だな、とか思ったでしょ」

「いやー、思ってねえよ」

「思ってる顔してるじゃん。ケイだって普段砂糖入れてるくせに」

「残念だったな、俺は今日砂糖なしでも飲める大人になったんだ」

「十六歳が大人ぶってもなあ。たまたまじゃないの? このコーヒーフルーツみたいな甘い香りするし。家にあるので砂糖なしで飲めるか試してみてよ」

「……そんな匂いするか?」

 

 良い香りではあるがそんなにするだろうか。もう一度確認してみるが、やはりわからない。

 

「わからないかー。これじゃあどっちが大人かわかんないね」

 

 アイはドヤ顔をしている。嗅覚と聴覚に関してアイは特に優れており、この分野で俺がアイに勝てた試しはない。

 

「そういえば、ライブの準備順調か?」

「おお、露骨に話題逸らしたね。準備は順調だよ、今回はこれまでで一番力入れてるしね」

 

 年明け早々に控えている武道館ライブ。収容人数は一万五千人弱で、これまでのライブとは明らかに規模が違う。力が入るのも頷ける。

 

「チケット完売なんだしすげえよな。最初にライブしてた時なんて数十人とかそれくらいだったろ」

「ねー。私もここまでとは思ってなかったよ。人を惹きつける魅力? 才能? それのおかげかな?」

 

 アイはアイドルとしては間違いなく天才。

 

「才能だけじゃあこんなに早く有名にはならねえだろ。アイだけじゃなくて全員が努力して頑張った結果だよ」

 

 ただ、才能だけで生き残れる世界ではないはずだ。才能がある上で努力に努力を重ねて、そうして初めて有名になれる。俺が仕合でやっていることは、そのための道整備みたいなもの。増え続けているファンの数がその証拠。

 

「そうだね。でもそれだけじゃないよ。楽しくアイドルを続けられてるのも、今頑張ろうって思えてるのもケイのおかげ」

「そう言ってもらえるなら頑張りがいがあるな」

「仕合だって傷つきながら戦ってるの知ってるよ? ケイには本当に助けられてばっかり。何か恩返しなきゃって思うんだけど、私にできることはある?」

 

 今の所全勝しているだけで世界一強いわけでもない。上には上がいることなんてわかっている。もし世界一強かったとしても、それは無敵とは違う。戦い続ければ疲弊もするし怪我もする。不死身ではないのだ、怪我を追い続ければいずれ耐えきれなくなり死に至る。

 

「できること……そうだなあ」

 

 強制されて仕合をしているわけではない。自らの意思で決めたことだ、不満などあるはずがない。

 

「じゃあ、ずっと笑っていてくれるか。恩なんて感じなくて良いけど、もしそうしてくれるなら俺にはそれで十分だよ」

 

 傍で、というのは貰いすぎだろう。だから今はこれで良い。笑っていてほしい事も、全てではないだけで本心に違いない。もう少し成長して、ちゃんと責任を取れる大人になった時に全て伝えよう。

 

「ほんとにそれだけで良いの?」

 

 大きな目でじっと見つめられる。

 

「……今のところは」

 

 精神的なものだけで済むはずがない。ちょうど思春期、肉体的な繋がりだって当然欲しいし、やりたいって欲もある。いや性欲に関しては増していく一方だ。

 

「ただ今はちょっと自分の中で整理がついてねえんだ。アイに対しては、愛してるからこそ間違えたくない」

 

 どうでもいい相手ならこうも悩むことはない。欲に身を任せて、その場限りの快楽を得ていたはずだ。

 

 愛していることは間違いない。ただそれでも、いや、愛しているからこそ、もしそういう関係になった時に、結局は性欲の理由付けでしかなかったとなってしまうことが怖い。

 

「ごめんね、私って欲張りだからさ。つい聞きたくなっちゃった」

 

 アイが俺の背に両腕を回してくる。アイの顎が肩に乗る。肌と肌が触れ合う部分から暖かな体温が柔らかさともに伝わってきた。

 

「満足したか?」

 

 俺もアイを抱きしめるが、あんまりこの状態が続くと我慢が効かなくなりそうだ。

 

「んー、じゃあもう一つだけ」

 

 背に回っていたアイの腕が離れるので、俺も話す。白い手が俺の両頬を触れた。以前とは逆、アイの方からのキス。あの時とは違って今回はコーヒーの味。

 

「私もちゃんとケイに言えてないもんね。もうちょっと時間ちょうだい? 私もちゃんと準備して言うから」

 

 

 結局その一回で済むことはできず、何度も唇を重ねた。

 

 

 誕生パーティーのために帰った時、ミヤコさんには勘付かれていた気はするが、気を利かせてくれたのか特に言及してくることはなかった。

 

 美味しいご飯と食べて、十五本刺さった蝋燭に灯った火をアイが消す。切り分けて食べ終えた後、社長とミヤコさんからアイにプレゼントが渡された。二人に勝てるかわからないが、今年のプレゼントはルビーのピアス。アイはその場ですぐに付けてくれ、似合うかな、と上目遣いで聞いてくる。彼女の耳で小さくも輝く赤い宝石が、アイの笑顔によく似合っていた。

 

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