一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「ったく、こっちだって忙しいんだぞ」
悪態をつく斉藤社長は俺に資料を渡してきた。場所は苺プロのオフィス。他の会社を知らない俺でも小さいとわかる事務所に、放課後の時間を使って訪れていた。アイたちはレッスン中のためおらず、今いるのは社長と俺だけ。
文句を言いつつも調べてくれるあたり、見た目に反して人が良い。
「なんとかコネ使って調べたが、お前の言った通り拳願仕合は確かにある。組合名は拳願会、名だたる企業四一七社が加盟しているようだが、ぶっちゃけうちみたいな零細が入るには力不足すぎる」
テレビ業界のムジテレビ、ゲーム業界のNENTENDO、日本の中央銀行である大日本銀行など、誰もが知る有名企業が資料には羅列されている。お、ディスティニーランドもあるじゃん。
「ふーん、裏技みたいに会員になれる方法ないんですか? ファンクラブみたいに金出すとか」
アイが活動するグループ名はB小町として決まった。ホームページにもすでに掲載されており、ファンクラブも開設されているが、初ライブもまだのため会員数は片手で足りてしまう。会員費用も高いとか安いのかわからない500円。開設と同時に会員になったため、めでたく会員ナンバーは〇〇一。
「ゲームじゃねえんだぞ。調べた限り会員はガチの一流企業どもだ。もし会員数が決まってんなら意地でも手放さないはずだ」
「簡単にはいかないって事ですね。本当にあることさえわかっただけでも一歩前進か」
「仮に会員になれる方法があったとして、性質上仕合で決めるんだろう。相手だってプロが出てくる。お前まだ十三か十四だろ? 鍛えてるって言っても相手は大人だ、勝てるわけないだろ」
「夏に十四になりました。喧嘩程度じゃ負けたことないけど所詮相手は素人だし…大人って言えば師匠だけど、師匠にはまだ勝ったことないですね。まあ才能あるらしいし大丈夫だと思いますよ」
その師匠には毎回のようにボコボコにされる。
「何だその自信は。ってか喧嘩してんのかよ不良中学生」
喧嘩自体褒められたものではないし、格闘技を修めた者はそもそも素人相手に拳を振るえない。鍛えられた拳は素人には凶器と同様だし、殴り方も素人のそれとは異なる。より正確に、効率的にダメージを与えるそれは、殺人の道具になりえる。
「自分からは売らないですけどね。売られたら別ってやつですよ。ほら、こんな髪色だから上級生とかに絡まれたりするんで」
中学に入学した当初、何度か先輩に校舎裏に呼び出された。定番のやつだ。ただ定番であるのであれば、初めは女子に呼びだして貰いたかったのが正直なところ。加えて呼び出した男が相手になるかと言われれば、練習相手にもならない。適当に転がしてやれば勝手にビビって去っていった。
ただ一人だけ、明らかに異質な雰囲気を持っている先輩はいた。戦ったことはない。異様なほど長い髪と常に四足歩行している小柄な姿は、悪い例えだが貞子のようだった。ただ意外にも話をしてみると見た目に反して明るく社交的で、彼と彼の友人二人には色々世話になっている。
誰も突っかかってこなくなったのは、第二次成長期に入ってスクスクと成長していることもあるだろうか。中学入学時は一六〇センチ程度だった身長は現在一七五センチを上回り、筋肉もしっかりとついてきた。体重は七〇キロを超えたが、あと十センチと十キロくらいは増やしたい。
「で、どうすんだ。仕合に出たいってんならここに載ってる企業にアクションかけるのか?」
やるだけ無駄だと社長は言う。当然だ。
「それでも良いですけど、他の企業に行ったらアイのサポートできないんでパスで」
中学生が企業の受付に行き、社長に合わせてください。と言っても門前払いが席の山。徒労に終わるのは火を見るより明らかだ。いっそ仕合場さえ分かれば直接行くのも手だが、そう簡単には見つからないだろう。どこか秘密のリングでもあるのだろうか。
斎藤社長は俺の答えに、は?と間抜けな声を出した。そういえば、仕合の事を調べてくれとお願いはしても理由までは詳しく話してなかったかもしれない。
「師匠に聞いた感じ、裏格闘技団体って拳願会以外にも色々あるらしいんですよ。ヤクザが仕切ってるのもあるみたいですよ。その中で一番規模でかいのが拳願会みたいで。企業同士がやってるってことは活躍すればそれだけ有名になれるでしょ? もし俺がここに所属して仕合で活躍したら仕事たくさん来るかなって。それこそ社長が言ってたドームライブだって夢じゃないかもよ」
「お前、なんでそこまでするんだ? せいぜい数年の付き合いだろ」
その質問は尤もだった。出会ってから三年とちょっとだろうか。大人からすればほんのちょっと前の感覚だろうか。
一応振り返り、自分たち二人以外にいないことを確認する。
「ちゃんと調べてくれたし、社長には言ってもいいか。……深い理由なんてないです。ただ好きな子には幸せになって欲しい、それだけですよ」
つまらない人生だった。母は死に、父は消えた。多分他に女を作って俺が邪魔になったのだろう。養護施設の人は良くしてくれるけど、決して満たされはしなかった。
みんなとは違う。
服や靴はお下がりだし、教科書だっていつからあるのかわからないくらい折り目や落書きがある。鉛筆ひとつ取ったって、みんなが流行りの物を持っている中、自分はごく普通のもの。ゲームだって当然持っていない。
施設の子、貧乏。小学生というのは純粋で残酷だ。自分より下だと思えば、容赦なくいじめの対象にする。だから黙らせた。俺が自分を守るためには、暴力しか方法が無かった。
荒れた時期が続く。施設の人たちもさぞ扱い難かっただろう。施設内で暴力を振るうことはなかったが、いつ他の子に手が出るか不安だったはずだ。理解できていたからこそ、一層心に影がかかる。
何のために生まれてきたのかわからぬ闇夜の中、一番星が突如やってきた。
俺とは違って暴力ではなく、嘘で自分を守る子。燦然と輝く、不思議な引力を宿す星の子。早い話が一目惚れだった。そんな子がアイドルをやってみると言ったのだ。サポートして欲しいと言われたことはない。もかしたらただの迷惑でしかないのかもしれない。ただのエゴだとわかっていても、支えたいと思ってしまった。
「お前、見かけによらずロマンチストなんだな」
俺の真意を聞いた斎藤社長は、ポロッとそんなことを口にした。
「そうですか? まあこの事はアイには黙っといてください。流石に本人に知られんのは恥ずいんで」
「言わねえよ。ガキが本心見せたんだ。そこまで腐ってねえ」
「女子中学生使って金儲けする人はさすがにいうこと違いますね」
B小町のメンバーはアイを含めた四人全員がローティーン。アイ以外は元々苺プロに所属していたジュニアモデルのようだ。
「茶化してんじゃねえよ。……拳願会に関して、お前に一つ言ってなかったことがある」
社長はため息をつきながら引き出しからもう一枚の紙を取り出し、机の上に置いた。
「会員になる方法は二つある。一つは会社の社会的な実績と拳願会の承認。社会的な実績が不明確だが、並大抵の利益じゃダメなはずだ。それに承認ってのもかなり強固なコネが必要になるだろう。ビジネスって言ったって、結局は人だからな。何が言いたいのかって言うと、はっきり言って現実的ではない。もう一つは、会員証が賭けられた非公式仕合で勝つこと」
「簡単なのがあるじゃないですか。勝てば良いんですよね」
「最後まで聞け。仮に、仮にだ! お前がものすごーく強いとしよう。だがこの非公式仕合には莫大な参加費がかかる」
「百万くらい?」
思いついた高い金額を言ってみた。社長は何もわかってないな、と言わんばかりにため息と共に首を横に振った。なんかイラつくな。
「一億だ」
「は?」
「一億円だよ、一億円。仮にお前が時給千円で働いたとして、一億貯めるのに十万時間。二四時間三六五日働いたとしても十一年はかかる」
言葉も出なかった。
想像を絶する金額に、呆然とするしかない。正攻法ではとてもではないが稼げない。無休で働き続けられるはずもなく、実際には三倍以上の時間を要するだろう。その頃にはもう四十を超える。アイドルとしてはとうに旬が過ぎ去り引退しているだろう。
「ちなみに、うちにはそんな大金を出せる余裕はまるでない。あったとしてもお前に出すくらいなら他に使うべきところは山ほどある」
それはそうだ。レッスン代ひとつとっても、ダンスやボイトレ、振り付けや身体作りレッスンもあるだろう。より良い教育のためにはコーチング代も跳ね上がってくる。はっきりと言ってくれたのは社長なりの誠意の表れだろう。
どうする、諦めるか。俺の助けなんてなくても、アイはきっと人気が出るだろう。いつしかテレビで彼女が活躍する姿を見ることになるはずだ。彼女が探している愛についても、何らかの答えは出るかもしれない。
ただその傍に、きっと俺はいない。諦めるか? いや啖呵切った手前でそんなダサいこと出来るはずがない。
「わかりました。金の方は俺が何とかするんで」
稼ぐ術を考える必要がある。とは言っても学がない自分ができることは一つしかない。
「え? あ、おい! そういう話じゃなくて」
社長が何か言おうとしていたが、善は急げ。もらった資料を片手に俺は出口へと向かう。
扉に手を換える前にノブが周り、俺から遠退いて行く。
「社長、今日のレッスン終わりました!」
元気の良い声と共に目の前に現れたのは四人の少女たち。高峯、新野、渡辺、アイのB小町のメンバーだ。
「あれ、ケイ? どうしたの?」
一番後ろにいたアイが俺に気づいた。来ることは伝えてなかったから、驚くのも無理はない。ただその表情には覇気がなかった。
「社長にちょっとな。っと他の人たちははじめましてか、日向桂です、ヨロシク」
三人とも元気よく挨拶をしてくれる。
「もしかしてアイちゃんの彼氏?」
「いや、友達」
「どんな娘がタイプ?」
「綺麗な髪で笑顔が可愛い娘」
後ろから御法度だって言ってんだろうが、との声が聞こえる。
「体格良いね!何かスポーツやってるの?」
「格闘技をちょっと」
「その髪染めてるの?」
「よく言われるけど地毛」
「ここで働くの?」
「バイトとして雇ってくれないかって直談判しにきたけど、そんな余裕ないって断られた」
矢継ぎ早に来る質問に淡々と返していく。社長にブーイングがいく中、アイはやはり元気がないように見えた。疲れかストレスか、何かあることは間違いない。
「アイ」
名前を呼ぶと、メンバーの視線がアイに向けられた。
「とりあえず飯行こうぜ。飯くらい良いですよね、社長?」
「はあ……、食べ終わったらすぐに帰ってこいよ」
断っても無駄だと察したのか、頭を抱えた社長は渋々了承した。何か言い出される前に移動するに限る。ちなみに経費は使えるかと聞けば、使えるわけがないだろとの即レスが飛んできた。