一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
師走とはよく言ったもので、特に年末にかけてはあっという間に時間が過ぎていく。世間的にも社会人は仕事納めや学生は冬休みが始まり、一年の終わりを感じながらも翌年に向けて英気を養う。
年が開ければこれまた瞬く間に時間が過ぎていく。特に今年は年始早々にB小町の武道館ライブがあったため、当の本人たちや苺プロの人たちは本当に一瞬に感じたはずだ。早々にチケットが完売したこともあり転売などもされていたようだが、当日は満員御礼の大成功。スポットライトを浴びながら、誰よりも綺麗で、楽しそうに、完璧なアイドルを表現するアイの姿に見惚れてしまったほどだ。口コミ等から話題が一気に広がり、一躍B小町と苺プロの名をさらに有名にした。
そんな誰もが羨むシンデレラストーリーの裏側、スポットライトの影の部分では、今日も密かな賑わいを見せていた。
昨年の秋に潰れ、すでにナイトレジャー業界の大手企業、ゴールドプレシャスグループが購入を決めたライブハウスでは、かつての全盛期には及ばないものの、懐かしい光景を映し出していた。
年初めの拳願仕合三連戦。一仕合目はすでに終えており、今は二回戦目の準備だ。選手情報は持ち込まれた巨大なスクリーンに映し出されており、オッズがかけられている。飛び交う二桁三桁の数字が会場の熱を更に煽った。
新年早々の俺の仕合は、いよいよと言うべきか今年度末のドームでのライブ開催権と諸費用を賭けたものとなった。社長は武道館ライブのチケットの売れ行きからいけると判断したのか、水面下で話を進めていたらしい。
会場にはいつも通り社長と、珍しいことにミヤコさんとアイの計三人が来ている。これまでで一番大きな賭仕合である以上、それだけかける思いも強いということだろう。仕合に関しては社長は慣れたものだし、アイも一度は来ている。ミヤコさんは初めてで、遵法意識のかけらもないこの場に引いてるようにも見えた。
いつものようにストレッチをしながらコールを待つ。
「頼んだぞ、これで勝てれば念願のドームだ!」
「任してくださいよ」
対戦相手は多数の男性アイドルを抱える業界最大手ジォニーズ。闘技者はアルティメットファイトでも優勝経験もある総合ファイターで、MMAのPFPランキングでも常に上位に位置してる。表から去ったあと、拳願仕合に参戦してすでに一八戦。圧倒的な力で勝ち星を重ねる強者だ。
観客が作った道を、ロシアの暴君が一歩一歩堂々とした歩みで入場してくる。
視線が合う。さっさと来いという意志が伝わる。
「よし、そろそろ行ってきますか」
「ケイ」
盛り上がる歓声の中でも、その声を聞き逃すことはなかった。振り返ると、心配そうにこちらを見ている。
「なんて顔してんだよ。この前のお願い忘れたのか?」
「……頑張って!」
「おう、任せとけ」
作った物であったが笑顔に変わったのを見届けてから、サムズアップをして俺も戦地に足を踏み入れる。気合いは十分。
間近で見ればやはり強者特有の圧を感じる。主体はサンボではあるが、総合故に打投極絞なんでもできる万能型。胴着は着用していないため、こちらからの投げや絞めは制限される。
「準備は良いな? かまえてェェッ」
ジォニーズ闘技者 アレクサンドル・フョードロフ
一九三センチ、一〇四キロ
苺プロ闘技者 日向桂
一八〇センチ、八〇キロ
体格差は歴然だが関係ない。自分よりも強い相手を倒すために武術があるのだ。
「はじめェッ!!」
初手は相手。ひたすらに攻めて相手を倒すからこそ暴君の通り名がついた男の剛拳がいくつも放たれる。前回の反省を踏まえて、極力は回避を選択する。もちろんまだ先読みは使えはしないし、目が特段に良いわけではない。全て回避は無理なため、どうしても受けなければならない時が来る。
両腕で盾をつくり受け止めるも、サンビスト特有の響く打撃が骨を震わせた。わずかに腕が上がりガードが緩む。ただ、重心が極端にズレたわけではない。膝も程よく曲がっている。追撃が来る前に調整する。
脇腹を狙った蹴りが空を切った。
火天ノ型、幽歩
瞬時に相手の死角に回り込み、攻撃がすり抜けたように錯覚させる走法。貰ってばかりじゃあ悪いから、お返しだ。
金剛ノ型、鉄砕
「ーーー!?」
顔面へのクリーンヒット。それでも相手は倒れない。拳を掴まれ、体が前に引かれる。相手の両足が地を離れて腕へと絡みつく。
腕挫十字固。
右腕に一〇〇キロを超える重量がかかる。これを支え切るには筋力がいくらあっても足りない。耐え切れなくなり、膝をついて右側に倒れ込んでしまう。咄嗟に肘を曲げていたため、かろうじてまだ健や筋は伸びきってきない。肘関節が可動域を越えて伸ばされて極まってしまうといよいよ危険域に入る。なんとしてもその前に脱出が必要だ。
左手で相手の足首を思い切り握る。
金剛ノ型、鉄指
拳を握り固める鉄砕とは異なり、筋肉で指関節を固める技。シンプルだが、その威力は折り紙つき。いま掴んでいる足首を握り砕くこともできる。
今の体勢なら腕挫が極まりきるよりも先に砕ける。
しばらくの硬直の後、相手が俺を蹴り飛ばして逃げる。完全に砕けなかったが、感覚的に罅くらいは入ったはずだ。
極められた右腕を確認する。痛みはあるが肘の可動も、指の動きも問題ない。
素早く呼吸を繰り返して、荒れた息を整える。
動き出したのは同時だが、足にダメージがある相手よりもこちらの方が早い。直線的な打撃は掴まれる、それなら不規則な打撃を打てば良い。
操流・水天ノ型、水燕
拳は軽く握るだけ。それ以外を脱力させた腕を操流で操り、不規則なラッシュを放つ。一発一発の威力は鉄砕に遠く及ばないが、もとより一撃の火力は求めていない。小さなダメージだとしても、何度も受ければしっかりと蓄積していく。
初めは何発か殴り返してくるも、防御度外視で手を止めない。口の中には血の味が広がり、頭にもらった際に切れたのか、左の視界に赤が混じる。それでも止めない。
相手も止まらラッシュにじっくりと後退を始めた。罅の入っているであろう右足が前に出るタイミングと、俺の左足が前に出るタイミングを測る。
待っていたタイミングが来た際、ラッシュを止めて少し左足で相手の右足を踏みつける。完全に体重が乗りきれていない分、折れはしない。だが、痛みでほんの少し隙ができる。
水天ノ型、首断
背後に回り込み、背中合わせになった状態で両手を相手の頸部に回す。頸部を締め上げると同時に海老反りに近い形で相手の体を持ち上げる。相手の脚が浮いた。
頸動脈が絞まる。
俺の腕の力と、自分の体重で首が絞まった相手はたまったものではないだろう。苦しさと逃げようとする意志でもがくが、酸素が断たれた状態では時間経過共にそれも弱まっていく。
相手の体から、ついに力が抜けた。
技を緩め、ゆっくりと相手を地に下す。力の抜けた一〇〇キロの巨大だ。少し雑になってしまったのは許して欲しい。
「勝負ありッ!!! 勝者、日向桂!!」
その宣言を聞いて、大きく息を吐いた。最初の腕挫が極まってたらやばかったかもしれない。
歓声応えながら三人の下へと戻る。表情は三者三様だ。社長は嬉しそうで、アイは嬉しさと心配が半々といったところか、ミヤコさんはドン引き。
「大丈夫!?」
アイから手渡されたタオルで血を拭いながら、改めて傷を確かめる。直接触れると流石に痛いが、出ている血の量に対して傷は深くはない。抑えて止血しなくとも、放っておいてもそのうち止まる程度だ。
「わりい、タオル洗って返すよ。傷はまあ問題ないかな。薄皮一枚切れただけだからすぐに止まるよ」
「でも一応病院とか……」
「本当に大丈夫だって、心配してくれてありがとな」
帽子越しにアイの頭を雑に撫でる。髪がボサボサになることに文句を言われるが、今回はご愛嬌。
「俺のことなんかより、これで晴れて年末にやることになったんだ。ドームライブ頑張れよ」
「なんかじゃないんだけどなあ……。でも、うん! ライブは頑張る!」
「ああ、楽しみにしてる」
ドームは武道館の三倍近くは収容できると以前聞いたことがある。あれよりもさらに大きなライブとなると、遠くの席からではほとんど見えなくなりそうだ。それでもあの輝きは損なわれることはないのだろうが、バックスクリーンにある巨大な画面にでも映してくれれば良いのにと思ってしまう。
「あなた、いつもこんな怪我してるの?」
アイに手伝ってもらいながら着替えていると、ミヤコさんから呆れたような声色で質問される。
「この程度なら訓練とかでは割と。仕合だと初めてだったかな、今回は相手も強かったんで」
傷に関しては痩せ我慢ではない。これくらいの怪我なら師匠も修行してた時によくしていたし、最近であれば、加納さんと訓練させてもらった際に頭をかち割れたかと思うほどの蹴りを受けた。その時に比べたら格段にマシだ。
「この程度って……良いわ、考えるだけで頭痛くなりそう」
「頭痛いって、もしかして賭け負けたんですか?」
「そこは勝たせて頂きましたよ! どうもありがとうございます!」
エステだヒアルロン酸だよくわからない単語を試合前に言っていたから、その分くらいは余裕で稼げただろう。
「まあまあ。良いじゃねえか。俺たちはドームの権利得て金も稼いだ、こいつは戦って勝って満足! win-winって奴だ。な、誰も損はしてないだろ」
社長が助け舟を出してくれる。
二虎のことも社長には話をした。俺が仕合を続ける分にはおそらく危害がないだろうことも。どこまで信じてくれているかは正直なところわからないが。
一般的に見て、俺がおかしいことは百も承知。二十一世紀の今日、旧時代のように殴り合いを楽しんでいる方がどうかしているのだろう。ただ、水を得た魚という表現が正しいかはわからないが、この闘争の中にこそ自分という存在がある気がしてならない。
「それは、そうだけど……。アイ、あなたはそれで良いの?」
「んー、思うところはあるんだけど、今のケイがあるのはきっとこれがあったからでしょ? そう思うとねえ」
「あなた、絶対に悪い男に引っかかって損するタイプだわ。いるのよね、顔が良かったり口だけ上手いこと言ってひっかける男って」
「そうかも。こんな可愛い彼女を心配させる悪い男だもんねー」
笑顔が少し怖い。
さっきみたいにまた助けてくれと社長にアイコンタクトを取ろうとしても、俺は知らん、と無言で視線を外される。
どこか居心地の悪い空間は、三仕合目が始まるまで続いた。