一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
壮行会。
いよいよ願流島での仕合が明日になった。壇上で乃木さんが音頭を取って、選手達を激励してどんちゃん騒ぎが始まった。
「思ってたよりいっぱいいるんだね。皆参加するのかな?」
「参加すんのは多分一部だけだろ。後は応援しにきてんじゃねえかな」
人数制限はなかったはずだが、全員が出るとは思えなかった。
「ふーん。それにしても、こんなの所あったっけ?」
「記憶にねえから多分作ったと思うぜ」
前回はこれほどの規模の街は島にはなかったはずだが、観戦用にわざわざ作ったんだろう。大金持ち連中の組合だから、仕事を振り合って金を循環させてるはず。所謂大人の付き合いってやつだな。
壮行会のために用意された料理も豪勢で、この場にいる連中が腹一杯食べても無くならない程度にはあるように見えた。味も良いし、それを食べれば、今回は豪華客船での移動じゃねえと知って不機嫌になってたルビーの機嫌も治っていく。
「お、いたいた。相変わらず四点セットかい」
相変わらずの坊主頭をした大久保が近づいてきた。
「周りに自慢してんだよ。仕合には大久保も出るのか?」
「ついに隠さんくなったな、お前。まあええわ。仕合は勿論出るで、俺が出んと盛り上がりに欠けるやろ」
「違いねえ」
「にしても、聞いたで坊。黒川ちゃん振って有馬ちゃんと付き合っとんのやろ」
普段通りの調子で大久保がアクアの肩に腕をまわす。
「……どこから聞いたんですか、それ」
アクアの疑いの視線が俺に向いた。アクアとかな嬢が付き合い始めて数ヶ月は経つが、他言したことはねえよ。
「んな目でこっち見んなよ。言っとくが俺は話してねえぞ」
「人の口に門は建てられんっちゅうやつやな。皆話しとったで、どこでデートしとったとか、どこで二人でいる所見たとかな。で、どこまで進んだん?」
「言うわけないじゃないですか」
「ほーん、そかそか。坊も大人の階段を登ったわけやな」
「はぁ……じゃあもうそれで良いですよ。すみませんね、大久保さんより先に大人の階段登っちゃって」
「めっちゃ雑に返すやん。って誰が童貞や! 難波のプレイボーイ捕まえて何てこと言うねん!」
「大久保さんがプレイボーイなら、俺はモテ神にでもなれますよ」
「ついこの間までチェリーだった坊が言いよったな。ちょっとお兄さんとお話ししよかー。桂、坊は借りてくで」
「ほどほどにな」
大久保に引き摺られて抵抗虚しくアクアが遠退いていく。理人の声も聞こえたから、あのバカ二人に捕まって有る事無い事イジられるんだろうな。
「アクア大丈夫かなー?」
アイはそれを見て苦笑いしていた。
「大丈夫だろ。緊張なんて柄じゃねえ奴らだが、息抜きにはなる。アクアもそれがわかっててああ言う返しをしたはずだ」
多分だけどな。大久保は比較的テレビにも出てるし、何度かアクア達と共演したこともあった。この中じゃ比較的気心は知れてるはず。
「ねぇねぇ、あの人誰だっけ?」
人の服を引っ張るルビーが指差す先には、周りよりも頭一つ分以上でかい男がいた。
「人を指差すなよ。にしても、見たことねえな。ここからでも強えのはわかるが、対抗戦に出てなかった煉獄の闘士かもな。アイツがどうかしたのか?」
「どこかで見たことあるような気がするんだけど、思い出せなくて」
「それならライブ会場とかにでもいたじゃねえのか。あのデカさじゃ目立つだろ」
「それがわからないんだよねぇ。ただどこかで見たことがあるようなないような」
「アイはわかるか?」
「わかんないなあ。でも背の大きさだったらハルオ君と近いんじゃない?」
「春男か。背は確かに近いかもな。そういやまだ見てねえけど、もしかして来てねえのか?」
背は近くても他が横幅がまるで違う。さすがに別人だろう。
そんな事を考えていると、視線に気づいた男がこちらに気さくに手を振ってくる。
「やっぱりルビーのファンなんじゃない?」
「ええ!? あれだけ大きい人なら絶対覚えてると思うんだけどな」
人混みを抜けて近づいてくる。あれだけでけえと一歩も相当な歩幅で、どんどん距離は近づいていった。
「ルビーちゃん久しぶり。桂さんもアイさんもご無沙汰してます」
「……どちらさん?」
近くまで来るとやっぱりでけえ。二四〇センチはあるな。俺でも大人と子供くらいの体格差だ。
「何言ってるんですか、春男ですよ」
「えっ、すご!? 春男君すごい痩せたね! 何してそうなったの?」
さすがにわからなかったな。アイも同じで空いた口が塞がらないと言った感じだ。
「ありがとう。里帰りをしてちょっと鍛えてたんだ」
「春男君の地元ってネパールだっけ?」
「うん。正確に言うと、出身はネパールの山岳民族なんだ」
グルカ兵だったか。最強の傭兵集団で最強って言われてた男が帰ってきたわけだ。元々三〇〇キロ超えてた体でバク宙したりしてたからな。かなり絞ってフレームに合わせた体になってんなら相当頼もしくなる。
「ネパールには行った事ないなぁ。今度案内してよ」
「うん。皆も歓迎してくれるよ。でも来る時間あるの?」
嬉しい事にルビーは引っ張りだこで、今日明日の休みも調整が大変だったって聞く。
「確かに。うーん、ロケとかPVとかでなら行けなくもないかも」
「PVか……かなちゃん……」
春男の奴が遠くを見た。
「あー、まだ引き摺ってたんだ……ごめんね」
「いや、大丈夫だよ。引退しちゃったのは残念だけど、女優として本格的に活躍するかなちゃんの事はこれからも応援し続けるから」
あくまでアイドル辞めたことに対してだけなのか。
そんな事を考えてるとアイに指で突かれる。小声で話したそうにしたため、少し屈んで高さを合わせた。
「ねえ、アクアとカナちゃんのこと知らないんじゃない?」
「……あー、かもな。今言った方が明日には……いや、止めといた方が良いか」
しばらく里帰りしてたって言ってから、もしかしてタイミング的に知らねえのか。だとしたら変に今伝えてメンタルがブレるより、仕合まで黙ってる方が良いかもしれねえな。ガチ恋勢って訳でもねえとは思うが、このまま知らないなら知らない方が良いだろ。この後大久保の所に言ってアイツらも止めとかねえと。
「そういや、春男は優勝したら何お願いするんだ?」
とりあえずはルビーが余計な事言う前に話題変える事にした。
「僕は何も。この変則仕合も王馬さんと龍鬼君のために出るって決めてたんです。もし優勝したとしても二人に権利を渡すつもりですよ」
「お前良い奴だな」
「そうですかね。桂さんは?」
「春男みてえに高尚な理由じゃねえよ。これで闘技者引退なんでね、優勝して世界旅行のためにプライベートジェットか船でも貰うつもりだ」
「え!? 闘技者辞めるんですか!?」
「随分前から決めてたんだが、言ってなかったか?」
一部の連中には話したが、春男には言ってなかったかもな。
「初耳ですよ。師匠も知らないんじゃないですか」
「関林さんには話してるから問題ねえよ」
「師匠も言ってくれたら良かったのに」
俺もそうだし、アイやアクアとルビーも世話になってる。客層に普段見ないような若い連中がいることがあるって言ってたから、少なからずコラボを通じてプロレスへも導線が引けてるらしい。
春男との話もうまい具合にアクアとかな嬢の所を隠したまま進められた。いつから知ることになるんだろうが、こんな大事な仕合の前じゃなくて良い。
壮行会のどんちゃん騒ぎは続く。明日も朝からじゃねえ上に全員が出る訳じゃねえから、騒ぎたい奴らは朝までやるんだろう。俺らは日を跨ぐ前はホテルに戻って体を休めた。
翌朝。
日の出ともに目が覚める。カーテンの隙間から入り込んできた陽の光が普段よりも強い。開ければ水平線から登った太陽がギラついていた。見渡す限り海ってのは久しぶりだな。都会と違って空気も澄んでいて美味い。今日の日没から仕合とは思えないくらい清々しい朝だ。
ビュッフェ形式の朝食を食べれば、あとは仕合開始までどう過ごすかになる。最後の最後まで鍛錬して詰め込む選手もいれば、そちらは万全として精神を整えるために好きな事をして過ごす選手もいる。
「俺達は好きに過ごすから、仕合まで二人で過ごして来いよ」
俺もできることはやった以上、後は万全を期すだけ。別に死ぬ訳でもねえが、仕合前には家族との時間に充てるつもりだった。アクアとルビーに話せば返ってきたのは、こちらを気遣った言葉だった。
「なんだ、部屋に篭って勉強でもしてんのか?」
「私がエレナちゃん達と遊ぶからその付き添いだよ。声かけないとせっかくのバカンスなのに本当に勉強してそうだし」
「……まぁ、そう言うことだから。カルラさんもいるからボディガードも要らないし、本当に俺達の事は気にしなくて良い」
アクアはルビーに何か言いたそうだったが、ぐっと堪えて俺達に好きに過ごすように伝えてきた。
「そうか。ありがとよ」
「どういたしまして。仕合がんばってねー」
支度があるからとルビーとアクアは部屋へと戻っていく。
「どうしよっか」
急遽できた二人の時間をどうするか。まだ午前中で、仕合までは八時間近くもある。
「とりあえず、散歩でもいくか」
フラフラ歩いてそのあと考えれば良いか。ルビーが言っていたように、仕合前って事を除けばバカンスみてえなもんだ。贅沢に時間を使おう。
一旦部屋に戻ってアイが手足に日焼け止めを塗り直すのを待ち、ホテルを出てそのまま海岸へと向かった。手入れされた砂浜には人工物は一つも落ちておらず、貝殻の類もパッと見た感じではない。
アイがおもろにサンダルを脱ぐと、さらに海近づいて波打ち際に足を入れる。濡れた砂浜に足が沈むと、ちょうど波が来て足首を撫でた。
「ケイも来なよ。冷たくて気持ちいよ」
そう言われたら行かないわけにもいかず、自分とアイのサンダルを片手にアイより更に奥へと進んだ。
足の指に濡れた砂がめり込む感覚、穏やかな波は人の足をくすぐってんのかって思うくらいにはこそばゆい。
ゆっくりと歩き始める。少し歩けば慣れてくるもんで、足のくすぐったさや冷たさが抜けていく。
「ハルオ君に話してたアレって嘘でしょ?」
「あれってプライベートジェットとか船のことか?」
うん、と肯定されたアイの返事に、やっぱりバレてたか、と思ってしまう。すんなり出せたと思ったんだがな。
「まあな。買っても維持費が高えし、その時その時であるもん使えば良いしな」
「それもそうだし、そもそも優勝するつもりないでしょ」
昼間なのに輝いてる星が俺の嘘をさらに見抜く。一瞬、やけに波の音が強く聞こえた。
「……なんだよ、そこまでバレてんのか」
「まだまだ甘いねー。仮にバレても何言ってんのコイツ?って思ってはぐらかさないとダメだよ」
「次があればそうする」
次の嘘があっても、多分仕合の中だけだ。それにこの嘘だって、全部が全部って訳じゃねえ。
「武龍に勝ちてえのは本当だし、最強になりてえのも本当だ。実際そのために鍛錬は続けてきたしな。……ただ、アイツらの命がかかった状態でそれだけを目指すほど非情って訳でもねえだけだ」
「ここは俺に任せて先に行けー、的な事するの?」
「そんな大層なもんじゃねしルール的にはそうならねえと思うが、近い感じかもな」
武龍と戦って勝ったとしてもおそらくは満身創痍。その後他の連中と戦えるかって言われたら無理だ。逆にそこはなんとなかって王馬か龍鬼のどっちかが優勝しそうな時に二人を蹴落とせるかって言われると、これも無理。
「ふふ、すっかりお兄ちゃんだね」
「柄じゃねえ、とは言いてえが、他にもいっぱいいた上に、王馬と龍鬼よりは年上だしな」
王馬はまだ歳が近いが、龍鬼は結構離れてるせいで手のかかる弟みてえになっちまった。他の兄弟も最近は見ねえが羅漢もいるし、あとはスカーフェイスとラッキーボーイって訳分からん名前の奴らもいた。俺も王馬も龍鬼も名付け親がいたからそれっぽい名前なだけで、もしかして自分でつけてたらあんな感じだったのか? それはちょっと勘弁して欲しいな。
「だから、まあ仕方なくな。もし早々に二人が脱落したら、俺が残るしかねえが」
これはほぼ可能性としては低いはず。特に王馬は腹立つくらいの速度で強くなってやがるからな。全力で戦ったらどっちが勝つかわかんねえ。
「はいはい。仕方なくね」
「そう、仕方なくな。だから今回は俺に賭けるの止めとけ。損するだけだぞ」
事前に聞いている限りでは賭けの対象は誰が優勝するか。この広範囲の会場で誰が誰と当たるかなんて予想できねえし、戦闘になった時点で賭け始めても、場合によっては瞬殺で賭け終える前にその仕合が終わる可能性もある。
「そうしておくね。でも勝っても負けても大怪我しないならそれで良いよ」
「それは約束する」
腕の一、二本なら、大怪我にはならねえだろ。
説明会の時にアクアが言ってた救急キットは、包帯の類は武器になり得るとして持ち込みが却下されていた。絞め落とす道具に使えたり、石とか括りつけて振り回せば立派な凶器になるしな。俺も想像してなかったが、それを聞いてアクアは信じられねえって言わんばかりに愕然としてた。
散歩を終えた後はちょうど良い時間だったため昼食を取って、その後は部屋で過ごすこととなった。
ゆっくり休めて、仕合に向けての身支度をする。
普段の仕合とは異なり、靴も履くしシャツも着る。コンプレッションウェアだから邪魔にはならねえが、なんとも不思議な感覚だった。
太陽が沈み、少しずつ空がオレンジから赤色に変わっていく。
『定刻となりました。参加者の皆様、入場ゲートの前にお集まりください。繰り返しお知らせいたしますーーー』
「いよいよだね」
そう言いながらアイは乱れた髪を手櫛で直すと、ベッドから立ち上がって両腕をこちらに向けて伸ばす。
それに応じてハグをすると、心地よい暖かさが伝わってきた。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「ああ、行ってくる」
泣いても笑ってもこれで最後だ。前代未聞の大規模バトルロワイヤル「願流遊戯」が、いよいよ始まる。