一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
僕は愛を知らない。
家庭環境も劣悪だった。父親は知らない。母親は優しく綺麗な人であったけれど、よくお酒を飲む人だった。夜に仕事に行って、朝帰ってくる。夕方まで寝て、また仕事にいくサイクル。機嫌が良い時の母は、僕の顔を人形のように綺麗な顔だとよく褒めてくれた。でも機嫌が悪い時のあの人は、まるで別人かのようになってしまう。
あいつに騙された。お前の顔を見ると思い出す。お前なんて産まなきゃよかった。察するに、愛人か何かで僕ができて捨てられたのだろう。
特に寝起きに機嫌が悪いことが多いから、僕は学校から帰っても玄関で耳を澄ませながら母が起きるまで待ち続けた。部屋にいる時も、機嫌を損ねさせないように自分を偽り、母が望む理想の息子を演じてみる。
母は色々な男の人を連れてくる人だった。猫撫で声で話しかけて来て、居なくなるように促される。反抗するとまた機嫌が悪くなるから、そんな時は僕は早めに学校に行く。帰ってる頃にはその男性はいなくなっていて、時々部屋の中が変な匂いがした。母は気づかないようだから、僕も気づかないふりをする。気持ち悪い。
十歳になった時、ちょっとした縁からと劇団に入ることとなった。顔が良いことはわかっているから、上手く売れれば顔でお金が入る。お金は今後のためにも必要だ。あんまり興味はないけれど、そのために演技を習った。
少しやってみると、周りの人は才能があると褒めてくれる。ただ役割が変わるだけで、演じることは普段と変わらない。実に簡単だ。でもそれは表に出さない。何も知らない無垢な男の子。それがここでの僕。
劇団で過ごしていくうちに、一人の若くて綺麗な、才能ある女優さんの目に留まった。ただ、目を見れば求めているのもはなんとなくわかる。演技指導は細かく、手の角度とかまで教えてくれるけれど、僕の体に触れる時の彼女の目は、母が男の人を連れてくる時にしている目と同じだった。僕にはまだ来ていないけれど、何をしているかはわかっている。
ある日、彼女からうちに来ないかと誘われる。演技について詳しく教えてくれるとの口実を付けて。彼女が求める僕を演じる。何も知らない顔をして、是非と応えた。美味しいご飯を食べた後、あれこれ理由をつけられてベッドまで連れて行かれる。彼女は僕を押し倒して服を脱がす。裸になれば、彼女も裸になる。男女の情事としては歪。彼女の気が済むまで、僕は彼女に身を任せた。
事が終わる、と言っても彼女が勝手に一人で満足しただけれど、お互いに一糸纏わぬ姿で過ごす。彼女は僕を可愛い、愛しているなんて甘く囁くけれど、僕じゃなくても良いことはわかっている。小児性愛者というやつだろう。ふと、寝ている彼女の首に手をかけようとしてみる。まだ小さい僕の手でも、両手を使えばいけるだろうか。両手が伸びかけたところで、手を止めた。直接はダメだ。社会的な弱者になってしまう。手を汚すのは僕じゃない。僕は被害者だ。
彼女はまだ使える。せいぜい利用するとしよう。
そんな彼女との関係が続く。僕が十一歳になった時、ついに僕は精通を迎えた。あの時の彼女の顔は今でも忘れない。己が植え付けられた恐怖と、それを良いようにする愉悦が混じった歪んだ顔。だからだろう、支配していることをより実感するために、行為中に彼女が下になることは決してない。僕も彼女の嗜虐心をくすぐるような嘘をつく。
彼女の底が見えた。でも、まだ利用価値はあるから切り捨てない。事あるごとに彼女は金銭の援助をしてくれる。母からの小遣いなどスズメの涙程度にしかない僕にとって、一度の行為で何万円もお小遣いが貰えるのは実に都合が良かった。
彼女が表向き同じ劇団の男性と付き合っていることは知っていた。彼も僕に良くしてくれる良い人だ。彼と彼女の組み合わせは、表向きは理想のカップル。裏では方や幼い男児に性的興奮を覚え、方や同業者や共演者を手にかける。本当にお似合いの二人だ。
ちょっとばかり実験的なことをしてみた。時間はかかるけれど、僕が求めている答えが見つかるかもしれないと思ったから。
彼女が妊娠した。しばらくは彼女との行為もしないで済む。いつ彼に暴露しようか。
もしもの時に備えて、彼女を使って各所にコネを作り出す。顔が良い、と言うのは実に都合が良く、愛想を良くしていれば大抵好意的に捉えてくれる。
彼女は彼と籍を入れた後に出産した。我が子を慈しむ彼女を見ても、愛されているだろう子供を見ても何も感じない。まるで画面越しにドラマのワンシーンを見ている感覚。やっぱり、これでは何も実感できない。
あの考えを実行するしかない。いつがベストだろうか。そんなことをワクワクしながら考えながら、毎日僕はみんなが望む僕を演じる。
彼女との関係はまだ続く。
十四歳になった頃、劇団がワークショップを開くこととなった。外部から人を招いて一緒にレッスンをしてみたり、その人が良ければ舞台にも出るようだ。特に興味はなかった。
僕と同じ、嘘つきの目をした子に出会った。
一目見てわかった、アイは僕と同類だ。初めて、ちゃんと誰かに興味を持った気がする。それとなく周りを誘導して、アイの演技を指導する役を手に入れる。人畜無害を装う。
アイは不思議な人だった。僕と同類のはずなのに、時折り、嘘ではない普通の子のような反応をする。そんなはずはない。同じなら、なんで僕は。
もっと知りたくて、食事に誘ってみることにした。
「良いよ、みんなで行こ」
上手くかわされる。少し焦りすぎただろうか。みんなで食事をしていく中でも、上手く周りを誘導しながら聞きたいことを聞いていく。
「今お世話になってる人が厳しくてね、誰かと二人でご飯とかはダメなんだよね」
「演技は面白いよね、アイドルのライブに似てるかも」
「好きなタイプ? 内緒」
アイは僕と同類のはず。なのになんでこうも違う。何がアイを変えてしまった。
彼女も僕がアイに興味を示したことを気づいた。若い方が良いとか、可愛い方が良いとか。この人はやっぱり僕をわかっていない。口ではそんなことないですよ、貴女の方が綺麗ですよ、なんて言えば彼女は満足して、また僕を支配しようとする。そろそろ、あれを確認してみる時期かもしれない。
アイとは一定の距離感にしかならなかった。同じアイドルグループと人たちとの方がよほど距離が縮まっている。えーっと、誰だったかな。そのグループ内の誰かと話した時に奇妙なことを聞いた。
「あー……多分好きな人いるからじゃない?」
好き? なんだそれ。僕は持っていないのに、なんでアイは持っている?
ワークショップが終わってしまえば、アイとのつながりも切れてしまった。金はあるからいわゆる探偵を雇ってみることも考えたが、それはその探偵に弱みを握られるのと同じ。まだ使い捨ての割り箸のようにはいかない。周りを多少誘導はできても、なんでも言うこと聞く手駒はない。時間はかかるが、自分で調べるしかない。
男がいた。
なんでそんなに幸せそうな顔ができる。
嘘つきだからこそわかる。それが本当の感情なのだと。でも理解できない。アイはなんで愛を知っている? 僕はわからないのに。
あの男といると、アイの才能が薄れていくのを感じる。勿体無い。せっかくあれだけの才能があるのに。
どうすれば。
どうすれば…。
どうすれば……。
あれ? 僕はどうしたいんだろう。アイが欲しい? 欲しいならなんで? あの男が気に入らない? ちょっと整理しないとな。
悩んでいる時に、彼女からの電話が入る。彼がいないから来ないか、と。まだ幼い子供がいるだろうに。ああ、でも今日はちょうど良いタイミングかもしれない。
彼の居場所は把握していたから、今にも壊れそうな縋るような嘘で助けを求める。どうなるかな。
現地に行ってみるのも良いかとは思ったが、余計なリスクは避ける。事の顛末を知ったのは、翌日のことだった。
姫川夫妻心中。
耳にした時、胸の奥が熱くなった。残念だな、二人とも良い人だったのに。
彼女は世間では有名な女優だった。そんな才能ある彼女が、僕のせいで壊れていく。価値のある命が僕の手で朽ち果てていく。
これだ。
愛情でもなんでもない、僕の心を満たしてくれるのは、必要なのはこれだ。
やっと理解した。だからアイに惹かれたのだ、僕が知りうる中で一番の才能を持つ彼女を。
ああ、どうやって壊そう。
でもその前に、邪魔な奴からなんとかしないと。いや、彼も上手く使えばアイは綺麗に壊れてくれるのかな。
時間はいくらでもある。ゆっくり、確実にやっていこう。